学位論文要旨



No 122015
著者(漢字) 加藤,敬行
著者(英字)
著者(カナ) カトウ,タカユキ
標題(和) ヒトRNA干渉における3塩基周期性と活性予測に関する研究
標題(洋)
報告番号 122015
報告番号 甲22015
学位授与日 2007.03.16
学位種別 課程博士
学位種類 博士(工学)
学位記番号 博工第6410号
研究科 工学系研究科
専攻 化学生命工学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 鈴木,勉
 東京大学 教授 小宮山,真
 東京大学 教授 長棟,輝行
 東京大学 教授 後藤,由季子
 東京大学 助教授 和田,猛
内容要旨 要旨を表示する

・緒言

 RNA干渉(RNAi)とは、細胞に2本鎖RNA(dsRNA)を導入すると、配列特異的にターゲット遺伝子の発現抑制が起こる現象である(Fig.1)。当初、哺乳動物細胞においては長いdsRNAを導入すると非特異的なmRNAの分解とタンパク合成のシャットダウンが生じるという問題があったが、Tuschlらのグループはこのような長いdsRNAに対する防御機構を回避するために、初めから短い21〜23塩基程度のdsRNAを導入する方法を開発した。このような短いdsRNAは一般にsmall interfering RNA(siRNA)と呼ばれている。細胞内に導入されたsiRNAは、DicerやそのパートナータンパクであるTRBP(transactivating response(TAR) RNA-binding protein)などとともに複合体を形成する。さらに、ターゲットRNAの切断活性(スライサー活性)を有するago2に受け渡されてRISC(RNA-induced silencing complex)複合体を形成し、ターゲットRNAを認識・切断する。

 このように、哺乳動物細胞においても特異的な遺伝子発現抑制が実現されたことにより、RNAiは医薬品開発や生命科学分野の様々な研究において応用され始めている。実際に、RNAiによるHIVなどのRNAウィルスの発現抑制の成功例が数多く報告されているほか、siRNAを用いた様々な機能未知遺伝子の機能解析の例も近年多く報告されている。

 しかしながら、RNAiにおいてはsiRNAの配列を標的遺伝子内のどの位置に設定するかによって遺伝子発現抑制効果に大きな差が出るため、活性の高いsiRNA配列をうまくデザインしなければならないという問題がある。既にいくつかのグループによって、siRNAの配列と活性の解析結果からsiRNAのデザインにおけるガイドラインが示されている。例えば、siRNAアンチセンス鎖(=ガイド鎖)の5'末端側が3'末端側と比較して熱力学的により不安定であることが活性に寄与するとされている。しかし、これまでに示されているこのようなガイドラインは、いずれも複数の遺伝子を対象とするsiRNAの活性データを混合した上で解析された結果であった。そのため、活性の測定法の違いによる誤差が大きく、必ずしも精度の高い解析結果とは言えないものであった。そこで、本研究においてはこのような問題点を解決するために、1つの遺伝子(EGFP)のORFを網羅的にターゲットとするsiRNAの配列と活性との関連性を統計的に解析し、siRNAの活性の高さに影響を及ぼす因子の同定を行った。また、この結果を元に活性の高いsiRNAをデザインするためのRNAi活性予測アルゴリズムの開発を行った。

・新規siRNA転写合成法の開発

 まず、実験に使用するためのsiRNAを安価かつ迅速に合成するための手法として、1本鎖のヘアピンRNAを経由してsiRNAを転写合成する方法を確立した(Fig.2)。はじめに、センス鎖とアンチセンス鎖がトリミングループという配列を介してつながれた配列を鋳型DNAのT7プロモーターの下流に配置した。ここで、転写反応によって得られた転写産物は自発的なヘアピン形成によりshort hairpin RNA (shRNA)を形成する。次に、限定条件下で1本鎖のGのみを特異的に切断するRNaseT1を加え、転写開始部分のGとトリミングループ中に配置されたGの3'側で切断させ、最終的にsiRNAを得た。トリミング反応は100mM MgCl2、0℃の条件で30分間行った(Fig.3左)。RNaseT1の濃度は8U/μlのときに最も効率よくトリミングできていることが確認された。また、得られたsiRNAのMALDI-TOFマススペクトルを測定し、目的とするsiRNAが問題なく得られていることを確認した(Fig.3右)。

