学位論文要旨



No 122117
著者(漢字) 阪本,康史
著者(英字)
著者(カナ) サカモト,ヤスシ
標題(和) 太陽コロナのX線強度変動の研究とそのコロナ加熱への示唆について
標題(洋) X-ray Intensity Fluctuation of Solar Corona and Its Implications for Coronal Heating
報告番号 122117
報告番号 甲22117
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4980号
研究科 理学系研究科
専攻 天文学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 桜井,隆
 東京大学 教授 安藤,裕康
 東京大学 教授 柴橋,博資
 東京大学 教授 福島,登志夫
 東京大学 助教授 吉村,宏和
内容要旨 要旨を表示する

1 研究の背景と目的

 太陽の外層大気であるコロナは、太陽表面温度が6000度であるにも関わらず、100万度を越える高温に加熱されている。太陽には磁場が普遍的に存在していること、観測される明るいコロナは磁力線をなぞるように分布している(コロナループ)ことなどの観測事実から、磁気エネルギーがコロナ加熱のエネルギー源であると考えられているが、磁気エネルギーを熱化する過程は依然として明らかになっていない。コロナ中において、フレアと呼ばれる磁気エネルギーの爆発的な開放現象がしばしば観測されている。フレアはそのエネルギーにおいて多様であり、小規模なフレアほど頻繁に発生することが報告されている。これにヒントを得、パーカー(1988)は観測できないほど小さな無数のフレア(ナノフレア)がコロナを加熱していると提案した。観測衛星ようこうの軟X線望遠鏡(SXT)の観測は、定常に見えるコロナループであってもそのX線光度に揺らぎを持つことを示した。これは突発的なエネルギー開放であるナノフレアがコロナを加熱していることを示唆する。本研究では、比較的高温(>200万度)なコロナガスを観測しているSXTのデータと、比較的低温(〜100万度)なコロナガスを観測しているTRACE衛星の極紫外線望遠鏡のデータを用いる。それらのデータを用い、活動領域コロナに見られる光度揺らぎを観測的あるいは理論的に調査し、ナノフレア加熱説は正しいのか、どのような物理量が高温コロナループ(SXTループ)と低温コロナループ(TRACEループ)の違いを生んでいるのか、を明らかにすることが本研究の目的である。

2 SXTループとTRACEループの空間的時間的な関係

 まず我々は、SXTループとTRACEループの活動領域中における空間分布を調べた。観測された画像に対してコロナループを強調するように画像処理を行い、ループを一本ずつ抽出し、その位置関係を比較した。その結果、活動領域の中心部は短く(〜50秒角)明るいSXTループで占められており、TRACEループはその上を囲むように、あるいはその下を這うように分布しているという描像が得られた。同じ位置にあるSXTループとTRACEループであってもその方向や曲率は多くの場合で異なり、偶然重なって見えているだけであると考えられる。

 一見お互いに無関係に分布しているように見えるSXTループとTRACEループであるが、今回我々は、TRACEで観測したときの光度は、その場所をSXTで観測したときの光度に相関した最小値を持つことを発見した(図4の点線)。このSXT光度に依存したTRACE光度の最小値の存在は、ナノフレア加熱説で説明可能である:「SXTで明るい場所では、コロナガスを200万度以上に加熱できるナノフレアがたくさん起きている。加熱されたコロナガスは、温度が100万度まで下ったときにTRACEで明るく見える。その結果、その場所はTRACEでもある程度明るく見える(図1)。」他方、SXT光度にはそのような最小値は見あたらない。これはナノフレアのエネルギー開放が磁気リコネクションのような短時間の現象なため、コロナガスはTRACEで十分明るくなる前に100万度以上まで加熱されているのだと考えられる。

 上述のナノフレア加熱説による説明は、SXTで見えたコロナガスは、ある冷却時間をおいてからTRACEでも見えることを示唆している。そこで我々は、30本のSXTループにおけるSXTの光度曲線とTRACE(140万度に感度がある195Åで観測)の光度曲線の相互相関係数を、様々な時間差で計算した。その結果、ふたつの光度曲線は5,600秒の時間差(TRACEの光度曲線が遅れる状況)をおいたときに一番大きな相関係数(〜0.3)を持つことがわかった(図2(a))。TRACEの光度曲線に100万度のコロナガスに感度を持つ171Åで得られたものを用いると、時間差は8,800秒と長くなった(図2(b))。これらの時間差は、予測される冷却時間と大まかに一致する(図1のτr)。TRACEは冷却過程にあるコロナガスを観測していると考えられる。負の時間差(SXTの光度曲線が遅れる状況)では相関はほとんど現れていない。やはりナノフレアのエネルギー開放は短時間の現象であると考えられる。

