学位論文要旨



No 122039
著者(漢字) 小島,健介
著者(英字)
著者(カナ) コジマ,ケンスケ
標題(和) オンチップ1細胞培養法による心筋細胞をモデルとした細胞集団化効果の解析
標題(洋) Analysis of the Cell Community Effect of Cardiomyocytes using an On-chip Single-cell-based Culture System
報告番号 122039
報告番号 甲22039
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第716号
研究科 総合文化研究科
専攻 広域科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 栗栖,源嗣
 早稲田大学 教授 石渡,信一
 東京大学 教授 里見,大作
 東京大学 助教授 松田,良一
 東京医科歯科大学 教授 安田,賢二
内容要旨 要旨を表示する

1. 背景と目的

 生命における基本的構成単位である細胞は、それぞれ同一の先天的情報、すなわちゲノム情報を有するが、細胞集団を形成することによって、1細胞状態では起こり得ない集団依存的な機能を有するようになり、より複雑な組織、器官としての機能を発揮して行く。例えば、神経細胞は適切な細胞ネットワークを形成することで、記憶、学習の様な後天的な特性を発揮するように成る。また、心臓は主に心筋細胞と繊維芽細胞から成るが、心臓の安定した拍動リズムを産み出すペースメーカー領域である洞房結節は、解剖学的特徴として心筋細胞のみから形成される細胞集団を持っていることが知られている。これら、実際の組織における例の様に、細胞が集団化することによる効果が単なる細胞レベルから組織レベルへの機能的移行を実現させていると考えられる。現在までに、生命の最小構成単位である個々の細胞が、最低限、どの程度の集団を形成すれば、1細胞では見られない機能を発揮する様になるのか、つまり組織レベルの機能を示す細胞集団に成り得るのかと言う、細胞集団化効果に関する知見はほとんど未知である。集団化効果の解明によって、培養チップ上に最小サイズの脳モデルや心臓モデル等の組織モデルを、培養細胞を用いて再構築することが可能になると考えられる。そこで本研究では、細胞集団化効果の理解を目的として、1細胞レベルで構成的に細胞ネットワークを構築することが可能な培養法を新たに開発し、これを用いて1細胞を基本単位として構成的に細胞集団を再構築し、その細胞集団の特性を評価・解析することで、集団化効果の理解を目指した。

2. 構成的1細胞培養法の開発((1),(2))

近年、様々な細胞パターニング技術が開発され、細胞培養チップ上に組織モデルを作製する研究が盛んに行われている。しかし従来のパターニング技術では、大雑把な制御しかできなく、構成的に細胞集団を作製すことは困難であった。本研究では、1細胞ベルで細胞の種類、数、空間配置を制御して、構成的に任意の細胞集団を構築することが可能な新しい培養法を開発した。アガロースをガラス基盤上に塗布して薄層を作り、それをレーザーによる局所加熱で溶かしてチャンバを作成した。このチャンバ内にマイクロピペットを用いて心筋細胞を1細胞ずつ配置し、培養を行った(図1(a)-(e))。その結果、構成的に任意のサイズ、パターンを持った心筋細胞集団を、培養チップ上に再構築することができた(図1(f))。この培養法の開発によって、細胞集団化効果を構成的に理解して行くことが初めて可能となった。

3. 細胞集団化効果の解析

3-1. 細胞集団化効果による拍動状態の安定化((3),(4))

 集団化効果の理解として、まず、独自のリズムで拍動している2個の心筋細胞が相互作用し、2細胞の拍動が同期した時の変化を調べた。その結果、同期後の拍動リズムが、2細胞の内、速い拍動周期を持っていた細胞のリズムにそろう場合と、遅い拍動周期を持っていた細胞にそろう場合、1細胞状態に依存せず新しいリズムになる場合の3パターンを観察した。すなわち、従来報告されていた、同期後の拍動周期が速い周期を持っていた細胞に揃う傾向は見られなかった。同様に、拍動リズムゆらぎ(CV%)の変化について調べた所、同期後のゆらぎは、2細胞の内、小さいゆらぎを持っていた細胞に等しくなるか、更に小さい値になる場合がほとんどだった。また、1細胞状態、相互作用して2細胞が同期した状態それぞれの拍動周期と拍動ゆらぎを同一座標上にプロットして比較した所、1細胞状態に比べて、2細胞状態のばらつきが小さくなっていることがわかった(図2)。以上より、2細胞における拍動同期現象は、同期前の拍動周期よりも拍動ゆらぎに強く依存する事、また、1細胞状態よりも2細胞状態の方が、拍動リズムゆらぎが安定する傾向にある事が分かった。

