学位論文要旨



No 122014
著者(漢字) 武田,修治
著者(英字)
著者(カナ) タケダ,シュウジ
標題(和) 部位特異的修飾法による蛋白質-DNAコンジュゲートの作製技術の開発とその応用
標題(洋)
報告番号 122014
報告番号 甲22014
学位授与日 2007.03.16
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6409号
研究科 工学系研究科
専攻 化学生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 長棟,輝行
 東京大学 教授 菅,裕明
 東京大学 教授 後藤,由季子
 東京大学 助教授 上田,宏
 東京大学 講師 新海,政重
内容要旨 要旨を表示する

1.緒言

 タンパク質の高機能化を指向して、従来は遺伝子工学的なアプローチと化学修飾のアプローチがとられてきた。蛋白質の機能拡張という面では遺伝子工学的なアプローチでは20種類のアミノ酸の組み合わせに限られるという限界があり、また従来の化学修飾法ではさまざまな非天然分子を蛋白質に対して導入できるものの化学修飾部位を限定できないという問題点がある。

 近年それらの問題点を克服すべく、拡張コドン法やタンパク質の全合成や半合成を用いて非天然分子を導入する研究が盛んになってきている。拡張コドン法では部位特異的にさまざまな非天然アミノ酸が導入されている。しかし導入できる非天然アミノ酸はその立体的な嵩高さなどにより導入効率が制限されるため高分子の直接導入は難しい。タンパク質の全合成法では非天然分子を導入したペプチド断片を縮合して連結するという手法である。しかし一般に長いペプチドの合成は合成効率が低下するため、高分子量の蛋白質の全合成による非天然分子の導入は困難であり現実的ではない。そこで半合成的手法が用いられる。半合成的手法とは大腸菌などに発現させておいたタンパク質断片に対して、非天然分子を導入した合成ペプチド断片を末端特異的に連結するという戦略である。このような遺伝子工学的なアプローチと化学的なアプローチの融合が次世代型の機能性蛋白質の作製には必要であると考えられる。

 DNAは塩基配列に特異的な相補的な結合をするという独特な性質を有しており、配列の設計次第で高次構造のプログラミングが可能であるため分子配置の制御技術としてナノバイオテクノロジーの分野において注目されている。また相補的会合能のほかに、分子認識をするアプタマーと呼ばれる配列あるいは触媒活性を有する配列などが知られており、蛋白質に導入することで新しい機能性ハイブリッド分子の構築が期待される。DNAは固相における合成法が確立されており、比較的安価にさまざまな配列が入手可能である、また様々な機能性の修飾塩基の合成およびその機能が報告されているためエンジニアリングの対象として非常に興味深い。そこで、本研究では自然界に存在する機能性高分子であるDNAの蛋白質への末端特異的な導入法を確立する。さらに得られた均質な蛋白質-DNAコンジュゲートの特性を利用し分析化学分野等への応用に関する研究を行った。

2.蛋白質への末端特異的DNA導入法の開発

 従来の蛋白質へのDNA導入法では化学量論の制御が困難であり、修飾部位が制御された均質なコンジュゲートを作製することは難しい。マレイミド法では表面システインがひとつに限られない場合や酵素活性にシステイン残基が必要な場合には適した戦略ではない。単純な構造と化学的安定性、汎用性を併せ持ったDNA修飾法はこれまで報告がない。そこでネイティブライゲーションを蛋白質へのDNAの部位特異的導入に応用することを試みた。ネイティブケミカルライゲーションを利用し蛋白質に対して蛍光分子やビオチンなどの小分子の末端特異的な導入に関する報告がこれまでになされているが、ペプチド以外の高分子の導入の報告例は見当たらない。

