学位論文要旨



No 122044
著者(漢字) 滝澤,真理
著者(英字)
著者(カナ) タキザワ,マリ
標題(和) 植物のストレス応答に関与するユビキチン系因子の解析
標題(洋) Analysis of ubiquitin pathway components responding to stress in plants
報告番号 122044
報告番号 甲22044
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第721号
研究科 総合文化研究科
専攻 広域科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 渡邊,雄一郎
 東京大学 教授 石浦,章一
 東京大学 教授 池内,昌彦
 東京大学 助教授 和田,元
 東京大学 助教授 柳澤,修一
内容要旨 要旨を表示する

 ユビキチン系は種々のタンパク質の寿命などを制御することで生体内での様々な高次機能の制御や環境ストレスに応答した恒常性に関与する(図1)。動物細胞ではユビキチン系がウイルスに対する防御反応の中で役割を果たすことが知られている。植物の病害応答においてもユビキチン系が役割をもつことが示唆されてきた。植物病原体であるタバコモザイクウイルス(TMV)の移行タンパク質(movement protein; MP)の分解にユビキチン系が関与することも示されている。しかしその詳細については未知な点が多い。

 そこでウイルス感染などのストレス応答に関わる新たなユビキチン系因子を特定することによってユビキチン系の活性を制御しているシグナル伝達系を明らかにしたいと考えた。それによりユビキチン系の植物の防御応答に対する調節機能を解明することを目的とした。

ウイルス感染時におけるタバコのE1

 まずユビキチン系の第一段階に関与するタバコのユビキチン活性化酵素(E1)とウイルス感染との関係を解析した。タバコ(Nicotiana benthamiana)にトマトモザイクウイルス(ToMV)、TMV、そしてTMVとは異なる属のウイルスであるキュウリモザイクウイルス(CMV)を感染させた。すると非感染葉に比べてTMV、ToMV感染葉はE1タンパク質の蓄積が増加していたが、CMV感染葉では変化は見られなかった。また傷害や病害応答に関わる植物ホルモンであるジャスモン酸、サリチル酸、エチレン処理により、E1タンパク質の蓄積が上昇した。このことより植物のウイルス応答、ストレス応答に標的タンパク質とは直接結合しないユビキチン系因子であるE1の発現制御も関わることが示唆された。

シロイヌナズナにおけるユビキチン系

 次にゲノム情報が豊富なシロイヌナズナに舞台を移してさらに解析をすすめた。遺伝子情報を利用し、転写レベルでの調節を明らかにすることを試みた。

 シロイヌナズナは2つのE1遺伝子、約45のE2、E2like遺伝子、約1200のE3遺伝子が知られている (表1)。

 まずシロイヌナズナにおける2つのE1(UBA1,UBA2)に着目して解析をおこなった。その結果TMV感染葉のUBA2 mRNAの蓄積の増加が検出された。シロイヌナズナのE1での機能分担は知られていないが、このことは2つのE1遺伝子の転写が個々に調節されていること、シロイヌナズナにおいて他のユビキチン系の因子もウイルス感染時に転写レベルで制御される可能性を示唆した。そこで次にTMV感染時に蓄積が変動するシロイヌナズナのE2遺伝子の探索をおこなった。

TMV感染時に蓄積が変化するE2の特定

 TMV感染5日後に蓄積が変化するE2mRNAを探索した。各遺伝子特異的なプライマーを用いてE2活性が知られているシロイヌナズナのUBC1からUBC20までRT-PCRにより解析をおこなった。その結果蓄積が増加するUBC 1, UBC14及び蓄積が減少するUBC8を特定した(表2)。このことはノーザン解析によっても確かめられた。

TMV以外のストレスによるUBC1、UBC8、UBC14 mRNAの変動

 UBC1、UBC8,UBC14mRNAがTMV以外のストレスに対してどのように応答するか確かめた。

-TMV以外のウイルス

 まずTMVと近縁のU1、分類上大きく異なるCMVを感染させたときの蓄積の変化を調べた。その結果、3つのE2ともU1 に対してはTMVほど大きな蓄積の変化が見られなかった。UBC1、UBC8はCMV感染に対してTMV感染よりも大きな蓄積の変化を示した。一方UBC14の蓄積の変化はTMV特異的であった。

-シュードモナス

 病原細菌シュードモナス(Pseudomonas syringae pv.tomato DC3000)を感染させて24時間後の遺伝子の発現の変化を調べた。その結果UBC8のみ変化があり、TMV感染時とは逆に増加することが分かった。