 次に、心筋細胞が更に集団化した際の、拍動リズムゆらぎの変化を調べるため、9個の孤立状態の心筋細胞が段階的に相互作用して拍動同期して行き、すべての細胞が同期するまでの過程を連続計測した。その結果、細胞数に依存して、拍動リズムゆらぎが段階的に減少し、最終的に10%程度のゆらぎになって安定化した(図3)。この事から、心筋細胞は、集団化効果によって、拍動リズムゆらぎが減少し、安定状態になることが分かった。同様に、ネットワークパターンを変えて、細胞数に関するゆらぎ変化を解析した所、ゆらぎの細胞数増加に対する減少の程度は、何れのパターンでもほぼ変わらなかった。よって、心筋細胞はネットワークパターンには依存せず、細胞数を増やすことで拍動状態を安定化させる傾向がある事がわかった。

3-2. 細胞集団化効果による引き込み作用の獲得((5))

 心臓組織における引き込み現象に見られる安定したダイナミクスと集団化効果の関係を調べるため、細胞集団と1細胞の相互作用による拍動周期と拍動ゆらぎ変化の解析を行った。

 先ず、1細胞が相互作用して行き、最終的に9細胞になる過程で観察された、3細胞集団と1細胞(図4(a))、4細胞集団と1細胞(図4(b))、8細胞集団と1細胞(図4(c))の同期現象を調べた。その結果、細胞集団サイズが大きくなるに従って、1細胞の同期後の拍動周期、拍動ゆらぎが共に、細胞集団に揃う傾向が強くなることがわかった。

 次に、異種細胞間相互作用として、心筋細胞同様に心臓の主要構成要素である繊維芽細胞との相互作用による同期過程を調べた。繊維芽細胞を介した心筋1細胞同士の相互作用では、繊維芽細胞の影響による拍動の不安定化が観察されたが、9細胞集団と1細胞での繊維芽細胞を介した相互作用(図5(a)-(b))の場合、拍動周期、拍動ゆらぎが不安定な1細胞が安定状態の9細胞集団に同調し、同期後の状態は同期前の細胞集団が持っていた状態に等しくなる傾向があり(図5(c)-(e))、繊維芽細胞による拍動不安定化は観察されなかった。これらの結果より、心筋細胞は、集団化効果によって、引き込み現象を起こす安定性を獲得することが示唆された。

3-3. 細胞集団化効果による薬剤投与による摂動からの回復

 細胞集団化効果による安定性を更に評価するために、心筋細胞集団に薬剤を投与して刺激を与え、これを培地交換によって除去する過程における、拍動状態の回復程度の細胞集団サイズ依存性を調べた。先ず、4細胞集団で薬剤刺激-除去過程での拍動状態の変化を調べた所、刺激前の状態には戻り難く、刺激前と除去後では拍動状態が大きく異なることがわかった。次に、9細胞集団で調べた所、薬剤除去後の拍動状態が、刺激前に近い状態まで回復する傾向が観察された。そこで、再度、刺激-除去を繰り返した所、同様に、除去後の拍動状態は1回目の刺激を与える前の状態に近い傾向を示した。以上の4細胞集団、9細胞集団の薬剤応答における比較から、集団サイズの増加、すなわち集団化効果によって、外部から与えられた摂動に対しても元の状態に回復できる安定性を獲得すると考えられる。

