学位論文要旨



No 122113
著者(漢字) 柳田,健之
著者(英字)
著者(カナ) ヤナギダ,タカユキ
標題(和) 中質量星からのX線フレアの研究
標題(洋) Investigation of X-ray Flares from Intermediate Mass Stars
報告番号 122113
報告番号 甲22113
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4976号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 満田,和久
 東京大学 教授 須藤,靖
 東京大学 助教授 横山,央明
 東京大学 助教授 安田,直樹
 東京大学 助教授 田中,培生
内容要旨 要旨を表示する

 X線フレアは、小質量(<2M〓星では一般的に見られる爆発現象で、とくに若い星では活発である。爆発に伴い放射される強烈なX線は、星やその周囲の惑星系に対して、物理的、化学的、鉱物学的、そして生物学的にさえも多大な影響を与えると考えられる。さらにこれらは、宇宙における磁気的プラズマの爆発現象を調べるうえで、非常に適した現象である。そのため、このようなフレアが小質量星でしか起こりえないか否かを調べることはきわめて重要である。もし、フレアが小質量星でしか起きえないならば、太陽を始めとした小質量星の星系と、それ以外の大中質量星を中心とした星系では、周辺環境にかなりの差異が生じる可能性がある。

 10M〓以上の大質量星では光球には対流層はほとんど発達せず、これに代わり、放射層が卓越する。この放射層からは強い恒星風(〜1000km/s)が吹き出しており、それに伴うショック加熱によって定常的に〜0.5keV程度のX線が放射されている(Lucy & White 1980)。これに対して小質量星では、コロナの磁気活動にもとづくX線が放射され、その強度は前述のフレアに代表あれるように、大きく変動する。こうした活動は星が若いほど盛んで、コロナやフレアの温度も高い。これらの中間に位置する中質量星(2〜10M〓)は、対流が弱いために磁場が弱く、また恒星風の速度も大質量星よりは一桁程度遅いため、X線放射はこれまで観測的にも理論的にも、ひじょうに弱いと考えられてきた。

 1990年代に、ROSAT衛星による太陽近傍の中質量星の系統的な研究により、magnetic Bp/Ap型星や、中質量星を主星にもつAlgol型星など、特殊な中質量星は頻繁にフレアを起こすことが発見された(e.g., Babel & Montmerle 1997)。さらに「あすか」衛星により、若い中質量星であるHerbig型星は強いX線源であり、その強度は時間変動をも起こすことが判明した(Hamaguchi 2001)。しかしながらこれらの結果に対しては、空間分解能の不足により、近傍の若く活動的な小質量星からのフレアが混入しているだけで、中質量星そのものはX線源ではない(e.g., Berghofer et al. 1997)という反論が、繰り返し提示されてきた。そして実際に「あすか」で観測された強いX線を放射する中質量星のいくつかは、近年の高空間分解能観測によって、強いX線源の小質量星と弱いX線源の中質量星に分解された(Stelzer et al. 2005)。本論文の目的は、空間分解能0.5"という、過去のX線衛星の中で最高の性能を誇るChandra衛星を用い、系統的に中質量星からのフレアを解析し、その起源を探ることにある。

 我々は、Chandra衛星の公開データのうち、ACIS-I検出器を用い、62の星形成領域のデータ76セット(18キロ秒以上の観測時間)を系統的に解析した。結果として、のべ約19000個のX線源が検出され、近赤外線データ(2MASS)を用いた対応星探しで約7割(のべ13500)の一致を得た。これらに対し、2MASSデータに基づく、J vs J -H の色等級図を用いて絞りこみを行い、約5000個の中質量星候補( = possible IMS)を得た。さらに、X線で200カウント以上が検出され、かつSimbadデータベースで光学的にスペクトル型が判明している、という条件を課すことで、221個のX線源を抽出し(=Primary Sample)、時間変動解析を行った。その結果30天体=Variable Sample)がχ2検定で95%以上の変動を示した。内訳は大半がBおよびA型星で、一部O8-9型星も含まれていた。我々は、これらに対しフレアの形状を模擬した関数で光度曲線の解析を行い、立上り時間<減衰時間、およびフレアピーク強度が静穏時の強度の3倍以上という条件のもとで、11個の天体から15個のフレアを選び出した。フレア天体のスペクトル型は、B0型からA2型までほぼ均等に分布している。

