学位論文要旨



No 122101
著者(漢字) 田中,孝明
著者(英字)
著者(カナ) タナカ,タカアキ
標題(和) すざく衛星による超新星残骸からの非熱的放射の研究と宇宙線加速への示唆
標題(洋) Non-thermal Emission from Supernova Remnants Observed with Suzaku and Its Implications for Cosmic-ray Acceleration
報告番号 122101
報告番号 甲22101
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4964号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 森,正樹
 東京大学 助教授 瀧田,正人
 東京大学 教授 山本,明
 東京大学 助教授 山崎,典子
 東京大学 教授 佐藤,勝彦
内容要旨 要旨を表示する

はじめに

宇宙線がどこで、どのように、どのエネルギーまで加速されているのか、という問題は、1912年のVictor F. Hessによる宇宙線発見以来、物理学の大きな問題とされてきた。超新星残骸において形成される強い衝撃波は、加速の現場としての有力な候補であると考えられてきた。近年のX線天文衛星の観測によるシェル型超新星残骸からの高エネルギー電子からのシンクロトロンX線放射の検出や、チェレンコフ望遠鏡を用いたTeVガンマ線の検出により、粒子が〜10-100TeVという高いエネルギーにまで実際に加速されている証拠が得られるとともに、超新星残骸における粒子加速機構や放射機構の手がかりが明らかになりつつある。しかしながら、ガンマ線を放射している粒子が陽子なのか電子なのか、シンクロトロンX線を放射する電子とガンマ線を作り出す粒子とはどのような関係になっているか、粒子の正確な最高加速エネルギーはどこなのか、という問題は未だにわかっていない。

 2005年7月に打ち上げられた日本のX線天文衛星「すざく」は、その広い観測帯域と高い感度で、超新星残骸からの非熱的放射を観測することで、加速された電子成分のエネルギー分布、最大エネルギーを正確に求め、宇宙線加速の謎を解く重要な手がかりを与えると期待されている。特に、そこに搭載されている硬X線検出器(HXD)は、未開であった10keV以上のエネルギー帯域で過去最高の感度を誇り、今までほとんど観測されてれていなかった、超新星残骸からの10keV以上の硬X線放射を正確に求めることを可能にした。私はHXDチームの一員として、その開発段階から貢献してきた。

 本研究は、最大エネルギーにまで加速された電子からのシンクロトロン放射をこれまでに測られることのない硬X線領域において高い精度で観測することで、超新星残骸における宇宙線加速機構の理解を進めることを目的とする。本研究では、HXDによる高感度観測の実現には不可欠な軌道上の較正作業と応答関数の構築を行った。さらに、すざく衛星によって超新星残骸からの〜50keVにまで伸びるシンクロトロンX線の検出に成功、その結果に基づき、超新星残骸における粒子加速に関する議論を行う。

すざく衛星搭載HXD-PIN検出器の応答関数の構築

すざく衛星搭載のHXDは、深い井戸型のアクティブシールドの底に主検出器を配置し、徹底的にバックグラウンドを除去することで、過去最高の感度を目指した検出器である。本論文では、主検出器のうち低エネルギー帯域(10-70keV)をカバーし、超新星残骸からの非熱的放射を検出するために用いられる計64個のシリコンPINダイオード検出器の軌道上較正と、天体からの放射を評価する際に必須となる応答関数の構築を行う。

 エネルギー較正のためには指標となる特徴的スペクトル構造が必要である。本研究で、イベント抽出を工夫することでHXD内部で生成される蛍光X線を抜き出し、これにより較正を行う方法を確立した。応答関数構築においては、軌道上のデータとモンテカルロシミュレーションを物理的考察とともに比較しながら、検出器の空乏層厚などのパラメータを推定した。結果として、X線観測の標準光源である「かに星雲」のスペクトルを他の硬X線観測衛星と矛盾のないスペクトルパラメータで再現することができた。本論文で構築した較正パラメータや応答関数は、すざく衛星のデータ解析用ソフトウェアとともに、世界中の研究者に公開され、用いられている。

