学位論文要旨



No 122045
著者(漢字) 原本,悦和
著者(英字)
著者(カナ) ハラモト,ヨシカズ
標題(和) ツメガエル初期発生におけるnodal関連遺伝子Xtnr3の分子生物学的解析
標題(洋) Molecular analysis of nodal-related gene, Xtnr3, in Xenopus development
報告番号 122045
報告番号 甲22045
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第722号
研究科 総合文化研究科
専攻 広域科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 浅島,誠
 東京大学 教授 須藤,和夫
 東京大学 教授 石浦,章一
 東京大学 助教授 松田,良一
 東京大学 教授 跡見,順子
内容要旨 要旨を表示する

背景と目的

 nodalおよびその関連遺伝子はTGF-βスーパーファミリーに属する分泌性タンパク質をコードし、中内胚葉形成、左右軸形成、前後軸形成に関与するなど初期発生において重要な役割を担っていることが知られている。両生類モデル生物であるXenopus laevis(X. laevis)ではXnr1からXnr6まで6種類のnodal関連遺伝子が報告されている。Xnr3はTGF-βスーパーファミリー間で保存されている7つのシステイン残基のうちC末端側の残基を欠損しており、構造的に興味深い特徴を有している。このようなタイプのnodal関連遺伝子は他の生物では知られていない。Xnr3はツメガエル初期胚のオーガナイザー領域に限局して発現する。Xnr3はオーガナイザー領域特異的に発現する多くの遺伝子にみられるようにBMPシグナル阻害活性を有し、神経誘導能を示すことが知られているが、そのメカニズムに関しては不明な点が多く残されている。また、Nodal関連因子のmature regionはアクチビンレセプターを介して細胞内シグナル伝達因子Smad2/3を活性化し、中内胚葉を誘導することが知られているが、Xnr3のmature regionはこの経路を活性化できず、その作用機序も依然として不明である。

 Xenopus tropicalis (X. tropicalis) はXenopus属で唯一、二倍体ゲノムをもつ生物であり、世代交代時間が比較的短いなどの特徴から偽四倍体であるX. laevisでは不可能であった遺伝学的解析が可能なモデル生物として注目を集めている。本研究ではX. tropicalisをもちいてXnr3の相同遺伝子をクローニングし、この特異的なnodal関連遺伝子の機能メカニズムを明らかにしたい。

結果と考察

1.Xtnr3のクローニングと機能解析

 X. tropicalisのcDNAライブラリーをスクリーニングし、Xnr3の相同遺伝子Xtnr3を3種類単離した。Xnr3がもつ特徴はこれらすべてのクローンにおいて保存されており、発現パターン、活性ともにXnr3と同様であった。ゲノミックサザンハイブリダイゼーション法、およびゲノミックPCRによる解析の結果、Xtnr3がX. tropicalisのゲノム中で遺伝子重複していることがわかった。これはXtnr3の解析を進める上で、二倍体ゲノムをもつX. tropicalisの利点を十分に活かすことができないことを意味している。

 TGF-βスーパーファミリーに属するタンパク質は不活性な前駆体タンパク質として合成され、ダイマーを形成し、切断部位で切断され活性化することが知られている。ダイマーはリガンドとして働くmature regionに存在するシステイン残基を介して形成される。切断されたpro-regionがmature regionの活性や拡散性を調節していることは知られているが、pro-region独自の働きについてはこれまで報告されていない。

 全長を含むXtnr3を胚の腹側帯域で過剰発現させると、頭部欠損と突起の形成に加え二次軸が誘導される。Xnr3はBMPシグナル阻害活性をもつことが知られており、腹側でBMPシグナルを阻害すると二次軸が誘導されることからこの結果は妥当なものといえる。今回、Xtnr3をスクリーニングする過程でXtnr3のpro-regionの一部をコードする部分配列を得た。この部分配列およびXnr3のpro-regionが二次軸誘導能をもち、BMPシグナル阻害活性を示したことから、nodal関連遺伝子のpro-regionが独自の機能としてBMPシグナル阻害活性を持っていることがはじめて明らかになった。免疫沈降法の結果から、Xtnr3のpro-regionがBMPのmature regionに結合してそのシグナルを阻害していると考えられる。

