学位論文要旨



No 122031
著者(漢字) 岡野,芳隆
著者(英字)
著者(カナ) オカノ,ヨシタカ
標題(和) 効率性及び合理性に関する理論的・実験的分析
標題(洋) Theoretical and Experimental Analysis on Efficiency and Rationality
報告番号 122031
報告番号 甲22031
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(経済学)
学位記番号 博経第218号
研究科 大学院経済学研究科
専攻 経済理論専攻
論文審査委員  東京大学 教授 神取,道宏
 東京大学 教授 神谷,和也
 東京大学 教授 松島,斉
 東京大学 教授 松井,彰彦
 東京大学 助教授 柳川,範之
内容要旨 要旨を表示する

 In economics, efficiency and rationality are important concepts. This thesis provides theoretical and experimental analysis on these concepts.

 The first chapter provides a general view of overall chapters.

 The second chapter studies how one forward-looking player plays an important role on efficiency of overall society. Concretely, this chapter studies a simple evolutionary model of local interaction with one forward-looking player and many myopic players. Myopic players are positioned along a circle, and each myopic player interacts with his two immediate neighbors and the forward-looking player. The stage game played during each period is a 2 × 2 symmetric coordination game in which each myopic player plays a strategy identical to that played by two or three of his neighbors in the previous period. If the forward-looking player is sufficiently patient, efficient equilibrium is uniquely selected as the long-run stochastically stable state. Furthermore, we derive the waiting time for reaching each equilibrium, which clarifies that, when the population is large, efficient equilibrium is still more persistent in the network with the forward-looking player, while it is not in the network without the forward-looking player.

 Studies in the third and fourth chapters concern rationality of human beings in the strategic environment. In economic theory and game theory, players are assumed to be rational. However, deviation from the theory is often observed in many laboratory experiments. In the third and fourth chapters, we address the question how the degree of rationality of human beings changes in various laboratory settings. In particular, our interest is how the behaviors of human beings who play two-person zero-sum games in the laboratory are close to or far from the implications of minimax solutions which is one of the most important solution concepts in game theory.

 The third chapter reports the experimental results in which the subjects are asked to play repeatedly a two-person zero-sum game with time intervals between decision makings. The purpose of this chapter is to assess whether time intervals between decision makings have the effect that enable subjects to randomize their actions, which is the implications of minimax solution. We consider three kinds of time intervals. Our experimental results show that there is no positive evidence such that these time intervals between decision makings have the effect that reduce the serial dependence in choices. Rather, subject's choices in the treatment with the time intervals are more dependent on the past event than those in the treatment without the time intervals.

 In the fourth chapter, the behaviors of two-person teams and individuals who play a two-person zero-sum game in the laboratory experiment are analysed. Teams are more rational than individuals, and the behaviors of teams are as much rational as those of professional sports players. This implies that there is a substantial advantage to forming a team in this strategic environment, and this is a strong evidence that the rationality of professionals can be explained to some extent by the advantage of team play. Furthermore, teams are more rational than those with no communication which are defined as simple averages of choices of two individuals, indicating that communication with a teammate generates positive synergies in team play.

審査要旨 要旨を表示する

論文審査の結果の要旨

経済学・社会科学一般において、幅広く応用されるに到ったゲーム理論のモデルでは、プレイヤーがゲーム理論で謂う所の均衡にしたがって行動すると仮定される。この前提の妥当性を検討するためには、人間がどのようなプロセスを経て均衡に行き着くかを明らかにする必要がある。本論文は、全体の導入である1章に引き続き、以上の問題を理論的・実証的に分析した三本の論文から構成されている。具体的には、均衡に到る調整過程でのゆらぎを理論的に分析する確率進化ゲーム理論の手法を使った研究(2章)と、現実の人間がどのような行動調整を経て均衡に行き着くかを管理された実験によって観測・分析する実験経済学に関する研究(3章、4章)からなる。

 第2章は、確率進化ゲームの研究に新機軸を導入する試みである。ゲームの均衡では、プレイヤーはお互いの出方を正しく予想し、合理的な行動を取っているが、このような状態を最初から仮定せずに、試行錯誤の調整過程の結果として導こうとするのが、いわゆる進化ゲームの理論の基本的な考えである。特に、通常のアプローチでは、多くのプレイヤーが均等な確率でおたがいランダムに対戦し合ってゲームをプレイする状況を考え、そこでうまく機能している戦略が次第に社会に広がって行くさまをモデル化する。ここで、各プレイヤーは、このようなプロセスが将来どのように動いてゆくかを合理的に予想する高度な計算能力は無く、当面の自分の利得が上がる方向へ行動を調整してゆくと考えるのが普通である。このようないわゆる「均等な対戦」と「近視眼的な調整」を持つプロセスに、さまざまな要因によって各人の行動がランダムに変わる可能性を入れたものが確率進化ゲームの基本モデルである。

