学位論文要旨



No 122038
著者(漢字) 栗原,俊之
著者(英字)
著者(カナ) クリハラ,トシユキ
標題(和) 等尺性収縮時のヒト骨格筋形状 : 三次元超音波法による計測
標題(洋)
報告番号 122038
報告番号 甲22038
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第715号
研究科 総合文化研究科
専攻 広域科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 金久,博昭
 東京大学 教授 大築,立志
 東京大学 教授 石井,直方
 東京大学 助教授 深代,千之
 早稲田大学 教授 川上,泰雄
内容要旨 要旨を表示する

第1章:緒言

 筋形状は,骨格筋の機能に影響を与える主要な因子の一つである。近年における超音波法を用いたヒト骨格筋の形状計測は,ヒト生体における筋の形状と機能との関係を明らかにしつつある(Fukunaga et al. 1997; Kawakami et al. 1998, 2000; Maganaris et al. 1998)。しかし,従来の超音波法を用いた筋形状計測では,限られた範囲内における筋束長,羽状角および筋厚が計測され,筋形状が筋内で一様であり,限られた範囲内での筋線維の動きが,全ての筋の動きを表すと仮定されてきた。ところが,筋線維は筋内で三次元的に配列しており(Agur et al. 2003),また,筋形状は一様ではなく,筋内では部位による差が存在することが知られている(Kawakami et al. 2000; Muramastu et al. 2002; Blazevich et al. 2006)。これまでのところ,ヒト生体において,収縮時の骨格筋の形状を三次元的に捉えた報告例はなく,収縮に伴う筋形状の変化の実態は不明である。

 本研究は,等尺性収縮時のヒト骨格筋の三次元形状を三次元超音波法によって計測し,収縮に伴う筋形状の変化を,発揮した力の大きさとの対応から明らかにすることを目的とした。本研究では,まず,ファントム(医療用模型)の計測によって三次元超音波法による計測の誤差ならびに再現性を確認し,MRI法との比較によってヒト骨格筋の形状計測における三次元超音波法の妥当性を確認した(第2章)。次に,収縮時の筋形状計測における三次元超音波法の適用の可能性を検討するために従来の超音波法(二次元超音波法)との比較を行った(第3章)。最後に,三次元超音波法を用いて,様々な収縮強度における等尺性収縮時のヒト骨格筋の形状計測を行った(第4章)。

第2章:三次元超音波法の妥当性の確認

 まず,水槽の中にピアノ線を張り詰めたファントムを三次元超音波法で計測し,距離および角度の計測誤差を確認した。計測値にプローブの進行方向および進行速度による有意な差が無かったことから,発生した磁場や計測対象物に対するプローブの進行方向や進行速度は計測に影響を与えないと考えられた。三次元超音波法による距離計測の誤差は1.5±2.0(平均値±標準偏差)%,角度計測の誤差は0.1±2.0%であった。また,距離および角度の計測における変動係数(CV)は,最大でそれぞれ2.4%および 3.7%であり,級内相関係数(ICC)は距離計測において0.982,角度計測において0.994であった。これらのことから,三次元超音波法による距離および角度の計測の精度ならびに再現性は高いと考えられた。

 次に,前脛骨筋について,三次元超音波法による最大筋横断面積および筋体積の計測値と,MRI法によるそれらの計測値とを比較した。最大筋横断面積および筋体積の各平均値に,三次元超音波法とMRI法の間に有意な差がなく,両計測値間には有意な相関関係{最大筋横断面積 r=0.978(p<0.05),筋体積 r=0.984(p<0.05)}が認められた。また,三次元超音波法による最大筋横断面積および筋体積の1回目と2回目の計測値間には有意な差がなく,ICCはそれぞれ0.964および0.977であり,計測値の再現性も高いものであった。

 以上の結果から,三次元超音波法による計測は妥当性が高く,ヒト骨格筋の形状計測に適用可能なものであると判断した。

第3章: 筋形状計測における二次元超音波法との比較

 収縮時の筋形状計測における三次元超音波法の適用の可能性を検討するために,安静時ならびに収縮時の前脛骨筋および腓腹筋内側頭の筋束長,羽状角,筋厚について三次元超音波法による計測を行い,従来の超音波法(二次元超音波法)による計測値と比較した。筋束長,羽状角,筋厚における三次元超音波法ならびに二次元超音波法による各計測値のICCは0.8以上であった。前脛骨筋の羽状角および筋厚,ならびに腓腹筋内側頭の羽状角には,方法間で有意な差が認められた。また,腓腹筋内側頭の筋束長には,三次元超音波法による計測値が二次元超音波法による計測値より大きくなる傾向がみられた。それらの差をもたらした要因として,二次元超音波法による計測時のプローブの操作(方向や傾きの調整)の技術,ならびに三次元超音波法による計測時の切り出す平面のずれの影響が考えられた。特に,収縮に伴う筋束の移動あるいは腱膜面の形状の変形が考慮されない場合には計測誤差が大きくなり,筋束長は過小評価され,羽状角は過大評価されることが示された。