2.Xtnr3によるBMP阻害メカニズムの解析

 これまでに報告されているマウスNodalとBMPの阻害関係は、以下の3つに大別することができる。

(1)それぞれのmature regionが活性化するシグナルを介した下流遺伝子による制御

(2)双方のシグナル伝達に必要なSmad4をめぐる競合

(3)タンパク質同士の結合による阻害

 Xtnr3はSmadシグナルを活性化できないことから、Xtnr3によるBMPシグナルの阻害は(1)または(3)の様式で行われていると考えられる。pro-regionを欠損させ、シグナルペプチドとmature regionをコードするコンストラクトを作製し、過剰発現したところ、このコンストラクトは野生型とよく似た表現型を示す一方、BMPシグナルを阻害できないことが分かった。このことから、Xtnr3のmature regionを介したシグナルはBMPシグナルの阻害には寄与していないことが示された。従ってXtnr3によるBMPシグナルの阻害はタンパク質同士の結合(様式(3))によるものと考えられる。タンパク質同士の結合による阻害としては、マウスNodalとBMPのヘテロダイマー形成が相互のシグナルに対して阻害的に働くことが報告されている。また、本研究においてXnr3およびXtnr3のpro-regionがBMPのmature regionに結合して阻害することを明らかにした。免疫沈降法により検証した結果、Xnr5はBMPとヘテロダイマーを形成するが、Xtnr3はBMPとヘテロダイマーを形成しないことが明らかになった。つまり、Xtnr3によるBMP阻害活性はpro-regionによって担われているといえる。

 BMP阻害活性を示す領域を明らかにするため、様々な欠損変異体コンストラクトを作製し検証した結果、pro-regionのN末端領域とC末端領域にBMP阻害領域が独立して存在していることが明らかになった。Xtnr3はこれらの領域でBMPと相互作用することでBMPシグナルを阻害していると考えられる。

3.Xtnr3 mature regionの特性について

 全長を含むXtnr3を過剰発現させると、頭部欠損と突起の形成が引き起こされる。この表現型はBMP阻害活性によらないと考えらている。Xnr3は中胚葉マーカーであるXenopus brachyury (Xbra)の発現を活性化するという報告があり、Xbraの異所的な過剰発現は突起の形成を引き起こすことが知られている。Xtnr3のmature regionをコードしpro-regionを欠損したコンストラクトでも同様の活性が得られることから、この活性はmature regionによって担われているといえる。

 Nodal関連因子は、前駆体タンパク質からpro-regionが切断され、mature regionがダイマーを形成して活性化する。タンパク切断を受けないように認識配列を改変したコンストラクトを過剰発現すると、不活性なダイマー形成が促進され、ドミナントネガティブ変異体として機能することが知られている。Xtnr3の切断変異コンストラクトを作製し過剰発現すると、活性が少し弱くなるものの野生型と同様の表現型を示した。Xtnr3の切断変異コンストラクトはドミナントネガティブ変異体として機能していないと考えられる。ドミナントネガティブ変異体の作用機序から考えて、Xtnr3はホモダイマーを形成していないのではないかという仮説を立て、その検証を行った。免疫沈降法による解析と、還元状態、非還元状態でのウェスタンブロット解析の結果から、Xtnr3のmature regionはホモダイマーを形成せず、モノマーで存在している可能性が示唆された。TGF-βスーパーファミリーに属する因子のなかで、モノマーで機能しているものの存在は知られているが、それらはいずれもダイマー形成に関わる4番目のシステイン残基を欠損している。Xtnr3は4番目のシステイン残基を保持しており、Xtnr3のmature regionがモノマーで機能しているとは考えられていなかった。Xtnr3と他のNodal関連因子の違いとして最もよく知られているのは、7番目のシステイン残基を欠損していることである。しかし、Xtnr3に7番目のシステイン残基を導入してもダイマー形成しないことから、それ以外の要因があると考えられる。Xtnr3と他のTGF-βスーパーファミリーの配列を詳細に調べた結果、Xtnr3およびXnr3はファミリー間で高度に保存されているグリシン残基とダイマー形成に重要と考えられるα-helixを欠損していることがわかった。Xtnr3とXnr5のキメラコンストラクトを作製し、ダイマー形成能を調べた結果、Xtnr3に7番目のシステイン残基、保存されたグリシン残基、α-helix領域すべてを導入したコンストラクトのみが効率よくダイマーを形成することがわかった。これら3つの要素を欠損していることが、モノマーで働くという特異な性質を規定していると考えられる。

 以上より、Xtnr3 pro-regionは BMPシグナルの阻害に、mature regionはXbraの活性化に関与していることが示された。また、Xtnr3のmature regionは他のnodal関連遺伝子と異なりモノマーで働いていることが明らかになった。

