学位論文要旨



No 122030
著者(漢字) 藤澤,治奈
著者(英字)
著者(カナ) フジサワ,ハルナ
標題(和) アメリカ動産担保法の生成と展開 : 購入代金担保権の優先の法理を中心として
標題(洋)
報告番号 122030
報告番号 甲22030
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(法学)
学位記番号 博法第202号
研究科 法学政治学研究科
専攻 民刑事法専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 道垣内,弘人
 東京大学 教授 森田,修
 東京大学 教授 浅香,吉幹
 東京大学 教授 高見澤,磨
 東京大学 教授 荒木,尚志
内容要旨 要旨を表示する

要旨本文

1.問題提起

 本稿では,アメリカのUCC第9編が規定する購入代金担保権(purchase money security interest)の優先の法理について検討を行う.

 購入代金担保権とは,ある財産の売主もしくは購入代金を融資した債権者が,当該財産上に取得する担保権である(UCC§9-103).購入代金担保権の優先の法理とは,このような担保権が,他の担保権と競合した場合に,優先されるというルールである(§9-324).多くの場合,債務者が将来取得する財産(after acquired property)をもカヴァーする担保権との競合が問題となる.

 この法理は,日本では,在庫担保取引との関係で問題とされることが多い.具体的には,集合動産譲渡担保のような在庫上の担保権と,在庫の売主の権利とが競合した場合には,在庫の売主が保護されるべきであり,アメリカの購入代金担保権の優先の法理が参考になるというのである.

 ところが,購入代金担保権についての規定である§9-324を見ると,設備担保における購入代金担保権の優先が原則になっている.一方,在庫担保については,§9-324(b)が例外を規定しており,設備と比較すると,購入代金担保権の優先が認められるための要件は厳格になっている.§9-324は,在庫の売主保護には,ほとんど役に立っていないように見えるのである.

 では,なぜ,このような規定になっているのであろうか.設備担保と在庫担保との違いはどこにあるのであろうか.本稿では,この問題を,アメリカの産業史,経営史との関係から跡付けることを試みた.

2.設備担保における購入代金担保権の優先の法理

 そもそも,購入代金担保権の優先は,設備担保との関係で確立された法理であった.

 19世紀半ばから19世紀後半にかけて,アメリカは鉄道建設ラッシュに沸いたが,鉄道会社は,過当競争と繰り返し訪れる不況とにさらされ,しばしば倒産していた.鉄道会社は,いくつかの理由から再生されることが望ましかったが,この時期,連邦倒産法は,企業再生手続を備えていなかった.そこで,裁判所は,「エクイティ・レシーバーシップ(equity receivership)」と呼ばれる企業再生手続を確立させる等,コモンローの例外となるような仕組みを作り出していった.

 まさに,この経緯と深く関わって,裁判所は,鉄道モーゲッジに付された「爾後取得財産条項(after acquired property clause)」の有効性を認めるようになった.爾後取得財産条項は,鉄道会社の倒産時に事業の一体性を確保すると同時に,鉄道モーゲッジによる資金調達を可能にするという意義を有していた.

 このように,爾後取得財産条項の有効性が認められるようになったことから,鉄道モーゲッジと購入代金担保権との競合の問題が生じるようになる.裁判所は,ここで,購入代金担保権の優先を認めた.とはいえ,優先が認められたのは,鉄道車両が目的物となっている場合がほとんどであった.その理由としては,鉄道車両上の担保権の個別実行を認めたとしても事業の一体性を損なう程度が低いこと,鉄道車両信託証券に投資した投資家のため倒産隔離を行う必要があったことが考えられる.このように購入代金担保権の優先が認められる範囲を限定することに一役買ったのが定着物法理であった.裁判所は,不動産に定着させられた動産は,不動産と一体となるという法理を用いて,定着物について購入代金担保権の成立を否定していた.これによって,爾後取得財産条項の意義は補強されていたのである.

 ところが,鉄道会社のケースを離れると,動産担保法理から倒産法的な意義が失われていく.まず,爾後取得財産条項の有効性は,鉄道会社に限られず,製造業等を営む企業が工場を担保に資金調達を行うような場合についても認められるようになる.この場面での爾後取得財産条項は,倒産時に事業の一体性を確保するという意義を失っている.さらに,定着物法理を用いて,購入代金担保権の成立範囲を限定するという判例法も変化を遂げる.その結果,購入代金担保権の優先は,比較的広く認められるようになり,企業が新たな設備を導入する際に,その資金調達を可能にするという役割を果たすことになる.

