学位論文要旨



No 122010
著者(漢字) 両角,亜希子
著者(英字)
著者(カナ) モロズミ,アキコ
標題(和) 私立大学の経営構造と1980年代後半以降の拡大行動
標題(洋)
報告番号 122010
報告番号 甲22010
学位授与日 2007.03.14
学位種別 課程博士
学位種類 博士(教育学)
学位記番号
研究科 教育学研究科
専攻 総合教育科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 金子,元久
 東京大学 教授 矢野,眞和
 東京大学 教授 山本,清
 東京大学 助教授 恒吉,僚子
 東京大学 助教授 勝野,正章
内容要旨 要旨を表示する

 本研究の目的は、日本の私立大学の経営構造の特質とその問題点について、1980年代後半以降の規模行動とその背景を検討することによって解明することである。

 知識社会の進展、18歳人口の減少などの大きな社会環境の変化の中で、大学の経営は、重要な問題として高い関心を集めるようになってきた。しかしながら、このテーマについては、実務的な解説や経営診断のようなものは発刊されてきたものの、私立大学の経営を、客観的に分析する研究はこれまでほとんどなかった。本研究は、私立大学の経営構造を、一方では具体的な意思決定の様式、他方では財務構造、の両者をともに視野に入れて、その日本的な特質とその変容を明らかにするものである。「学校法人」制度という日本にしかない経営構造の特性とは何か、その体制はなぜ、どのような軋みが生じており、それをどのように変革すればよいのか。本研究では私立大学の経営問題を実践的な課題としてのみ捉えるのではなく、社会科学的な基礎にたって、一定の枠組みの中で概念的に整理し、これを実証的な分析にむすびつけることによって、上述の問題の解明を試みた。

 本研究は、序章、第一部(第1章〜第4章)、第二部(第5章、第6章)、および終章から構成される。

 まず、序章では、日本の先行研究のみならず、理論研究・実証研究ともに蓄積が豊かなアメリカの研究を広くレビューした。「18歳人口の減少・政府の財政緊縮→経営危機→戦略経営論」という現在の日本の議論は、1980年代のアメリカに類似している。ところが、アメリカでは、1990年代には、企業経営を範とした戦略経営論から、大学内部の諸要因や組織変化のパターンを組み込んだ適応論へと研究が転回した。なぜなら、戦略経営論では理想的経営様態を明らかにし、その模倣により経営が向上するという論理構造を持つが、競争的で変化が激しい環境では単一の理想的様態の存在自体が疑わしいためである。この理論的転換を考える上で重要なのは、1960-1970年代に蓄積された大学組織の基礎的・包括的研究が1990年代以降の研究の進展を支える基盤をなしていることであった。

 以上の先行研究の検討から、本研究の分析枠組みを設定した。それは、以下の二つの課題を行い、両者の知見を照らし合わせることによって、日本の私立大学の経営構造の特徴と問題点を明らかにすることである。すなわち、第一の課題は、日本の経営構造の制度的特質について、一般的に分析することであり、第二の課題は、一定の状況下で、私立大学が、どのように、なぜ一定の行動に出たのかを考察することである。アメリカの研究動向で言えば、前者は1960−1970年代の研究、後者は1990年代以降の研究に対応している。第二の課題として、具体的に焦点をあてたのは、1980年代後半以降の私立大学の規模行動とその背景である。18歳人口の減少期にもかかわらず、現在に至るまで私立大学全体の規模は拡大の一途をたどっているが、これがなぜなのかは、従来の研究では十分に明らかにされていない。本研究では、日本の私立大学の制度的な特徴、つまり経営構造自体がこうした拡大行動に、潜在的ながらも一定の影響を与えているのではないか、という仮説をたてた。

