学位論文要旨



No 122076
著者(漢字) 山崎,詩郎
著者(英字)
著者(カナ) ヤマザキ,シロウ
標題(和) 表面超構造および超薄膜での局在-非局在電子輸送
標題(洋) Localized and Extended Electronic Transports at Surface Superstructures and Vitrathin Films
報告番号 122076
報告番号 甲22076
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4939号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 小森,文夫
 東京大学 教授 勝本,信吾
 東京大学 助教授 長谷川,幸雄
 東京大学 助教授 山室,修
 東京大学 助教授 常行,真司
内容要旨 要旨を表示する

70年代から金属薄膜を用いた電気伝導の研究が広く行われ、金属伝導、弱局在状態の伝導、ホッピング伝導などの電気伝導理論に基づく解析が数多く行われてきた。一方90年代から原子スケールの2次元系である表面超構造の伝導の測定がなされるようになってきたが、下地の寄与のために純粋な表面超構造の電気伝導を得るのが困難であり薄膜と同様な解析は行われていなかった。本研究の目的は、表面超構造の電気伝導を測定していることを明らかにすること、および表面超構造の電気伝導をSTMから得られる欠陥や光電子分光から得られる電子状態で説明することである。その目的のために電気伝導度の温度依存性を測定することができる温度可変型マイクロ4端子法を用いて、下地の寄与のなくなる10K程度の低温領域における電気伝導度とその温度依存性を精密に測定した。また電子回折法、STMや光電子分光を用いて表面超構造の原子構造、欠陥の状態や電子状態を調べた。

Au/Si(111)表面超構造として5×2、α-√3、β-√3、√21、6×6、"1×1"の2D電気伝導度の温度依存性の測定を行った。その結果それぞれの表面超構造が形成された表面はまったく異なった2D電気伝導度の値とその温度依存性を示すことがわかった。また、蒸着量やアニールの方法を変えても同じ表面超構造が形成されていれば等しい2D電気伝導度の温度依存性を示すことを確かめた。またそれらの高い再現性を確かめた。これにより、測定される2D電気伝導度の温度依存性が表面に形成されている表面超構造によって決まっていることを初めて体系的に明らかにした。

β-√3に対しては下地の基板を変えても低温では2D電気伝導度の温度依存性が変わらず、それらは弱局在やホッピング伝導の電気伝導度の温度依存性で説明することができた。これにより表面超構造の電気伝導を測定していることとそれらに既存の電気伝導の理論が適用できることを初めて明らかにした。一方α-√3に対しては下地の基板依存性が極めて大きいことと低温で電気伝導が非常に小さくなることから測定された電気伝導は表面超構造のものとは考えにくい。これらから、10K程度の低温で数μS以上の2D電気伝導度を持ち、温度依存性が弱局在から強局在へのトランジットの領域にある表面超構造であれば、表面超構造の電気伝導の測定していることを明らかにした。これにより、表面超構造の電気伝導と表面超構造の原子構造や電子状態や欠陥の関係を直接比較する研究に道が開かれた。

様々な表面超構造と超薄膜の電気伝導の値を比較することで、表面超構造の高い2D電気伝導度は表面全体での連続性のよさによるものであることを明らかにした。このような一原子層の連続的な表面はこれまでの膜では作製が困難であった。電気伝導度の温度依存性から高い電気伝導度はフェルミエネルギー近傍の局在電子状態の存在によるものであることを明らかにした。これらのいずれかが欠ければ2D電気伝導度は数桁小さくなることを明らかにした。

α-√3は√3-Au表面超構造にInを0.4MLほど室温蒸着させると新しいα-√3は√3-(Au, In)表面超構造が形成される。さらに数秒アニーリングを行うとドメインウォールの消失した√3は√3-(Au, In)表面超構造が形成されることがSTMを用いた研究から報告されている。これらの表面の2D電気伝導度を低温で測定したところ、√3-(Au, In)表面超構造はα-√3-(Au, In)より高い電気伝導度を持ち、その変化はSTMから観察されるDWまたはInアイランドの消失によって説明できることを明らかにした。これにより、STMにより直接実空間で調べられる2次元単原子層の欠陥の有無と電気伝導の値の変化を初めて結びつけられた。

In/Si(111)の様々な表面超構造√3、√31、4×1、"2ML-In膜"、√7×√3、様々な欠陥を含んだ√7×√3の2D電気伝導度の温度依存性を測定した。低温における振る舞いから√7×√3および様々な欠陥を含んだ√7×√3について表面超構造の電気伝導を測定していることが明らかになった。√7×√3表面超構造は10Kの低温まで2D抵抗率が温度に比例する金属伝導を示した。これは金属伝導を示す2次元単原子系の発見であり、これは表面超構造の中でも非常に高い電気伝導度を持っていることが予想されている√7×√3表面超構造を用いること初めて可能になったことであり、光電子分光から得られる2次元自由電子状態によって金属伝導を定量的に説明した。また温度依存性からデバイ温度が30K程度以下であり、電子格子結合定数が1.2と物理的に妥当な範囲に求まった。この表面に対して100LのO2を暴露した表面、意図的に少ないInの量で作製した表面、スポット強度の弱い表面はすべて半導体的な温度依存性を示し、10Kにおける2D抵抗率は金属的な√7×√3表面超構造に比べて数桁上昇した。これにより、外部から詳細に観察可能な一原子層の表面において金属的から半導体的に連続的に変化する2次元系導電体が初めて見出された。