 以上の結果から,三次元超音波法を用いた骨格筋の形状計測においては,誤差要因を取り除くために,切り出す平面を正しく決定することが必要であり,この点に注意することにより,収縮時のヒト骨格筋の形状計測への適用が可能であると考えられた。

第4章: 収縮に伴う骨格筋形状の変化の定量

 第2章で三次元超音波法の妥当性を,第3章で収縮時のヒト骨格筋の形状計測への適用の可能性を,それぞれ確認することができた。そこで第4章では,ヒト骨格筋の形状計測に三次元超音波法を用いて,収縮に伴う骨格筋の形状変化の定量を行った。

 まず,前脛骨筋について,様々な収縮強度での等尺性収縮時における筋形状を計測したところ,収縮強度の増加に伴い深部筋腹長および浅部筋腹長はともに短縮した。また,最大筋横断面積は収縮時に増加する傾向にあったが,その変化は有意なものではなかった。また,筋体積は収縮強度によらず一定であった。骨格筋の半羽状筋モデル(Gans and Bock 1965, Gans 1982, Otten 1988)では,平行腱膜間の距離(=筋厚)を変えずに,腱膜の水平移動によって体積一定のまま筋全体が短縮すると考えられている。このモデルに従うと,筋収縮に伴い筋横断面積が増加するならば,筋厚が変化しないため,筋は横方向へ広がることが予想される。事実,本研究の結果において,筋横断面積には腱膜面に対し横方向へ増加する傾向が認められた。また,収縮に伴う筋全体の形状変化として,近位側の筋横断面積の増加,遠位側の筋横断面積の減少,および筋横断面積が最大となる位置の近位側への移動が確認された。

 次に,様々な収縮強度での等尺性収縮時における前脛骨筋および腓腹筋内側頭を筋全体にわたり計測し,筋束長,羽状角および筋厚の収縮に伴う変化,ならびに筋内における部位差の有無を確認した。収縮強度の増加に伴い,前脛骨筋ならびに腓腹筋内側頭の筋束長は短縮し,羽状角は増大したが,筋厚に顕著な変化は認められなかった。また,前脛骨筋では,安静時および等尺性収縮時において,筋束長,羽状角および筋厚に部位差が存在した。一方,腓腹筋内側頭の筋束長に部位差は無く,腓腹筋内側頭の羽状角および筋厚には,安静時および等尺性収縮時において部位差が存在した。しかし,腓腹筋内側頭の筋束の短縮率は,近位よりも遠位において高くなる傾向にあった。これらの計測値から腱膜方向の移動量を計算したところ,腱膜の伸長に部位差が認められ,筋束の発揮する力が筋内で一様でない可能性が示唆された。

結論:

 本研究では,三次元超音波法により等尺性収縮時のヒト骨格筋の形状計測を行い,収縮時の筋形状の変化を,発揮した力の大きさとの対応から明らかにすることを目的として,1)三次元超音波法の妥当性の確認(第2章),2)従来の筋形状計測法との比較(第3章),および3)様々な収縮強度における等尺性収縮時のヒト骨格筋の形状計測(第4章)に関する実験を行った。

 その結果,1)三次元超音波法は妥当性が高く,ヒト骨格筋の形状計測法として適用可能なものであること(第2章),2)三次元超音波法では,収縮時のヒト骨格筋の形状計測において,計測誤差の要因を取り除いた計測が可能であること (第3章),3)前脛骨筋の筋腹長は収縮強度に伴い短縮するが,筋体積は収縮強度によらず一定であり,収縮に伴い筋全体が近位側へシフトすること,ならびに前脛骨筋および腓腹筋内側頭の筋束長,羽状角,筋厚には,安静時および等尺性収縮時に部位差が存在すること(第4章)が明らかとなった。

 以上の結果から,ヒト骨格筋は,等尺性収縮時に筋全体の形状変化によって,筋体積および筋厚を一定に保ちながら短縮すると考えられた。また,筋内における筋形状の部位差が収縮時にも存在することから,筋束の発揮する力は筋内で一様でなく,その影響により腱膜面が変形する可能性が示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