・RNAi活性に影響を及ぼす因子の同定

 siRNAの活性の高さを決定する因子としては、例えばmRNAの高次構造や相互作用するタンパクの影響などの様々なものが想定できるが、実際にどのような因子によって活性の高さが決定されているのかは完全には明らかにされていない。そこで、本研究においてはEGFP mRNAのすべてのポジションをターゲットとする702本のsiRNAを転写合成によって作成し、その活性の強さと配列との関連性を統計的に調べることによってRNAi活性に影響を及ぼす因子を同定し、RNAi活性予測アルゴリズムの構築を試みた。その結果、siRNAの活性はその塩基組成と明らかな相関性があることが示された(Fig.4)。siRNAセンス鎖(=パッセンジャー鎖)の19塩基のうち、Aの個数x0.4、Uの個数x0.35、Gの個数x0.15、Cの個数x0.1として計算したものの和をsiRNAの塩基組成値としたとき、siRNAの活性と塩基組成の値はよく対応しており、0.601という相関係数の値が得られた。A:U:G:C=0.4:0.35:0.15:0.1という塩基組成パラメータは、値の合計が1になるように数値をランダムに変化させたときに活性との相関が最大になる値である。パラメータ値はG+C

 次に、siRNAセンス鎖の19箇所の塩基について、個々のポジションごとの塩基組成値と活性との相関を調べた結果(Fig.5上:折れ線グラフ)、4・7・10・13・16・19番(3n+1)の位置においては相関係数値が高く、これらの位置ではAやUが活性に寄与していることが示唆された。一方、2・5・8・11・14・17番(3n+2)の位置では相関係数はほぼ0であり、この位置の塩基の種類が活性に影響しないと言える。そして、活性への寄与度には3塩基ごとの周期性があることがわかった。また、相関係数値は全体的に右肩上がりになっており、5'末端側では0に近いのに対し、3'末端側では値が高く、A・Uが活性に大きく寄与していた。

 さらに各ポジションの塩基の種類別の活性への寄与度を調べた結果(Fig.5下)、6・7・13・19番といった位置にAが来た場合や、10番にUが来た場合には活性が上がっているが、11番や17番といった位置においてはどの塩基が来てもあまり活性には影響を与えなかった。これらの結果から活性の高いsiRNAのコンセンサス配列は5'-NNAWMAANNUNAANDWNAA-3'であることが示唆される。

 次に、以上の結果を元に、実際のRNAi活性値を計算によって予測した。RNAi活性の予測値は、全体の塩基組成と個別の位置情報について各々の寄与度を別個に計算し、その合計値をとって算出した。これを702本の抗EGFP siRNA配列について計算したところ、予測値と活性との相関係数は0.726という値を達成した(Fig.6)。予測値80%以上の配列は全て実際に80%以上の活性を示しており、この予測法が活性の高いsiRNAを選択する方法として有効であると言える。またGAPDHmRNAをターゲットとするsiRNAを50本作成し、その予測値と実際の活性を調べたところ、相関係数0.776という値が得られ(Fig.7)、外来遺伝子だけでなく内在の遺伝子に対しても予測アルゴリズムが有効であることが確認された。

・総括

 本研究では、まず新規転写合成法の確立により低コストかつ高品質なsiRNAの供給を可能にした。この方法では96穴プレートを用いて同時に96種類のsiRNAを合成できるため、多検体を迅速に供給することも可能である。また、同時にsiRNAとshRNAの2種類の分子が供給可能であるという利点もある。