すざく衛星による超新星残骸の観測と粒子加速への示唆

我々はすざく衛星を用いて、超新星残骸RX J1713.7-3946 の約3分の2をカバーする全11観測を行った。この超新星残骸のX線放射は、熱的成分が全く見えず、シンクロトロン放射と考えられる非熱的成分に支配されている。また、TeVガンマ線でも非常に明るい天体であることから、現在、宇宙線加速研究という観点で、最も重要な天体の一つである。

 我々は、すざく衛星による観測の結果、50keVにまで伸びるシンクロトロンX線の検出に成功した(Figure 1)。これは、100μGという大きな磁場を仮定したとしても電子が100TeVを超える高いエネルギーにまで加速されていることを示す。さらに、我々は、Figure1にあるように、すざく衛星によって検出されたスペクトルにより、10keVに明確なカットオフがあることを示した。このカットオフのエネルギーは、電子からのシンクロトロン放射のモデルを用いて、6.8keVと求まる。電子加速の時間スケールとシンクロトロン冷却の時間スケールの釣り合いからを考えると、カットオフエネルギーから衝撃波速度を導出でき、その値はvs>4000kms(-1)となる。これは、RX J1713.7-3946の年齢と大きさから非現実的な値であり、標準的な衝撃波加速理論で考えられているよりも早いタイムスケールで粒子を加速する枠組みが必要であることが示唆された。

 超新星残骸における粒子加速プロセスを多波長スペクトルから研究するため、すざく衛星によるスペクトルを、TeVガンマ線データおよび電波のデータとともにモデル化することを試みた(Figure 2)。ガンマ線の放射機構としては高エネルギー電子が宇宙背景放射を逆コンプトン散乱によって叩き上げることによる放射と加速された陽子から生じたπ0が崩壊することによる放射の2つが考えられている。すざく衛星の結果により、2つのシナリオのいずれかを棄却することはできないが、すざく衛星の2桁にわたる高い精度のスペクトルは、それぞれの場合について、磁場の大きさや、加速粒子のスペクトル指数、粒子の注入量などのパラメータをはじめて厳しく制限した。

 HXDとともにすざく衛星に搭載されているX線CCDカメラ、XISは、低いバックグラウンドと高い検出効率を持つため、空間的に広がった暗い放射に関しても、X線輝度分布を正確に調べることができる。我々はその利点を活かしてXISによるX線画像(Figure 3;左図)とH.E.S.S.望遠鏡によるTeVガンマ線画像(Figure 3;右図)の詳細な比較を行った。Figure 3は、RX J1713.7-3946の領域毎のX線フラックスとガンマ線フラックスの関係を示したものである。この図にあるように、両者には非常に強い相関があることがわかった。TeVガンマ線放射機構が逆コンプトン散乱であれば、X線とガンマ線は同一の粒子からの放射を見ていることになるので、この強い相関は、磁場が一様であれば、自然に説明される。一方、ガンマ線がπ0崩壊による放射であるとすれば、ガンマ線の放射源である陽子が加速される量とX線の放射源の電子が加速される量が比例関係になければならないことを示唆する。また、Figure 3により、放射の強い場所では、X線/ガンマ線の比が大きくなることが明らかになった。

 HXDは、コリメータによってその視野が35'×35'と狭く制限されているため、10keV以上の硬X線領域でもRX J1713.7-3946からの放射の空間分布を探ることを可能にした。HXDの角度応答を考慮しながら、データを検証したところ、硬X線の輝度分布は10keV以下の輝度分布と大きく矛盾しないことがわかった。このような結果ははじめてである。また、超新星残骸の中心領域では、スペクトルが外側の領域と比較してハードなことが示唆された。これは、加速された電子のエネルギー分布が、その最高エネルギー付近で場所ごとに異なることを反映していることを示唆する。