 第一部「日本の私立大学の経営構造の概観」では、まず第1章では、日本の経営構造、具体的には学校法人制度の特徴とそれが生成された歴史的経緯、さらにこの制度をめぐる戦後から現在までの議論について整理した。学校法人制度の特徴は、法的枠組み、ガバナンス、財務の観点から説明される。法的枠組みについては、設置者である学校法人と私立大学が別組織になっていること、さらに同一法人内にさまざまな学校を設立できる点をあげ、このしくみのもつ経営上のメリット(リスク分散機能、大学設置のしやすさ)を挙げた。ガバナンスについては、理事会支配の原則があるが、参加的な経営の余地が大きいしくみであることを述べた。財務会計については、基本財産を持つことが想定されつつもそれが実際には少なく、基本財産を拡充するための仕組み(基本金組入れ)を制度上要求されている点を指摘した。そして、近年、こうした特徴を維持すべきかどうかが議論になりつつあり、それらの論点についても整理した。

 第2章では、戦後の政策と社会環境の変化が、私立大学の経営行動の変容にどのように影響を与えたのか、マクロな財政データから明らかにした。時期別に検討し、(1)1960-74年には私立大学は市場的な性格を強く持ち、学生数の拡大と借入による積極拡大を行う一方で、財政が悪化し、学納金の値上げと教育条件の悪化を引き起こしたこと、(2)1975-90年には、経常費補助金の開始、それに伴う規制市場化への転換、高い進学需要に支えられ、財政状況を急速に改善する一方で、競争的な性格を次第に失い、蓄積という新しい行動様式が生じたこと、(3)1991年以降は、私立大学全体として財政の健全さを増した一方で、大学間格差が広まっていることを実証的に明らかにした。私立大学の経営行動が、経営環境の変化によって大きく転回することを具体的に示した。

 第3章では、私立大学のガバナンスについて、クロスセクションの分析をおこない、多様性がどこに、どの程度あるのかを学内リーダーに対するアンケート調査データから明らかにした。歴史の古い大学では構成員の経営参加志向が強く、意思決定の権限が分散化している傾向があること、歴史の新しい大学で、理事会などの経営の執行部の力が強い傾向を明らかにした。意思決定のタイプの違いとそれぞれの問題点を検討し、強いリーダーシップが必ずしも経営の安定や向上に結びつくわけではないことを指摘した。

 第4章では、私立大学の経営行動の特性とその多様性について、1996年のクロスセクションの財務データ分析から明らかにした。大学経営はこれまで学生募集活動など、一側面のみに注目して議論されがちであったが、実際の経営行動は、(1)人件費割合をどうするか、(2)教育研究経費にどの程度支出するのか、(3)どれくらいの寄付が獲得できるのか、(4)どのように資金調達をするのか、(5)資産の金融化はどの程度進んでいるのか、という五つの観点から、きわめて多様な実態があることを具体的に解明した。とりわけ資金調達の方法(負債割合)に大学間の差異が最も大きく見られ、経営行動の背後にある各機関のもつ経営資源の役割の重要性を指摘した。

 第二部「1980年代後半以降の私立大学の経営行動とその背景」では、まず第5章では、私立大学の量的な拡大・縮小行動の様相について、個別機関データから検討した。とくに、18歳人口の大変動への対策として文部(科学)省がとった臨時定員増政策(以下、臨定政策)が規模行動に大きな影響を与えたと考え、その導入期(1985-91年)、積極活用期(1992-98年)、解消期(1999-04年)にわけて、個別機関がどのような行動パターンをとったのかを詳細に記述した。その結果、きわめて多様な規模行動パターンが観察され、また同時に重要なことは、それ以前の時期と比較した場合に、同一類型内の私立大学の行動の多様化が進展していたことであり、私立大学の個性化の進展に臨定政策が一定の影響を与えたことを指摘した。私立大学の規模行動の個性化が、既存の大学類型や組織規模から十分に説明されなかったことから、規模行動の違いは、私立大学の戦略の違いを反映している可能性を示した。

 そこで、第6章では、私立大学の規模拡大や組織増殖の背景にある、戦略や財政的な基盤について、個別の事例の、1980年代後半から現在に至る変化を検討することによって明らかにした。

