学位論文要旨



No 122046
著者(漢字) 本間,幹啓
著者(英字)
著者(カナ) ホンマ,モトヒロ
標題(和) ツメガエル胚における原腸陥入運動に関わる新規遺伝子BENIの機能解析
標題(洋) Functional analysis of novel gene BENI in the gastrulation of Xenopus embryo
報告番号 122046
報告番号 甲22046
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第723号
研究科 総合文化研究科
専攻 広域科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 浅島,誠
 東京大学 教授 石浦,章一
 東京大学 教授 友田,修司
 東京大学 助教授 奥野,誠
 東京大学 助教授 松田,良一
内容要旨 要旨を表示する

 アクチビンはTGF-βスーパーファミリーに属する蛋白質であり、アフリカツメガエルの胞胚期アニマルキャップ(未分化細胞塊)に対する中胚葉・内胚葉誘導能があることが知られている。また、アクチビン・ノーダルシグナルは正常発生の初期において中胚葉・内胚葉の形成、原腸陥入や体軸形成において重要な働きを持つことが分かっている。原腸陥入運動の一形態である収斂伸長(convergent extension)を制御する遺伝子メカニズムについては様々な知見がある。その中の一つとして、アクチビン・ノーダルシグナルによって発現が上昇するXbraによって誘導されるWnt-11が、Wnt経路を通じて収斂伸長(convergent extension)を調節することが知られている。

 私は、短時間のアクチビン処理によって発現量が変化し、かつ発生の初期で機能している新規遺伝子の探索と、その機能解析を目的として研究を行った。

 アフリカツメガエル胞胚よりアニマルキャップを切り出し、アクチビン処理後にRNAを抽出し、これを基にマイクロアレイを用いた解析によってアクチビン初期応答遺伝子を探索した。次に、結果的に見つかった202候補のうち新規遺伝子または初期発生における機能が未知である遺伝子に注目して26候補を選択し、mRNAあるいはアンチセンスMorpholino oligonucleotide (MO)の微量注入が初期発生に影響を与えるかどうか調べた。その結果、影響を与えると特定できた14遺伝子のうち、既知タンパク質との相同性を示さない、Unigene Code Xl.7756(Brachyury Expression Nuclear Inhibitor、BENIと命名)について着目し、その初期発生における機能解析を行った。

 BENIは674残基のタンパク質をコードする遺伝子であった。BENIアミノ酸配列をBRASTP検索したところ、BENIに相同なアミノ酸配列が近縁種のトロピカリスだけでなく、ヒト、マウス、ラット、ミドリフグにおいて見出された。いずれにおいても、機能に関する報告はなかった。また、ショウジョウバエや酵母では見出されなかった。BENIはよく保存された約60残基のN末端領域と、約20残基のC末端領域を持ち、N末端にもC末端にも核移行シグナル(NLS)が見られた。BENIの時間的発現をRT-PCRによって調べたところ、BENIは未受精卵から尾芽胚期(ステージ34)まで発現していた。さらに、BENIの空間的発現をホールマウントin situハイブリダイゼーション(WISH)によって調べたところ、正常発生においては原腸胚(ステージ11)から遊泳幼生期(ステージ40)を通じて表皮全体に発現することが分かった。

 次に、BENI mRNAの過剰発現やBENI-MOを用いた機能阻害を行い、胚の表現型を観察した。4細胞期胚の背側動物極側にBENI mRNAあるいはBENI-MOを微量注入し、その後の胚発生を観察した結果、いずれの場合においても胚の体軸が屈曲する表現型を示した。そこで、BENIが原腸陥入運動に関与しているのではないかと考え、初期原腸胚での表現型を観察した。その結果、外見上は胚の原口形成が進み、原腸陥入運動の遅滞は観察されなかったが、切片を作製して観察したところ、原腸陥入運動の進行に従って薄くなるべき帯域の表皮層が肥厚したままであることが分かった。さらに、4細胞期胚の腹側動物極側にBENI mRNAを微量注入し、初期原腸胚を輪切りにして観察したところ、腹側帯域の表皮層もまた肥厚したままであった。これらの結果はBENIが原腸陥入運動の一つである垂直挿入(radial intercalation)に関与していることを示唆している。さらに、中間側方挿入(Medio-lateral intercalation)に関与しているかどうかを調べるために、アクチビン処理したアニマルキャップが伸長運動を示す系を用いた実験(アニマルキャップアッセイ)を行った。その結果、BENI mRNAを微量注入したアニマルキャップは伸長運動の阻害を受けた。一方で、BENI-MOを微量注入したアニマルキャップは伸長運動が亢進した。これらの結果はBENIが中間側方挿入(Medio-lateral intercalation)に関与していることを示唆している。