 RNAi活性予測アルゴリズムについては、相関係数0.7以上の精度で活性を予測でき、高い活性をもつ配列の選択を可能にした。siRNAの活性の高さは全体の塩基組成と配列に影響を受けていることが示されたが、このことはRNAiのメカニズムを解明する上でも重要である。siRNAはRISC複合体に取り込まれ、センス鎖3'末端から1本鎖に解離するが、センス鎖3'末端にA・Uが多いほうが活性が高くなることは、このステップに影響している可能性がある。また、ポジション10においてはUが活性に寄与しているが、RISCによるターゲットのクリベージサイトが9番と10番の間の位置にあることから、10番にUがあることで切断活性を高めている可能性も考えられる。さらに、塩基配列に3塩基の周期性が見られる点は、RISCとsiRNAとの相互作用に何らかの影響を及ぼしている可能性がある。Fig.8は蛍光相関分光法によってTRBPとsiRNAとの相互作用の強さを解析した結果であるが、配列に3塩基の周期性をもつsiRNAのほうが、TRBPとの結合力が高いことが示された。このことは、TRBPがsiRNAの活性の高さの決定に何らかの形で寄与していることを示唆している。RNAiのメカニズムは多くのステップからなる複雑な反応であり、今後さらに活性予測の精度を高めてゆくためには、活性に影響を及ぼす因子が一連の反応のどのステップに効いているのかをさらに詳細に解明してゆく必要があると考えられる。

Fig.1 RNA interference(RNAi)のメカニズム

Fig.2 新規siRNA転写合成法の概要

Fig.3 RNaseT1によるshRNAの限定分解(siRNAの生成)の結果

左:15%未変性ポリアクリルアミドゲル電気泳動

右:精製後のsiRNAのMALDI-TOFマススペクトル

Fig.4 RNAi活性とsiRNAの塩基組成値との相関性(相関係数R=0.601)

棒グラフ:RNAi活性実測値、

折れ線グラフ:siRNAの塩基組成値(Aの個数x0.4+Uの個数x0.35+Gの個数x0.15+Cの個数x0.1)

Fig.5 siRNAセンス鎖の各ポジションにおける塩基組成とRNAi活性との相関性上:塩基組成値をA:U:G:C=0.4:0.35:0.15:0.1とした場合

棒グラフ:19塩基のうち18ポジションのみの塩基組成値と活性との相関係数

折れ線グラフ:1ポジションのみの塩基組成値と活性との相関係数

下:A・U・G・Cの各塩基について個別の相関性を求めた場合

Fig.6 EGFPmRNAをターゲットとするsiRNA(702本)の活性予測値と実測値の相関性

Fig.7 GAPDHmRNAをターゲットとするsiRNA(50本)の活性予測値と実測値の相関性

Fig.8 蛍光相関分光法(Fcs)によるTRBP-siRNA相互作用解析

siRNAセンス鎖の3'末端をTAMRAによりラベルし、TRBPを加えた際の並進拡散時間(Diff.time)を測定した。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文はRNA干渉(RNAi)のメカニズムの解明を目的とし、siRNAの配列と活性との関連性を統計的に解析することによりRNAi活性に影響を及ぼす因子の同定を試みたものである。また、解析の結果をもとにRNAi活性予測アルゴリズムを構築し、RNAi法の利便性の向上を図ったものである。

 まず、第1章では本研究の背景を述べている。RNAiとは細胞内に2本鎖RNAを導入すると、その配列に特異的にターゲット遺伝子の発現抑制が引き起こされるというものである。当初、ヒトをはじめとする哺乳動物の細胞においては、長い2本鎖RNAを導入すると非特異的なmRNAの分解とタンパク質合成のシャットダウンが生じてしまうという問題があったが、短い2本鎖RNA(siRNA)を導入することにより哺乳動物細胞においても特異的な遺伝子発現抑制を実現できるようになった。そのため、RNAiの手法は医薬品の開発や生命科学分野の様々な研究において応用され始めている。しかしながら、RNAiのメカニズム自体についてはいまだに未知の部分が多く、技術的にも完成されたものではないため、これらの研究を進めてゆくためには解決しなくてはならない問題点もいくつか考えられる。特に、siRNAの活性はその配列やターゲットとなる遺伝子の違いによって大きく異なるため、有効なsiRNAの配列をデザインすることが困難であることが挙げられる。そこで、本論文においてはsiRNAの活性に影響を及ぼす因子を同定することを第一の目的として掲げている。