3 X線・極紫外線光度揺らぎの定量解析

 次に我々は、SXTとTRACEで観測された光度曲線に見られる揺らぎを定量的に評価した。TRACEの観測で顕著な、ループの位置ずれによるにせの光度揺らぎを除去するための新しい方法を考案し、解析を行った。その結果、SXTの光度曲線の揺らぎは光子雑音と同程度なのに対して、TRACEの光度曲線の揺らぎは光子雑音より遥かに大きいことを発見した(図3)。SXTにおいてもTRACEにおいても、観測された光度揺らぎ(光子雑音の寄与は減算済み)の標準偏差σnは、平均光度Iに対してσn∝Iの比例関係を示した。この揺らぎがナノフレア起源であるとすると、ナノフレアのエネルギーはSXTの場合は10(25)エルグ程度、TRACEの場合は10(23)エルグ程度であるという結果が得られた。ナノフレアの発生頻度はほとんど同じであった(コロナループ一本当り一秒間に10から30回)。

 また我々は、光度曲線の自己相関係数を解析することで、揺らぎの典型的な継続時間を求めた。この継続時間はナノフレアの寿命に相当している。その結果、SXTで見える揺らぎの継続時間はかなり短い(〓100秒)ことがわかった。また、明るい場所ほど揺らぎの継続時間が長いことがわかった。明るいということはナノフレアのエネルギーあるいは発生頻度が大きいことを意味しているが、どちらの場合もナノフレアの寿命が長くなるとは考えにくい。このことから我々は、コロナループが砂山モデルに代表される自己組織化臨界の状態にある可能性を指摘した。もしそうならば、ナノフレアの正体は、さらに小さなフレア(ピコフレア)が雪崩のようにまとまって起きているものであり、大きなナノフレアは伝搬時間の分だけ長い寿命を持つことになる。

4 ナノフレア加熱モデルと観測との比較

 最後に我々は、ベクシュタインと勝川(2000)のモデルを元に、磁気圧とガス圧の平衡を考えたナノフレア加熱モデルを開発した。解析的な計算の結果、σn∝Iの比例関係は、(第3章で行ったように)ループ長や磁場強度などの物理量で多様性に富んだコロナループ群をまとめて解析すると生じうることを示した。このときのσn∝Iの比例係数はナノフレアのエネルギーに大きく依存する。次に我々はこのモデルを元にモンテカルロシミュレーションを行い、観測との比較の結果、SXTループとTRACEループの大きな違いは磁場の強さであることを発見した(図4)。典型的にはSXTループは40ガウスの磁場を仮定することで、TRACEループは8ガウスの磁場を仮定することで、その光度がうまく説明できる。SXTループは磁場が強いので、圧力平衡を考えるとナノフレアで加熱されたコロナガスは小さな範囲に留まる。したがってフィリングファクター(コロナループ中を高温コロナガスが占める割合)は小さくなる。TRACEループはその逆で、フィリングファクターは大きくなる傾向にある。次に光度揺らぎの比較から、SXTループでは10(24〜25)エルグ程度のナノフレアが、TRACEループでは10(23)エルグ程度のナノフレアがそれぞれ起きているとすると、観測された揺らぎを説明できることがわかった(図5)。

 我々のシミュレーションは他の観測結果も説明できる。第2章で発見したTRACE光度の最小値(図4の点線)は、磁場強度B=40ガウスの計算結果におおまかに一致しているように見える。同じく第2章でSXTとTRACEの光度曲線が数千秒の時間差を持って弱い相関を示すことを発見したが、この相関はシミュレーションでも再現できた。やはり相関は低く、これは揺らぎの波形がSXTとTRACEで大きく違うためだと考えられる。第3章ではSXTで見える揺らぎの継続時間がかなり短く見積られた。これはSXTの光度曲線が光子雑音の影響を大きく受けているからだということを明らかにした。我々のナノフレア加熱モデルは観測結果を良く説明できる。ナノフレアはコロナ加熱機構の有力な候補であると言える。

図1:ナノフレアによって加熱されたコロナガスの温度の時間変化。冷却過程ではまず熱伝導(冷却時間τc)で、次に輻射で冷める(冷却時間τr)。SXTはTRACEより高温のコロナガスを観測しているので、このコロナガスはまずSXTで、次にTRACEで観測される。

図2:SXTの光度曲線とTRACEの光度曲線の相互相関。正の時間差はTRACEの光度曲線がSXTの光度曲線に遅れている状況に対応する。30本のSXTループを抽出し、その中に含まれるピクセルを総和して光度曲線を作った。灰色の線が個々のSXTループに対応しており、紫の実線がその平均である。紫の破線は標準偏差を、紫の矢印は相関がもっとも良くなる時間差を示している。

図3:SXTとTRACEで観測された光度揺らぎ。光度のヒストグラムもプロットされている。SXTではサブピクセル補間(勝川と常田2001)の影響で光子雑音より小さくなっている。TRACEでは光子雑音よりはるかに大きい揺らぎが観測されている。

図4:SXTで観測された平均光度とTRACEで観測された平均光度の関係。それぞれの点は観測データのピクセルに対応する。赤い点はSXTループの中のピクセル、青い点はTRACEループの中のピクセルであり、緑の点は両者が重なって見えているピクセルである。黒い点は明確なループ構造が見えないピクセルである。実線で結ばれた記号はシミュレーションの結果であり、磁場強度Bとエネルギー入射率qを変化させたものである。TRACEループに対応する青い点は、弱い磁場強度を用いた計算結果の周囲に分布し、SXTループに対応する赤い点は強い磁場強度を用いた計算結果の周囲に分布している。

