学位論文要旨



No 122011
著者(漢字) 張,月
著者(英字) ZHANG,YUE
著者(カナ) チョウ,ツキ
標題(和) 排水トラップの性能試験法に関する研究 : 試験用圧力波の作成に関する基礎的検討を中心として
標題(洋)
報告番号 122011
報告番号 甲22011
学位授与日 2007.03.16
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6406号
研究科 工学系研究科
専攻 建築学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 鎌田,元康
 東京大学 教授 坂本,雄三
 東京大学 教授 加藤,信介
 東京大学 助教授 平手,小太郎
 東京大学 助教授 前,真之
内容要旨 要旨を表示する

 近年、人々の室内環境に対する要求がますます高まってきているが、その中でも、居住と健康の問題は全世界に注目されており、シックハウス、アスベスト、SARSなど多くの問題がマスコミで取り上げられた。したがって、室内環境と健康の関連を認識し、建物の建設、維持・管理において健康問題に対する対策を検討し、有効な措置をとることが求められている。

 この点を給排水衛生設備の面からみると、最も遅れているのが排水システムに関する研究のように思われる。現在、世界的に主流となっている排水システムは、エネルギーを使わない重力式の排水システムであり、排水管からの悪臭や衛生害虫が室内に侵入するのを防止するために、比較的単純な機構の水封式トラップが衛生器具からの排水管に設けられている。この水封式トラップ中の封水を損失・破封(封水が減少し、下水ガスなどが室内に流入しうる状況)させる原因として、誘導サイホン作用、自己サイホン作用、蒸発、毛細管現象が挙げられるが、この中でも、誘導サイホン作用(他の器具の排水による管内圧力変動による、問題とする衛生器具の排水トラップ中の封水を減少させる作用)による破封は、排水システム構成と密接に関係しており、かつ、この現象が生じないこととして排水管に流せる許容流量が決められることから、極めて重要である。

 重力式排水システムでは、水封式トラップ中の封水を保護するため、原則として排水管内を満水で流すことは禁止されており、排水管内、特に排水立て管内は気液2相の複雑な流れとなり、水封式トラップに作用する管内空気圧の予測を難しいものにしている。しかしながら、最近、この点に関して、排水実験タワーでの実験に基づく各種実験定数などを必要とするものの、かなりの予測精度での予測式が提案されている。その一方で、排水トラップに関しては、自己サイホン作用に関する系統的、かつ、精緻な実験・解析が行われているものの、誘導サイホン作用に関するものは、単発的であり、系統的なものは皆無の状態である。

 香港のある集合住宅でSARSが蔓延したのは、不適切な排水システム設計に加え、劣悪な排水トラップが使用されていたことが原因であるとされたこと、近年日本では、高齢者対応などの面から、新たな形状の排水トラップが製造・販売されていること、排水トラップの耐管内圧力性能(管内圧力の変動に対する封水保持性能)は、排水管の許容流量と密接に関係することから、適切な試験用圧力波のもとでの、排水トラップの(封水保持)性能試験法の確立が求められている。

 以上の背景と研究状況をふまえ、本研究は、試験用圧力波の作成に関する基礎的検討を中心として、排水トラップ性能試験法の確立を図るための検討を行ったものであり、以下の6章よりなる。

第1章 序論

 本研究の背景と目的、既往研究および本研究の位置付け、本論文の構成、用語の定義、記号と単位などについて、述べている。

第2章 トラップ性能試験装置の特性

 現有の、加振機およびその制御機器、排水立て管に相当する空気チャンバー、各種試験用トラップを接続する排水横枝管、データ収集・処理・解析用の周辺機器から構成され、約10Hzまでの任意の圧力変動を再現することを目指して作成された、トラップ性能試験装置の基本特性について検討した章である。

 6種類の排水トラップを実大排水実験タワーに設置して封水損失を求めた結果と、そこで得られた圧力データをトラップ性能試験装置に加えて封水損失を求めた結果の比較などから、本装置が10Hz程度までの圧力変動を再現できることを確認するとともに、封水損失もほぼ一致し、本研究に用いる試験装置として十分な性能を有することを示している。