論文審査の結果の要旨

論文提出者氏名:栗原 俊之

 本論文「等尺性収縮時のヒト骨格筋形状:三次元超音波法による計測」は,等尺性収縮時のヒト骨格筋の形状変化について,発揮した力の大きさとの対応から明らかにすることを目的として行われた研究の成果をまとめたものである。骨格筋の形状は,骨格筋の機能に影響を与える主要な因子の一つである。ヒト骨格筋では超音波法を用いた筋形状計測により,筋形状と機能との関係が明らかになりつつあるが,従来の研究においては,限られた範囲内における筋束長,羽状角および筋厚が計測され,筋形状は筋内で一様であり,限られた範囲内での筋線維の動きが,全ての筋の動きを表すと仮定されてきた。しかし,筋線維は筋内で三次元的に配列しており,筋形状は一様ではなく筋内で部位による差が存在する。これまでのところ,ヒト生体において,収縮時の骨格筋の形状を三次元的に捉えた報告例はなく,収縮に伴う筋形状の変化の実態は不明である。本論文は,三次元超音波法をヒト骨格筋計測に適用し,収縮時の骨格筋の形状変化における部位差,筋間差について明らかにしたものであり,その内容は身体運動科学における研究の新しい方向を示すものとして注目される。

 本論文の内容は3つに分けられ,その主な知見は以下のようにまとめられる。

1) 三次元超音波法の妥当性

 ファントム(医療用模型)による誤差の確認(実験1),および筋横断面積,筋体積の計測におけるMRI法との比較(実験2)を行い,三次元超音波法の妥当性を確認した。まず,実験1の結果において,画像取得時のプローブの進行方向ならびに進行速度は計測値に影響を与えなかった。また,距離計測および角度計測ともに計測誤差は小さく,計測値の再現性も高いものであった。また,実験2の結果において,最大筋横断面積および筋体積の各平均値には,MRI法と三次元超音波法との間に有意な差は無く,三次元超音波法の測定値の再現性も高いものであった。

2) 収縮時の筋形状計測における三次元超音波法の適用の可能性

 従来の超音波法(二次元超音波法)との比較により,収縮時の筋形状計測における三次元超音波法の適用の可能性を検討した。前脛骨筋および腓腹筋内側頭について計測を実施した結果,前脛骨筋の羽状角,筋厚,および腓腹筋内側頭の羽状角の各計測値に方法間で有意な差が認められ,腓腹筋内側頭の筋束長の計測値は,二次元超音波法より三次元超音波法において大きくなる傾向がみられた。それらの差が生じた要因として,二次元超音波法による計測時のプローブの操作(方向や傾きの調整)の技術,ならびに三次元超音波法による計測時の切り出す平面のずれの影響が考えられた。特に,収縮に伴う筋束の移動あるいは腱膜面の形状の変形が考慮されない場合には計測誤差が大きくなり,筋束長は過小評価され,羽状角は過大評価されることが明らかとなった。これらの結果から,三次元超音波法を用いた骨格筋の形状計測においては,誤差要因を取り除くために切り出す平面を正しく決定することが必要であり,この点に注意することで収縮時の形状計測への適用が可能であることが確認された。

3) 三次元超音波法を用いた様々な収縮強度における等尺性収縮時のヒト骨格筋形状の計測

 前脛骨筋および腓腹筋内側頭について,収縮に伴う形状変化の定量を行った。まず,様々な収縮強度での等尺性収縮時における前脛骨筋の形状を計測したところ,収縮強度の増加に伴い,深部筋腹長および浅部筋腹長は短縮した。また,最大筋横断面積は収縮時に増加する傾向にあったが,その変化は有意なものではなく,筋体積は収縮強度によらず一定であった。骨格筋の半羽状筋モデルでは,平行腱膜間の距離(=筋厚)を変えずに,腱膜の水平移動によって体積一定のまま筋全体が短縮すると考えられている。このモデルに従うと,筋収縮に伴い,筋厚が変化しないため,筋は横方向へ広がることが予想される。事実,筋横断面積には腱膜面に対し横方向へ増加する傾向が認められた。また,収縮に伴う筋全体の形状変化として,近位側の筋横断面積の増加,遠位側の筋横断面積の減少,および筋横断面積が最大となる位置の近位側への移動が確認された。次に,様々な収縮強度での等尺性収縮時における前脛骨筋および腓腹筋内側頭を筋全体にわたり計測し,収縮に伴う筋形状の変化および筋内における筋形状の部位差の有無を確認した。前脛骨筋では,安静時および等尺性収縮時において筋束長,羽状角および筋厚に部位差が存在した。また,腓腹筋内側頭の羽状角および筋厚にも,安静時および等尺性収縮時において部位差が存在したが,筋束長には安静時,等尺性収縮時ともに部位差がみられなかった。これらの計測値から腱膜方向の移動量を計算したところ,腱膜の伸長に部位差が認められ,筋束の発揮する力が筋内で一様でない可能性が示唆された。また,収縮時の部位差の有無の要因として安静時の筋形状や腱膜形状の影響が示唆された。

 以上のように,栗原俊之氏の論文は,三次元超音波法によるヒト骨格筋の形状計測の可能性,および収縮時における筋形状変化の部位差,筋間差を明らかにしたものである。その知見は,ヒト骨格筋の形状と力との関係を明確にするうえで有用なものであり,身体運動科学の分野における意義は大きい。したがって,本審査委員会は博士(学術)の学位を授与するにふさわしいものと認定する。

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