図5:観測された光度揺らぎ(エラーバー付の黒いアスタリスク)と、シミュレーションで得られた光度揺らぎ(色付きの線)の比較。点線は光子雑音に対応している。SXTのシミュレーションでは磁場強度B=40ガウスを、TRACEのシミュレーションでは磁場強度B=8ガウスを仮定している。ナノフレアのエネルギーΔWが10(24〜25)エルグのときSXTで観測された光度揺らぎを、10(23)エルグのときTRACEで観測された光度揺らぎを説明できる。Lはループ長である。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は4章からなる。第1章は本研究の背景と目的を述べた導入部で、温度が6千度の太陽表面の上空に、数百万度に達する高温のコロナがどのようにして形成されるか、という「コロナ加熱問題」の提起、その主たる解釈である「波動加熱説」と「ナノフレア加熱説」の紹介、本研究で用いている「ようこう」衛星軟X線望遠鏡(SXT)とアメリカのTRACE衛星のデータの簡単な説明がなされている。

 第2章は「SXTループとTRACEループの空間的・時間的な関係」と題され、コロナの中でも比較的高温(2百万度以上)のプラズマの発するX線に感度がある「ようこう」SXTと、比較的低温(百万度)のプラズマの発する極紫外線に感度があるTRACE衛星の望遠鏡によって、観測されるコロナループにどのような関係があるかを調べている。解析は4つの活動領域についてなされた。SXTループに比べて、TRACEループには低空を這うようなものがある一方、高い高度ではSXTループとTRACEループが隣り合っている場合があるなど、これだけでは定量化が難しい。そこでSXTループとTRACEループの対応する点での輝度の相関図を作ると、あるSXT輝度に対してTRACE輝度には下限があることがわかった。(一方、あるTRACE輝度に対してSXT輝度には下限がなく感度限界値まで分布する。)この結果は、SXTループが多くの細いループで構成され、それらは加熱されてX線を放射した後必ず冷えてTRACEループとして極紫外線を放射する、と考えれば説明できる。SXTループが2百万度以上のプラズマで一様にかつ常に満たされていればこうはならないはずである。SXTとTRACEの輝度変化の時間差も、相関解析によりTRACEがSXTの光度変化より1〜2時間遅れることが有意に検出され、この仮説を裏付けている。

 第3章では「X線・極紫外線光度揺らぎの定量解析」を行い、微小な爆発現象の重畳を示唆する、光子雑音を越える輝度の揺らぎの検出を試みている。解析の結果、TRACEループでは光子雑音より十分大きい極紫外光の揺らぎが検出された。SXTループでは揺らぎは光子雑音と同程度だが、TRACEの場合と同じく、揺らぎの大きさが平均輝度に比例して増加するという傾向を示すことから、光子雑音を越える揺らぎが検出できていると考えられる。平均輝度も揺らぎもすべて微小爆発(ナノフレア)によると仮定すれば、SXTループを加熱するようなナノフレアのエネルギーは10(25)erg程度、TRACEループを加熱するようなナノフレア(高温のSXTループを作れない)のエネルギーは10(23)ergと見積もられた。(もともとナノフレアという名前は、最大級のフレアのエネルギー10(32)ergに比べて10(-9)程度のものを想定したところから来ている。)揺らぎと平均輝度の比例係数はSXT、TRACEともほぼ同じであり、従ってナノフレアの発生頻度も両者同じでループ一本あたり毎秒20〜30イベントと推定された。

 第4章は「ナノフレア加熱モデルと観測との比較」で、簡単なモデルと数値計算によりナノフレアの物理パラメータについての情報を得ようとしたものである。ナノフレアで加熱されたループでは必ずプラズマの圧力が磁気圧と釣り合うまで上昇すると仮定すると、ナノフレアの特徴は4つのパラメータで決まる。それらはループの長さ、エネルギー注入率、個々のナノフレアのエネルギー、そして磁場強度である。モンテカルロ法によるシミュレーションと定性的議論の両方により、SXTループとTRACEループの特徴的パラメータを絞り込むことができ、その結果両者の差を作っているものは主に磁場強度であることがわかった。今回の解析例では、SXTループは典型的には40ガウス程度の、コロナとしては比較的磁場の強い部分で発生し、TRACEループは10ガウス程度の、より弱い磁場の領域で特徴づけられる。定性的には、磁場の弱いところでエネルギー解放が起こると、磁気ループが膨張してしまい高温になれない、と解釈できる。

 以上、本論文は「ようこう」SXTとTRACE衛星の観測結果から、太陽コロナのナノフレア加熱説についてこれまで知られていなかった情報を引き出し、ナノフレアの本質に迫った重要な研究である。なお、本論文第3・4章は、常田佐久、Gregory Veksteinとの共同研究であるが、論文提出者が主体となって解析・考察を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。従って、博士(理学)の学位を授与できると認める。

UTokyo Repositoryリンク