第3章 市販トラップの調査およびトラップ基本性能の検討

 現在市販されている排水トラップについて調査を行い、それらの用途・形状・構造、排水システムでの設置箇所を分類した。その分類・分析結果から、現状で採用されているトラップの全体像と特徴を把握したうえで、排水トラップの封水強度(耐管内圧力性能)に関する基礎的検討を行っている。各種トラップに振動数を変化させた正弦圧力波を加え、最も小さい振幅で瞬時破封を生じる振動数(瞬時破封振動数)を求めた実験値とトラップの形状寸法を用いた固有振動数の算定値との比較より、半水状態における固有振動数と瞬時破封振動数がほぼ一致すること、トラップの固有振動数は大略1.7〜1.9、2.1〜2.4、2.5〜2.7Hzの3つ領域に分類できることを示している。

 また、トラップ性能試験装置を用いて、定常成分に相当するバイアスを加えた上での正弦圧力波と実管内圧力波による封水振動実験を行い、以下の結果を得ている。

(1)瞬時破封振動数はバイアス値が大きいほど小さい傾向にある。また、バイアス値を加えても、瞬時破封振動数が全て3Hz以下であり、これは空気調和・衛生工学会規格SHASE-S218の試験法の妥当性を示す1つの根拠となる。

(2)バイアス値が大きくなるに従い瞬時破封圧力は大きくなる傾向にあるが、負圧側ではバイアス値の影響が小さい。

(3)実管内圧力波をトラップ性能試験装置に加え、圧力変動と封水変動の関係を求める実験を行った結果、SHASE-S218による判定条件±400Pa(3Hzローパスフィルターをかけた圧力の排水システムで得られる最大・最小値であるシステム最大・最小値による)では、瞬時破封を含め破封を生じたものはない。また、±400Paでは、SHASE-S218によるもう一つの判定条件である封水損失25mmを超えるのは、逆止弁を持つ高齢者用ユニットバスに用いられるトラップの浴槽側のみである。

(4)以上より、排水能力の判定条件としての±400Paはほぼ妥当と考えられる。

第4章 実管内圧力の解析およびデータベースの作成

 試験用圧力波を作成するためには、実際の排水管内で生じる圧力を知る必要がある。排水実験タワーを所有する大学・メーカを対象に、原則としてサンプリング周波数50Hz(一部10Hzのものを含む)の圧力データの提供を依頼し、入手した圧力データの系統的な解析を行い、以下の結果を得ている。

(1)FFT解析を行った結果、JIS-DT継手排水システムの場合、10Hz以上の卓越成分が多く見られたが、特殊継手排水システムの場合はほぼ5Hz以下となる。

(2)特殊継手排水システムで得られたシステム最小圧力値発生階の上位3位までのパワースペクトルと卓越振動数の関係調べたところ、その振動数はほぼ3つの領域に分類できる。その代表としては、1.3、2.0、2.7Hzの3つの周波数が選定できる。

(3)管内圧力の最大・最小値、平均値および標準偏差の関係を調べ、システム最大・最小値(P(smax)、P(smin))を含む3Hzローパスフィルターをかけた管内圧力の最大・最小値(P(3max)、P(3min))は、その平均値(P(3ave))と標準偏差σおよび実験定数kを用い、ほぼP(3ave)±kσで表せることなどが分かった。

第5章 試験用圧力波の作成に関する基礎的な検討

 誘導サイホン作用による封水損失には、排水管内で生じる圧力の絶対値以外に、圧力変動の周波数が影響することは明らかであること、また、空気調和・衛生工学会の排水システム小委員会では、3つの振動数のみを合成できる簡易型試験装置を開発し、それによるトラップの耐圧性能試験法を普及させることを考えていることから、定常成分の圧力に、3つの周波数の圧力波を加えることにより耐圧力性能試験用圧力波を作成することとしている。

 まず、封水損失と相関の高い排水管内圧力特性値を調べるため、排水実験タワーで得られた圧力測定データのうち、負圧側で最もトラップの封水損失にとって厳しい条件となるシステム最小圧力発生階の圧力データを選び出し、トラップ性能試験装置を用いて封水損失に関する実験を行い、以下の結果を得ている。

1)封水損失(hL)は、最小圧力値(P(3min))との相関が最も高い。

2)JIS-DT継手の場合より、特殊継手の場合、同じ圧力で封水損失が大きくなる。

これら結果と前章までの結果から、試験用圧力波の合成方法を以下によることとしている。

(1)圧力変動の周波数としては、3章で述べたトラップの固有振動数からの1.8、2.1、2.5(以下1.8-2.1-2.5と表す)と、4章で述べた管内圧力の卓越振動数からの1.3、2.0、2.7(1.3-2.0-2.7と表す)の3つの周波数を考える。

