学位論文要旨



No 122029
著者(漢字) 舩津,浩司
著者(英字)
著者(カナ) フナツ,コウジ
標題(和) グループ経営責任 : 親会社株主保護の視点から
標題(洋)
報告番号 122029
報告番号 甲22029
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(法学)
学位記番号 博法第201号
研究科 法学政治学研究科
専攻 総合法政専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 神作,裕之
 東京大学 教授 岩原,紳作
 東京大学 教授 大村,敦志
 東京大学 教授 荒木,尚志
 東京大学 教授 高見澤,磨
内容要旨 要旨を表示する

 要旨本文

 本稿は、企業グループ(企業集団)の頂点に立つ会社(「親会社」)に対して、「グループ経営」あるいは「連結経営」の名の下に経営(学)的に要請されている、企業グループの傘下会社に対する施策を、親会社の機関構成員の親会社に対する善管注意義務・忠実義務の内容として把握することを試みるものである。このような要請は、上場会社を中心とした連結決算主体による株式保有に係る影響力の行使に関係するものであることから、本稿の検討の方策としては、まず、「ある会社が他の会社の株式を保有している関係」を法的な基本要素として捉え(本稿はこれを「企業結合状況」と呼ぶ)、この基本要素を会社法的に分析する。具体的には、企業結合状況において、株式を保有する会社を「上位会社」、株式を保有されている会社を「下位会社」と呼び、「上位会社の業務執行者は、下位会社の運営に関する事項につき、上位会社に対していかなる義務を負うか」についての解明を行なうことを本稿の具体的な主題として設定する(本稿は、その存在が仮定される、上記のような本稿の検討対象の義務のことを便宜的に「下位会社経営管理義務」と呼ぶ)。

 第1章においては、上位会社業務執行者の下位会社経営管理義務の内容を検討する上での前提となるふたつの事項について検討する。

 ひとつは、企業結合状況にあるか否かに関わりなく、それぞれの会社は、自社の利益増大のために活動を行なうことを目的としているという前提があり、会社法上規定されている取締役等の機関構成員の義務も、そのような前提の下に設定されているという考え方である。

 もうひとつは、わが国の現行会社法制において、下位会社少数株主保護はどのように図られることになるかという内容の確認である。一般に企業結合状況において下位会社の要保護性が議論される場合としては、上位会社が、下位会社の総会で多数決を濫用して下位会社または他の下位会社株主を害する類型と、上位会社が下位会社に対して有する議決権に基づき、下位会社の機関構成員に対する事実上の影響力を行使して下位会社に不当な行為を強制するという類型の二種類がありえるが、わが国の現行会社法制において解釈論として承認されうる下位会社少数株主保護法理としては、前者に関しては、決議取消の訴え等多数決濫用に対処する法理による解決が、後者に関しては、株主の権利の行使に関して利益供与を受けた者の返還義務等を定める会社法120条を上位会社に適用し、または、下位会社の機関構成員の善管注意義務違反に加功したことによる不法行為責任(民法709条参照)を上位会社に対して問うことによって解決する方策がありうる。

 これらの議論を前提として、第2章では、上位会社の業務執行者の経営管理義務の理論的根拠および具体的な内容を検討する。

 まず、ドイツおよびアメリカの議論を参照しつつ、上位会社の業務執行者は、上位会社が保有する下位会社株式を、上位会社が保有する他の資産と同様に活用すべき義務があることを述べる。これは、上位会社が下位会社に支配的影響力を有しているかとは関係なく認められる義務である。

 もっとも、上位会社が下位会社を通して自社の利益の増大を図るといっても、必ずしも上位会社の利益と下位会社の利益とが一致するとは限らないため、両者の利益が対立する場合にあっては、上位会社の機関構成員はどのように行為することが義務付けられているのかを検討する必要がある。本稿は、第1章で検討した下位会社少数株主保護法理は、下位会社に対して事後的に公平な分配を行なう手段を制度的に担保するものではないことから、原則として、上位会社に下位会社を害する行為を禁止する事前の予防的行為規範であると解した上で、本稿の主題である上位会社機関構成員の上位会社に対する義務の内容としても、上位会社をして下位会社を害する行為をなさしめてはならないとする事前の予防的行為規範が存在すると解する。このような結論は、従来の取締役の法令遵守義務の議論の枠組みによって導かれる。

 以上の一般的な命題を踏まえて、経営管理義務の具体的内容、特に、グループ全体の経営方針の策定、利益増大のための積極的措置および損失防止のための監視・監督といったものの内容およびその限界について論ずる。

 ところで、「グループ経営」「連結経営」の要請とは、企業結合状況の適正なガバナンスに関する要請と見ることもできるが、企業結合状況におけるガバナンスを議論する上では、上位会社業務執行者の業務執行に対する監視監督も重要な要素となると考えられる。そこで、第3章および第4章において、企業結合状況における、上位会社の業務執行者自身や取締役会による監視監督活動、および、業務執行の監査を行なう法定の機関たる上位会社の監査役または監査委員会の監査活動のあり方についても、検討を行う。