4. 結論

 以上、心筋細胞をモデルとして、構成的にネットワークを構築することで、細胞集団化効果の実験的検証が可能な新しい培養法を開発することに成功した。この方法を用いて、心筋細胞に対する集団化効果の解析を行った所、以下の3つの結果を得ることができた。(1)心筋2細胞の拍動同期過程を解析した所、同期後の拍動状態は、拍動ゆらぎの小さい細胞に揃うか、更にゆらぎが小さくなる傾向が見られた。更に細胞集団サイズを増加させた所、段階的にゆらぎが小さくなり、9細胞から成る細胞集団で、およそ10%程度のゆらぎに成り拍動状態が安定化する傾向を示した。すなわち、集団化効果による安定化として、拍動ゆらぎの減少が示唆された。(2)心筋細胞集団と心筋1細胞を相互作用させ、その同期過程を解析した所、細胞集団の拍動状態は変化することなく、1細胞の方が集団の状態に揃う傾向が見られ、細胞集団サイズの増加によってこの傾向は更に強くなることがわかった。すなわち、集団化効果による安定化として、引き込み現象が示唆された。(3)4細胞、9細胞から成る心筋細胞集団に対して、薬剤投与による摂動状態からの回復過程を解析した所、4細胞集団に比べると9細胞集団の方が刺激後、薬剤投与前の拍動状態に近い状態にまで回復する傾向が大きいことがわかった。すなわち、集団化効果による安定化として、摂動状態から元の状態へと回復する、安定状態の保持の傾向が示唆された。

 以上のように、心臓組織が示す、安定した拍動状態、引き込み現象、交感、副交感神経刺激での心拍数増加、減少における、刺激停止後の元の心拍数への回復に見られる安定状態の保持といった、3つの安定化作用が、9細胞程度から成る細胞集団でも集団化効果によって獲得されることがわかった。これより、この細胞集団が、培養チップ上に再構築可能な最小サイズの心臓モデルと成り得る可能性が示唆された。

参考文献(1). Kojima, et al. Jpn. J. Appl. Phys. 2003.42. L980-982.(2). Kojima, et al. Lab Chip. 2003. 3(4):292-6(3). Kojima, et al. J. Nanobiotechnology. 2004. 2(1):9(4). Kojima, et al. J. Nanobiotechnology. 2005. 3:4(5). Kojima, et al. Biochem. Biophys. Res. Commun. 2006. 351, 209-215

図1 構成的1細胞培養法。アガロースマイクロチャンバ作製手順とチャンバ内への細胞導入の様子。クロム蒸着したガラス基板にコラーゲンをコートし、ゾル上アガロースをスピンコートして薄層を作製した(a)-(b) レーザー照射による局所加熱によりアガースを溶かしてチャンバを作製し、マイクロピペットで心筋細胞を1細胞ずつチャンバ内へ入れ培養した(c)-(e) (f)9細胞ネットワーク

図2 1細胞状態(青)、2細胞状態(赤)での拍動状態

図3 (a)孤立状態の9個の心筋細胞(b)9細胞ネットワーク(c)拍動ゆらぎと細胞集団数の関係

図4 (a)細胞1,2,3から成る3細胞集団と4の1細胞との相互作用(b)4細胞集団(1,2,3,4)と1細胞(5)との相互作用(c)8細胞集団(1-8)と1細胞(9)との相互作用

図5 (a)9細胞ネットワーク(A)と1細胞(B) (b)繊維芽細胞を介したAとBの相互作用 (c)-(d)A(青)とB(赤)の同期前、後の拍動分布。青、赤の三角印はそれぞれA、Bの平均拍動周期、黒三角は同期後の平均周期を示している (e)同期前後のゆらぎ変化。青、赤はそれぞれA、Bの1分間毎の平均ゆらぎを示している

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、1細胞単位での細胞集団ネットワークを構築する新しいオンチップ細胞培養計測手法を用い、心筋細胞をモデルとして、1細胞からの心筋細胞ネットワークの再構成によって、心筋集団の拍動の安定性、揺らぎの大きさについての集団化効果、空間での細胞のネットワークパターン依存性、薬剤に対する応答の違いから、「組織モデル」となるのオンチップ細胞ネットワークの構築を目指した一連の研究を報告したものである。

