学位論文要旨



No 122013
著者(漢字) 掛川,晃彦
著者(英字)
著者(カナ) カケガワ,アキヒコ
標題(和) キャビテーション・ジェットを利用した有機化合物の分解に関する研究
標題(洋)
報告番号 122013
報告番号 甲22013
学位授与日 2007.03.16
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6408号
研究科 工学系研究科
専攻 環境海洋工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 川村,隆文
 東京大学 教授 山口,一
 東京大学 教授 松本,洋一郎
 東京大学 教授 佐藤,徹
 東京大学 助教授 阿久津,好明
内容要旨 要旨を表示する

 近年、種々の産業の飛躍的な発展により、環境問題がマスメディアなどにより頻繁に報道されるようになった結果、環境悪化が社会的な問題として認識され、論議されるようになってきた。 とりわけ、都市ゴミや産業廃棄物などの焼却施設から排出されるダイオキシン類による悪影響を不安視する傾向が大変強く、このことはダイオキシン問題がテレビ、雑誌、新聞等で頻繁に取り上げられていることからもうかがい知ることができる。

 ダイオキシン類の発生量を抑制することは可能ではあるが、発生そのものを根絶することはほぼ不可能であるため、環境中に排出されたダイオキシン類は何らかの手段を講じて分解し、毒性のない物質へと変化させることが切望される。その中で、キャビテーションを用いた有害有機化合物の分解無害化に大きな注目が寄せられ始めている。

 従来の船舶工学、機械工学の分野においては、キャビテーションの発生をできるだけ抑制し、実害を最小限に抑えることを目的とした研究が行われてきた。しかし、近年では逆にその激しい衝撃力に着目し、キャビテーションを積極的に有効利用しようとする研究が盛んに行われるようになってきた。 水溶液中の成長したキャビテーション気泡が急速に圧縮崩壊するとき、気泡の崩壊速度が熱交換に要する時間と比較して極めて速いため、断熱的に熱が蓄積される。そのため崩壊の際には「Hot Spot」と呼ばれる局所的な高温・高圧場(5000℃以上、千数百気圧以上)が形成されるといわれている。このHot Spot理論により、水分子は結合解離エネルギー以上の高温に熱せられ、結合の均一解離によりOHラジカルとHラジカルが生成される。OHラジカルは極めて強い酸化剤であることが知られている。水に溶解している微量な有機化合物は、気液界面で直接的に熱分解されるか、OHラジカル反応によって間接的に分解される。

 本研究では、キャビテーション・ジェットによる基礎的な実験を系統的に実施し、それらのデータを分析、考察、検討することにより「キャビテーション・ジェットを利用した有害有機化合物の分解システム」の構築に有用となる初歩的な知見を探究することを目的とした。

 ダイオキシン類の代替物質として、ビフェニル、ジベンゾフラン、ジベンゾ-p-パラジオキシン、1,4-ジクロロベンゼンの4種類の有機化合物を使用して、各種実験が実施された。すべての試料溶液で分解実験を行ったところ、溶質である有機化合物が時間とともに減少していることが確認された(Fig.1)。そして同時に、溶液中に生成された陰イオン濃度を計測した結果、時間とともに増加していることが明らかとなった(Fig.2)。

 単に有機化合物の減少のみが確認された場合、それは溶質の揮発、あるいは物理吸着などが起因したものとも考えられるが、ここでは陰イオン(炭酸イオン、塩化物イオン)の生成・増加が確認されたことから、化学反応による溶質の酸化分解が立証されたことになる。

 次に、有機化合物の分解メカニズムの解明や分解効率の向上を目的として、種々の力学的なパラメータを変化させた実験を試みた。この結果には、塩化物イオンの無次元生成速度係数βが使用された。無次元生成速度係数βは以下の式により定義される。

β=(α/α0)・(V/Q)

 ここでα、α0、VそしてQは各々、塩化物イオン濃度の増加率、1,4-ジクロロベンゼンの初期濃度、試料溶液の総体積、そして流量である。

 Fig.3には、種々の実験における無次元生成速度係数βとキャビテーション数sの関係を示す。また、Fig.4には、種々の実験における無次元生成速度βと吐出圧P1の関係を示す。