(2)3章の(2)で示したように、正弦波を用いて瞬時破封圧力を求めた結果からは、負圧の場合、バイアス値が瞬時破封圧力に及ぼす影響は小さいが、バイアス値の絶対値が大きいほど、瞬時破封圧力の絶対値が多少大きくなる。従って、バイアス値が0の場合が最も厳しい条件となるが、実際的ではないので、適切と思われる平均値P(ave)に上記(1)の3つの周波数を組み合わせたものとする。

(3)試験用圧力波は、トラップの封水損失にとって厳しい条件になるものである必要があることから、上記2)で述べた結果から、特殊継手排水システムで得られた圧力データを用いて検討する。また、トラップにとって最も厳しい条件となるシステム最小圧力を示す排水横枝管で得られた圧力データを主な検討対象とする。

(4)実管内圧力波と、合成して求められた試験用圧力波での封水損失を比べ、試験用圧力波による封水損失が、実管内圧力によるものより多少厳しくなるものとする。その際の指標圧力値としては、上記1)の結果から管内圧力最小値(P(3min))とする。

(5)封水損失(hL)は、最小圧力値(P(3min))との相関が最も高いが、最小圧力値は統計的に扱いにくい。しかしながら、4章の(3)で示したように、システム最小圧力値を含む管内最小圧力値は、ほぼP(3ave)-kσで表せることが分かっていることから、σを用いて圧力変動を考察する。

以上の考えに基づき、式(1)および式(2)により試験用圧力波を作成している。

これらの試験用圧力波を用いた実験を行い、次の結果を得ている。

(1)固有振動数の1.8-2.1-2.5を用いた試験用圧力と比べ、卓越振動数の1.3-2.0-2.7を用いた場合での封水損失が小さい。また、1.8-2.1-2.5を用い、式(1)で計算した圧力の場合、わんトラップで管内圧力最小値が-400Paにおいて封水損失が25mmを超えるなど、実管内圧力での実験に比べ、明らかに封水損失が大きい傾向にある。

(2)実管内圧力をトラップ性能試験装置に加えた封水実験結果と比べたところ、全体として、実管内圧力の卓越振動数の1.3-2.0-2.7を用い、式(2)で作成した試験用圧力波の結果が最も近い。

その後、この(2)に関して詳細に検討したうえで、以下のように結論づけている。

試験用圧力波による封水損失と、排水システムの違いなどにより複雑に変化する実管内圧力での封水損失を完全に一致させることは不可能であることから、試験用圧力波での封水損失が、実管内圧力での封水損失より多少厳しい値になるように試験用圧力波を作成することとしていた。多少厳しい条件に対する判定方法も確立していないが、卓越振動数の1.3-2.0-2.7を用い、式(2)で作成した試験用圧力波は、ほぼ満足のいく結果を示していると考える。

第6章 結論

本論文のまとめと、今後の課題について、述べている。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は「排水トラップの性能試験法に関する研究 -試験用圧力波の作成に関する基礎的検討を中心として-」と題し、建築排水システムにおいて、建物内の衛生環境を確保する上で最も重要な役割を果たす排水トラップの性能試験に用いる試験用圧力波に関し、実験および理論解析から検討を加えたものである。

 現在、世界的に主流となっている建築排水システムは、エネルギーを使わない重力式の排水システムであり、排水管からの悪臭や衛生害虫が室内に侵入するのを防止するために、比較的単純な機構の水封式トラップが衛生器具からの排水管に設けられている。この水封式トラップ中の封水を損失・破封(封水が減少し、下水ガスなどが室内に流入しうる状況)させる原因として、誘導サイホン作用、自己サイホン作用、蒸発、毛細管現象が挙げられるが、この中でも、誘導サイホン作用(他の器具の排水により生じる管内圧力変動が、問題とする衛生器具の排水トラップ中の封水を減少させる作用)による破封は、排水システム構成と密接に関係しており、かつ、この現象が生じないこととして排水管に流せる許容流量が決められることから、極めて重要である。また、香港のある集合住宅でSARSが蔓延したのは、不適切な排水システム設計に加え、劣悪な排水トラップが使用されていたことが原因であるとされたこと、近年日本では、高齢者対応などの面から、新たな形状の排水トラップが製造・販売されていることなどから、適切な試験用圧力波のもとでの、排水トラップの封水保持性能(耐管内圧力性能)試験法の確立が求められている。以上の背景と研究状況をふまえ、本研究は、試験用圧力波の作成に関する基礎的検討を中心として、排水トラップ性能試験法の確立を図るための検討を行ったものであり、以下の6章よりなる。