 第3章においては、上位会社業務執行者自身や取締役会による監視監督活動のあり方について検討する。

 通常、企業結合状況を想定しない場合の取締役の監視監督義務というときには、上級業務執行者として「自己の担当部門を監督する義務」と、取締役会の構成員として「同僚取締役を監視する義務」とに分けられることから、企業結合状況においける監視監督義務を論ずる本稿においても、同様の枠組みにしたがって分析を行う。

 まず、上位会社業務執行者による「下位会社を監督」する活動としては、下位会社の情報を収集し、必要に応じて是正措置を執ることがその内容となる。しかしながら、監督に必要な下位会社の情報を収集するためには、単体会社における担当部門の監督活動とは異なり、法人格を異にすることに由来する情報取得の制限が掛かる。この制約によって、上位会社の業務執行者が監督義務を果たせないといった状況に陥ることがないよう、株式交換による下位会社少数株主の排除、あるいは適切な出資比率決定等、下位会社に対する適切な関係の決定を行なうべきことも、上位会社の業務執行者あるいは取締役会の義務として重要である。また、情報収集後の具体的な是正措置については、積極的指図や消極的指図、事前の承認・決裁、下位会社に対する人事的介入および下位会社機関構成員に対する損害賠償責任の追及などの措置がありうるが、下位会社の会社形態、上位会社が有する下位会社に対する影響力の程度、さらには、当該下位会社の定款や総会決議等が具体的に定める事項等に応じて、上位会社が現実に下位会社に対して行いうる是正措置の内容が変わりうるものであることから、上位会社の担当役員が「下位会社を監督する義務」を遂行するに当たっては、現状において有している是正措置の手段を適切に用いることのみならず、下位会社の状況に応じて、他の代替的な是正措置の貫徹手段を用意しておく必要はないかに注意を払い、場合によっては、上位会社と下位会社との関係のあり方を変化させていくことが必要である。

 取締役の「同僚取締役を監視する義務」については、先に述べた「担当役員として下位会社を監督する義務」を果たしているかもその監視対象に含まれるが、わが国においては、取締役の監視義務は、主として取締役会を通じて遂行されることが期待されていることから、上位会社の取締役会としては、重要な業務執行の意思決定機関として、先に述べた上位会社と下位会社との関係のあり方を変化させることについての意思決定を行い、あるいは、上級業務執行者の選解任機関として、上位会社の担当役員の選解任権を通じて、上位会社の担当役員が「下位会社を監督する義務」を遂行しているか否かを監視すべきである。

 第4章においては、上位会社の法定監査機関(監査役および監査委員会)が企業結合状況における上位会社株主の保護にどのような役割を果たすかを検討する。

 わが国において、法定監査機関が行うべきは、自社の取締役・執行役の「職務の執行」の監査であるとされていることから、上位会社の法定監査機関は、上位会社の業務執行者の業務執行の監査を通じて、企業結合状況の監査を行なうということになる。このような監査の構造をとることから、法定監査機関の監査の実効性を高める上では、上位会社の業務執行者や取締役会の協力が不可欠であるが、現行会社法制においてはこの旨を明確にしたと評価できる規定が存在しているものの、下位会社の監査役が上位会社の監査役に服従すべきであるかのような規定が存在するなど、理論的な疑問もある。

 第5章においては、第2章から第4章までの上位会社の機関構成員の義務の内容を踏まえて、具体的にその義務をエンフォースする手法について論ずる。

 上位会社株主による差止請求権では効果が低いと考えられることから、エンフォースは上位会社株主による上位会社の機関構成員に対する責任追及の代表訴訟が中心となる。しかしながら、上位会社の機関構成員に対して、下位会社経営管理義務違反を理由に損害賠償責任を追及するには、経営管理義務がまさに経営判断に関する義務であることから生じる困難が多々存在する。

 さらに、そのような困難が存在しつつもなお責任追及が比較的容易である事例ついて、具体的にどのような形で責任を争うべきかを検討する。企業結合状況における上位会社機関構成員の上位会社に対する損害賠償責任を追及するうえでは、特に下位会社自身が有する損害賠償請求権の存在を上位会社の損害との関係でどのように位置づけるかについて難しい問題があるが、上位会社機関構成員の下位会社機関構成員に対して代表訴訟を提起する義務などを観念しつつ、下位会社自身が有する損害賠償請求権の規範的な回収可能性を評価することで、適切に上位会社の損害を認識し、上位会社機関構成員の責任を追及することが可能であると考えられる。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、「ある会社が他の会社の株式を保有している関係」を「企業結合状況」と呼び、企業結合状況において、株式を保有する会社を「上位会社」、株式を保有されている会社を「下位会社」と呼んで、「上位会社の業務執行者は、下位会社の運営に関する事項につき、上位会社に対していかなる義務を負うか」についての解明を行なうものである。わが国における従来の結合企業法制の研究は、主として下位会社ないし下位会社の少数株主や債権者の上位会社からの保護を対象としてきたが、本論文は、下位会社は上位会社の資産をなすことから、上位会社の機関構成員には、上位会社の資産管理に関する善管注意義務・忠実義務の一部として、下位会社を監督・管理する義務があるという、従来とは逆の視点から企業結合法を検討するものであり、その意味ではわが国の企業結合法の研究にコペルニクス的転換をもたらすものである(本論文は、そのような上位会社機関構成員の義務を、「下位会社経営管理義務」と呼んでいる)。

