No | 122040 | |
著者(漢字) | 坂口,菊恵 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | サカグチ,キクエ | |
標題(和) | 短期的配偶戦略への指向性の個人差と関連する心理学的・内分泌学的要因 | |
標題(洋) | Psychological and endocrinological factors associated with individual variation in sociosexuality | |
報告番号 | 122040 | |
報告番号 | 甲22040 | |
学位授与日 | 2007.03.22 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(学術) | |
学位記番号 | 博総合第717号 | |
研究科 | 総合文化研究科 | |
専攻 | 広域科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 【序文】 行動実験や、欧米における学生を対象とした質問紙調査により、セルフ・モニタリング(自己の表出行動や自己呈示を、周囲の状況を手がかりに強くコントロールしようとする傾向)の高さと短期的配偶戦略への指向性(異性と短期的な性的関係を持つことに対する許容度の高さ)との間には密接な関連が存在すると指摘されてきた。この2つの行動特性間には高い遺伝共分散の存在も指摘されているが、具体的にどのような生理的共通要因が存在するかについてはほとんど研究が進んでいない。本研究は、短期的配偶戦略指向が男性でより強く認められること、および代表的男性ホルモンであるテストステロンの体循環中の濃度が同性内での短期的配偶戦略指向の高さと関連するといういくつかの報告があることから、短期的配偶戦略への指向性とセルフ・モニタリングの高さに対する共通要因が、胎児期および成人後の体循環中テストステロン濃度の高さである可能性を検討した。 胎児期のテストステロン濃度の代替指標としては子どもの頃に好んだ遊びの男性度を用いた。体循環中のテストステロン濃度は特に女性に関して基礎データが少なく、性周期の影響を明確にしつつ行動との関連を検討した先行研究は数少ない。これは、従来の測定法では非侵襲的に女性のテストステロン濃度を正確に測定することが困難であったためである。そのため、高感度・高精度で唾液中テストステロン濃度を定量する新手法を用い、女性の唾液中テストステロン濃度と、短期的配偶戦略指向およびセルフ・モニタリングとの関連を検討した。 【第2章】 異性愛者・非異性愛者を含む幅広い層の日本人男女を対象に、セルフ・モニタリングの高さと短期的な配偶戦略指向との間に相関が見られるか検討した。短期的な配偶戦略指向の尺度得点は年齢と強く相関するため、年齢の影響を統計的に統制して性別・性的指向別の各4グループ内でスピアマンの順位相関をとると、いずれも有意な正の相関を持っており(rss > .15, ps<.05, ns > 160)、相関の強さの有意な差は4グループ間[χ2(3, N=827)=3.48, p=.32]およびいずれの2グループ間[χ2s(1, N=341-486)<2.53, ps > .11]においても認められなかった。幼少期に経験した家族ストレスや自尊感情、あるいは女性の初潮時の年齢も短期的配偶戦略への指向に影響する要因として指摘されてきたが、関連性はセルフ・モニタリングと比較して弱く、一貫しないものであることが示された。さらに、胎児期テストステロン濃度の信頼できる代替指標として子どもの頃に好んだ遊びの男性度を用い、セルフ・モニタリングおよび短期的配偶戦略への指向性との相関を検討したところ、有意な相関は見られなかった。 本研究では短期的配偶戦略の個人差に関連する心理学的要因に関する検討をはじめて非異性愛者に拡張し、いくつかの想定される関連要因の中で、セルフ・モニタリングとの関連は非常に頑健に現れることを示した。 【第3章】 成人後の体循環中テストステロン濃度を正確かつ非侵襲的に測定するため、液体クロマトグラフィー・タンデム型質量分析計(LC-MS/MS)を用い、唾液中の微量テストステロン濃度定量法を確立した。53名(16-66歳)の健康な男性から9:00-10:00, 13:00-14:00, および17:00-18:00の3時間帯にわたり唾液および血液を採取し、血中バイオアベイラブル(生理活性型)テストステロン濃度の指標として、唾液中テストステロン濃度と通常医療検査で使用される血中総テストステロン濃度のいずれが優れているかを比較した。