No | 122050 | |
著者(漢字) | 山形,伸二 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ヤマガタ,シンジ | |
標題(和) | パーソナリティと問題行動の行動遺伝学的分析 | |
標題(洋) | Behavioral genetic analyses of personality and behavior problems | |
報告番号 | 122050 | |
報告番号 | 甲22050 | |
学位授与日 | 2007.03.22 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(学術) | |
学位記番号 | 博総合第727号 | |
研究科 | 総合文化研究科 | |
専攻 | 広域科学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 研究の背景 パーソナリティ心理学の創始者Allport(1937)は,「パーソナリティは何かでありまた何かをなすものである」と述べたが,この言葉は,後のパーソナリティ心理学の研究を大きく方向付けた。「パーソナリティとは何か」という問いは,複数のパーソナリティ特性次元のプロフィールによって人間のパーソナリティ全体を記述しようとする「パーソナリティモデル」についての膨大な研究を生み,「パーソナリティは何をするのか」という問いは,パーソナリティを精神病理の素因として位置づけその関連を検討する「パーソナリティと精神病理」についての膨大な研究を生んだ。 このパーソナリティ心理学の2大領域は,現在異なる問題を抱えている。パーソナリティモデルの研究においては,幾つの,どのような特性次元を用いればパーソナリティを記述できるかに関して異なるモデルが乱立し,近年では遺伝子多型や脳活動との関連の強さをモデルの妥当性の根拠にしようとする傾向にあるが,一貫した結果は得られていない。一方で,パーソナリティと精神病理の研究においては,幾つかのパーソナリティと精神病理の間に一貫した関連性が報告されているが,相関研究の限界としてその関連性が因果関係なのか第三の変数を介した偽相関なのか,因果関係であるとすればどちらが原因なのか(あるいは双方向の因果関係なのか)が明らかでない。 このふたつの問題を解決するひとつの方法は,人間行動遺伝学的手法を用いることである。人間行動遺伝学は,パーソナリティや知能などの個人差に及ぼす遺伝と環境の影響を,養子や双生児などを対象としたデータを用いることで明らかにしようとする学問領域である。例えば,双生児法においては,一卵性と二卵性の双生児きょうだいの類似度を比較することにより,背後にどの程度遺伝と環境の影響があるかを統計的に推測する。一卵性の方が二卵性のきょうだいより遺伝的類似度が高いため,一卵性の方が二卵性のきょうだいよりよく似ている特徴ほど遺伝の影響が強い,とするのがその基本的な考え方である。 近年の行動遺伝学の方法論的発展は,このような個々の個人差に与える遺伝と環境の相対的影響の程度のみならず,複数の特徴間の相関関係が遺伝の影響によるのか環境の影響によるのか,あるいは一方から他方への因果的影響の結果であるのかを明らかにすることを可能にした(多変量遺伝分析)。この方法により,パーソナリティモデルの研究においては,各モデルの表現型の(通常観察される)因子構造が全体としての遺伝的影響と対応しているか否かを検討することで,モデルの遺伝的妥当性を検討することができる。また,パーソナリティと精神病理の研究においても,両者の関連における因果の有無とその方向性について検討することができる。そこで,本博士論文は,この行動遺伝学的手法を用いることにより,「パーソナリティとは何か」「パーソナリティは何をするのか」の2つの問いについての知見を前進させることを試みた。まず第一章において先行研究のレビューおよび博士論文全体の枠組みを示し,第2章において行動遺伝学の基本的手法および前提について解説した。次に,以下の3つの章において両研究領域における実証研究を行い,最後に第6章において総合考察を行った。 第3章 パーソナリティの5因子モデル(Costa & McCrae,1992)は,人間のパーソナリティが大きく神経症傾向,外向性,経験への解放性,協調性,勤勉性の5特性によって記述できるとするモデルである。このモデルは,どのような国・民族においても5因子構造が安定して得らたことから,心理学において最もよく用いられている。さらにMcCrae & Costa(1999)は,行動遺伝学的研究において5つの特性に強い遺伝的影響が見られたことから,1)5因子構造は背後に遺伝的/生物学的基盤を持ち,2)5因子構造の普遍性は5特性への遺伝的影響が普遍的であることによる,とした。 しかし,1)遺伝的影響が見られること自体は,5特性間の相関関係および因子構造が遺伝的な影響の相関構造と対応していることを意味しない。また,2)生物学的/遺伝的であるからといって人間に普遍的であるか否かはわからない(対立遺伝子の分布は国・民族ごとに異なる)。そこで第3章では,日本・ドイツ・カナダの双生児1910組のデータに対し多変量遺伝分析を適用し,1)表現型の(通常観察される)5因子構造が遺伝的影響の因子構造と対応しているか否か,2)遺伝的影響の因子構造が3カ国間で普遍的か否かについて検討した。 