学位論文要旨



No 122109
著者(漢字) 信山,竜二
著者(英字)
著者(カナ) ノブヤマ,リュウジ
標題(和) Type II/Type 0 弦理論における閉弦タキオンの諸相
標題(洋) Aspects of Closed String Tachyons in Type II/Type 0 String Theory
報告番号 122109
報告番号 甲22109
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4972号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 江口,徹
 東京大学 助教授 加藤,光裕
 東京大学 助教授 加藤,晃史
 東京大学 助教授 筒井,泉
 東京大学 講師 和田,純夫
内容要旨 要旨を表示する

 この博士論文ではType II及びType 0弦理論に現れる様々な閉弦のタキオンについての考察を行う。タキオンとは光よりも早く伝播する粒子を意味しその存在は因果律を破るため一見して物理的な不整合を表すかのように思われるが、場の理論においてはこのような粒子は質量の2乗が負となることを意味し、単純にポテンシャルの不安定性を示唆している。即ちこの不安定性により一般にタキオンの真空期待値は原点から離れ有限となる方向に向かい、場合によってはある安定な真空に移行し得ることが知られている。弦理論においてもこのタキオンという粒子はしばしば現れ、弦理論に特有の不安定性に対応することが知られている。弦理論は現在の素粒子の統一理論における最も有力な候補の1つと考えられている一方でその性質は未だ完全には解明されていない部分が多く、タキオンに関する研究はその様々な現象論的応用への可能性と共に弦理論自体の性質を調べる上でも重要な位置付けとなることが期待されている。

 弦理論におけるタキオンは大まかに開弦のタキオンと閉弦のタキオンの2種類に分類されるが、そのうち開弦のタキオンの振る舞いについては弦理論に現れるDブレーンという物体の不安定性との対応を用いて詳細な理解が得られている。一方で閉弦のタキオンはそのタキオンが存在する時空自体の不安定性を示唆すると考えられ、それ故に開弦のタキオンと比してその解析及び解釈が非常に困難である。そのような閉弦のタキオンの中でも扱いが比較的容易なものとして局所化したタキオンというものを考えることが出来る。局所化したタキオンが現れる場合として最も知られている系はType II弦理論におけるオービフォルドと呼ばれる時空で、その場合は実際にツイストモードのみにタキオンが現れるためタキオンによる不安定性はオービフォルドの固定点に局在することとなる。

 この博士論文で考察するのはTypeII弦理論におけるオービフォルドのRicci平坦な変形であり、具体的にはまずそのような変形に起因するツイストモードの質量の(タキオン的な)補正H(int)を計算する公式を導く。H(int)は具体的にはオービフォルドの固定点における曲率テンソルR(mnpq)および時空の回転対称性に付随したカレントK(mn)0,K(pq)0を用いて

という比較的平易な形に書き下されるが、この公式は一般的な系に応用可能であり、実際に公式を適用することにより様々な場合にオービフォルドの変形に対する質量の補正を得ることが出来る。

 上記のような解析はType II弦理論における枠組みでなされているものであるが、ある種のオービフォルドの変形においてはそのT双対としてType 0弦理論による記述が存在する点が非常に興味深い。特殊なコンパクト化を施したType 0理論ではNS5ブレーンと呼ばれる物体が閉弦のタキオンを誘引し、Type 0弦理論とType II弦理論のT双対性を用いることによってこの閉弦のタキオンがType II弦理論における閉弦のタキオンへ対応することが期待される。実際にそのような系を記述するオービフォルド及びその変形を調べることにより、Type II理論においてもタキオンが現れることが確かめられ、Type 0理論との対応を確認することが示される。特に興味深い系としてType 0理論においてNS5ブレーンが1枚のみ存在する場合に、そのT双対は変形の寄与を除いて安定なオービフォルドとなるが、変形の寄与を加味することによりタキオンが1つのみ現れ、そのタキオンがその系における唯一のタキオンであることが示される。このタキオンに付随する不安定性は超対称性を破るTaub-NUT/Z2という時空の特異点の解消モードに対応するが、その特異点解消の不安定性がこの系に存在する唯一の不安定性であることはこの論文の結果で得られた新しい知見である。

