学位論文要旨



No 122114
著者(漢字) 吉田,亨
著者(英字)
著者(カナ) ヨシダ,トオル
標題(和) 炭素同位体原子核の分子的状態
標題(洋) Molecular states of carbon isotopes
報告番号 122114
報告番号 甲22114
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4977号
研究科 理学系研究科
専攻 物理学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 初田,哲男
 東京大学 教授 松井,哲男
 東京大学 教授 酒井,英行
 東京大学 教授 久保野,茂
 東京大学 教授 宮武,宇也
内容要旨 要旨を表示する

[目的]

 これまで原子核の多くの状態は核子に対して一体場的なふるまいをすることが様々な実験、理論を通して調べられてきた。しかし、α粒子はそれ自体で強く束縛するために、α粒子が部分系をつくるαクラスター構造が軽い原子核において存在するということが、微視的な立場から次々と明らかにされてきている。そのようなαクラスターは通常の原子核にはない構造を持っていることが知られており、例えば、(12)C(O2+)においては3αクラスターがガス的な構造をもっていることが挙げられる[参1]。

 3つのαはガス的な状態(O2+)にあるとき決まった形状をしていないが、バレンス中性子が2個付加された場合、αクラスターが正三角形構造(32-、など)として顕著に現れる(3αの固体的な構造)ことも調べられてきている[参2]。ここでは中性子が一つ付加されたとき、αクラスター構造がどのように変化するかということを、そのときの中性子がどのような軌道で回っているのかを含めて分析する。

 (13)Cの実験結果はαクラスターを仮定した計算が必要になるいくつかの候補を示している。エネルギーレベルに関しては9MeV以下の領域は一体場的描像を基にしたシェルモデル計算との対応が良いことが示されている。しかしながら更に高く励起したα-α-α-n閾値により近い状態(3/22-,1/23-,5/22-,7/21-)などにおいては、対応関係がはっきりと得られていない。また、基底状態からの1/22-,1/23-へのE0遷移強度は(13)C(α,α')散乱による実験値の55±6,35±4fm4[参3]と比較し、シェルモデル計算では非常に小さな値しか得られていない。また5/2-1へのE2遷移強度も対応も良くはない。このような状態はαクラスター状態を考えることで再現されることが期待される。

 そこで本研究では、このような(13)Cにおいて、シェルモデルでは説明されなく、基底状態からの大きなE0遷移確率をもつ状態をαクラスターモデルで記述することが可能であるかどうかを分析すること、さらに、もしこれらの状態でαクラスター構造が顕著に現れているならば、それを(12)Cにおける気体的なクラスター状態から(14)Cにおける個体的クラスター状態への転移の中間的な状態としてとらえることができないかを分析する。

[方法]

 始めに原子核を記述する模型空間について述べる。(13)Cにおいて、3つのαクラスターが現れる励起状態は2つの状態を取る可能性がある。一つは3αクラスターが正三角形構造をとるような強結合的描像であり、ここで中性子が3α平面に垂直な軸を主軸として3つのαを等しく回る。もう一つの状態としては、中性子が8Beをなすα-αを主軸に回るような9Be+αで表現される弱結合的な描像である。

 それぞれの核子はガウス波束で表現することにする。そのなかでαクラスターを構成する部分は強、弱結合状態を表現する正三角形、二等辺三角形の形を想定する。バレンス中性子はαクラスターが作るコアの周りにランダムに配置し、それらの基底を生成座標の方法により計算する。このように生成された基底の中で、エネルギーを下げるのに十分なもののみを確率論的な変分法により選択する。これにより最終的には50〜100の基底を実際に用いることになる。なお、本研究で用いる相互作用としてαクラスター同士それに、αクラスターと中性子の散乱の位相差を再現するVolkov No.2とスピン軌道相互作用を用いる。

[結果]