 N末端システインとチオエステルの間で起こるネイティブケミカルライゲーションを蛋白質-DNAコンジュゲートの作製に応用するために、末端にアミノ基が修飾された市販のDNAに対してシステインの分子骨格とチオエステルを修飾する戦略をとることにした。水溶液系でDNAを修飾のするためにNHSエステル試薬1,2を設計し合成した(図1)。アミノ基が修飾されたオリゴヌクレオチドへの試薬1,2による修飾は、HPLCとMALDI-TOF-MSにより反応追跡と生成物の同定を行った。C末端チオエステル体およびN末端システインの蛋白質はインテイン融合型蛋白質発現システムを用い発現系を構築し、キチンビーズ上でのインテイン自己切断反応を利用して精製し取得した。モデル蛋白質として緑色蛍光蛋白質EGFPを用いて試薬1、2を用いたDNA修飾実験に用いた。SDS-PAGEとMALDI-TOF-MSの結果より部位特異的な修飾を確認した。緩衝液中で4℃という温和な条件でのライゲーション反応ではGFPの緑色蛍光は失われないことを確認した。試薬1、2を用いたDNA修飾ではDNAの鎖長(35merまで確認)や配列、修飾部位(3'/5')にかかわらず、蛋白質としてこれまでにEGFPのほかにもRenilla Luciferase、Firefly Luciferase、ProteinG C1ドメインに関してネイティブケミカルライゲーションによるDNAの部位特異的修飾ができることを確認しており、ネイティブケミカルライゲーションを応用した本手法は蛋白質-DNAのコンジュゲート作製に応用できる汎用性のある手法であることが分かった。この新しい戦略をとることで簡便な3'修飾および5'修飾が可能になると考えられる。特に3'修飾に関しては通常特殊な固相担体を用いる必要があるので本手法は有効である。

 固相核酸自動合成に使用可能かつ末端ではないDNAの配列の内部に蛋白質を導入するためネイティブケミカルライゲーションに適した修飾塩基としてウリジンを基本骨格として試薬3、4を設計し合成した(図1)。試薬3、4はDNA自動固相合成機を用いてオリゴヌクレオチドに導入、精製しMALDI-TOF-MSによって導入を確認した。得られたオリゴヌクレオチドとビオチンチオエステル、EGFPチオエステルとをネイティブケミカルライゲーションに供した。

 試薬3および4を導入したオリゴヌクレオチドを用いても蛋白質‐DNAコンジュゲートの作製が可能であった。ビオチンチオエステルの反応性で評価する限り、試薬3および4の反応性はほとんど同じであった。ウリジンの5位への化学修飾はDNAの2本鎖形成を不安定化しないことが知られているので、試薬3,4を用いたコンジュゲート作製法はDNAをテンプレートにした分子配置に用いるのに適していると考えられる。これらの新しい手法の開発により蛋白質-DNAコンジュゲートの分子設計の自由度が高まった。

3.蛋白質-DNAコンジュゲートの分析化学への応用

 新しい戦略によって作製された蛋白質-DNAコンジュゲートは融合蛋白質と同様に末端特異的にDNAが1:1で修飾されているという特徴を持っている。この末端特異性を利用できれば、分子配向性が重要とされており従来遺伝子工学的な蛋白質改変でしか行われてこなかった手法を蛋白質-DNAコンジュゲートによっても実現できるのではないかと考えられた。そこで蛋白質-DNAコンジュゲートを用いた蛋白質フラグメント会合アッセイ(PCA)への応用を試みた。

 split-firefly luciferaseを用いてPCA系を構築することにした。蛋白質断片の会合を促進するために、zinc fingerと2本鎖DNAの配列特異的な結合を利用することで配向性のコントロールができる系を設計した。N末端側断片LucNのC末端にはDNA結合モチーフであるzinc fingerのZif268を融合させた(LucN-Zif268)。C末端側断片LucCのN末端にはインテインの自己切断反応を利用してシステインが提示されるようベクターを設計し発現させ、N末端のシステインに対し新しく開発したN末端特異的DNA修飾法によって2本鎖DNAを修飾した。LucCが2本鎖DNAで修飾されていることは、フルオレセイン標識のDNAをハイブリダイズさせた修飾核酸をライゲーション反応に用い、反応液のSDS-PAGEゲルの蛍光像およびクマシー染色によって確認した。ゲルシフトアッセイによりLucN-Zif268は亜鉛の存在下で2本鎖DNAへの結合活性が得られ、かつLucNの弱い残存発光活性を有していたためLucN-Zif268は期待通りの活性を有したフォールディングをしていると考えられる。PCAではLucN-Zif268では亜鉛を配位したLucN-Zif268と2本鎖DNA修飾LucCを混合したときに、発光活性の増加が見られた。したがってZif268と2本鎖DNAの間の相互作用によって活性回復がなされたと考えられた。活性回復の度合いが非常に低いことや、非特異的なZif268の結合を抑えられないなどの解決すべき問題がある。しかしながら本系は、タンパク質と合成分子の間の相互作用を観測するための系のモデルとしてDNAと蛋白質の相互作用を、末端特異的修飾した酵素断片を用いPCA系で検出を行なったはじめての例であると言える。またSplit-Luciferaseの系はDNA以外の合成分子とタンパク質間の分子間相互作用検出への応用が考えられる。

