学位論文要旨



No 122012
著者(漢字) 林,隆三
著者(英字)
著者(カナ) ハヤシ,リュウゾウ
標題(和) 電磁デバイスを用いた運動・振動制御の手法に関する研究
標題(洋)
報告番号 122012
報告番号 甲22012
学位授与日 2007.03.16
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6407号
研究科 工学系研究科
専攻 産業機械工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 須田,義大
 東京大学 教授 藤田,隆史
 東京大学 教授 金子,成彦
 東京大学 教授 鎌田,実
 東京大学 助教授 鈴木,高宏
内容要旨 要旨を表示する

1. 序論

 運動・振動制御のための新たなデバイスとして近年注目されている電磁デバイスは,運動エネルギと電気エネルギのエネルギ変換を利用した装置であり,その応答性,制御性,省エネルギ性などから,自動車,船舶などの振動・動揺制御に適用が試みられ,一部は実用化されている.電磁デバイスは電気モータと,ボールネジなど直動と回転の変換機構により構成され,モータに接続する電気的特性の変化により電磁デバイスの機能的特性が変化するという特徴を持つ.

 電磁デバイスでは,機械的特性として,その等価慣性質量が大きいことに注意が必要である.この特性により,運動・振動制御の適用対象となる系そのものの特性が変化してしまうからである.電磁デバイスの機械的特性を無視して電磁デバイスを適用した場合,系の振動特性をむしろ悪化させてしまうことも考えられる.

 電磁デバイスを用いた運動・振動制御に関して,現在様々な研究が行われているが,その多くは特定の系を対象にした運動・振動の制御の研究が主であり,電磁デバイスそのものの特性や複合機能装置としての電磁デバイスがもつ新たな可能性について深く議論された事例は見当たらない.

 そこで,本研究では,運動・振動制御装置として新たな可能性を持つ電磁デバイスに着目し,これまでとは逆に特定の系を対象とはせず,まず,電磁デバイス自体の持つ機能や特性について論じ,その上で,実在する系に電磁デバイスを適用することにより,これまでの制御手法に対してどのような利点が得られるかについて論じることを目的とする.

 本論文の流れとして,まずは電磁デバイスの持つ機能的特性,機械的特性を明らかにし,機械的特性を改善する方法について論じる.その後に,実在する系への適用を考え,自動車などのサスペンションを想定した懸架装置,鉄道の車体左右動,船舶の減揺装置を例にとり,それぞれに有効な運動・振動制御手法の提案と,数値シミュレーションや実験によるその有効性の確認を行っている.

2. 電磁デバイスの機能

 電磁デバイスはモータに接続する電気回路を変えることでその機能が変化する.例えば,モータに抵抗を接続した場合,モータに発生する逆起電力が抵抗により消費されることとなり,電磁デバイスはパッシブなダンパとして機能する.電源を用いてモータに電圧を印加すれば,電磁デバイスはアクティブな力を発生するアクチュエータとなる.モータに発生する逆起電力を利用してバッテリやキャパシタなどに充電を行えば,電磁デバイスはエネルギ回生装置として機能する.モータに流れる電流を計測すれば電磁デバイスが発生している電磁力がわかり,また,モータが発生している電圧から電磁デバイスのストローク速度がわかるので,センサとしての機能も持つ.また,センサ機能とアクチュエータ機能を利用してストロークに比例した復元力を発生させれば,ばねとして機能する.このように,電磁デバイスが5つの機能を持つことが評価試験により確認された.

3. 電磁デバイスの機械的特性

 次に,電磁デバイスの機械的特性について論じる.電磁デバイスに特徴的な機械的特性として,モータの回転子の慣性モーメントに起因する等価慣性質量の慣性力による影響が挙げられる.この影響は特に高周波において大きくなり,適用する系の振動特性に影響を与える.そこで,この等価慣性質量の影響をモータの制御により補償する方法を提案する.まず,第1の方法は,ストローク加速度から等価慣性質量による慣性力を推定して,それを打ち消すだけの力をモータにより発生させる方法である.そして第2の方法は,通常,電磁デバイスにパッシブな減衰力を発生させる場合には,ストローク速度にある減衰係数を乗じて出力目標値とするが,その出力目標に1次のローパスフィルタをかけてその位相を遅らせ,慣性力による位相の進みを相殺する方法である.評価試験によりその効果が試験され,どちらの方法でも実験結果は慣性力による影響が低減されることを示しており,提案した方法が有効であることが確認された.これら機能的特性,機械的特性を考慮して,次章以降では,電磁デバイスによる運動・振動制御を実在する系に適用することを考える.