 第1章では、本研究の背景と目的を述べている。まず、本研究の背景として、生命における基本的構成単位である細胞は、細胞集団を形成することによって1細胞状態では起こり得ない集団依存的な機能を有するようになり、より複雑な組織、器官としての機能を発揮して行くことが説明されている。具体的には、心臓が主に心筋細胞と繊維芽細胞から成るが、心臓の安定した拍動リズムを産み出すペースメーカー領域である洞房結節では解剖学的特徴として心筋細胞のみから形成される細胞集団を持っていることが知られており、細胞が集団化することによる効果が単なる細胞レベルから組織レベルへの機能的移行を実現させていると考えられることから、心筋細胞をモデルとして集団の理解を進めることは、実際の臓器モデルを理解する上でも有意義であることが説明されている。次に、本研究の目的について、細胞集団化効果の理解を目指して1細胞レベルで構成的に細胞ネットワークを構築することが可能な培養法を新たに開発し、これを用いて1細胞を基本単位として構成的に細胞集団を再構築し、その細胞集団の特性評価を行ったことを述べている。

 第2章では、オンチップでの空間配置を制御して心筋細胞ネットワークを培養する細胞培養技術を説明している。従来のパターニング技術では、大雑把な制御しかできなく、構成的に細胞集団を作製することは困難であったものを、1細胞レベルで細胞の種類、数、空間配置を制御して、構成的に任意の細胞集団を構築することが可能な新しい培養法を開発したことが述べられている。具体的には、アガロースをガラス基盤上に塗布して薄層を作り、それをレーザーによる局所加熱で溶かしてチャンバを作成する手順、このチャンバ内にマイクロピペットを用いて心筋細胞を1細胞ずつ配置し、培養を行う手順を述べ、結果として、構成的に任意のサイズ、パターンを持った心筋細胞集団を構築することができた。この培養法の開発によって、細胞集団化効果を構成的に理解して行くことが可能となったことを報告している。

 第3章では、第2章で開発した装置システム、オンチップ細胞培養システムを用いて、細胞集団化の効果について行った一連の研究成果について報告している。まず、集団化の効果について、細胞集団化による拍動の安定化についての研究成果を報告している。最初に、集団化効果の理解として、まず、独自のリズムで拍動している2個の心筋細胞が相互作用し、2細胞の拍動が同期した時の変化を調べた。その結果、同期後の拍動リズムが、2細胞の内、早い拍動周期を持っていた細胞のリズムにそろう場合と、遅い拍動周期を持っていた細胞にそろう場合、1細胞状態に依存せず新しいリズムになる場合の3パターンを観察し、拍動リズムゆらぎ(CV%)の変化について、同期後のゆらぎは、2細胞の内、小さいゆらぎを持っていた細胞に等しくなるか、更に小さい値になることが判明した。この結果より、2細胞における拍動同期現象は、単なる引き込み現象ではない事、1細胞状態よりも2細胞状態の方が、拍動リズムゆらぎが安定する傾向にあることが報告されている。

 次に、心筋細胞が更に集団化した際の、拍動リズムゆらぎの変化を調べるため、9個の孤立状態の心筋細胞が段階的に相互作用して拍動同期して行き、すべての細胞が同期するまでの過程を連続計測した。その結果、細胞数に依存して、拍動リズムゆらぎが段階的に減少し、最終的に10%程度のゆらぎになって安定化した。この事から、心筋細胞は、集団化効果によって、拍動リズムゆらぎが減少し、安定状態になることが分かったことが奉公されている。同様に、ネットワークパターンを変えて、細胞数に関するゆらぎ変化を解析した所、ゆらぎの細胞数増加に対する減少の程度は、何れのパターンでもほぼ変わらなかった。よって、心筋細胞はネットワークの空間パターンには依存せず、細胞数を増やすことで拍動状態を安定化させることがわかったと報告されている。

 さらに、細胞集団と1細胞の相互作用による拍動数と拍動ゆらぎ変化の解析を行い、1細胞が相互作用し、次に、3細胞集団と1細胞、4細胞集団と1細胞、8細胞集団と1細胞というように、集団と1細胞の同期現象を調べた結果、細胞集団サイズが大きくなるに従って、集団と相互作用する1細胞の同期後の拍動数、拍動ゆらぎが共に、細胞集団に追従する傾向が強くなることが観察された。次に、細胞集団と繊維芽細胞を用いた制御を行い、その結果、拍動数、拍動ゆらぎが不安定な1細胞が安定状態の9細胞集団に同調し、同期後の状態は同期前の細胞集団が持っていた状態に等しくなることがわかった。これらの結果より、心筋細胞は、繊維芽細胞の有無に関わらず集団化効果によって、引き込み現象を起こす安定性を獲得することが報告されている。