 汎中胚葉マーカーXbrachyury(Xbra)を過剰発現するとBENI-MOと同じようにアニマルキャップの伸長運動が亢進することが報告されている。そこで、Xbraを含む初期中胚葉遺伝子の発現に対してBENIが与える影響をRT-PCRで調べたところ、BENI mRNAの過剰発現によって中内胚葉マーカーMix.1、背側中胚葉マーカーgoosecoid、chordinの発現は変化しなかったが、Xbraの発現は抑制された。そこで、in vivoでBENIがXbraの発現調節に関与しているかどうかを調べるため、mRNAあるいはBENI-MOを微量注入した胚を用いてXbraについてWISHを行った。その結果、BENI mRNAを微量注入した領域でXbraの発現は消失した。一方、BENI-MOを微量注入した胚ではXbraの発現に変化は見られなかった。さらに、BENIとXbraの原口背唇部における空間的発現を調べた。具体的には、WISHした胚を切片にして観察した。その結果、表皮ではいずれの遺伝子も弱く発現することが分かった。

 次に、BENIがXbraの発現を抑制するメカニズムを解明する目的で、BENIが核移行シグナルを持つことに着目した。そこでBENIと蛍光タンパク質EGFPとの融合タンパク質(BENI-EGFP)をコードする遺伝子を作成し、さらに、核移行シグナルを欠失するコンストラクトを作製した。これらのmRNAを合成し、マイクロインジェクションして細胞内での局在を観察したところ、BENI-EGFPおよびN末端の核移行シグナルを欠失したBENI-ΔN-NLS-EGFPは核に局在した。一方で、C末端の核移行シグナルを欠失したBENI-ΔC-NLS-EGFPおよびN末端C末端両方の核移行シグナルを欠失したBENI-ΔNLS-EGFPは、細胞全体に局在した。このことは、BENIの核移行には主にC末端側の核移行シグナルが関与していることを示唆している。また、それぞれのmRNAを4細胞期胚の背側動物極側に微量注入し、胚の表現型を観察した。その結果、BENI-EGFP mRNAおよびBENI-ΔN-NLS-EGFP mRNA注入胚は体軸が屈曲する表現型を示したのに対し、BENI-ΔC-NLS-EGFP mRNAおよびBENI-ΔNLS-EGFP mRNA注入胚は正常な表現型を示した。このことは、細胞内局在との結果とよく一致している。従って核移行することが、BENIの正常な機能のために必須であることが示唆された。

 本研究により、私は新規アクチビン応答因子であるBENIの同定に成功した。さらにBENIが汎中胚葉マーカーXbraの発現を抑えること、そして原腸陥入運動における収斂伸長(convergent extension)に関与することを明らかにした。また、BENIは主にC 末端側の核移行シグナルによって核移行することで機能することを示した。これらの結果はBENIによるXbraの発現調節が、正常な原腸陥入運動の制御において重要な役割を持っていることを強く示唆している。

審査要旨 要旨を表示する

 本間君は、DNAマイクロアレイを利用してアフリカツメガエルにおいてアクチビンに応答する全く新規の遺伝子BENIを同定した。更に、このBENIの機能を解析した結果、初期発生の形作りに非常に重要な原腸形陥入に関わる遺伝子であることを明らかにした。以下にその内容を述べる。

 アフリカツメガエルは採卵が簡単で胚の操作が簡便であり、更に胞胚期の動物極にはアニマルキャップと呼ばれる未分化細胞からなる領域があり様々な器官へと分化誘導が可能であるので、初期発生研究の非常に良いモデル系である。アニマルキャップはそのまま培養すると外胚葉に分化するが、TGF-βスーパーファミリーに属する蛋白質であるアクチビンで処理すると、中胚葉、内胚葉へも誘導する事ができる。アクチビンはアクチビン・ノーダルシグナルにより情報を伝達するが、このシグナルは正常発生の初期において中胚葉・内胚葉の形成に関与するだけでなく、原腸陥入や体軸形成においても重要な働きを持つことが分かっている。そこで本間君は、アクチビン処理によって発現が変動する遺伝子を探索することにより、初期発生に重要な役割をはたす新規遺伝子を見つけられると考え、研究を行った。