 尤も、従来のわが国の学説においても、上位会社株主保護の検討はなされてきたが、それは上位会社株主に下位会社に関する事項につき上位会社の意思決定に関与を認める必要があるのではないかという立法論として展開されたものであり(本論文においては、そのようなアプローチを「株主権アプローチ」と呼んでいる)、発想において大きな違いがある。本論文においては株主権アプローチの限界を示して、むしろ上位会社の機関構成員の会社に対する下位会社経営管理義務・責任を通して上位会社株主の利益を守ろうとするアプローチ(本論文においては、「責任アプローチ」と呼んでいる)の意義が示されている。この点においても本論文は企業結合法制に関する学説に新たな視点を開くものである。

 本論文の長所として以下の諸点を挙げることができよう。

 第一に、わが国の企業結合法制に関する学説に、上位会社機関構成員の上位会社に対する下位会社経営管理義務という責任アプローチから分析するという、全く新しい視点をもたらした点である。従来の下位会社保護の議論と逆の視点をとり、株主権アプローチに代わる責任アプローチを提示した。このような視点は、ドイツの一部学説に触発されて導入されたものであるが、ドイツとは企業結合法制の体系が大きく異なるわが国において、企業グループに属する会社であっても各会社は自律的に経営されるべきであるとのわが国の法体系により適合的な形で、緻密な解釈論として展開したことは、高く評価される。

 第二に、以上のような議論を展開するに当って、従来のような親会社と子会社の間の問題という視野に止まるのではなく、一般的に「ある会社が他の会社の株式を保有している関係」(「企業結合状況」)という非常に広い視野から問題を捉えて、会社の資産管理に関する上位会社機関構成員の管理義務・責任という最も根本的な機関構成員の義務・責任から議論を基礎付けることに成功している点である。その結果、企業結合に関する法制がより広い視野から捉えられるという理論的な深みがもたらされるとともに、具体的な結論においても、従来の企業結合法に関する学説において常に問題になってきた、企業結合に関する理論の適用範囲が明確でないという大きな問題を免れている。

 第三に、以上のような視点に基づいて、新会社法の下における上位会社株主の差止請求権等の具体的な解釈論につき、様々な新鮮な解釈論が展開されていることである。本論文において展開されている解釈論は、結合企業法制という枠を超えて、一般的な新会社法の解釈論としても学界に貢献するものである。 第四に、本論文においては、とりわけドイツにおける結合企業法制に関する膨大な判例や学説についての正確、詳細かつ緻密な分析がなされており、ドイツ企業結合法の研究としても一級の研究となっている。ドイツは世界でも最も完備した企業結合立法を有する国として知られるが、またそれを巡って膨大な判例や学説が蓄積されていて、しかもドイツ特有の概念論や思考法によって裏打ちされているため、外国の研究者にとってそれを正確・的確に理解することは容易ではない。しかし本論文はその困難な作業を見事に成し遂げて、それをベースに上記のようなわが国における解釈や理論へと架橋している。

 第五に、本論文の文章は論理的かつ明晰であり、極めて理解しやすくて、説得的である。

 尤も、本論文にも問題がないわけではない。

 第一に、ドイツにおける Hommelhoff の学説に主として依拠して、下位会社経営管理義務を論じているが、同学説はドイツにおいては有力説ではあるけれども少数説であり、ドイツ学説の取り上げ方としては、やや問題がありうるのではないか。

 第二に、先行研究との関係をもっと明確にすることが望まれるとか、問題毎にドイツ、アメリカとの比較法的分析がなされているために、ドイツやアメリカにおける企業結合法制の全体の構造の中での個々の問題の位置付けが分かりにくい面がないとは言えない等、論文の構成につき更に工夫の余地がありえたのではないか。

 しかし以上のような問題点は、著者が本論文の論旨を明快にするためにあえて選択した本論文の構造に由来すると言えないわけではなく、本論文の価値を大きく損なうものではない。本論文は、企業結合法制の研究に新たな地平を開く研究として学界に大きな貢献を果たすものであり、とくに優秀な論文と認められる。

 以上から、本審査委員会は、本論文が博士(法学)の学位を授与するにふさわしいものであると評価するものである。

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