No | 122087 | |
著者(漢字) | 栗田,伸之 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | クリタ,ノブユキ | |
標題(和) | 10GPa級小型高圧力発生装置の開発と充填スクッテルダイト化合物の圧力効果の研究 | |
標題(洋) | Development of 10GPa class micro high pressure apparatus and study of pressure effect on filled skutterudite compounds | |
報告番号 | 122087 | |
報告番号 | 甲22087 | |
学位授与日 | 2007.03.22 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 博理第4950号 | |
研究科 | 理学系研究科 | |
専攻 | 物理学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 高圧力下物性研究は近年目覚しい発展を遂げ、様々な分野において数多くの成果を挙げている。高圧力の利点は、物質の構成元素の一部をイオン半径の異なる元素で置換する元素置換効果とは異なり、結晶に不純物を加えることなく連続的に物質の体積収縮を行うことが出来る点である。ごく最近では、酸素や鉄の超伝導([1,2])、CePd2Si2等の反強磁性転移が消失する近傍の圧力下での超伝導([23])、UGe2の強磁性と超伝導の共存[4]などが、高圧力下において発見されている。このように高圧力下で次々と新発見がなされる過程を見ると、高圧力下にはまだまだ新しい物理現象が隠れているように思われる。しかしながら、盛んに行われている高圧力下物性研究はせいぜい3GPa(3万気圧)までの圧力領域である。それを超える高圧力発生のためには、試料空間を著しく小さくする必要があり、高度なセッティング技術が要求される。従って、3GPa以上の高圧力下における物性研究は光学的な測定を除いてほとんど行われていないのが現状である。そこで、電気抵抗、比熱、磁化等の物性測定が3GPaを大きく上回る10GPaに至るまで極低温・強磁場において確立されれば、個々の物質の物性解明にとどまらず、物質科学に新展開をもたらすような新奇物性の発見に至ることは必至である。 Pr系化合物として初めての重い電子系超伝導体PrOs4Sb(12)[5]を代表に、強相関電子系特有の異常物性が充填スクッテルダイト化合物という物質群において数多く発見され、近年注目を集めている。充填スクッテルダイト化合物はRT4X12(R=rare earth etc,T=Fe,Ru,Os,X=P,As,Sb)で表され、R、T、Xの元素の組み合わせにより、超伝導、磁気秩序、四極子秩序、金属-絶縁体転移、重い電子状態、非フェルミ液体等バラエティーに富んだ物性を示す。ところが、本化合物の統一的なシステムの理解はさることながら、個々の化合物の物性でさえも解明が進んでいない。充填スクッテルダイト化合物では、伝導電子と4f電子の強いc-f混成が各化合物の示す物性に大きく関わっているため、その混成の大きさを人為的に制御することが出来る高圧力下研究が非常に有効であると考えられる。ここで、充填スクッテルダイト化合物は大きな体積弾性率を示すものが多い。従って、本化合物の有意義な高圧力下研究のためには、最も大きな圧力発生が期待されるダイヤモンドアンビルセル圧力発生装置(Diamond Anvil Cell:DAC)を用いることが必須となる。 そこで本研究では、従来のDACにはない特性を備えた新たなDACを開発し、それを用いた高圧力下精密物性測定を行うことにより、充填スクッテルダイト化合物の高圧力下物性を明らかにすることを目的とした。 まず始めに、10GPaの高圧力発生を念頭に置いたターンバックル式DACの開発を行った。その模式図及び写真を図1に示す。本装置では従来のDACに存在していた複雑な調整機構等を取り除くことで、装置サイズを著しく小型化(直径6.4mm、長さ:6.7mm)することが出来た。それにより、高い磁場やより低い温度及びそれらの環境下における試料の回転、更にはPPMSやMPMS装置等の市販の装置への搭載が可能である。本研究では、装置及びガスケットの材料や圧力媒体等の最適化を行うことにより、ターンバックル式DACを用いて10GPa以上の圧力を発生させることに成功している。このようなサイズで10GPa以上の圧力発生が可能な装置は世界を見回しても例を見ない。ここで、圧力発生装置としてDAC を用いる場合には、静水圧性や発生圧力の温度変化などが懸念される。静水圧性に関しては、高圧力まで静水圧性の良いキュービックアンビル高圧力発生装置(Cubic Anvil Cell:CAC)を用いて得られた結果との比較により、ターンバックル式DAC を用いても同等の精度で測定できることが実証された。