-傷害処理

 傷害処理を与えたところ、UBC8mRNA の蓄積が減少し、UBC14mRNA は蓄積が増加した。

これらのことによりUBC1、UBC8、UBC14が他のストレスに関与することも示唆された。

以上の結果を表3にまとめた

UBC1変異体における解析

 UBC1のT-DNA挿入変異体ubc1-1を用いてさらなる詳細な解析を行った。ubc1-1において葉の細胞の増加、老化や花芽形成の促進などが観察された。ubc1-1にTMVを感染させたところ、感染葉や上葉などにおいて病徴が激化したが(図2、3) 、TMVのRNAの蓄積に変化が見られなかった。また、ubc1-1にCMVを感染させたところ、病徴が激化し、CMVのRNAの蓄積が増加した。

UBC1と植物ホルモンとの関係

 野生型にジャスモン酸を処理したところ、UBC1mRNAの発現が抑えられることが分かった。 UBC1はジャスモン酸の変異体であるjar1-1で多く発現していた。またSmall Scale Micro Arrayを行ったところ、ubc1-1 とjar1-1の遺伝子発現パターンが似ていた。これらの結果はUBC1がJAR1が関わるジャスモン酸経路に関わることを示唆している。 ubc1-1にエチレンの前駆体であるACCを処理したところ、胚軸や根の長さは野生型と変わらなかったが、胚軸の膨張の促進が見られた。このことはUBC1はエチレン経路に関わることを示唆している。しかし野生型においてACC処理によりUBC1mRNAの発現に変化はなかった。

 これらのことはUBC1がジャスモン酸およびエチレンの経路のクロストークを考える上で重要な因子であることを示唆している。

UBC14と相互作用するタンパク質の探索

 UBC14と相互作用するタンパク質を探索するためにyeast two hybrid 法を行った。UBC14をbaitとし、TMVを感染させて5日後の感染葉由来cDNAライブラリーをスクリーニングした。その結果、fructose biosphoshpate aldoase, oxygen evolving enhancer protein, NAD binding glyceraldehyde-3-phosphate dehydrogenase, TMV MPが得られた。 UBC14 はTMV MPとは相互作用したが、TMV-U1のMPとはしなかった。このことからUBC14はTMV MP特異的に相互作用することが示唆された。 TMV MPがユビキチン化されることが知られているが、その詳しいメカニズムについては知られていない。本研究で示唆されたUBC14とTMV MPの相互作用はウイルスタンパク質のユビキチン化や植物の病害応答を解明する有力な手がかりとなることが期待される。

UBC14変異体における解析

 UBC14のT-DNA挿入変異体ubc14-1を用いてさらなる詳細な解析を行った。ubc14-1において特にフェノタイプは観察されなかった。ubc14-1にTMVを感染させたところ、TMVの蓄積に増加がみられた。またCMVを感染させてもCMVの蓄積の増加がみられた。UBC14の遺伝子のノックアウトがウイルスの蓄積を増加させることからUBC14はウイルス感染に対する防御応答に関わっていることが示唆された。

 以上本研究においてウイルス感染などストレス応答に関係するユビキチン系因子としてE1、E2を特定し、それらのストレス応答への寄与について示すことができた。

図1 ユビキチン系

ユビキチンは活性化酵素(E1)、結合酵素(E2)、リガーゼ(E3)を経て標的タンパク質に共有結合する。

表1 シロイヌナズナにおけるユビキチン系因子の遺伝子の数

表2 TMV感染によるmRNAの蓄積の変化

(非感染を1とした場合)

表3 ストレスに対するUBC1,UBC8,UBC14mRNAの蓄積変化

増加を↑、減少を↓のそれぞれの数で表す

図2 TMV感染葉における壊死

図3  TMV感染後2週間

審査要旨 要旨を表示する

 真核生物においてユビキチン系によるタンパク質分解系は、単なるタンパク質の寿命の制御という意味にとどまらず、多くの生物体において発生制御、ホルモン応答、ストレス耐性などの生物学的な機能と結びつくことが明らかとなっている。植物においても最近、オーキシン応答や微生物に対する抵抗性をしめす上で、ユビキチン系の因子の関与が主に遺伝学的解析から明らかとされてきた。しかし、その詳細は未だ不明な点が多い。

 植物には多くの病原体があり、ウイルスも植物に対して大きな脅威となっている。論文提出者は、タバコモザイクウイルス(TMV)がタバコに感染した際に、ユビキチン系のうち、ユビキチン活性化酵素(E1)の蓄積が増大することを偶然発見し、そこから解析が始まった。抗E1抗体をもちいたウェスタン解析から、TMVや近縁のウイルスを感染させた後にE1タンパク質の蓄積が増大すること、別種のキュウリモザイクウイルスの感染ではそれが見られないことが確認された。ジャスモン酸、サリチル酸、エチレンといったストレスホルモンの処理によっても蓄積が増大した。こうした事実から、植物はウイルスなどの病原体の感染やストレスを受けた際に、一連の防御反応のひとつとしてユビキチン系因子の蓄積を変動させるものと予想した。ユビキチン系には多くの因子が関与しており、こうしたストレス応答と因子の発現との相関の全貌を明らかとするには、その宿主のゲノム情報が不可欠と考え、以後の解析はシロイヌナズナで行うことにした。