 はじめにαクラスターコアの配位としては強結合的な状態に対応する、正三角形の3αを考える。その結果、(図1)のような負パリティのエネルギーレベルを得ることができる。ここで基底状態1/21-はよく再現されていると考えられる。しかしながらα-α-α-nの分解への閾値付近での状態は良く再現されていない。閾値に近い状態は弱結合的な9Be+αの構造によって、より良く再現される可能性がある。

弱結合的状態9Be+αの部分系9Beにおいて、バレンス中性子はα-αクラスターのまわりのσ軌道やπ軌道として現れる。残りのαを考えた場合、中性子はそのαの周りにいるよりも、8Beのα-αの周りでより安定化する。このため、αと9Be間の距離が十分離れていれば中性子はα-αコアの周りでσ、π軌道として存在することになる。この分子軌道はαが更に近づいたときにおいても閾値付近に存在する十分な寄与があることが、9Beとα間の距離を関数としてのエネルギー曲線により示された(図2)。ただし近距離においては、π軌道はσ軌道に比べ5MeVほどPauli-Blockingの効果により不安定化している。

 この強弱結合、両方の寄与が同時に重要になるような可能性も考えることができる。そこでモデル空間を両方の配位を含むよう拡張した計算を行った。その結果、エネルギーレベルが閾値付近で特に改善されることが分かった(図3の中央の列)。特に3/21-、5/21-、7/21-などは弱結合的状態を仮定することで再現された。

[分析]

 このようにして得られた(13)Cの1/2-状態に対し、より詳しい解析を行った。この状態が(12)Cのガス的状態と(14)Cの固体的状態の中間にあるということの可能性を探求する。そのために同様の計算を(14)Cにも適用した。物理量や波動関数の成分を調べることで次の(1)(2)の結果が得られた。

 (1)(13)Cの基底状態1/21-において半径は小さく強、弱結合が両方とも重複している。一方で、1/2-の励起状態は強弱結合、両方の配位を重ねることの重要性を示している。この特徴的な状態は基底状態1/21-からのE0遷移の強さがシェルモデルの結果よりも大きな値を示している。実際の計算結果はB(E0)=40.5fm4(1/21-→1/22-)、15.9fm4(1/21-→1/23-)となった。これは実験結果における55±6,35±4fm4に近づいた値になっている。また弱結合的状態を含めない計算では、B(E0)=4.4fm4(1/21-→1/22-)、12.1fm4(1/21-→1/23-)となることからも強弱結合状態の共存が重要であることが分かる。これらの値はいずれも(12)Cの基底状態からガス状態への遷移強度120fm4よりは小さい。

 (2)(13)Cにおける1/21-、1/22-の荷電半径は2.45fmほどの値を取り、基底状態1/21-の2.33fmよりは十分(α-α間距離にして1fmほど)大きくなっている。一方で中性子が更に一つ増えた(14)Cの3-では荷電半径は2.37fmほどになった。

 (1)(2)から、3αに中性子が一つ加わった状態1/22-、1/23-は(12)Cのガス的状態と(14)Cにおける固体的状態との中間程度の荷電の広がり(α-αの広がり)を持つ状態にあることが確かめられた。なお、基底状態1/21-はα-α間距離が短くシェルモデル的な状態とみなすことができる。このように中性子を付加することによりαクラスターが顕著に現れる状態が、(12)Cでは3αクラスターのガス的状態、(14)Cでは3αクラスターの固体的状態のようにさまざまに変化するが、この途中の状態としてE0遷移確率の比較的大きく、かつ弱結合的な寄与も大きな(13)Cの1/2-の励起状態が存在することが調べられた。

[参1] A.Tohsaki et al., Phys.Rev.Lett.87, 192501(2001)[参2] N.Itagaki et al., Phys.Rev.Lett.92, 142501(2004)[参3] Y.Sasamato et al., Mod.Phys.Lett.A21, 2393(2006)

(図1)