 「第1章 序論」では、既往研究の調査から、本研究に関連する排水管内圧力変動、その変動によって引き起こされる誘導サイホン作用による封水損失に関する研究の多くが単発的なものであり、系統的に行われた例が皆無であることを示すとともに、本研究の背景と目的、本研究の位置付け、本論文の構成、用語の定義、記号と単位などについて、述べている。

 「第2章 トラップ性能試験装置の特性」は、現有の、加振機およびその制御機器、排水立て管に相当する空気チャンバー、各種試験用トラップを接続する排水横枝管、データ収集・処理・解析用の周辺機器から構成され、約10Hzまでの任意の圧力変動を再現することを目指して作成された、トラップ性能試験装置の基本特性について検討した章であり、6種類の排水トラップを実大排水実験タワーに設置して封水損失を求めた結果と、そこで得られた圧力データをトラップ性能試験装置に加えて封水損失を求めた結果の比較などから、本装置が本研究に用いる試験装置として十分な性能を有することを示している。

 「第3章 市販トラップの調査およびトラップ基本性能の検討」では、まず、現在市販されている排水トラップについて調査を行い、それらの用途・形状・構造などの分析を行い、現状で採用されているトラップの全体像と特徴を把握している。その上で、排水トラップの耐管内圧力性能に関する基礎的検討および封水の損失とともに変化する封水の固有振動数に関する詳細な検討を行い、固有振動数はすべて3Hz以下であり、大略1.7〜1.9、2.1〜2.4、2.5〜2.7Hzの3領域に分類できること、定常成分に相当するバイアスを加えた正弦圧力波での実験から、定常成分が小さいほど封水損失にとって厳しい条件となることを示している。

 「第4章 実管内圧力の解析およびデータベースの作成」は、試験用圧力波を作成するために必要な、実際の排水管内で生じる圧力について系統的に検討した章である。まず、排水実験タワーを所有する大学・メーカを対象に、原則としてサンプリング周波数50Hzの圧力データの提供を依頼し、入手した圧力データをデータベースとして整理している。その上で、FFT解析などにより解析を行い、JIS継手と、近年住宅・ホテルなどで多用されている特殊継手を用いた排水システムでは、後者の方が長周期の卓越成分をもつこと、後者の場合、排水管内で生じる最も低い圧力(システム最小圧力。最小圧力などは、空気調和・衛生工学会の基準に従い、3Hzローパスフィルターをかけた値で評価)が生じる階の上位3位までの卓越振動数はほぼ3つの領域に分類でき、1.3、2.0、2.7Hzの3つの代表周波数が選定できること、システム最小圧力を含む管内圧力の最小値は、平均値と標準偏差を用い一次回帰式で表せることなどを示している。

 「第5章 試験用圧力波の作成に関する基礎的な検討」は、第3章、第4章の結果を基に、試験用圧力波作成を行った章である。空気調和・衛生工学会の排水システム小委員会では、3つの振動数のみを合成できる簡易型の試験装置を開発し、トラップの耐管内圧力性能試験法を普及させることを考えていることから、定常成分の圧力に、3つの周波数の圧力波を加えることにより耐管内圧力性能試験用圧力波を作成することとし、実管内圧力での封水損失より多少厳しい値が生じるものを、詳細な実験に基づく考察から提案している。

 「第6章 結論」では、本論文のまとめと、今後の課題を述べている。

 以上のように、本論文は、建築排水システムにおいて、建物内の衛生環境を確保する上で最も重要な働きをする排水トラップの耐管内圧力性能試験に用いる試験用圧力波について、従来系統的に行われることのなかった排水管内圧力変動の解析、圧力変動によって生じる誘導サイホン作用による封水損失の実験および解析から提案したものであり、一部今後検討すべき課題は残すものの、建築給排水衛生設備分野の発展に寄与するところが極めて大である。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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