 また上で得られた公式は例えばオービフォルドの次元に関しても一般性を持ち、実際に論文中では空間の次元が6及び8となる例が示されるが更に広範な種類のオービフォルドに対する応用が期待される非常に有用な公式となっている。将来においてこのようなオービフォルドの変形により現れる閉弦のタキオンの振る舞いに関する研究においてはこの論文での手法により更なる知見が得られることが期待される。

審査要旨 要旨を表示する

 この博士論文ではType II及びType 0弦理論に現れる様々な閉弦のタキオンについての考察を行なっている。タキオンとは光よりも早く伝播する粒子を意味しその存在は因果律を破るが、場の理論においてはこのような粒子は質量の2乗が負となることに相当し、理論の真空がポテンシャルの極大点に存在することに対応している。この不安定性により一般にタキオンの場は真空期待値を獲得しポテンシャルが最小の値に移動する。そこでタキオンの無い安定な真空が実現される。この現象はタキオン凝縮と呼ばれる。弦理論においてもタキオンはしばしば現れ、弦理論に存在する様々な不安定性に対応することが知られている。弦理論のタキオンに関する研究はその現象論的応用への可能性と共に弦理論自体の性質を調べる上でも重要な位置付けを持っている。

 弦理論におけるタキオンは大まかに開弦のタキオンと閉弦のタキオンの2種類に分類される。そのうち開弦のタキオンの振る舞いについては弦理論に現れるDブレーンという物体の不安定性との対応を用いて詳細な理解が得られている。一方で閉弦のタキオンはそのタキオンが存在する時空自体の不安定性を示唆すると考えられ、そのため開弦のタキオンと比してその解析及び解釈が非常に困難である。そのような閉弦のタキオンの中でも扱いが比較的容易なものとして局所化したタキオンというものを考えることが出来る。局所化したタキオンが現れる場合として最も良く知られている系はType II弦理論におけるオービフォルドと呼ばれる時空で、その場合は実際にツイストモードのみにタキオンが現れるためタキオンによる不安定性はオービフォルドの固定点に局在することとなる。

 この博士論文ではType II弦理論におけるオービフォルドのリッチ平坦な変形を考察する。具体的にはまずそのような変形に起因するツイストモードの質量の補正H(int)を計算する公式を導く。H(int)は具体的にはオービフォルドの固定点における曲率テンソルR(mnpq)および時空の回転対称性に付随したカレントK(mn)0,K(pq)0を用いて

という比較的平易な形に書き下される。この公式は一般的な系に応用可能であり、実際に公式を適用することにより様々な場合にオービフォルドの変形に対する質量の補正を得ることが出来る。

 上記のような解析はType II弦理論における枠組みでなされているものであるが、ある種のオービフォルドの変形においてはそのT双対としてType 0弦理論による記述に移る事が出来る。特殊なコンパクト化を施したType 0理論ではNS5ブレーンと呼ばれる配位が閉弦のタキオンを誘引し、Type 0弦理論とType II弦理論のT双対性を用いることによってこのタキオンがType II弦理論におけるタキオンへ対応することが期待される。この論文で実際にそのような系を記述するオービフォルド及びその変形を調べることにより、Type II理論においてもタキオンが現れることが確かめられ、Type 0理論との対応を確認することが示された。

 特に興味深い系としてType 0理論においてNS5ブレーンが1枚のみ存在する場合に、そのT双対は変形の寄与を除いて安定であるが、変形の寄与を加味することによりタキオンが1つのみ現れることが示される。このタキオンに付随する不安定性は超対称性を破るTaub-NUT/Z2という時空の特異点の解消モードに対応する。その特異点解消のモードがこの系に存在する唯一の不安定性であることはこの論文の結果で得られた新しい知見の一つである。

 この論文は2名の研究者との共同研究に基づくものであるが、学位申請者が主体となって研究を行ったものでその寄与は十分であると判断する。審査員全員によりこの論文は博士(理学)の学位にふさわしいものと認める。

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