正三角形3α+nモデルを用いた負パリティ状態のエネルギーレベルの計算値(右列)と実験値(左列)。ここで、α-αの一辺は2.2,2.7,3.2fmを仮定する。0MeVの基準はα-α-α-n状態への分解の閾値に設定する。

(図2)

σ軌道の安定性:αと9Be間距離の関数として(13)Cのエネルギー曲線。赤線はσ軌道で量子数がKπ=1/2+に対応しており、青線はπ軌道におけるKπ=3/2-に対応している。

(図3)

(13)Cの負パリティのエネルギーレベルの実験値(左列)と強弱結合、両方を含んだモデルでの計算値(中央列)。(右列)は比較のため強結合的状態のみによる結果を示す。ここで弱結合状態の配位としては9Be-α間の距離が2、3、4fmを取るように設定する。ここでもα-α-α-nの閾値を基準0MeV用いる。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は4章から成り、第1章で緒言と研究の背景が述べられた後、第2章では、本論文で使用される確率的変分法、特に、そのハミルトニアン、変分波動関数、基底の選択法、角運動量射影法、が議論されている。第3章は、本論文の核心部分であり、αクラスターのガス的状態と、クリスタル的状態の両方を含むような変分波動関数を用いて、(13)Cの構造が詳細に論じられている。第4章では、結果のまとめと今後の展望が、また補章では、変分波動関数と射影法の詳細が与えられている。

 原子核の基底状態付近の性質の記述には、一体平均場の中を核子が運動するという描像に立つシェルモデルが大きな成功を収めてきた。一方、励起状態や閾値付近の原子核では、4つの核子が強く相関したαクラスター構造が顕著に発現する事が指摘されている。特に、(12)Cにおける第二0+励起状態は、3つのαクラスターのガス的状態として良く記述される一方、それに中性子が2個加わった(14)Cの第二3-励起状態では、αクラスターが正3角形配位をとるクリスタル的状態が実現することが最近明らかにされている。本論文では、これら2つの原子核の中間にある(13)Cに焦点をあて、確率的変分法を用いて、その正パリティと負パリティの励起状態がどのような配位をもつかを詳細に検討し、中性子が(12)Cに一つ加わることで、αクラスターのガス的状態からクリスタル的状態へ至る中間体が形成される事が示されている。

 本論文の第2章では、まず、確率的変分法により多体系のシュレーディンガー方程式を解く上での基本的手法が概説されている。特に、基本となるハミルトニアン、使用される変分試行関数、確率的に試行関数を選択する手続き、励起状態の研究に特に重要な角運動射影の詳細、がこの章で与えられている。

 本論文の第3章では、まず3角形型のαクラスター配置のみを取り入れた計算を行い、実験的にわかっている(13)Cの励起状態が、この配位だけでは十分に再現できないことが示されている。次に、よりガス的な配位として、2つのα粒子と中性子が近傍にあるが、もう一つのαがそれから離れているような配位を取り込み、3角形型との結合を考慮して計算を行い、基底状態から閾値近傍の励起状態までを良く再現できる事を示している。さらに、このようにして得られた波動関数の詳細を調べる目的で、導入した典型的配位への射影成分を計算するとともに、状態間のB(E0)遷移確率を計算している。後者については、最近の実験結果と良い一致を示しており、このことから、(13)Cの第二1/2-励起状態や第三1/2-励起状態が、ガス的状態とクリスタル的状態の中間体となっていることが結論されている。

 本論文は、(12)C,(13)C,(14)Cの基底状態と励起状態を統一的に理解する理論的枠組みを提示すると同時に、(13)Cの構造に関する新しい知見を与えており、意義深いものとなっている。

 なお、本論文の主要部である第3章の内容は、板垣直之、大塚孝治、との共同研究であるが、論文提出者が主体となって理論的解析を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 以上の観点から、申請者に博士(理学)の学位を授与できると認める。

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