 図1に示すように、我々は、11個の天体からの15個のX線フレアに対し、光度曲線を参照して、フレアと静穏時をそれぞれ時間ごとに切り出してスペクトル解析を行い、プラズマ温度(kT)やemission measure(EM)を求めた。スペクトルは熱的プラズマのモデルでよく再現され、フレア時の方が静穏時よりも高いkTおよび大きなEMを示した。

 磁気フレアにおいては、太陽から恒星フレアに至るまで、kTとEMの間には、図2に示すように、観測的に強い相関が成り立つことが知られている。この関係は、おもに熱伝導による冷却とリコネクションによる加熱の釣り合い、さらに磁場とコロナガスの圧力の釣り合いを考えることで導かれるスケーリング則(Shibata & Yokoyama 2002)で、よく説明される。そこで我々は得られた15個のフレアを、図2のkT-EM平面上にプロットし、他のフレア天体と比較するとともに、スケーリング則を用いて、フレアの磁気ループ長や平均磁場を推定した。図2で示された等高線は、コロナの電子密度として、多くの若い星の平均の値である、n=2×10(11)cm(-3)(Imanishi 2003)を仮定している。

 図2において、中質量星は高いEMを持ち、その結果、フレアループ長(緑線:中質量星は典型的に10(11〜12)cm)は、単一の星からのフレアとしては大きいことが分かった。また、得られた磁場(赤線:10〜1000G)は、他波長による、磁場を持つ特殊な中質量星のサーベイ結果とほぼ同じ値であった(Bagnulo et al. 2006)。今回得られた中質量星のデータは図上で、2×107Kを境に二つに別れており、おおよそ低温側が(赤四角)A型星、高温側が(青四角)B型星と対応している。高温側のフレアは近接連星系のフレア(赤*)と似た分布をもつ一方で、低温側のフレアは、若い小質量星のフレアと似たパラメータを示している。若い星も同様に二種類に別れているが、これも高温側はRS-CVn型連星をなしている可能性が高いと考えられる。近年VLTの観測により、若いRS-CVnだということが分かったYLW15Aがこの領域に存在していることも、この解釈を支持する。

 以上の結果をもとに、我々は中質量星フレアの起源を、下記の4つの可能性から考察した。

1.主系列の小質量星が視線方向に存在し、もしく主星とは分解されておらず、それがフレアを起こしている。すなわち、中質量星起源ではない。

2.上と同様の状態だが、フレアは見えない若い小質量星のが起こしている(通念化している解釈)。

3.これらの中質量星はAlgol型星のような近接連星を成しており、連星起源の磁気活動でフレアが生じている。

4.これらの中質量星はmagnetic Bp/Ap星のように、単独で磁場を持っており、そのためX線フレアを起こす。

 ケース1に関しては、得られたLX〜10(32)erg s(-1)が高すぎることから棄却される(太陽では10(27)〜10(28)erg s(-1))。ケース2は一般的に考えられている解釈で、今回の低温側のフレアに関しては完全に棄却できない。しかし、LX/L(bol)比が高すぎることや、これらの内の幾つかは近傍(160〜450pc)の天体であり、実距離に換算して数百AU程度までは分解できているはずであることなどから、観測の全てを説明するには無理がある。ケース3は従来は指摘されなかった解釈であり、図2上の、高温側のフレアにはよく当てはまると考えられる。実際に高温側の7フレアのうち、2回のフレアを起こしているBM Oriは、Algol型星であることが可視光観測より判明している(Vitrichenko et al. 2006)。この場合、これまでの研究によりフレアは星同士、もしくは星と円盤をつなぐ磁場によって起きている可能性が高く、ループ長〜0.01AUも連星距離(たとえばAlgolでは〜0.065AU)と非常に近い値を示している。最後のケース4は、そもそも今回の観測では、星形成領域の中質量星がかなり高い確率でX線を放射していること、それらは11個の天体に限らず、X線とボロメトリックな光度の比が、主系列の中質量星に比べて有意に大きいことなどから、有力な可能性として残る。今回の低音側のフレアは、この起源である可能性が高い。このような磁場があるとすれば、原始星の段階で作られた磁場の名残であろう。

 本論文では、以上のように、中質量星からのフレアに対し、初めて系統的な研究を行った。その結果、隠れた伴星がフレア源であるとする従来の通説では観測の全容を説明できず、若い中質量星は、近接連星をなしたり、強い磁場を持つなどにより、かなり活発なX線放射を行うことが明らかになった。