4. 電磁デバイスの連携制御

 自動車などのサスペンションのように,一つの被懸架物体に対して複数の振動制御装置を用いる系の運動・振動制御には,電磁デバイスの連携機能を用いるのが有効である.電磁デバイスの連携とは,電磁デバイスに使用されるモータ同士を,電気回路を介して接続し,一方の電磁デバイスで発生する逆起電力が他方に印加されるようにすることである.これにより,被懸架物体に通常では実現できない特性を与えることが可能となる.接続する電気回路としては,抵抗ブリッジ回路,電源に対してモータが並列接続される回路,および,電源に対してモータが直列接続される回路の3つを提案する.まず,抵抗ブリッジ回路を用いた場合は,被懸架物体の上下と回転の減衰特性を独立に変化させることが可能となる.電源に対してモータを並列接続した場合,モータには常に同じ電圧が印加されることになり,したがって,被懸架物体には,上下あるいは回転のどちらかにのみ,能動的な力を与えることが可能となる.電磁デバイスのストロークに応じて回転方向にのみ復元力を与えた場合,上下系のサスペンションによりスタビライザの機能を実現できる.また,電源に対してモータを直列接続した場合は,2つの電磁デバイスは常に等しい電流が流れる.これを利用して,電磁デバイス間の平均ストロークが0となるよう制御することで,電磁デバイスは仮想的なリンク機構として機能することになる.また,左右の電磁デバイスのストロークの重みを変えて変位制御を行うことにより,仮想リンクの支点位置を変化させることができる.本研究ではこれら3つの回路を電磁デバイスの連携制御として提案し,理論検討と数値シミュレーションおよび2つのモータを連携させた基礎実験により,その効果を確認した.

5. 高速鉄道の左右動アクティブ制御への応用

 次に,電磁デバイスを用いた運動・振動制御を高速鉄道車両の左右動アクティブ制御に適用することを考える.高速鉄道では,すでに空気圧式フルアクティブ制御が実用化されているが,それに替わる新たなアクティブ制御として,エネルギ消費を極力抑制し,なおかつ最大限の振動抑制効果を得るようなアクティブ制御が望まれている.そこで,本研究では,電磁デバイスの省エネルギ性を利用した左右動アクティブ制御を提案する.電磁デバイスを用いた制御では,負の減衰力やモータ自身で吸収できるよりも大きい減衰力を発生させるときにはエネルギ消費を伴うが,モータ自身で吸収できる減衰力の範囲内であれば,エネルギを必要としない.また,このとき吸収する発電電力を回生してバッテリなどに蓄えておくことにより,アクティブ制御のエネルギ消費はさらに抑えることが可能である.本研究では,鉄道車両の左右動ダンパを置き換えるものとして鉄道用電磁アクチュエータを製作し,実規模台車試験装置を用いたアクティブ制御試験によって,アクティブ制御の性能とエネルギ収支の評価を行った.その結果,アクティブ制御により車体の左右振動は低減され,このときアクティブ制御に要した電力は,平均数ワットであった.このことから,電磁デバイスを用いた左右動アクティブ制御により,エネルギ消費の少ないアクティブ動揺制御が実現できたと言える.

6. 舶用減揺装置のセルフパワード・アクティブ制御

 波浪による船舶の動揺に対しては,建物の制振技術を応用した能動型舶用減揺装置が開発され,実用化されている.この減揺装置は,可動マスと呼ばれる錘により,動吸振器の原理により船体の動揺を低減するものであるが,アクティブ制御を行っているためエネルギ消費を伴う.そのアクティブ制御の問題を解決するために,セルフパワード・アクティブ制御を適用することが提案されている.セルフパワード・アクティブ制御とは,振動からエネルギを回生して蓄電装置に蓄え,そのエネルギによりアクティブ制御を行うというものである.これを舶用減揺装置に適用した場合,波浪のエネルギを回生してアクティブ制御を行うということになる.本研究では,この舶用減揺装置に適用したセルフパワード・アクティブ制御について,模型船用の減揺装置とセルフパワード・アクティブ制御システムを製作し,模型船を用いた水理模型実験によりその効果を検証した.実験の結果,船体の動揺は減揺装置非作動時の約半分に抑えられ,蓄電装置には電力が尽きることなく蓄えられていた.これにより,舶用減揺装置のセルフパワード・アクティブ制御の有効性が実証された.

7. 結論

 本研究では,運動・振動制御装置として新たな可能性を持った電磁デバイスに着目し,まずは特定の系を対象とはせず,電磁デバイス自体の持つ機能や特性について論じた.その上で,自動車などのサスペンション,高速鉄道車両左右動アクティブ制御,舶用減揺装置のセルフパワード・アクティブ制御という,3つの実在する系を例にとり,電磁デバイスを用いた運動・振動制御により,これまでの制御手法に対してどのような利点が得られるかについて論じ,理論解析や数値シミュレーションおよび実験により,その有効性を確認した.