 第2章の研究は、上記のような、いわば手探りでゲームのプレイの仕方を探る群集のなかに、1人の「大きな、そして合理的な」プレイヤーが入った場合に何が起こるのかを明らかにするものである。より具体的には、(1)1人の合理的で将来の利得を十分に重視するプレイヤーと、N人の近視眼的な調整過程に従うプレイヤーたちが存在し、(2)近視眼的なプレイヤーは、少数の自分の隣人ならびに合理的なプレイヤーと対戦する、というモデルを考察する。一つの解釈は、N人の住民が住む町に一つの店舗があり、住民は手探りで行動を調整してゆくが、店舗はそのような住民の行動を見越して自らの長期的な利得を最大化するようにふるまう、というものである。

 このような状況で、プレイヤーたちが複数の均衡の有るゲームをプレイすると、どのような均衡点に最終的に行き着くのであろうか? 通常の確率進化ゲームのモデルでは、社会にとって望ましい均衡よりも、安定性の高いいわゆる「リスク支配均衡」が長期的には達成されることが分かっている。しかし、岡野氏の上記のようなモデルではこの結論は逆転し、社会にとって望ましい均衡が長期的には選ばれることが示される。これは、(1)1人の大きな合理的なプレイヤーには、望ましい均衡に人々の行動を誘導するインセンティヴが有ること、(2)大きな合理的なプレイヤーは他のすべてのプレイヤーと対戦するため、その影響力が大きいこと、の2点から来ている。特に岡野氏は、(2)の要因だけでは上記の結論が得られないことを示すため、大きなプレイヤーが他のプレイヤー同様、近視眼的に行動するケースも併せて分析している。そこでは、社会にとって望ましい均衡と、リスク支配均衡の両方が、長期的に現れることが示される。

 以上の研究成果は、確率進化ゲームの理論に新たな次元を付け加えるものとして評価できる。とくに、手探りで行動を調整する人々と、その行動を操作しようとする合理的なプレイヤーの関係を分析するという考えは、これまでの研究に無かった重要な論点として評価できる。

 第3章と第4章は、現実の人間がどのような行動調整を経て均衡に行き着くかを管理された実験によって観測・分析する実験経済学に関する研究である。この二つの章はいずれも、「じゃんけん」のように、相手に自分の行動を読まれないようにするため、ランダムな行動をとることが均衡になるゲーム(「O'Neillのカードゲーム」)を取り扱う。いずれも岡野氏が自ら実験を計画して本学の学生を被験者として実施し、その結果を分析したものである。O'Neillのゲームは二人のプレイヤーのそれぞれが、4枚のカードの中から一枚を選んで出し、その結果によってどちらが勝つかが決まるものである。勝敗を決めるルールはやや複雑で、ゲーム理論の知識を持った者でも直ちには均衡を計算しにくくなっている。均衡も、じゃんけんのように均等な確率で各戦略を出すのではなく、特定のカードだけを高い確率で出すものになる。さらに、二人のプレイヤーの役割は非対称的で、一方の均衡勝率が他方より高くなっている。このような複雑なゲームではあるが、先行研究では、これを実験室で実際の人間に繰り返しプレイさせてみると、その行動は均衡に比較的近くなることが知られていた。この研究が基礎になり、近年では、プロ・スポーツなどの実際のフィールドデータでもランダムな均衡行動が観察されるという一連の研究が生み出されている。岡野氏の研究は、こうした実験経済学の近年の進展に寄与するものである。