遺伝的,環境的相関関係について因子分析を適用した結果,表現型の5因子構造は遺伝と環境両方の影響を反映していることが示された。また,各国間の因子構造の類似度を一致性係数を用いて評価した結果,遺伝的影響,環境的影響いずれの因子構造についても極めて類似性が高いことが示された。このことから,1)パーソナリティの5因子構造は遺伝的基盤を持ち,2)その普遍性は遺伝的基盤が普遍的であることによることが示された。 第4章 問題行動とは,子どもの不適応的な行動の総称である。これは外在化問題と内在化問題のふたつに大別される。外在化問題は,周囲の大人や仲間たちに厄介を与える問題行動で,注意散漫や攻撃的,反社会的行動を指す。内在化問題は,過度の不安や恐怖,抑うつなど,他人よりも本人に問題を生じさせる問題行動を指す。 一方,Effortful Control(EC)は,注意の制御能力に関わる気質で,ふたつの問題行動と負に相関することが一貫して示されていることから(e.g., Eisenberg et al.,2001),近年発達心理学者の注目を集めている。しかし,従来の表現型の研究からは,ECが問題行動の原因なのか結果なのか,あるいは遺伝的・環境的相関物であるのか区別がつかなかった。 そこで,4歳から6歳の双生児の母親142名への質問紙調査によって得られたデータに対し,因果の方向性(Direction of Causation; DOC)分析を行った。結果,ECは外在化,内在化問題いずれとも因果的関係を持っておらず,共通の遺伝の影響を通じて相関していることが示された。また,EC,外在化問題,内在化問題の3変数についての多変量遺伝分析の結果,EC・外在化問題,内在化問題は共通の遺伝因子によって影響されており,またECの遺伝率は両問題行動よりも高かった。このことから,ECは就学前期においては問題行動に因果的影響を与えてはいないものの,問題行動の分子遺伝学的基盤を探すうえでの中間表現型,あるいは遺伝的マーカーとして有用であることが示唆された。 第5章 第4章において明らかになったECと外在化,内在化両方の問題行動との遺伝的相関関係は,ECという構成概念自体が遺伝的に異質な要素を含むことにより人工的に作り出されたものかもしれない。また,第4章ではECは問題行動に原因として影響を与えているのでない可能性が示唆されたが,この結果が他の年代に当てはまるか否かは明らかでない。よって第5章では,1)ECの3つの下位尺度が遺伝的に斉一であるか(共通の遺伝要因によって影響されているか)否か,2)青年期以降においてECが内在化問題に対して因果的影響を持つか否か,の2点を明らかにすることを目的とした。 青年期から成人期初期の双生児421組を対象とした質問紙調査を行った。多変量遺伝分析の結果,ECの3つの下位尺度は共通の遺伝的,環境的基盤を持つことが明らかになった。ECと内在化問題の尺度に対してDOCモデルを適用した結果,ECと内在化問題は相互に因果的影響を与え合っていることが示された。これらの結果から,ECと問題行動の関連性が遺伝的異質性により人工的に生じているのではないこと,青年期後期においてはECは内在化問題に対して因果的影響を持つ素因である可能性が示唆された。 総合考察 本博士論文は,パーソナリティモデルの研究,パーソナリティと精神病理の関連性という2つの研究領域において,行動遺伝学的手法の有用性を実証研究により具体的に明らかにした。第3章は,FFMが遺伝的に妥当なモデルであり,その通文化的,民族的普遍性の背後には遺伝的基盤の普遍性があることを明らかにし,第4章,第5章は,発達に従ってECと内在化問題との関連性が質的に異なること,すなわち就学前期においてはECは問題行動の遺伝的相関物にすぎないが,青年期後期においては問題行動と相互に因果的影響を与え合うことを明らかにした。また,今後必要な研究として,複数他者評定を用いたFFMの高次因子の有無についての検討,ECと問題行動の関連性の質の変化がいつ生じるかの検討,および2つの研究領域を統合する研究が示唆された。 | |
審査要旨 | 本論文は,パーソナリティ心理学の二大領域ともいえる「パーソナリティ構造のモデル化」と「パーソナリティと精神病理の関連性」の研究が抱える基本的問題を,人間行動遺伝学の手法を用いて解決を試みた研究である。 第1章においては,まず2つの領域の先行研究について概観している。パーソナリティ構造の研究に関しては,競合するモデルの妥当性を比較する方法として,生物学的変数(遺伝子多型,脳活動)との関連を示すことが主流となりつつあるが,それらの研究のデータは明白な結果をいまだ生じていない現状を説明し,それに代わるものとして,行動遺伝学の方法が遺伝的基盤全体との対応を検討可能にする有力な解決方法となることを解説している。一方,パーソナリティと精神病理との関連性については,個人差研究全体が抱える問題点として,その関連性の背後にある因果関係が不明確である現状について示し,行動遺伝学における「因果の方向性(Direction of Causation;DOC)モデル」という手法がこの問題への有力な解決方法となることを解説している。