 シロイヌナズナとTMVの組み合わせにおいても、E1の蓄積の増大が確認された。ゲノム情報を生かして、2つあるE1遺伝子の区別を試みた。その結果、ふたつのE1遺伝子のうち、UBA2 mRNAのほうのみが増大していることから、一方の遺伝子のみ転写が増大したことが予想された。重複したようにみえるE1遺伝子も、その転写レベルは種々の状況、ストレス応答などに関連して、特異的に個々の発現が調節されていることが想像された。

 こうした知見をもとに、続いてユビキチン結合酵素(E2)の発現調節の可能性を検討した。研究開始時に報告のあったUBC1〜20遺伝子について、ウイルス感染など種々のストレス応答時の蓄積量を半定量的RT-PCR法にて解析した。その結果、面白いことにウイルス感染に伴って蓄積の増大が見られたのがUBC1とUBC14(それぞれ約3倍,約9倍)、減少したのがUBC8(約0.2倍)であった。これまでE2分子についてその転写が植物のストレス応答に関与するという知見はなく、こうした発現レベルでの変動についても新しい知見である。また異なるキュウリモザイクウイルスを感染させたとき、UBC1とUBC8の変動はより大きなものであった。それに対し、UBC14の変動は見られず、この遺伝子はTMV特異的に変動することが明らかとなった。また病原体として細菌Pseudomonas syringae pv. tomatoが感染した際には、UBC1, UBC14の変化はみられず、UBC8の蓄積はむしろ増加した。

 こうしたユビキチン系因子の蓄積変化、転写制御が、生物学的機能となんらかの関係があるものと考え、ここで変動が見出された3つのE2遺伝子のうち、特にUBC1とUBC14について、種々のストレス応答との関係を検討することにした。それぞれの機能破壊株シロイヌナズナを手に入れ、その変異体が種々のストレスにどのような反応をするかを、以後調べた。

 UBC1についてそのmRNAの蓄積を既知のホルモン非感受性突然変異体において解析した。するとジャスモン酸低感受性変異体jar1-1において、その蓄積が増加していた。このことはジャスモン酸によってこの発現が抑制されている可能性が示された。つぎにUBC1遺伝子のT-DNA挿入変異体(ubc1-1)を手に入れ、感染マーカー遺伝子を中心とした571遺伝子によるカスタムアレイ解析をおこない、ubc1-1とjar1-1のプロファイルが非常に類似していることを見いだした。その表現型を検討した。野生型と比較して葉の大きさが一回り大きいこと、老化現象あるいは花芽形成が早いこと、エチレン前駆体ACC処理を加えたところいわゆるtriple responseとは異なるが、胚軸の膨張促進が見られ、エチレン経路との関係がうかがえた。このようにこのUBC1遺伝子産物は、ジャスモン酸、エチレンといったストレスホルモンによるシグナル伝達経路のなかに位置する可能性が強く示唆された。ubc1-1変異体にTMVを感染させたところ、野生型と比較してウイルス蓄積量には違いはないが、病徴が激しく現れた。ウイルス蓄積量は同じであるにもかかわらず病原性が異なるという興味深い表現型となった。

 UBC14についてはTMV感染に特異的な挙動に注目した。実際にUBC14特異的なペプチド抗体を作成し、感染にともなってmRNAのみならず、そこからの翻訳産物の蓄積が大きく増加していることが確かめられた。UBC14遺伝子のT-DNA挿入変異体(ubc14-1)を手に入れ、TMV, CMVを感染させたところ、病徴は野生型植物と同様あまり現れないが、内部でのウイルス蓄積が増大することが明らかとなった。現れる病徴には差がないが、内部でのウイルス蓄積に差が見られるといった、ubc1-1のときと好対照な表現型であった。この遺伝子がTMVの感染に特異的に応答することに興味をもち、UBC14をbaitにした酵母2ハイブリッド系による、相互作用する候補分子の探索を行った。感染組織由来のcDNAをライブラリーとして用いて行った。その結果、ユビキチンやTMVの移行タンパク質(movement protein; MP)や、糖代謝に関連した複数の遺伝子が候補として単離された。MPが単離されたことは、このウイルスの感染に特異的な応答を示す一つの説明を与え、かつウイルス感染に対して負の制御を描けている可能性を強く示唆するものである。

 以上の結果は、植物においてユビキチン系に関与するE1, E2遺伝子の発現が、ウイルス感染などストレス環境下における応答の一環として、制御されていることを明らかとした。ストレス応答の分野のみならず植物生理学、ウイルス学、植物病理学の進展への貢献が期待されるものである。

 したがって、本審査委員会は論文提出者が博士(学術)の学位を授与するにふさわしいものと認定する。

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