 第3章は、くり返してこのO'Neillゲームをプレイして行く際に、ゲームをプレイする時間間隔が空くことが、人々の行動にどう影響を与えるかを実験的に検査するものである。具体的には、当該ゲームを(1)間隔を空けず繰り返しプレイした場合、(2)一定の時間間隔をあけてプレイした場合、(3)同じ時間間隔をあけ、その間にゲームと無関係な計算作業をさせた場合、(4)同じ時間間隔をあけ、その間に他のプレイヤーとO'Neillをプレイさせた場合、で実験し、そのデータを分析する。その結果、(1)、(2)では均衡に近い結果が得られ、両者に有意な差は認められなかったが、(3)(4)の結果は均衡からやや乖離し、その差は通常の学習の仕方である(1)と比較して有意と認められた。プレイ間の間隔が空いてしまうと、ゲームのうまいプレイの仕方を学習することを阻害する可能性がある。一方でそれは、既存の実験結果で検出された人間の認知上のクセを除去する可能性もある。すなわち、既存の研究では、このゲームでの人々の行動はかなり均衡に近くなるが、均衡に従ってランダムに手を選ぼうとするあまり、ある期に出した手を次ぎの期に避けるという、いわゆる負の系列相関が出てしまうことが知られていた。ここでの仮説のひとつは、プレイ間の間隔を空けることで、この効果がなくなるのではないかというものであった。実験結果を総合すると、第1の効果は検出されたものの、第2の効果は無かったということになる。特に、(4)のケースでも学習が阻害されたことを見ると、当該ゲームのプレイの仕方一般に対する理解を深めることよりも、現在対戦している特定の相手との対戦の仕方を学ぶことが重要であることが推察される。

 ゲームの学習過程を見る実験は多くなされてきたが、プレイ間の時間間隔が学習行動に与える影響を見たものはほとんどなく、第3章の研究はこの点で興味深い新しい知見をうみ出したものと言える。

 第4章は、O'Neillのゲームを個人がプレイする場合と、二人一組のチーム同士がプレイした場合を比較する実験に関するものである。経済学で「プレイヤー」とされるものは、実際は企業や組織、政府といったチームであることが多い。このため、個人の学習行動とチームの学習行動の違いを実験的に検証し、そこから両者の類似点と相違を理解することは、経済学においてきわめて大きな意味を持つものと考えられる。第4章で報告されている岡野氏の研究においては、チームでO'Neillのゲームをプレイする場合のほうが、個人でプレイする場合よりも、よりゲーム理論の均衡に近くなるという、比較的はっきりとした結果を出している。とくに、岡野氏は(1)各プレイヤーが選んだカードの分布が均衡分布に近いかどうか、(2)どのカードを出しても、自分の勝率は変わらないという、混合戦略均衡の基本性質が見られるかどうか、(3)カードの出し方に時間を通じた系列相関がないかどうか、の三点について、個人とチームのケースを詳しく比較している。その結果、(1)と(2)に関してはチームのほうが均衡に近いが、(3)については有意な差は見られないことが明らかにされる。さらに、岡野氏は個人の行動調整過程とチームの行動調整過程をRosenthalらの先行研究と同様の手法で推定し、個人とチームの行動様式のどのような違いから、上記のような結果が生まれたのかを考察している。その結果岡野氏が見出したことは、個人の場合、一定のパターンにしたがって負けが続いてしまう傾向がある一方、チームはこのパターンを回避する傾向があるということである。

 実験において個人とチームの意思決定の差を見た先行研究はいくつかあるが、本研究のようにランダムに手を選ぶのが均衡になるケースでの研究はほとんど無く、また、チームのほうがより均衡に近くなることを比較的はっきりと示した点、さらには個人とチームの意思決定の仕方の比較に関して、ある程度立ち入った分析をした点に、本研究の独自性が認められる。

 以上のような内容と意義をもつ本研究ではあるが、いくつかの改良の余地がないわけではない。まず第2章は、特定のマッチング構造を分析しているが、これをどの程度一般化出来るかが次の課題となろう。また、近視眼的なプレイヤーの行動を誘導しようとするプレイヤーが1人ではなく複数である場合の分析も興味深い拡張となる。 第3章は、プレイ間の時間間隔が空くことで学習が阻害されることを明らかにしたが、具体的にはどのような要因が学習のどのような局面を阻害したかをさらに特定することが次の課題になる。このため、時間間隔の長さや被験者に示す情報など、様々な要因をコントロールする追加実験が実り多いものとなるであろう。第4章は、個人とチームの学習行動過程を推定しているが、これをさらに詳しく分析して、個人の意思決定方式がチームにおいてどのように集計されるかが実証的・理論的に明らかになると、さらに価値の高い研究として発展させることが出来るものと思われる。以上のようにいくつかの要望・示唆が出されたが、本論文は全体として学位申請論文としての要件を十分に満たしており、博士(経済学)の学位授与に値するものとの結論に、審査委員全員が一致して到達した。

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