学位論文要旨



No 122062
著者(漢字) 佐藤,可直
著者(英字)
著者(カナ) サトウ,ヨシナオ
標題(和) 非可換D-braneの境界状態と動力学
標題(洋) Boundary state and dynamics of noncommutative D-brane
報告番号 122062
報告番号 甲22062
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(学術)
学位記番号 博総合第739号
研究科 総合文化研究科
専攻 広域科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 松尾,泰
 東京大学 教授 米谷,民明
 東京大学 教授 風間,洋一
 東京大学 助教授 菊川,芳夫
 東京大学 講師 和田,純夫
内容要旨 要旨を表示する

背景・動機

 弦理論はゲージ理論と重力を量子的に統一するほぼ唯一の有望な候補として活発な研究がなされている。弦理論においてDp-braneと呼ばれるp次元状の物体が必然的に表れ、様々な側面で重要な役割を果たしている。D-braneは開弦の端が束縛される超曲面であり、その上に開弦の場の理論が実現される。特にN枚のDp-brane上には低エネルギー極限において(p+1)次元超対称Yang-Mills理論が実現される。この時、スカラー場はD-braneの超曲面に垂直な方向の変位を表す。すなわちD-braneはそれ自身が動的な物体である。一方でD-braneは閉弦の源としても働き、D-braneから放射される閉弦は境界状態により記述される。D-braneは弦理論の非摂動的性質や開弦・閉弦双対性の研究において重要であり、その本質的な理解を得ることが求められている。複数枚のD-braneが存在する時、その上の開弦の場は一般に非可換であり、D-brane の位置を決定する事が出来なくなる。これはD-braneの形状が曖昧になる事を意味している。この結果として複数枚のD-braneから高次元のD-braneが形成される事がある。この現象はいくつかの系では確かめられているが、一般に完全な理解は得られていない。この様に複数枚のD-braneが存在する時には開弦の場の順序の問題が生じる。D-brane上の開弦の低エネルギー有効作用であるDBI作用に対しては対称化トレースの処方が提案されたが、α'4より高次では正しくない事が知られている。また境界状態に対してはWilsonループを用いた経路順序の処方が提案されているが、その正統性は確認されていない。

 これらの状況を踏まえ、本学位論文では以下の研究について議論を行う。

 ● 複数枚のD-brane上に任意の時間依存する開弦の励起が存在する系の境界状態を構築し、運動方程式・作用・閉弦との結合の導出によってその正統性を示す。(第4章)

 ● 高次元D-braneとそれらを構成する複数の低次元D-braneの等価性を利用してD-braneの動力学的研究を行う方法を実証する。特にD0/D2-brane系のおけるタキオン凝縮を解析し、D0-braneの溶解過程の記述を行う。(第5章)

 第1章においてこれらの研究の背景・動機を説明する。第2章においてD0-brane系の超重力電流密度の、弦理論のdisk振幅・行列理論ポテンシャル・DBI作用による導出を復習する。第3章においてD-braneの境界状態を復習し、複数D-brane系への拡張について議論する。第6章において本学位論文のまとめを行う。

複数D-braneの境界状態

 境界状態はD-braneから放射される閉弦を記述しており、閉弦との結合・D-brane間のポテンシャル・遠方における閉弦の古典解などの導出に用いられる。単数のD-braneに対しては、D-brane上のスカラー場・ゲージ場が任意の配位を持つ場合を含めて一般の境界状態が与えられている。一方で複数のD-braneを記述する境界状態については開弦の場に対する経路順序の処方が提案されているが、その正統性の証明は与えられていない。本学位論文の第4章において、複数枚のD-braneを記述する境界状態に対するWilsonループを用いた経路順序の処方の正統性を、D0-brane系の運動方程式・有効作用・閉弦との結合の導出により示す。