 以上のように,設備担保法の展開のなかで購入代金担保権の優先の法理は成立し発展していった.では,在庫担保についてはどうか.

3.在庫担保における購入代金担保権の不存在

 UCC以前の在庫担保法に,購入代金担保権の優先の法理は存在しない.その原因は,在庫担保取引の取引実態にあると考えられる.

 そもそも,コモンロー上は,債務者が在庫の処分権を有しているような在庫担保取引は認められていなかった.そのため,UCC以前の在庫担保取引は,いくつかの特殊な取引によって行われていたが,本稿では,UCC第9編の起草に多大な影響を与えたトラストレシート取引に着目した.

 トラストレシート取引は,当初,輸入ファイナンスで用いられた.アメリカの輸入業者は,国際的な信用力に乏しく,海外の取引先から信用を得ることができなかった.他方,輸入業においては,輸入した商品を転売して初めてその購入代金を回収できるのであり,輸入業者は,輸入から転売までのタイムラグを埋める資金を調達する必要があった.このために用いられたのがトラストレシート取引である.銀行は,トラストレシートによって在庫に担保権の設定を受けるのと引き換えに,当該在庫の購入代金を融資した.このようなトラストレシート取引の仕組みを前提とすれば,在庫の売主は銀行から代金の支払いを受けているため,在庫上に担保権を有するのは銀行だけであることになり,購入代金担保権者と在庫担保権者との競合は,想定しえない.そのため,在庫担保法には,購入代金担保権の優先の法理は必要なかった.

 次にトラストレシート取引が用いられたのが,20世紀前半に飛躍的な成長を遂げた自動車産業であった.自動車産業においては,自動車メーカー同士の価格競争等の事情から,自動車ディーラーは,消費者の需要とは無関係に在庫の引き受けを強いられていた.さらに,自動車メーカーは,信用売りを行わなかったため,ディーラーは,自動車の仕入れから転売までのタイムラグを埋めるファイナンスを必要とした.そこで,自動車ディーラーのためのタイムラグファイナンスを行ったのが,ファイナンスカンパニーと呼ばれる新興の金融機関であった.ファイナンスカンパニーは,フロアプランニングと呼ばれるアレンジメントを用いたが,その一環として,在庫の自動車上に担保権が設定されることになる.ここでトラストレシートが用いられた.

 ところが,自動車ファイナンスにおけるトラストレシート取引には,問題点が多かった.第一に,裁判所が,トラストレシート取引の有効性を問題としたため,法的安定性に疑義が生じた.これを解決すべく,UTRA(統一トラストレシート法)が制定されるが,第二の問題が生じる.それは,取引の継続性への対応である.UTRAは,輸入ファイナンス以来のトラストレシート取引の性質を変えることはなく,取引は,一回ごとに終了することが前提とされていた.しかし,自動車ファイナンスにおいては,ファイナンスカンパニーとディーラーとの関係は継続的なものであり,爾後取得財産条項を始めとして,取引の継続性に対応する制度の創設が要請されるようになる.

4.UCC第9編の起草

 UCC第9編は,このような問題意識の下で起草された.そのため,起草過程で,在庫担保についても,爾後取得財産条項の有効性が一般的に認められるようになる.

 これに伴って在庫担保の性質に変化がもたらされる.上述したように,トラストレシート取引の仕組みを前提とすれば,在庫上に担保権を取得することができるのは,当該在庫の取得のために融資を行った債権者だけである.ところが,UCCの起草過程では,このような構造を支える要件が姿を消す.その結果,在庫上に担保権を取得しうるのは,購入代金担保権者には限られないことになった.従って,在庫担保権者と購入代金担保権者との競合の問題が想定しうることになる.これを解決するために,設備担保において確立されていた購入代金担保権の優先の法理が,在庫担保にも導入されたのである.

 ところが,在庫の取得のために在庫担保融資が行われるという取引実態に変わりはない.これを前提とすれば,在庫に購入代金担保権が設定される場合には,在庫の取得のために融資された金銭が流用される等,債務者と在庫の売主とが共謀した詐害行為が存在している可能性が高い.これを避けるために,購入代金担保権の優先には,在庫担保権者への通知が必要であると規定するのが§9-324(b)である.