4.結言

 本研究ではネイティブケミカルライゲーションを利用した蛋白質の末端特異的なDNA修飾法の開発を行った。さらに新しい手法の特性を生かし分析化学への応用を試みた。蛋白質とDNAの機能を融合したハイブリッド分子を構築し応用するには、分子設計が重要でありまたコンジュゲートの収量の向上も必要である、本研究で開発した手法はそのための有効な方法論になりうると考えられる。

図1.蛋白質-DNAコンジュゲート作製のための試薬1〜4の構造

審査要旨 要旨を表示する

 任意の高分子を蛋白質に導入する技術は、遺伝子工学的手法を用いたアミノ酸置換などの既存の技術では困難な新規な機能を蛋白質に付与することができるため、蛋白質機能の改変技術として極めて有望である。例えば、機能性人工高分子や生体高分子を蛋白質に連結することによって、複合機能を有する蛋白質-高分子ハイブリッド分子を創製できる可能性がある。このような蛋白質の修飾法としては、どのような種類の蛋白質に対しても部位特異的に修飾を可能にする汎用性と特異性を有する連結技術が求められる。

 本研究は蛋白質に対しDNAを部位特異的に連結する技術の開発とその応用にかかわるものである。共有結合的な連結方法として、チオエステルとN末端システインの間に起こるネイティブケミカルライゲーション反応を利用し、蛋白質のN末端およびC末端に部位特異的にDNAを共有結合で連結する技術の開発に成功している。得られたDNA修飾蛋白質が蛋白質およびDNAの両者の機能を保持していることを種々の方法によって明らかにしている。また末端特異的に修飾されたDNA修飾蛋白質の性質を利用して、DNA結合蛋白質と2本鎖DNAとの相互作用あるいは相補的DNA鎖間の相互作用を検出するルシフェラーゼ断片の再構成実験を行い、これまで主に蛋白質-蛋白質相互作用、ペプチド-蛋白質相互作用などの検出に用いられてきた酵素断片再構成系の適用範囲を非ペプチド系分子間相互作用の検出へと拡張している。さらに大腸菌由来のジヒドロ葉酸還元酵素(DHFR)とその阻害剤Trimethoprim(TMP)の間の高い親和性を利用し、DHFR融合蛋白質にTMP修飾DNAを非共有結合的に連結することによってDNA修飾蛋白質を作製する技術も確立している。このように、部位特異的な共有結合、非共有結合反応による機能的な蛋白質-DNAハイブリッド分子の構築技術を開発し、DNA修飾蛋白質の様々な分野への応用のための基盤を確立した。