 本学位論文では任意の個数のD0-brane系を記述する境界状態を、スカラー場が任意の時間依存する配位を持つ場合について構築する。経路順序を用いて定義された境界状態は、無限個のD0-braneが非可換D2-braneを形成する場合には経路積分を用いて評価する事が出来る。しかし経路積分法は非可換D2-brane上に開弦の励起が存在する場合や、一般の複数D-brane系に対しては適用が難しい。一方、閉弦状態の生成消滅演算子を用いた解析ではα'展開において任意のD-braneの境界状態を評価する事が可能である。本学位論文では生成消滅演算子を用いた解析により、ボソン・超弦理論の両方においてα'2の次数まで境界状態の計算を行う。

 構築された境界状態はα'の全次数でBRST不変であり、スカラー場が運動方程式を満たす時のみ発散を含まない。すなわちD0-braneの配位がon-shellである場合に境界状態はよく定義される。この様に境界状態が発散を含まない条件から開弦の場の運動方程式が導かれる。またD-brane上の開弦の励起を含めて構築された境界状態と閉弦状態との相互作用を調べることにより、D0-brane上の開弦の場の閉弦への結合が計算される。この様な解析の結果は、disk振幅・行列理論ポテンシャルから導出されたD0-brane系の正しい超重力電流・電荷密度、およびDBI作用の閉弦場に対する線形部分を再現する。これらの結果は境界状態に対するWilsonループを用いた経路順序の処方が正しいこと示す。高次α'補正も同様の方法により計算可能であり、正しい結果を導くか確かめることは重要な課題である。

非可換D-braneの動力学

 複数のD-braneが存在する系に特徴的な現象として高次元D-braneの生成が挙げられる。特に平坦時空中で無限個のD0-braneが一様磁場を伴ったD2-braneを生成する事が知られている。すなわちD2-brane上の非可換(noncommutative)ゲージ理論と無限個のD0-brane上のスカラー場の理論は等価である。この様な観点に立つとD2-braneの動力学をその構成要素である無限個のD0-braneを用いて解析する事が可能である。本学位論文の第5章において、D0-braneの行列配位を用いてD0/D2-brane系のタキオン凝縮の解析を行い、D0-braneの溶解過程を記述する。この研究は非可換D-braneと低次元D-braneの等価性を利用したD-braneの動力学的な研究方法を実証している。

 一様磁場中のD2-brane上のD0-braneは、D2-brane上の非可換ゲージ理論のソリトン解として記述される。このようなD0-braneはタキオンモードの存在の為に不安定であり、タキオン凝縮を起こすことによりD2-braneへ溶解し一様なD0電荷を形成する。D2-brane上の非可換ゲージ場はD0-braneの無限次元行列配位と対応しているため、本学位論文の第三章において導出されたD0-braneの閉弦への結合を用いてエネルギー運動量テンソル・基本弦電荷・D-brane電荷の密度分布を引き出す事が出来る。これらの分布を具体的に評価する為に、任意のモードに対するべき展開で電荷分布を計算する方法を与える。また運動方程式を数値的に解くことにより、エネルギー・D0-brane電荷の密度分布が時間発展とともに拡散していく事を示す。

 この系のタキオンモードの質量二乗はα'0オーダーであるため低エネルギー有効理論による記述がタキオン凝縮の全過程において正しい結果を与える。またタキオン凝縮の過程で0-0, 0-2, 2-0弦は2-2弦へと変化するため自由度消滅の困難を伴わない。さらにD2-brane上の平面を有限な範囲に制限する事により、無限個の自由度から有限個を取り出すことが出来る。この様にして取り出された有限自由度を用いた解析結果はD0-braneの拡散が制限された領域の境界を越えるまで有効であり、領域を無限大に広げ自由度を無限個に戻す極限を取る事によって、解析結果が有効である時間を長くする事が可能である。この様にD0/D2-brane系のタキオン凝縮はnon-BPS D-braneの消滅に伴った困難を回避しており、タキオン凝縮の研究の観点からも有意義である。