 アフリカツメガエル胞胚よりアニマルキャップを切り出し、アクチビン処理群と未処理群に分けてRNAを抽出し、マイクロアレイを用いて解析した。その結果、処理群と未処理群で発現量の違う202個の遺伝子のうち、新規遺伝子または初期発生における機能が未知である遺伝子に注目して26候補に絞り込んだ。これらのうち、mRNAの過剰発現やアンチセンスMorpholino oligonucleotide (MO)による機能阻害により初期発生に影響を与える14遺伝子を同定した。この14遺伝子のうちUnigene Code Xl.7756は、相同なアミノ酸配列がヒト、マウス、ラット、ミドリフグにおいて見出されたが、いずれにおいても機能に関する報告のない全くの新規の遺伝子であった。そこで本間君は、この遺伝子の初期発生における機能解析を行い、その結果を基にこの遺伝子をBENI(Brachyury Expression Nuclear Inhibitor)と命名した。

 背側動物極側においてBENI mRNAを過剰発現したりMOによりBENIの機能阻害をしたりすると、胚の体軸が屈曲したので、BENIが原腸陥入運動に関与することが推察された。ところが原口形成や原腸陥入運動の遅滞は観察されなかった。そこで胚の切片を観察したところ、原腸陥入運動の進行に従い薄くなるべき帯域の表皮層が肥厚したままであることが分かった。また、腹側動物極側においてBENI mRNAを過剰発現すると、初期原腸胚の腹側帯域の表皮層もまた肥厚したままであった。これらの結果はBENIが原腸陥入運動の一つである垂直挿入に関与していることを示唆している。更に、アクチビン処理したアニマルキャップでは、BENI mRNAを過剰発現すると伸長運動の阻害を受け、MOでBENIの機能阻害をすると伸長運動が亢進したので、BENIはやはり原腸陥入運動の一つである中間側方挿入にも関与することが示唆された。このようにして本間君は、BENIが原腸陥入運動に関与することを明らかにした。

 次に本間君は、BENIの作用機構を調べた。これまでに、汎中胚葉マーカーXbrachyury(Xbra)を過剰発現すると、MOによるBENIの機能阻害と同じようにアニマルキャップの伸長運動が亢進することが報告されていた。そこで本間君は、BENIがXbraの発現に与える影響に着目して解析を進めた。実際にBENI mRNAを過剰発現してみると、Xbraの発現が抑制されることがRT-PCRにより示された。更に、Xbraについて胚でWISHを行い、in vivoでのBENIの影響を調べた。その結果、BENI mRNAを過剰発現するとXbraの発現は消失するが、MOによりBENIの機能阻害をしてもXbraの発現に変化は見られなかった。以上の結果より、BENIがXbraの発現を抑制することが示唆された。この抑制メカニズムを解明するために、BENIが核移行シグナルを持つことに着目した。BENIと蛍光タンパク質EGFPとの融合タンパク質(BENI-EGFP)のDNAコンストラクトと、更に核移行シグナルを欠失したコンストラクトを作製し、mRNAを合成し、胚へ微量注入して細胞内での局在を観察した。その結果、BENI-EGFPとN末端の核移行シグナルを欠失したBENI-ΔN-NLS-EGFPは核に局在したが、C末端の核移行シグナルを欠失したBENI-ΔC-NLS-EGFP及びN末端C末端両方の核移行シグナルを欠失したBENI-ΔNLS-EGFPは細胞全体に局在しので、C末端側の核移行シグナルが重要であることが示唆された。また、背側動物極側にBENI-EGFP とBENI-ΔN-NLS-EGFP のmRNAを注入した胚は体軸が屈曲したが、BENI-ΔC-NLS-EGFP とBENI-ΔNLS-EGFP のmRNA注入した胚は正常だった。これらの一連の実験により本間君は、BENIはC末端側の核移行シグナルによる核局在によって汎中胚葉マーカーXbraの発現を抑制し、結果として原腸陥入運動に影響を与える事を示した。

 以上のように本間君は、アクチビン応答因子の中から全くの新規遺伝子であるBENIの同定に成功し、これが初期発生において重要な原腸陥入運動に関与することと、その作用機構を明らかにした。本研究は非常に独創的であり、発生生物学の発展に大きく寄与するものである。

 したがって、本審査委員会は博士(学術)の学位を授与するのにふさわしいものと認定する。

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