 本研究により、すざく衛星搭載のHXDは超新星残骸からの非熱的硬X線放射の測定を初めて可能にすることを示し、シンクロトロンカットオフなど今まで見られなかった放射の特徴を明らかにした。また、多波長でのスペクトルスタディや放射の空間分布から、磁場、高エネルギー粒子の生成量などのパラメータに制限をつけたり、それらの間の相関を示すことができた。

Figure 2:RX J1713.7-3946の電波からTeVガンマ線までの多波長スペクトル。曲線は加速された電子からのシンクロトロン放射と逆コンプトン散乱による放射を計算したモデル。

Figure 3:すざく衛星に搭載されているX線CCDカメラ、XISで得られたX線画像(左)とH.E.S.S.望遠鏡によるTeVガンマ線画像(右)。

Figure 4:XISとH.E.S.S.望遠鏡の場所ごとのフラックスの比較(左)とX線フラックス/TeVガンマ線フラックス比のマップ。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は7章からなり、第1章は研究内容の概説であり、第2章ではこの論文の主題である超新星残骸における宇宙線加速について概括し、第3章は本論文で用いた観測データを取得した「すざく」衛星について述べ、第4章では論文提出者が中心になって行った「すざく」衛星のHXD-PIN検出器の較正と雑音除去および応答について述べ、第5章では超新星残骸RX J1713.7-3946の観測とその解析について述べ、第6章では超新星残骸RX J0852.0-4622の観測とその解析について述べ、第7章では観測結果に基づいて得られる超新星残骸における宇宙線加速に対する示唆について議論している。また、付録では「すざく」衛星で観測したかに星雲のエネルギースペクトルとシミュレーションとの比較について記している。

 宇宙線がどこでどのように高エネルギーまで加速されているか、という宇宙線加速の問題は、1912年の宇宙線発見以来の物理学の大きな問題とされてきた。超新星残骸において形成される衝撃波は、加速の現場として有力な候補とされてきたが、観測的な証拠は最近得られ始めたばかりであり、加速機構や放射機構についての詳細はまだ明らかになっていない。2005年7月に打ち上げられた日本のX線天文衛星「すざく」は、広い観測帯域と高い感度を持ち、超新星残骸からの非熱的な放射を観測し、加速された電子成分のエネルギー分布や最大エネルギーを正確に求め、宇宙線加速の謎を解く重要な手がかりを与えると期待されている。本論文はこの「すざく」衛星による二つの超新星残骸の観測データに基づいている。

 論文提出者は、第4章に述べられているように「すざく」衛星HXD検出器に開発から携わり、特にHXD-PIN検出器の応答関数の構築を行い、観測装置の較正を通じて衛星ミッション全体に大きく貢献しているが、本論文の主眼は第5、6、7章で述べられている超新星残骸の観測データの解析とその解釈に置かれている。

 第6章では、超新星残骸RX J1713.7-3946の約3分の2をカバーする全11観測から、X線画像を構築し、空間的広がりについて解析するとともに、初めて50keVにまで延びるシンクロトロンX線の検出に成功した。これは100TeVを超える高いエネルギーまで電子が加速されていることを示す証拠である。また、このエネルギースペクトルは10keV付近でカットオフを示し、この値から求めた衝撃速度は、標準的な衝撃波粒子加速理論で考えられているよりも速い時間スケールで加速が起こっていることを示唆する結果となっている。第7章では超新星残骸RX J0852.0-4622について同様の解析を行ったが、この場合は明確なカットオフは見られなかった。第8章では、他の波長における観測データと組み合わせて超新星残骸における粒子加速過程を考察した。高エネルギー電子が宇宙背景放射を逆コンプトン散乱する放射と、加速された陽子からつくられる中性π粒子が崩壊して生じる放射のいずれの過程によっても高エネルギーガンマ線観測データは説明でき、加速粒子の特定はできなかったが、今回のX線データにより、それぞれの場合について磁場の大きさや加速粒子のスペクトル及び注入量について厳しい制限を与えることができた。

 なお、本論文第5、6、7章の主要部分は高橋忠幸、渡辺伸、中澤知洋、内山泰伸との共同研究であるが、いずれも論文提出者が主体となって研究を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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