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、「電磁デバイスを用いた運動・振動制御の手法に関する研究」と題し、9章よりなっている。

 近年、自動車用電磁ダンパや能動型舶用減揺装置として、運動エネルギと電気エネルギの相互変換を利用した運動・振動制御装置(以下、これらを電磁デバイスと呼ぶ)が開発されており、その優れた応答特性、制御性、省エネルギ性により多方面から注目されている。

 本論文では、この電磁デバイスを用いた運動・振動の制御に着目し、電磁デバイス自身の持つ機能的特性や機械的特性について論じ、さらに、自動車、鉄道車両、船舶などを対象とした電磁デバイスの諸機能を融合させた運動・振動制御手法を提案し、理論解析および実験による検証によってその有効性を明らかにしたものである。

 本論文の第1章は、「序論」と題し、研究の背景および本研究の目的について述べている。

 第2章は、「電磁デバイス」と題し、電磁デバイスの原理や構造について述べ、また、電磁デバイスの発生する力特性の定式化を行っている。既存の振動制御装置との互換性から、電磁デバイスの電動機には回転モータを使用するとし、ボールねじ等の機構により回転と直動の変換を行う方式を用いるとしている。

 第3章は、「電磁デバイスの機能」と題し、電動機に接続する電気回路により得られる、パッシブ・ダンパ、アクチュエータ、エネルギ回生、センサ、ばねという5つの機能があることを論じ、それぞれにについて、評価試験により検証を行っている。

 第4章は、「電磁デバイスの特性」と題し、電磁デバイスの機械的特性について論じている。電磁デバイスの特徴的な特性である、電動機の回転子による慣性質量の影響について、理論検討や特性試験により明らかにし、その周波数応答は歯車の減速比やボールねじのリードなどの変換機構によっては不変であることを示している。また、この機械的特性を電動機の制御により改善する方法を提案し、評価試験によりその有効性を確認している。

 第5章から第8章では、電磁デバイスを用いた運動・振動制御の実在する系への適用について論じている。

 第5章は、「電磁デバイスの連携制御」と題し、電磁デバイスを用いた運動・振動制御の自動車のサスペンションなどへの適用について検討している。電気的に結合した2つの電磁デバイスを連携させることにより、実現される新しい運動・振動制御手法を提案している。理論検討によりその特性を明らかにし、数値シミュレーションにより、自動車のサスペンションに適用した場合のスタビライザ機能やリンク機能について、有効性の確認を行っている。

 第6章は、「電磁デバイス連携制御実験」と題し、第5章で提案した電磁デバイスの連携手法について、基礎実験による検証を行っている。製作した実験装置により、連携させた電磁デバイスの特性試験結果について述べ、理論解析で予測した特性が実現されることを確認し、さらに、電気エネルギの流れや電源の消費電力に関する考察を行っている。

 第7章は、「高速鉄道の左右動アクティブ制御への応用」と題し、電磁デバイスを用いた運動・振動制御の高速鉄道車両への適用の提案とその有効性について論じている。電磁デバイスの省エネルギ性に着目したアクティブ制御を、車体の左右振動の抑制制御に適用することを提案し、理論検討、数値シミュレーションおよび実験により、その効果を確認している。実際に試作した鉄道車両用電磁アクチュエータを実物の新幹線用試験台車に装着し、車両試験台にて制御実験を行い、極めて小さな消費電力により車体の動揺抑制の可能性があることを実証している。

 第8章は、「舶用減揺装置のセルフパワード・アクティブ制御」と題し、電磁デバイスを用いた運動・振動制御の船舶の動揺制御への適用の有効性について論じている。理論解析および数値シミュレーションによりセルフパワード・アクティブ制御による減揺装置の性能評価を行い、模型船を用いた水槽実験により、外部電源を使用することなく波浪エネルギを利用することにより船体の動揺を約半分に低減させうることを示している。さらに、実験では電磁デバイスのばね機能も実現している。

 第9章は、「結論」と題し、以上の結果を要約し、本論文の結論を述べている。

 以上、本論文は、自動車、鉄道車両、船舶などの機械システムに対して、系の特徴や要求性能などに応じて電磁デバイスにより運動・振動系の制御を行うための手法について論じたものである。電磁デバイスの機能をパッシブ・ダンパ、アクチュエータ、エネルギ回生、センサ、ばねという5つの機能に整理するするとともに、新たに、複数の電磁デバイスを連携させることにより、スタビライザやリンク機構を実現させる手法を構築している。さらに、これらを実際に適用した自動車サスペンション、高速鉄道車両の振動抑制制御、船舶減揺装置について、数値シミュレーションおよび実スケールおよび模型による実証実験を行い、有効性を確認している。よって、これらの研究成果は、機械工学に寄与するところが大きい。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

UTokyo Repositoryリンク