採取時期は2004年8月であった。唾液中テストステロン濃度(r=.88, p <.0001, n=158)は血中総テストステロン濃度(r=.71, p <.0001, n=159)と比較して血中バイオアベイラブルテストステロンと良好な相関を示し、相関の強さの差は有意であった[χ2(1, N=317)=18.56, p=.00002]。また、血液・唾液試料によりテストステロン濃度の日内変動を確認した。さらに加齢による濃度の低下に関して、血中総テストステロン濃度は昼・夕方の試料に関して変化が不明確であったのに対し、唾液中テストステロン濃度はいずれの時間帯の試料に関しても明瞭な加齢による低下を示し、唾液試料の、テストステロンの生理状態を示す指標としての外的妥当性を確認した。さらに、唾液試料84検体を2ヶ月間 -70°Cにて保存後、融解し再測定したところ初期値に対する各検体の保存安定性は平均96.3%であり、良好な保存安定性および凍結融解安定性が示された。LC-MS/MSを用いることによって、微量な生体試料内のホルモン濃度も正確に測定することが可能になり、女性のホルモン動態をも非侵襲的かつ継時的に明らかにする途がひらかれた。また、唾液中テストステロン濃度と血中バイオアベイラブルテストステロン濃度との間の直接相関をはじめて検討し、良好な対応が見られることを示した。 【第4章】 女性の唾液中テストステロン濃度の性周期変動を明らかにし、その短期的配偶戦略への指向性およびセルフ・モニタリングとの関連を検討した。女性のテストステロン濃度は代表的女性ホルモンであるエストラジオール濃度と同様、性周期の半ばにピークを生ずるとされ、特にピーク時の濃度は行動の予測力が高いと報告されている。しかしテストステロンの性周期変動を唾液を用いて検出した報告は少なく、またホルモン動態の個人差の実態は明らかになっていない。 研究1ではまず4名(23-32歳)の女性において、1性周期以上毎日採取した唾液中のテストステロン濃度変動をエストラジオール濃度の性周期変動と対比して精査した。唾液の採取は起床後に行い、採取時期は2004年秋から2005年3月にかけてであった。その結果いずれの女性においても、エストラジオールのピーク時の前後においてテストステロン濃度のピークが観察された。各参加者内で、テストステロン濃度はエストラジオール濃度と正の相関を持っていた(.50<r<.75, n=27-41)。20代前半の参加者は、20代後半・30代の参加者に比べて高いテストステロン濃度を示した。 研究2では、研究1の結果に基づき、ホルモンの性周期半ばの最高濃度をピーク濃度、ピーク前後の上昇期を除いたテストステロン濃度の平均をベースライン濃度と定義した。58名の女性(18-24歳)のピーク時・ベースライン時のテストステロン濃度およびピーク時のエストラジオール濃度と、短期的配偶戦略への指向性およびセルフ・モニタリングとの関連を検討した。試料の採取時期は夏(6-8月)・秋(9-11月)・冬(12-2月)にわたり、テストステロン濃度にはピーク時[F(2, 46)=24.18, p<.0001]、ベースライン時[F(2, 55)=38.93, p<.0001]いずれにおいても季節変動が見られたが、エストラジオールのピーク濃度に関してはそのような変動が見られなかった[F(2, 41)=0.08, p=.92]。下位検定により、夏・秋の試料間ではテストステロン濃度に有意差がなかったので以後まとめて分析を行った。夏-秋の女性のテストステロン濃度は冬のテストステロン濃度と比較してはるかに低かった。 行動指標との関連については、夏-秋のテストステロン濃度は行動指標と何ら関連する傾向を示さず、またエストラジオール濃度はいずれの季節においても短期的配偶戦略指向およびセルフ・モニタリングと有意な相関を持たなかった。一方、冬のテストステロン濃度は短期的配偶戦略指向得点と正の相関傾向を示し、特に態度得点との相関が顕著であった(ピーク時,r=.57, p=.006, n=21; ベースライン時,r=.41, p=.05, n=24)。また、ベースライン時のテストステロン濃度はセルフ・モニタリング得点と負に相関する傾向を示した(r=-.36, p=.09, n=24)。季節を通じて、短期的配偶戦略指向とセルフ・モニタリングの得点の間には正の相関が認められた(r=.30, p=.02, n=58)。 テストステロン濃度が高濃度の時のみ行動指標との関連が見られるという結果は、男性の行動特性や女性の性行動の活発さとテストステロン濃度との関連を検討した先行研究の結果と符合するものであった。 【総合考察】 短期的配偶戦略指向とセルフ・モニタリングの高さとの間に頑健な正の相関が見られることをさまざまな対象を用いて示した。成人の体循環中テストステロン濃度に関しては、特に高濃度の場合に短期的配偶戦略指向が高いという関連が示唆されたが、セルフ・モニタリングとの関連はそのように単純ではなく、テストステロンの働きの調節の違いと関連するといった、間接的な関連の存在が示唆された。 | |