5.現在の在庫担保取引と日本法への問題提起

 では,現在の在庫担保取引はどうなっているのか.現在でも,在庫担保取引には,フロアプランニングが用いられており,上述のような§9-324(b)の意義に変化はないと思われる.

 さらに,フロアプランニングでは,在庫担保権者に優先する担保権の設定はデフォルトであると約定されることが多く,実際に§9-324(b)の要件を満たすことは現実的ではない.

 従って,購入代金担保権の優先は,在庫の売主保護の規定であるとは言い難く,日本におけるこの法理の理解には,問題があると言える.

 さらに,このことから,日本における在庫担保促進の議論にも問題を提起することができる.日本では,在庫を担保化することにより資金調達の途が広がると言われるが,売主が代金の弁済を受けていない状態で在庫を担保化することは,二重融資になる.これは,アメリカ法がまさに避けようとしている事態である.在庫担保権者と在庫の売主との競合の場面でどちらが優先するかを考える前に,そのような場面が生じること自体が健全かどうかを検討する必要があるのではないか.

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、アメリカにおける統一商事法典(以下UCCと略す)における購入代金担保権(purchase money security interest)の優先の法理の法技術的意味を、UCC起草に到る19世紀末からの学説判例立法の歴史的展開を跡付けることで、機能的に明らかにしようとするものである。

 本論文の長所としては,次の諸点を挙げることができる。

 第一に,近時の日本におけるアメリカ法の理解においては,〈包括的な動産担保と購入代金担保権との抵触〉という課題意識が共有されているが,丹念な判例法史の分析によって,そのような課題意識がそもそもアメリカ法の発展過程に おいては問題とならない構造のあったことを明らかにした点である。

 第二に、設備担保および在庫担保における爾後取得財産条項の効力と購入代金担保権優先の法理との関係という担保実体法の展開の分析のために、本格的な倒産法学的な検討を判例法史に加えたという点である。

 第三に、その際に、それぞれの資産が、鉄道会社等、それぞれの時代で特徴的な企業体の資金調達の構造との関係で持つ意味を重視している点である。この視点は、前記の倒産法学的な視点と組み合わされて、具体的な分析に適用されている。特に鉄道会社の企業再生手続において追求された「事業の一体性確保」という倒産法的要請が、設備担保における爾後取得財産条項の効力の承認および定着物法理の堅持の背後にあるものとして取り出され、他方で、それらの要請・法理と購入代金担保権の優先という実体法上の議論との複雑な展開が、対象財産毎の資金調達の構造に即して合理的に説明される箇所では、この複合的視点が威力を発揮していると言える。

 第四に、判例・学説・立法の丹念な分析に加えて、当該事案において現れる取引そのものの構造を取り出そうとしている点である。本論文はしばしば経営史の研究蓄積の中にも分け入って、裁判例の背後にある取引実態のダイナミックな分析に取り組んでいる。

 もっとも,本論文にも短所がないわけではない。第一に、先行業績の紹介が、しばしば書誌的なものに留まっており、これまでの学説の発展のなかで自らの分析結果を位置づけるという視点がぼやけている箇所が見られることである。第二に、上述した野心的な視角の設定の裏側として、その依拠する第二次文献が、当該研究領域の中でどのように位置づけられるのかが、必ずしも鮮明になっていないことである。このことは、本論文の筆者の専門領域から離れれば離れるほど顕著になっていっていると思われる。第三に、論述に繰り返しがあり、十分にこなれていない表現も散見されることである。

 しかし、これらの短所はいずれも本論文の学術的な大きな価値をそれほど損なっているとは言えない。本論文は、必ずしも研究が十分であるとは言えなかった、UCC以前のアメリカ担保法史の実証研究として貴重な資料的な意味を持つに留まらず、その分析の方法においても独創的なものを持ち、また明確な実践的メッセージも持っている。鋭角的な問題提起と厚みのある論証は、さまざまな議論を惹起し、またそのための信頼できる資料を提供することで、この分野での研究の土台を作り出すことに成功していると言える。そのような業績として、本論文が、この分野の研究水準を飛躍的に向上させ、学問的議論の発展に大きく裨益するとくに優秀な論文であることは疑いない。

以上から,本審査委員会は、本論文が博士(法学)の学位を授与するにふさわしいものであると評価するものである。

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