そのうえで,博士論文における具体的な研究対象として,現在心理学において最もよく用いられているパーソナリティの5因子モデル(Five Factor Model;FFM)の妥当性,および気質(Effortful Control)と問題行動の関連性の2つを取り上げ,博士論文全体の構成を示している。 第2章においては,一般になじみのない行動遺伝学の基礎的な方法と前提について,平易な解説を行っている。 第3章においては,FFMの妥当性についての実証研究を説明している。FFMは,様々な国や言語における特性語の因子分析的研究において安定した5因子構造が見られることを根拠に,人間のパーソナリティは神経症傾向,外向性,経験への開放性,協調性,勤勉性という5つの特性によって記述されるとするモデルである。近年,行動遺伝学的方法によってこれら5つの特性に遺伝的な影響が報告されたことから,McCrae & Costa(1997)は,1)パーソナリティの5因子構造には生物学的/遺伝的基盤があること,2)それら生物学的/遺伝的基盤の普遍性が表現型の(通常観察される)5因子構造の普遍性を生じさせていること,の2点を提唱した。 しかし,1)遺伝的影響が見られることだけでは,5特性間の相関関係および因子構造が遺伝的な影響の相関構造と対応していることを意味せず,また2)生物学的/遺伝的であるからといって人間に普遍的であるか否かはわからない(対立遺伝子の分布は国・民族ごとに異なる)。そこで第3章においては,日本・ドイツ・カナダの双生児1910組のデータに対し多変量遺伝分析を適用し,1)表現型の5因子構造が遺伝的影響の因子構造と対応しているか否か,2)遺伝的影響の因子構造が3カ国間で普遍的か否かについて検討した。 遺伝的,環境的相関関係について因子分析を適用し,一致性係数を用いたその類似性を評価した結果,表現型の因子構造は遺伝と環境両方の構造に対応し,またそれらはすべて3ヵ国において極めて高い類似性を持つことが示された。このことから,1)FFMは遺伝的基盤を持ち,2)様々な国や民族に対し適用可能な普遍的パーソナリティ・モデルであることが示唆された。 第4章においては,エフォートフルコントロールと呼ばれる気質(Effortful Control;ECと略す)と問題行動との関連性について,その背後にある因果関係を検討している。ECは,注意の制御能力の個人差を表す気質であり,外在化問題(けんか,反社会的行動など)と内在化問題(抑うつ,不安など)の両方の問題行動と関連することが報告されている。しかし,従来の観測データ間の相関的研究からは,ECが問題行動に影響を与えているのか,問題行動がECに影響を与えているのか,あるいは共通の遺伝や環境の影響を通じた偽相関に過ぎないのか明らかでない。そこで第4章においては,行動遺伝学的手法を用いて,これら表現型の関連性の背後にある異なる因果関係の可能性について検討した。 4歳から6歳の双生児の母親142名に対する質問紙調査によって得られたデータに対しDOCモデルを適用した結果,ECは外在化問題,内在化問題いずれに対しても因果的影響は持たない遺伝的な相関物であることが示された。一方,ECはこの二つの問題行動と同一の遺伝要因により影響されており,しかもその影響はより強いことから,ECは問題行動の遺伝子マーカーとして使用できる可能性が示唆された。 第5章においては,ECが遺伝的に多次元である可能性を視野に入れて、内在化問題との関連性についての第4章の結果の青年期後期への一般化可能性について検討している。 青年期後期の双生児421組を対象とした質問紙調査によって得られたデータに対し多変量遺伝分析を適用した結果,ECの3つの下位尺度は共通の遺伝的,環境的基盤を持つことが明らかになった。また,DOCモデル分析の結果,ECは内在化問題と相互に因果的影響を与え合っていることが示された。 第6章においては,3つの実証研究において得られた知見をまとめた総合的考察を行い,「パーソナリティ構造のモデル化」と「パーソナリティと精神病理の関連性」という2つの研究領域における行動遺伝学的研究の将来の展望と二つの領域の統合の可能性を示している。 以上に要約された本論文は,FFMの妥当性の検証方法として日本・ドイツ・カナダの双生児データの国際比較という大胆な方法を用いた第3章,気質と問題行動間の関連性における発達的変化について,その関連性の背後にある因果関係にまで踏み込んだ第4章と第5章いずれもその独自性を高く評価できる。また,パーソナリティ心理学の抱える諸問題に対する行動遺伝学的手法の有効性を具体的に示し,「パーソナリティ構造のモデル化」と「パーソナリティと精神病理の関連性」という2つの領域の将来の展望を与えた点においても高く評価できる。 これらの成果により,本論文は博士(学術)の学位に値するものであると審査員全員が判定した。なお,第3章の研究はJournal of Personality and Social Psychology誌,第4章の研究はパーソナリティ研究誌,第5章の研究はTwin Research and Human Genetics誌に公表済みである。 | |
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