また、低温(T=4.2K)において発生圧力が1〜2割上昇することが分かり、他のDAC と比較して発生圧力の温度変化が小さいことも確認された。更にターンバックル式DACの大きさを生かして、PPMSを用いた多重極限環境下における自動制御測定を行い、精度良い結果が得られることも分かった。 DACの試料空間は非常に小さい(直径<300μm)ため、電気抵抗等の端子を外部に取り出す必要のある測定は困難を極める。電気抵抗は基本的で最も重要な物理量の一つであるが、DAC を用いた4端子法による電気抵抗測定は高圧力技術の中で最も困難なものの一つとされる。これまでDACを用いた4端子法による電気抵抗測定は、セッティング方法等がベールに包まれていたため、ごく一部の者にしか遂行することが出来なかった。例えば長さ200μm以下の試料に電極端子を4本取り付けるという作業一つ取り上げても、高度な技術及び知識が要求される。筆者は幾多の困難を乗り越え、DACを用いた4端子法による電気抵抗測定法を習得し、安定した10GPa以上の高圧力下電気抵抗測定を可能にした。本論文ではその経験を生かして、電気抵抗用のセッティングやガスケット作成の方法を可能な限り詳細に記した。 本研究では高圧力下研究の対象試料として、それぞれ特異な物性を示すPrOs4Sb(12)、CeRu4Sb(12)及びSmFe4P(12)を選定した。PrOs4Sb(12)はPr化合物として初めて発見された重い電子系超伝導体であり、多くの点においてCeやU化合物の重い電子系超伝導体とは異なる性質を示している[5]。CeRu4Sb(12)は、ほとんどのCe系充填スクッテルダイト化合物が半導体であるのに対して例外的に金属であり、低温では非フェルミ液体として振る舞う[6]。SmFe4P(12)はSm化合物で初めての重い電子系強磁性体であり[7]、重い電子状態及び強磁性秩序発現機構の解明について現在研究が進められている。いずれの化合物の示す物性もc-f混成が大きな役割を果たしていると考えられ、高圧力下研究に大きな期待が寄せられている。 上記3種類の化合物に対して、ターンバックル式DAC及び従来の圧力発生装置を用いた電気抵抗測定等より得られた結果及び明らかになった点を以下にまとめる。 1. PrOs4Sb(12) ・ 測定を行った最高圧力P=9.8GPaにおいてもPrOs4Sb(12)は超伝導転移を示す。(図2) ・ 超伝導転移直上の温度領域における結晶場の効果を反映した電気抵抗の振る舞い(上に凸)は、約8GPaを境に大きく変化し、大きな係数Aを持つ電気抵抗のT2依存性が出現した。 ・ 6.1GPaまでの圧力領域では磁場誘起秩序FIOPが存在するが、7.0GPa以上ではFIOPの消失が示唆される。 ・ 結晶場分裂の大きさΔ(CEF)、超伝導転移温度Tc及び有効質量m*の圧力依存性から、約1.5GPa以上では、超伝導及び重い電子状態形成に結晶場励起が大きく関与していると考えられる。 2. CeRu4Sb(12) ・ CeRu4Sb(12)は、6GPa以上の高圧力下において、低温領域を中心に金属-絶縁体転移を起こすことを明らかにした。(図3) ・ 活性化型の半導体として見積もった低温領域におけるエネルギーギャップは加圧と共に大きくなり、10.0GPaでは全温度領域において半導体的振る舞いを示した。 ・ CeRu4Sb(12)における格子定数の減少と共にエネルギーギャップが大きくなる傾向は、他のCe系スクッテルダイト化合物と同様であることが分かった。 ・ CeRu4Sb(12)の高圧領域における半導体相は、cf混成に起因した近藤半導体であることが示唆される。 3. SmFe4P(12) ・ Ce系化合物と同様にSmFe4P(12)においても、近藤効果による電気抵抗の肩が加圧により高温側へシフトすることが明らかになった。 ・ P〓13.0GPaの圧力領域において強磁性転移に伴う電気抵抗の異常が観測され、SmFe4P(12)がP=13.0GPaにおいても強磁性体であることが明らかになった。 本研究では3種類の充填スクッテルダイト化合物に対して、電気抵抗の振る舞いから高圧力下物性を明らかにしたが、更に高圧力下研究を進めていくためには磁化や比熱等の物理量についても測定を行う必要がある。ターンバックル式DAC はMPMS における磁化測定が可能なサイズとなっており、実際Fe2P等の高圧力下磁化測定にも成功している[8]。ただし、試料以外の圧力発生装置等のバックグラウンドが大きいため、試料における磁化の小さな変化を捉えることは困難である。従って、装置及びガスケットの材料として磁化の小さなものを用いる必要があり、今後材料の最適化等を行う予定である。比熱に関しては、現在ターンバックル式DACを用いたac比熱測定法を開発中である。 図1. 開発を行ったターンバックル式DACの模式図(a)及び写真(b) 図2. 10GPaまでの高圧力下における(a)PrOs4Sb(12)及び(b)CeRu4Sb(12)の電気抵抗の温度依存性 | |