 これら2つのグラフより、無次元生成速度係数βは一定の吐出圧P1の下ではキャビテーション数sの減少にともなって増加していること、そして一方では、無次元生成速度係数βは一定のキャビテーション数sの下では吐出圧P1の増加にともなって増加していることが分かる。この結果より、以下の実験式が算出された。

β∝C・P(0.87)1・e(-23.5σ)

 ここでCは物質係数であり、1,4-ジクロロベンゼンの水溶液を精製する際に助剤としてメタノールを使用した場合は0.6となり、助剤を使用しなかった場合には1となる。Fig.5はC・P(0.87)1・e(-23.5σ)と無次元生成速度係数βの線形の関係を示したものである。

Fig.1各種有機化合物の分解実験の結果(溶質の減少率)

Fig.2 各種有機化合物の分解実験の結果(生成物の増加量)

Fig.3 種々の実験における無次元生成速度係数βとキャビテーション数sの関係

Fig.4 種々の実験における無次元生成速度βと吐出圧P1の関係

Fig.5 C・P(0.87)1・e(-23.5σ)と無次元生成速度係数βの関係

審査要旨 要旨を表示する

 キャビテーションによって発生する局所的な高温を利用して、ダイオキシン等の難分解性の有機化合物を分解する技術が注目を集め、国内外で研究が進められている。キャビテーションを発生させる方法としては超音波を使用する方法と、流体力学的な方法の2通りがある。このうち、超音波を使用する方法は実験が容易である利点があり、これまでの研究で主に用いられてきた。しかし、電気エネルギーを超音波振動子により超音波エネルギーに変換する際に大きな損失が発生するため、大規模なプラントには適していないと考えられている。一方で、ポンプとノズルまたはオリフィスなどを用いて流体力学的にキャビテーションを発生させる方法は、構造が単純であり機械的な効率が高いという利点があるが、実験が難しいという問題があったため、これまでにはあまり研究されてこなかった。これに対して、本研究の目的は、ノズルから高圧で静止水中に水ジェットを吹き出すことにより発生する「水ジェットキャビテーション」について、実験装置及び方法を工夫することで再現性がある実験を可能にするとともに、条件を系統的に変化させた実験を行うことにより、キャビテーションによる有機化合物の分解に関する基礎的な理解を深めることである。

 本論文は7つの章で構成されている。第1章では、本研究の背景と目的および進め方に関して述べ、第2章では新たに設計された実験装置について述べている。続いて第3章においては、水ジェットキャビテーションの流体力学的特性を明らかにする実験を行った結果について述べている。ここでは、PVDF膜を用いた高時間分解能衝撃力センサを用いて、気泡崩壊衝撃力の大きさと発生頻度を計測し、ノズルからの距離及び周囲圧との関係を整理した点が新しい成果であると言える。

 第4章では、従来の実験方法における問題点を指摘し、イオンクロマトグラフィによる生成物(陰イオン)濃度変化の分析を行うことで定量的に分解速度を計測できることを示した。

 第5章では、第4章で示したキャビテーション・ジェットによる有機化合物の分解の定量的な計測手法を用いて、各種の条件下における分解実験を行った結果を述べている。吐出圧、周囲圧力、ノズル径、ノズル形状、有機化合物の種類、総体積、ラジカル捕捉剤の有無、紫外線照射の併用など幅広い条件に対し系統的に実験を行い、各パラメータが分解効率に与える影響を定量的に評価したことが重要な成果である。

 第6章では第5章の実験結果から相似則を導出することを行った。まず、第5章で示した系統的な実験により計測された吐出圧力と周囲圧力及び有機物の種類の影響についての実験式を提案した。続いて、第3章で行ったキャビテーション・ジェットの力学的特性に関する計測結果を参照して、分解プロセスに関する仮説を用いたより合理的な相似則の検討を行った結果について述べている。

 以上に示したように、本論文は流体力学的キャビテーションの有機化合物分解への応用に関して、初めて系統的に条件と分解速度の関係を調べ、さらに力学的特性との関連から分解速度に関する相似則を提案した点に大きな価値を持つ。

 よって、本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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