図1:B8型星HD261902の0.5-8.0keVの光度曲線(左)、静穏時のスペクトル(中)、フレア時のスペクトル(右)。

図2:星のフレアのkT-EM図。本研究にもとづくB型中質量星(青四角)およびB型中質量星(赤四角)の結果を、他の研究による若い小質量星(黒)、近接連星(赤*)、およびmagnetic-Bp/Ap型星(ピンク丸)のフレアと比較したもの。電子密度を2×10(11)cm(-3)と仮定してスケーリング則から求めた、磁場強度(赤い実線)、および磁気ループ長(緑の破線)も示す。

審査要旨 要旨を表示する

太陽の2倍程度以下の質量の小質量星では表面での活発な対流活動によって磁気的な活動が誘起され、時間変動を含む、比較的高温(>1keV)のX線が放射される。一方、太陽の10倍以上の大質量星では表面には対流層は発達しないが、外縁部の放射層から吹き出す強い恒星風(〜1000km/s)に伴うショック加熱によって、比較的低温(<0.5keV)なX線を定常的に放射する。しかし、これらの中間に位置する中質量星は、対流が弱いために磁場が弱く、また恒星風の速度も遅いため、X線放射は、観測できないくらいに弱い、と従来は考えられてきた。しかし、1990年代に、ROSAT衛星による太陽近傍の中質量星の系統的な研究(サンプル数74天体)により、magnetic Bp/Ap型星や、中質量星が主星となっているAlgol型星のような特殊な中質量星は頻繁にX線フレアを起こすこと、「あすか」衛星による16天体の観測により、若い中質量星であるHerbig型星は強いX線源であり、その強度は時間変動をも起こすことがわかった。しかし、これらの結果に対して、空間分解能の不足により近傍の若く活動的な小質量星からの放射を検出しているという、伴星説が提示され、実際に「あすか」で観測された強いX線を放射する中質量星のいくつかは、近年の高空間分解能観測によって、強いX線源の小質量星と弱いX線源の中質量星に分解された。

本論文で、論文提出者は、これまでで最高の空間分解能(0.5秒角)を持つChandra衛星を用いて、若い中質量星の大量サンプルを系統的に調べた。すなわち、76個の星形成領域の観測データを解析し、その視野内に存在し、可視光の観測から中質量星であることがわかっている812個の天体の中の約40%からX線を検出した。このような大量のサンプルを扱ったのは史上初めてのことである。

本論文は、8章と5つのAppendicesからなる。第1章ではイントロダクションとして論文全体の流れを記述し,2章でこれまでの太陽を含む星からのX線放射についてレビューしている。3章は、本論文で用いた観測装置であるChandra衛星についての記述である。第4章では観測データからX線天体を抽出し、サブミリ波および可視光の観測データとの比較を行い、中質量星からのX線を検出するまでを記述している。続く第5章、第6章では、X線の検出された347個の中質量星のデータについて時間変動とX線スペクトルの解析を行っている。最後の第7章では、得られた結果を議論し、磁気的な総合作用によることを仮定した解釈もおこなっている。

本論文で検出されたX線は、小質量伴星で説明するには1桁から2桁以上強く、しかも、検出された星の数も伴星で説明するには多すぎる。このことから、多く(約40%)の若い中質量星が、間違いなく強いX線を放射することが結論される。時間変動とX線スペクトルの研究から、太陽フレアーとよく似た時間変動を示す星があり、その数はX線が検出された中の1/4程度であると考えて矛盾がないこと、X線は温度1keV程度の高温プラズマからの熱的放射スペクトルを持つこともわかった。これらは、磁気的な相互作用により、プラズマ加熱が起こり、X線が放射されている事を示唆する。論文提出者は、その仮定のもとで、さらに磁場の強さと磁気ループの幾何学的な長さを求め、これからX線放射は星周円盤および連星系にともなう磁気的な相互作用による可能性が高いことを結論した。

以上の本論文の結果は、進化の初期段階にある中質量星と、その周辺環境の理解に重要、かつ新しい成果である。したがって、本論文は宇宙物理学の研究として新規性に富みかつ十分に意義の大きなものであり、研究内容とその結果は博士(理学)の学位に相応しいものである。

また、本論文の研究は、牧島教授との共同研究であるが、大量かつ系統的なデータ処理から、得られた結果の解釈にいたるまで、論文提出者が主体となって行ったことを確認している。このため、論文提出者の主体性と寄与は博士論文として認めるのに十分であると判断する。

したがって、本論文提出者に博士(理学)の学位を授与できると認める。

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