 第2章では、siRNAの配列と活性との関連性を高精度に解析するための条件検討を行なっている。まず、解析に使用するsiRNAの合成法については、より高品質なsiRNAを合成する手法として、ヘアピンRNAを経由してsiRNAを合成する新規転写合成法の確立を行なっている。この方法では、センス鎖とアンチセンス鎖がトリミングループという配列を介してつながれた配列を鋳型DNAのT7プロモーターの下流に配置し、T7 RNAポリメラーゼを用いて転写反応をおこなう。このとき、得られる転写産物は自発的なヘアピン形成によりshort hairpin RNA (shRNA)を形成する。そして次にG特異的に切断するRNase T1を加えることによって、転写開始部分のGとトリミングループ中に配置されたGの3'側の部分で切断させ、最終的にsiRNAを得ることができる。この方法では、1本鎖のヘアピンRNAを経由してsiRNAを合成するため、鋳型DNAが1本で済み、アニ−リングの操作が不要であるなどの利点がある。また、品質的にも2本鎖のアニ−リングの効率が高く、活性の高いsiRNAが得られることを確認している。また、siRNAを細胞内に導入する際の最適な条件についても検討を行なっている。

 第3章では、実際にEGFP mRNAをターゲットとするsiRNAの配列と活性との関連性を統計的に解析することで、siRNAの活性に影響を及ぼす因子の同定を試みている。さらに、その情報をもとにしてRNAi活性予測アルゴリズムを構築している。解析の結果から、siRNAの活性はその塩基組成に大きな影響を受けていることが示された。塩基組成値のパラメーターはA:U:G:C=0.4:0.35:0.15:0.1としたときに活性との相関係数が最も高くなる(相関係数=0.601)と述べた。また、siRNAの塩基組成と活性との関係に3塩基ごとの周期性があることを見出し、特にセンス鎖5'末端から3n+1番目のポジションにおいてはAやUが活性に大きく寄与していることを明らかにした。さらに、センス鎖のポジション10においてはUが最も活性に寄与していることが判明した。そしてこれらの情報を元にRNAi活性予測アルゴリズムを構築し、相関係数0.7以上の精度で活性の予測を可能にした。外来のEGFP遺伝子をターゲットとした場合のみならず、内在遺伝子であるGAPDHやβ-catenin遺伝子をターゲットとした場合にも予測が有効であることを確認している。これにより、活性の高いsiRNAの配列を容易にデザインすることを可能にした。

 最後に、以上の解析の結果から得られた知見をもとにRNAiのメカニズムについての見解を示している。細胞内に導入されたsiRNAは、RISC複合体に取り込まれたのちセンス鎖3'末端側から1本鎖に解離すると言われているが、センス鎖3'末端にA・Uが多い場合に活性が高くなる傾向がみられることは、この解離のステップに影響している可能性がある。そこで、siRNA両末端の熱力学的安定性と活性との関係について考察を行なっている。また、siRNAの塩基組成と活性との関係に3塩基ごとの周期性があることを見出したが、RISC複合体の構成成分の1つであるTRBP分子がそのような3塩基周期性の認識に関わっていることを示した。

 以上、本論文ではRNAi活性に影響を及ぼす因子として、siRNAの塩基組成、配列の3塩基周期性、センス鎖3'末端の熱力学的安定性が重要であることを明らかにした。そして、siRNAの3塩基周期性の認識にはTRBPが関与していることを示した。また、この知見を元にRNAi活性を予測するアルゴリズムを作成し、高い精度でRNAi活性を予測することを可能にし、実用面においてもRNAi法の利便性の向上に貢献した。

 よって本論文は博士(工学)の学位請求論文として合格と認められる。

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