 本学位論文におけるD0/D2-brane系のタキオン凝縮の解析は、複数の低次元D-braneによる高次元非可換D-braneの形成を利用したD-brane系の動力学的な解析方法を実証している。一般の非可換D-braneに対してもこの様な解析方法が適用可能であり、低次元D-brane系との等価性の研究において有用であると期待される。

結論

 本学位論文において以下のような結果を得た。

 ● 複数D-brane系を記述する境界状態の正統性をα'2の次数まで示した。

 ● D0-braneの行列配位を用いた非可換D-braneの動力学的な解析手法をD0/D2-brane系のタキオン凝縮を対象として実証した。

 これらの研究は、弦理論においてD-braneの果たす役割のより深い理解、特に非可換D-braneにおけるα'高次補正や、低次元D0-brane系との一般的な等価性の理解への貢献が期待される。

審査要旨 要旨を表示する

 佐藤氏の学位論文は"Boundary state and dynamics of noncommutative D-bane"と題されており、弦理論のD-braneの力学に関する2つの研究をまとめた仕事である。論文は6章よりなり、第1章は簡単な導入と各章で記述されている内容の説明、第2章は非可換性を持つD-braneについてのレビュー、第3章はD-braneを記述する状態である境界状態に関するレビューである。第4章と第5章がこの学位論文の中核をなす部分であり第3章までの先行研究のレビューをふまえて筆者が行った研究、すなわち(1) 複数枚のD-braneを記述する境界状態の構築(第4章)と、(2) D-brane上の点状の非可換ソリトンの運動(第5章)について詳しい記述がなされている。最後の第6章は結論といくつかの将来的な課題についてふれられている。

 弦理論においてD-braneはそのソリトン的な励起として重要であり様々な非摂動的な性質の研究がなされている。特にD-braneが何枚か重なった場合には、非可換なゲージ対称性や非可換幾何学が自然に出現し、弦理論ならではの興味深い性質が現れる。この論文ではこのD-braneが複数枚重なった状況を調べるために重要なツールとなる境界状態の構成がまず最初のテーマとして取り上げられている。この論文ではブレーン上に非可換なゲージ対称性を記述するゲージ場とそれに付随する非可換な空間配位を記述するスカラー場がある時にどのように境界状態を記述するべきかが議論された。既にブレーンが1枚の場合にはどのように定義すればよいかが議論されており、この論文では複数枚への拡張が主なテーマになっている。使われている手法は1枚の場合とほぼ同じであり、Wilson lineと呼ばれる閉弦の境界上のゲージ場の積分の指数を平坦な場合の境界状態に掛け合わせたものを求める境界状態と考える。

 境界状態の形を上のように仮定した後、指数部分をスカラー場(あるいはゲージ場)についてべき級数展開する。Wilsonラインには弦理論の摂動パラメータの一つであるα'が含まれているのでこれはα'についてのべき級数展開となる。著者はこうして得られる境界状態から計算した弦理論の振幅を既に知られているディスク振幅と比較して一致していることを確認した。また状態のBRST不変性や発散の消去のためには運動方程式が満たされることなどを確認した。これらはかなりの計算を要する研究であり、境界状態に関する知見を深めることに成功している。

 次に第5章で書かれている話題は、その世界体積が非可換であるD2-brane上に局在したD0-braneをおいたとき、それが時間的にどのように発展するかを研究したものである。局在しているD0-braneは不安定で最終的にD2-brane上に平均的にチャージを持つ広がったD0-braneに行き着くことがポテンシャル関数の計算などを通じて予想されていたが、実際に数値計算を通じて視覚的にどのようにチャージが広がっていくかを示している。この過程は双対変換を通じてD1ブレーン同士の組み替え過程などとも関連づけられ、興味深い結果を与えている。

 以上をまとめると、この研究では複数枚のD-braneの動力学的な性質のツールである境界状態を正確に定め、さらにそれを数値的に解析を遂行を行ったもので十分学位を与えるに値する仕事と判断される。

 したがって、本審査委員会は博士(学術)の学位を授与するにふさわしいものと認定する。

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