審査要旨 | 本論文では超小型のダイアモンドアンビルセルを用いた超高圧発生装置を開発し、各種の希土類充填スクッテルダイト化合物における高圧下の電気抵抗測定を行った結果が述べられている。充填スクッテルダイト化合物は重い電子状態や異方的超伝導、金属絶縁体転移、多極子秩序などさまざまな新奇物性が出現することで近年非常に精力的に研究されている物質群である。 本論文は5章から構成されている。第1章では、強相関f電子系物質における高圧実験の意義について概説したのち、充填スクッテルダイト化合物の全般的な紹介がされ、本研究の目的が述べられている。第2章では種々の高圧発生装置や圧力校正法、圧力媒体などについての基本的な事柄が述べられ、また本研究で実験を行った充填スクッテルダイト化合物PrOs4Sb12、CeRu4Sb12およびSmFe4P12における先行する実験結果についてまとめられている。 第3章では、本研究で用いた高圧発生装置である2層式ピストンシリンダー、キュービックアンビルおよびダイアモンドアンビルセル(DAC)についての紹介および実験手順が述べられている。この内、DACを用いた実験手法についてはその詳細が第4章に記述されている。DACは2つの単結晶ダイヤモンドの間に孔の空いた金属板(ガスケット)を挟み、両ダイヤモンドを押すことで孔の中の試料に圧力を加える装置である。DACは比較的手軽に超高圧を発生することができるため広く使われており、過去には350GPaの発生に成功した例もある。しかし試料空間が非常に狭い(通常300μm以下)ため、X線や光学測定などに主に用いられ、端子付けの必要な電気抵抗測定に使われることは少ない。ことに信頼性の高い四端子抵抗測定を行うためには高度の技術が必要であり、また静水圧性の確保には細心の注意を払う必要がある。本研究では、10GPaまでではあるが静水圧性の良い圧力を発生できる超小型のDACの開発に成功している。その大きさは従来のものと比べて約1/10と小さいため、希釈冷凍機などに導入しかつ回転機構と組み合わせることも可能になった。合わせて微小試料に4つの電極を取り付ける技術を確立し、10GPaまでの超高圧極低温下の高精度の四端子電気抵抗測定を可能にした。 第5章では、開発したDACを用いて行った各種スクッテルダイト化合物PrOs4Sb12,LaOs4Sb12,PrRu4Sb12,CeRu4Sb12およびSmFe4P12の高圧下の電気抵抗測定の結果について述べられている。このうち最も興味深い結果が新奇の重い電子超伝導体として知られているPrOs4Sb12における圧力効果である。PrOs4Sb12はPr化合物としては初めての重い電子超伝導体としてのみならず、超伝導相が磁場誘起の反強四極子秩序相に隣接することから四極子揺らぎを媒介とする超伝導機構の可能性もあり、非常に注目されている物質である。この系におけるPr(3+)の結晶場状態は、Γ1基底一重項と約7K付近にあるΓ4励起三重項からなる擬四重項であることが知られており、Γ1-Γ4間の四極子励起が重要であると考えられている。特に四極子エキシトンを媒介とする超伝導機構が最近理論的に提案されている。この場合、超伝導転移温度TcはΓ1-Γ4間のエネルギー間隔Δとは負の相関(Δが減少するとTcが上昇する)があることが期待される。これを実験的に検証するには圧力をかけてΔを変化させたときのTcの変化を見ればよいが、先行する1.5GPaまでの実験ではΔとTcの間には正の相関(加圧によってΔとTcが共に低下)があることが指摘されていた。本研究は10GPa、0.5K、18Tまでの高圧下磁場中電気抵抗測定によりPrOs4Sb12の磁場-温度-圧力相図を明らかにし、約2GPa以上でTcは低下し続けるのに対してΔが上昇に転ずることを示した。これは四極子エキシトン機構で期待される振る舞いであり、同機構を支持する実験結果であると言える。このほか、CeRu4Sb12では圧力誘起の半金属-半導体転移の相図の決定、重い電子強磁性体SmFe4P12では加圧による近藤温度の上昇と強磁性の抑制効果を明らかにした。 以上のように、本研究は精密電気抵抗測定が可能な超小型のDACの開発に成功し、10GPaの超高圧環境を希釈冷凍機温度、20Tまでの高磁場領域に導入する道を拓いたと言える。この成果はこの分野の進展に大きく貢献することが期待される。 なお、本論文の第4章および第5章の一部は、上床美也、辺土正人、菅原仁、佐藤英行、藤原哲也、武田直也、毛利信男、小林未希、狩野みか、S.W.Tozer氏らとの共同研究であるが、論文提出者の寄与が主体であると認められる。よって結論として、本論文は博士(理学)の学位論文として合格と認められる。 | |
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