 最後に、細胞集団化効果による安定性を更に評価するために、心筋細胞集団に薬剤を投与して刺激を与え、これを培地交換によって除去する過程における、拍動状態の回復程度の細胞集団サイズ依存性を調べた。先ず、4細胞集団で薬剤刺激-除去過程での拍動状態の変化を調べた所、刺激前の状態には戻り難く、刺激前と除去後では拍動状態が大きく異なることがわかった。次に、9細胞集団で調べた所、薬剤除去後の拍動状態が、刺激前に近い状態まで回復する傾向が観察された。そこで、再度、刺激-除去を繰り返した所、同様に、除去後の拍動状態は1回目の刺激を与える前の状態に近い傾向を示した。以上の4細胞集団、9細胞集団の薬剤応答における比較から、集団サイズの増加、すなわち集団化効果によって、外部から与えられた摂動に対しても元の状態に回復できる安定性を獲得したと考えられることが報告されている。

 第4章では、本研究の成果を総括し、本研究のまとめと結論を述べている。本研究の主題である、心筋細胞をモデルとした構成的ネットワーク構築技術を用いて、細胞集団化効果の実験的検証が可能な新しい培養法を開発することに成功したこと、この方法を用いて心筋細胞に対する集団化効果の解析を行った所、以下の3つの結果を得ることができたこと、すなわち

 (1)心筋2細胞の拍動同期過程を解析した所、同期後の拍動状態は、拍動ゆらぎの小さい細胞に揃うか、更にゆらぎが小さくなる傾向が見られた。更に細胞集団サイズを増加させた所、段階的にゆらぎが小さくなり、9細胞から成る細胞集団で、およそ10%程度のゆらぎに成り拍動状態が安定化する傾向を示した。すなわち、集団化効果による安定化として、拍動ゆらぎの減少が示唆された。

 (2)心筋細胞集団と心筋1細胞を相互作用させ、その同期過程を解析した所、細胞集団の拍動状態は変化することなく、1細胞の方が集団の状態に揃う傾向が見られ、細胞集団サイズの増加によってこの傾向は更に強くなることがわかった。すなわち、集団化効果による安定化として、引き込み現象が示唆された。

 (3)4細胞、9細胞から成る心筋細胞集団に対して、薬剤投与による摂動状態からの回復過程を解析した所、4細胞集団に比べると9細胞集団の方が刺激後、薬剤投与前の拍動状態に近い状態にまで回復する傾向が大きいことがわかった。すなわち、集団化効果による安定化として、摂動状態から元の状態への回復傾向が示唆された。

 以上のように、心臓組織が示す、安定拍動状態、引き込み現象、交感、副交感神経刺激での心拍数増加、減少における、刺激停止後の元の心拍数への回復といった、3つの安定化作用が、9細胞程度から成る細胞集団でも集団化効果によって獲得されることがわかった。これより、この細胞集団が、培養チップ上に再構築可能な最小サイズの心臓モデルと成り得る可能性が示唆された。

 この成果は、「細胞集団の集団化による安定化」という課題を、心筋拍動細胞の拍動状態の光学顕微鏡解析によって解明することを初めて実現したものであり、特に、より安定した細胞に不安定な細胞が同期化することは、従来考えられていた、拍動の早い細胞に同期するという解釈に反するものであるが、今までの多くの矛盾する研究報告成果を包括して説明可能にするものであり、このような細胞集団が持つ特性を発見したことは、特記に値するものと考えられる。また、このような基礎研究の成果を薬物効果の検証に用いる応用研究も独創的であり、将来の動物実験に代わるモデル臓器、組織の構築の可能性を示唆するものであり、大きな意義があるものと理解される。

 いずれの研究内容も従来の細胞培養技術では実現できないソフトマテリアルを用いたリアルタイム微細加工技術と、その応用に関して世界で初めて成功したものであり、オリジナルである。また、この空間配置の制御技術を用いて行った細胞の空間パターンと細胞集団との関係に関する研究は、新たな生物学の研究手法を提案するものであり、このこと自体が、その研究水準の高さを示すものと考えられる。

 したがって本審査委員会は博士(学術)の学位を授与するにふさわしいものと認定する。

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