以上から、本研究の目的である、表面超構造の電気伝導を測定していることの証明、および乱れや電子状態によって表面超構造の電気伝導を説明することが達成された。今後は、まず表面超構造の電気伝導を測れていることを電気伝導測定から確かめ、そのうえでSTMによる欠陥の観察を合わせた体系的な研究が望まれる。また、一原子層においても低温における電気伝導度の温度依存性が既存の理論で説明できることが明らかになった。これは通常の振る舞いを逸脱した新規の現象や相転移を発見する足がかりになると期待される。

図1. 6x6(結晶),β-√3(ガラス),"1x1"の2D電気抵抗度の温度依存性。ガラス結晶転移によって2D電気伝導度が変化している。

図2. √7×√3の2D電気伝導度。Inのわずかな蒸着量の違いによって金属絶縁体転移が起こっている。

審査要旨 要旨を表示する

 これまでに表面に一原子層(ML)程度の厚さの金属を蒸着したシリコンの電気伝導度が超高真空中で測定され、蒸着された金属の種類とその後の熱処理過程に依存して、マクロな電気伝導度が大きく変化することが明らかになっている。観測された表面構造に依存する電気伝導の起源を理解するためには、表面近傍の格子構造と電子状態の理解が不可欠である。従来の室温近傍での電気伝導研究では、表面近傍のバンド湾曲によって形成された表面下の空間電荷層や基板からの電気伝導への寄与が無視できず、測定結果の解釈が困難であった。本研究では、金属を蒸着して形成した表面超構造に依存する電気伝導の特徴を明らかにするために、最低温度を10Kにまで下げて電気伝導度が測定され、空間電荷層や基板の影響が無視できる低温における電気伝導の温度変化に大きな表面超構造依存性があることをみいだした。また、光電子分光測定、反射高速電子回折、走査トンネル顕微鏡により、電子状態と表面構造を調べた。これらの実験結果について、表面構造の乱れと電気伝導度の絶対値や温度依存性との関係に注目した解析を行い、これらの系での電子局在効果の存在を明らかにした。

 本論文は、まとめとなる第8章を含めた全8章から構成されている。第1章は序論で、研究の背景となる表面超構造や電気伝導について簡単にふれた後に、研究の目的が述べられている。第2章では、金属伝導理論とアンダーゾン局在に関する電気伝導理論についてこれまでの研究が解説されている。第3章では、研究対象としたシリコンのバルク電気伝導、空間電荷層、および電気伝導測定原理についてまとめられている。第4章では、実験に用いた構造解析装置、光電子分光装置、および10Kまで冷却できる電気伝導測定装置が説明されている。本研究では、約8μm間隔に直線に配置された4電極を表面に押しつけることによって超高真空中で電気伝導度が測定された。

 第5章では、最初に、金が蒸着されたSi(111)表面に、蒸着量(0.2MLから1.5ML)とアニール条件に応じて現れる各種超構造の作成方法、反射高速電子回折パターン、走査トンネル顕微鏡像、低速電子顕微鏡像など、これまでの研究結果が解説されている。次に、本論文の主要な結果の一つであるそれぞれの超構造表面をもつ試料での電気伝導度の温度依存性の測定結果が示されている。このうち、80K以下の低温でも電気伝導度の変化が測定可能であった6x6構造とβ-√3構造での結果について詳細な考察が行なわれた。この両構造では金蒸着量が同じであり、β-√3構造はガラス相であると考えられている。この温度域では6x6表面をもつ試料の電気伝導度は、β-√3表面をもつ試料の電気伝導度と比べて数倍大きい。また、両方の価電子状態密度はほとんど同じであることを光電子分光測定から明らかにした。これらの結果から、この2種類の表面構造を持つ試料では最表面の電気伝導が観測され、それが表面格子の乱れに依存していると結論した。

 第6章では、金が0.8ML吸着しているα-√3表面構造の試料とそれにインジュウムを0.4ML蒸着した√3表面構造の試料との電気伝導度の違いを調べた結果が述べられている。表面テラスに多くの欠陥が観測される前者の10Kの電気伝導度は5μSであり、その温度依存性は活性化型である。一方、表面テラスの欠陥が少ない後者の電気伝導度は100μSであり、10Kまでほぼ温度の一次関数で変化する。この結果を表面欠陥による電子散乱と関連づけて議論した。

 第7章では、インジュウムが1.2ML吸着した√7×√3表面構造を持つ試料の電気伝導を調べた結果が述べられている。表面格子に欠陥が少ない試料では、10Kまで温度の減少とともに電気伝導度が上昇する金属的な電気伝導が観察された。この試料に酸素を吸着させると、電気伝導度が小さくなりその温度依存性は絶縁体的になる。これは、酸素吸着により表面格子が乱れて電子が局在したと結論した。

 審査委員会は、これらの研究において、超高真空低温での電気伝導測定ならびに構造観察や電子状態測定が計画的かつ十分注意深く行なわれ、その解析及び考察が適切になされていると判断した。本研究では、一原子層程度の金属が吸着されたいくつかの種類の表面をもつ試料において、シリコン表面近傍の電気伝導度の温度依存性が10Kの低温まで測定され、その結果を解析することにより表面構造依存性は表面での格子秩序の乱れが原因であることを明らかにしたという特筆すべき成果が得られた。また、本研究は、長谷川修司助教授および関連研究者との共同研究となる部分を含むが、著者が研究計画から実験及び解析・考察のすべての段階で主導的な役割を果たしており、主体的寄与があったものと判断した。したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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