審査要旨 | 行動実験や、欧米における学生を対象とした質問紙調査による先行研究では、短期的配偶戦略への指向性(異性と短期的な性的関係を持つことに対する許容度の高さ)と、セルフ・モニタリング(自己の表出行動や自己呈示を、周囲の状況を手がかりに強くコントロールしようとする傾向)の高さの間には密接な関連が存在すると指摘されてきた。この2つの行動特性間には高い遺伝共分散の存在も指摘されている。しかし、具体的にどのような生理的共通要因が存在するかについてはほとんど研究が進んでいない。一方、短期的配偶戦略指向が男性でより強く認められること、および代表的男性ホルモンであるテストステロンの体循環中の濃度が、短期的配偶戦略指向の高さと関連するといういくつかの報告がある。そこで、本研究では、短期的配偶戦略への指向性とセルフ・モニタリングの高さに対する共通要因が、胎児期および成人後の体循環中テストステロン濃度の高さである可能性について検討した。 胎児期のテストステロン濃度の代替指標としては子どもの頃に好んだ遊びの男性度を用いた。体循環中のテストステロン濃度は特に女性に関して基礎データが少なく、性周期の影響を明確にしつつ行動との関連を検討した先行研究は数少ない。これは、従来の測定法では非侵襲的に女性のテストステロン濃度を正確に測定することが困難であったためである。そのため、高感度・高精度で唾液中テストステロン濃度を定量する新手法を開発した。 ・相関研究 異性愛者・非異性愛者(同性愛者と両性愛者)を含む幅広い層の日本人男女を対象に、短期的な配偶戦略指向とセルフ・モニタリングの高さとの相関が見られるかどうか検討した。短期的な配偶戦略指向の尺度得点は年齢と強く相関するため、年齢の影響を統計的に統制して性別・性的指向別の各4グループ内でスピアマンの順位相関をとると、いずれも有意な正の相関を示し、相関の強さの有意な差はどのグループ間においても認められなかった。先行研究では、幼少期に経験した家族ストレスや自尊感情、女性の初潮時の年齢といった要因も、短期的配偶戦略への指向に影響する要因として指摘されてきたが、本研究ではいずれの関連性もセルフ・モニタリングと比較して弱く、一貫しなかった。胎児期テストステロン濃度の代替指標として子ども期の遊びの男性度を用い、セルフ・モニタリングおよび短期的配偶戦略への指向性との相関を検討したところ、有意な相関は見られなかった。 この相関研究では短期的配偶戦略の個人差に関連する心理学的要因に関する検討をはじめて非異性愛者に拡張し、いくつかの想定される関連要因の中で、セルフ・モニタリングとの関連がもっとも頑健に現れることを示した。 ・唾液中テストステロン濃度の定量法の確立 成人後の体循環中テストステロン濃度を正確かつ非侵襲的に測定するため、液体クロマトグラフィー・タンデム型質量分析計(LC-MS/MS)を用い、唾液中の微量テストステロン濃度定量法を確立した。53名(16-66歳)の健康な男性から9:00-10:00, 13:00-14:00, および17:00-18:00の3時間帯にわたり唾液および血液を採取し、血中バイオアベイラブル(生理活性型)テストステロン濃度の指標として、唾液中テストステロン濃度と通常医療検査で使用される血中総テストステロン濃度のいずれが優れているかを比較した。唾液中テストステロン濃度(r = .88)は血中総テストステロン濃度(r = .71)と比較して血中バイオアベイラブルテストステロンとより良好な相関を示し、相関の強さの差は有意であった。また、血液・唾液試料によりテストステロン濃度の日内変動を確認した。加齢による濃度の低下に関して、血中総テストステロン濃度は昼・夕方の試料に関して変化が不明確であったのに対し、唾液中テストステロン濃度はいずれの時間帯の試料に関しても明瞭な加齢による低下を示し、唾液試料の、テストステロンの生理状態を示す指標としての外的妥当性を確認した。