 第一に、拡大行動を行うかどうかについて、元々の規模や財政状態、専門分野、支援母体の存在、経営体質といった初期条件が影響を与えていることを明らかにした。第二に、拡大行動が財務構造にどのような影響を与えるのか、資産の形成、財政状態の健全化(負債減少)、経常収支の安定化、といった三つの側面から検討し、とくに財政状態の健全化に大きな効果を与えたことがわかった。また、規模を大きくすればするほど、必ずしも資産が増えるわけではないことや、拡大行動をとるか否かで、どのような資産を増やすのかという点で違いが見られることなどが明らかとなった。第三に、拡大行動に熱心であった大学ほど、組織の改編も積極的に行なっていたことを示した。「規模拡大→財政基盤の強化→新規投資→規模拡大とさらなる財政基盤の強化」というサイクルを作り出していた大学も一部に見られた。他方、収支バランスが悪化していた大学の共通点は、組織の改編をほとんど行なっていないことであった。必ずしも組織の改編が望ましい行動ではないものの、市場の変化に反応できないことが、経常収支の悪化を招いている可能性を指摘した。

 終章では、1980年代後半以降の私立大学の拡大に、基本財産の少なさやそれを拡充する仕組みの存在、参加的な経営スタイルなど、学校法人制度のもつ独自の特徴が影響を与えていた可能性を示した。学校法人制度は多様なバリエーションを認めており、このために日本独自の高等教育システムが発展してきた側面もあるものの、多くの私立大学は、資産の拡大のために規模拡大に頼らざるを得なかった面も否定できないことが明らかとなった。株式会社立大学の出現や規制緩和の動きの中で、基本財産の自己所有という原則の見直しさえも議論の俎上に上がっているが、こうした変化が私立大学の経営行動原理にも大きな影響を与える可能性もあることを指摘した。

審査要旨 要旨を表示する

 日本の高等教育を支える私立大学は4年制だけでも600校近くに上るが、その沿革、組織形態、財務内容はきわめて多様である。個々の私立大学はどのような経営行動をとり、それはまたどのような要因に規定されているのか。これは市場化した日本の高等教育を考えるうえできわめて基本的な問題でありながら、個別大学のデータに基づいた体系的な研究はほとんど行われてこなかった。そうした観点から本研究は、とくに1980年代後半以降を対象として日本の私立大学の経営行動と、その背後にあるガバナンスおよび財務構造との関連を解明しようとしたものである。

 論文は全部で8章からなっている。序章では日米の高等教育研究の動向をあとづけ、大学の経営行動と、ガバナンスおよび財務構造についての研究の意義を述べている。続く第1章では日本に固有の制度である学校法人制度と、その財務内容を記述する学校法人会計基準の制度的特質を整理した。第2章では戦後の私立大学の経営行動の変遷を財務内容の変化とともにあと付けている。さらに第3章でガバナンスの観点から日本の私立大学の特質をアンケート調査の結果に基づきつつ分析する一方で、第4章ではその財務上の構造を、個別機関の財務統計から導かれた各種の財務指標の相関構造から詳細に分析した。

 第5章では1980年代後半から、第2次ベビーブームに対応するいわゆる臨時定員の導入、そしてその後の18歳人口の減少というきわめて起伏の多い時期に、個別大学がどのようにその学生収容力を変化させてきたかを、全大学を網羅するデータベースを用いて設置年代別に分析し、さらにその規定要因を統計的に検証した。さらに第6章では財務データを入手しえる40大学を選んで、そのそれぞれのケースにおいて、学生収容力の変化についての経営行動が、大学の属性、財務構造、そしてガバナンスの特質とどのように対応していたのかを、詳細に分析している。

 こうした分析の結果本研究は、1980年代以降の学生収容力の増減において日本の私立大学が、いくつかのタイプに分かれること、そうした経営行動の分化は設置年代だけでなく、もともとの規模、専門分野、設置地域などいくつかの軸に沿って起こっていること、また当初の財務内容の状態は収容力拡大について特定の方向への行動を必ずしも導くものではなく、さらにガバナンスの形態も必ずしも特定の経営行動に結びつくわけではないことを見出している。学生数や財務指標などにわたって個別大学をカバーするきわめて膨大なデータを用い、また多様なケースを分析することに努めたために、分析過程が錯綜する傾向があり、全体の含意が把握しにくくなったことが問題点として指摘されたが、きわめて多様な私立大学の行動の実態の実証的な把握に切り込む、類例のない野心的な試みであることは高く評価された。このような観点から博士(教育学)の論文として十分な水準に達しているものと認められる。

UTokyo Repositoryリンク