 第1章では研究の背景、研究目的について述べている。

 第2章においては、DNAと蛋白質との連結法として両者の機能を損なう可能性の少ない、温和で部位特異的なネイティブケミカルライゲーションに基づく蛋白質へのDNA導入法を開発している。すなわち、末端アミノ基修飾されたオリゴヌクレオチドへのシステイン修飾試薬として、アミノ基とチオール基をそれぞれFmocとターシャリーブチルチオール基で保護したシステインをNHS活性エステル化した試薬1とベンジルメルカプタンをリンカーによってNHS基と連結したチオエステル化試薬2を新規に合成している。この試薬1で修飾して調製した末端システイン化オリゴヌクレオチドとインテイン融合発現系を利用して調製したC末端チオエステル型の蛋白質の間のライゲーション反応により、バッファー中、温和な条件下で、蛍光蛋白質ECFP、Protein GのC1ドメイン、ホタルルシフェラーゼなど種々の蛋白質のC末端特異的にDNAを効率良く導入できることを明らかにしている。また、インテイン融合蛋白質のセルフスプライシング反応を利用して蛍光蛋白質ECFPやレニラルシフェラーゼなどのN末端にシステインを提示させておき、試薬2で修飾した末端チオエステル化オリゴヌクレオチドと反応させることでN末端特異的にDNAを導入できることも明らかにしている。末端特異的に修飾した蛋白質-DNAハイブリッド分子に関して、DNAの機能が損なわれていないことを、1本鎖DNA固定化プレート上への相補的DNA鎖修飾蛋白質の相補鎖配列特異的な固定化やトロンビン固定化プレート上へのトロンビンDNAアプタマー修飾蛋白質のアプタマー配列特異的な固定化を確認することにより検証している。蛋白質-DNAハイブリッド分子の蛋白質機能が保持されていることも、蛋白質の蛍光活性、酵素活性等の機能を評価することにより検証している。

 さらに、DNAの配列内の任意の部位に蛋白質を固定することを可能にするため、核酸自動合成機で使用可能なシステイン様骨格を有するウリジンのホスホロアミダイト化を試み成功している。新たに合成した試薬3はホスホロアミダイト法により核酸の任意の部位への導入が可能であり、また、試薬3による修飾は2本鎖DNAの安定性に影響を及ぼさないことを明らかにしている。さらに、試薬3を導入したオリゴヌクレオチドに対して、C末端チオエステル体蛋白質を部位特異的に連結することに成功している。このように、DNA鎖の任意の位置に蛋白質をC末端特異的に修飾する技術を確立している。

 第3章においては、蛋白質末端特異的修飾の特性を生かした応用として、分割発現させた酵素の再構成系を構築している。分割発現と精製が可能であったホタルルシフェラーゼ断片の末端特異的DNA修飾ハイブリッド分子を作製し、二本鎖DNAとZinc fingerとの間の相互作用および相補的塩基配列を持つDNA鎖間の相互作用を利用した蛋白質再構成系を構築した結果について述べている。Zinc fingerと二本鎖DNAの相互作用検出系ではZnを再構成した時に、また、相補的DNA鎖間の相互作用検出系の場合には塩基配列と配向性特異的にホタルルシフェラーゼの発光活性が回復することを示し、酵素再構成系の相互作用部位を非ペプチド性分子とすることで、非ペプチド系分子間相互作用の検出系として用いることができることを明らかにしている。

 第4章では、非共有結合的な蛋白質-DNAハイブリッド分子の作製法を提案している。TMP修飾DNAを新たに合成し、大腸菌由来DHFRと標的蛋白質の融合蛋白質を作製し、両者を混合することによって蛋白質-DNAのハイブリッド分子を得ることに成功したことを述べている。得られた分子は固相上に固定化した相補的な配列を持つ1本鎖DNAとのハイブリダイゼーションが可能であり、また、DNAアプタマーをハイブリッド化してもアプタマーの性質を損なうことがないことを明らかにしている。また、哺乳類細胞において発現させたDHFR融合蛋白質をTMP-DNAと連結し、基板上に固定化された相補的DNA鎖に温和な条件でハイブリダイゼーションさせ、位置特異的に蛋白質を固定化した蛋白質チップを自己組織的に作製することが可能であることを示している。

 第5章では本論文の統括と展望を述べている。

 以上、本論文は汎用性と修飾部位特異性を有する蛋白質-DNAハイブリッド分子の新しい構築法を開発し、その技術を用いて調製した様々な蛋白質-DNAハイブリッド分子の応用例を示し、本ハイブリッド分子構築技術の有用性を実証したものである。これらの成果は、蛋白質工学分野ならびに化学生命工学分野の発展に寄与するところが大きい。よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格であると認められる。

UTokyo Repositoryリンク