さらに、唾液試料84検体を2ヶ月間 -70°Cにて保存後、融解し再測定したところ初期値に対する各検体の保存安定性は平均96.3%であり、良好な保存安定性および凍結融解安定性が示された。LC-MS/MSを用いることによって、微量な生体試料内のホルモン濃度も正確に測定することが可能になり、女性のホルモン動態も非侵襲的かつ継時的に明らかにする途がひらかれた。 ・女性の唾液中テストステロン濃度の性周期変動と短期的配偶戦略への指向性、セルフ・モニタリングとの関連 女性のテストステロン濃度は代表的女性ホルモンであるエストラジオール濃度と同様、性周期の半ばにピークを生ずるとされ、ピーク時の濃度が特に行動の予測力が高いという報告がある。しかしテストステロンの性周期変動を、唾液を用いて検出した報告は非常に少なく、またホルモン動態の個人差の実態は明らかになっていない。 研究1では、まず4名(23-32歳)の女性において、1性周期以上毎日採取した唾液中のテストステロン濃度変動をエストラジオール濃度の性周期変動と対比して精査した。唾液の採取は起床後に行い、採取時期は2004年秋から2005年3月にかけてであった。その結果いずれの女性においても、エストラジオールのピーク時の前後においてテストステロン濃度のピークが観察された。各参加者内で、テストステロン濃度はエストラジオール濃度と高い正の相関を示した。20代前半の参加者は、20代後半・30代の参加者に比べて高いテストステロン濃度を示した。 研究2では、研究1の結果に基づき、ホルモンの性周期半ばの最高濃度をピーク濃度、ピーク前後の上昇期を除いたテストステロン濃度の平均をベースライン濃度と定義した。58名の女性(18-24歳)のピーク時・ベースライン時のテストステロン濃度およびピーク時のエストラジオール濃度と、短期的配偶戦略への指向性およびセルフ・モニタリングとの関連を検討した。試料の採取時期は夏(6-8月)・秋(9-11月)・冬(12-2月)にわたった。テストステロン濃度にはピーク時、ベースライン時、いずれにおいても季節変動が見られたが、エストラジオールのピーク濃度に関してはそのような変動が見られなかった。下位検定により、夏・秋の試料間ではテストステロン濃度に有意差がなかったので以後まとめて分析を行った。夏-秋の女性のテストステロン濃度は冬のテストステロン濃度と比較してはるかに低かった。 行動指標との関連については、夏-秋のテストステロン濃度は行動指標と関連する傾向を示さず、またエストラジオール濃度はいずれの季節においても短期的配偶戦略指向およびセルフ・モニタリングと有意な相関を示さなかった。一方、冬のテストステロン濃度は短期的配偶戦略指向得点と正の相関傾向を示し、特に態度得点との相関が顕著であった。また、ベースライン時のテストステロン濃度が、セルフ・モニタリング得点と負に相関する傾向を示した。季節を通じて、短期的配偶戦略指向とセルフ・モニタリングの得点の間には正の相関が見られた。 テストステロン濃度が高濃度の時のみ行動指標との関連が見られるという結果は、男性の行動特性や女性の性行動の活発さとテストステロン濃度との関連を検討した先行研究の結果と符合するものであった。 本博士研究の意義は、人間における配偶戦略の指向性の個人差を規定する要因をかなりの程度まで明らかにできた点にある。従来、長期的配偶戦略と短期的配偶戦略について、同性内での個人差が、いかなる要因によって生じるのかについては、一致した見解が得られなかった。本研究では、他の説明変数と比べて、セルフ・モニタリング尺度得点の高さが、短期的配偶戦略指向性と頑健に正の相関を示すことを、さまざまな対象群で示すことができた。生理的要因である成人の体循環中テストステロン濃度に関しては、女性において高濃度期(冬)にテストステロン濃度と短期的配偶戦略指向が高いという関連が示されたが、低濃度期(夏-秋)ではそのような関係はみられなかった。他種の動物実験研究で指摘される胎児期のテストステロン濃度の影響については、本研究では代替指標を用いた分析を試みたが、明確な結論は得られず、今後の研究課題として残された。 本論文の内容は、相関研究が英文誌に受理されており、テストステロンの定量法開発に関する研究が和文専門誌に掲載されている。国際学会でも多数回の発表を重ねており、海外の研究者からの注目度も高い研究である。 これらの成果により、本論文は、東京大学総合文化研究科課程博士(学術)の学位請求論文として合格であると、審査委員が全員一致で判定した。 | |
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