審査要旨 要旨を表示する

 原本君はツメガエルのTGF-βスーパーファミリーに属する分泌タンパク質の一つであるノーダル関連遺伝子(nodal-related gene)の解析を行った。ノーダル関連遺伝子は、中胚葉誘導、左右軸形成、前後軸形成に関与するなど初期発生において重要な役割を担っていることが知られている。両生類モデル生物であるXenopus laevis(X. laevis)ではXnr1からXnr6まで6種類のノーダル関連遺伝子が報告されている。その中で原本君はXnr3に興味を持ち、その解析を行った。その理由としては、(1)TGF-βスーパーファミリー間で保存されている7つのシステイン残基のうちC末端側の残基を欠損しており、構造的に興味深いこと、(2)シュペーマンオーガナイザーに発現し神経誘導能を示すことが知られているが、そのメカニズムには不明な点が多いこと、(3)他のノーダル関連遺伝子が活性化するSmad2/3を活性化せず、その作用機序が不明であること、が挙げられる。また原本君はツメガエル属の一つ、Xenopus tropicalis(X. tropicalis)からXnr3の相同遺伝子(Xtnr3)をクローニングし、その解析を行った。何故ならばX. tropicalisはツメガエル属で唯一、二倍体ゲノムを持つ生物であり、かつ世代交代時間が比較的短い等の特徴から、偽四倍体であるX. laevisでは不可能であった遺伝学的解析も可能であると考えたからである。

 本研究で原本君は3つの大きな発見をした。一番目はXtnr3が遺伝子重複していること、二番目はXnr3の神経誘導能がpro-region によるBMP阻害活性に依存していること、三番目はXnr3のmature-regionが他のTGF-βスーパーファミリーと異なりモノマーとして働き、その活性は特異的な構造により保持されていること、である。

 まずXtnr3のクローニングを試みた。X.tropicalis cDNAライブラリーをX.laevisのXnr3をプローブにしてスクリーニングを行った。その結果、異なる配列を持つXtnr3を3種類単離した。これらのクローンはX.laevisにおいて報告されているXnr3の構造的特徴をすべて保存しており、活性についても同様であった。ゲノミックサザンブロットおよびPCRを用いた解析の結果、Xtnr3はX.tropicalis のゲノム中で遺伝子重複していることが明らかになった。現在X.tropicalisのゲノムは大規模解析が行われているがBACクローンをショットガンシーケンスにより解析しているため、重複している領域は縮重されて登録されてしまう。原本君のこの結果は大規模解析では明らかにできない重要な発見である。また、このスクリーニングを行った際にmature-regionを欠損したXtnr3も単離した。原本君はこの偶然得られたクローンの機能解析から神経誘導活性やBMPの阻害活性ドメインがpro-regionに存在することを明らかにした。このことはTGF-βスーパーファミリーのpro-regionが積極的に他のシグナルに影響を与える事を示した大きな発見である。

 Xnr3はどのようなメカニズムによってBMPシグナルを抑制しているのかという問題は本研究を始める段階ではまったく分かっていなかった。本研究を通じて原本君はこの阻害が、pro-regionがBMPのmature-regionに直接結合し、その活性を抑制するというメカニズムによることを明らかにした。マウスのNodalの研究からNodalのmature-regionがBMPのmature-regionとヘテロダイマーを形成しその活性をお互いに阻害しあうことが報告されている。しかし本研究はXtnr3が異なる阻害様式でBMPを阻害していることを証明した。さらにpro-region内に2種類のBMP結合ドメインが存在していること、それらのドメインはどちらもこれまで報告されていない新規の構造であることを明らかにした。この結果はいままで補助的な役割しか想定されてこなかった、他のTGF-βスーパーファミリーのpro-regionについての再検討を促すであろう。

 Xnr3の全長を含むタンパク質をアフリカツメガエルの胚において過剰発現させると突起形成を引き起こす。この活性はBMPの阻害ではなく、FGFシグナルの亢進によることが示唆されている。原本君は本研究において、この活性がXtnr3のmature-regionによるものであり、またXtnr3のmature-regionは通常のTGF-βスーパーファミリーとは異なり、ダイマー形成を必要とせずモノマーとして機能していることに発見し、これを証明した。これは本研究の重要な発見の一つであり、今後TGF-βスーパーファミリーの研究に大きく貢献すると考えられる。

 したがって、本審査委員会は博士(学術)の学位を授与するにふさわしいものと認定する。

UTokyo Repositoryリンク