学位論文要旨



No 122119
著者(漢字) 中村,航
著者(英字)
著者(カナ) ナカムラ,コウ
標題(和) Ic型超新星爆発によって加速された物質と星周物質との相互作用による軽元素合成
標題(洋) Light Element Production by Interactions between Type Ic Supernova Ejecta and the Circumstellar Matter
報告番号 122119
報告番号 甲22119
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4982号
研究科 理学系研究科
専攻 天文学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 野本,憲一
 東京大学 教授 吉井,譲
 東京大学 教授 安藤,裕康
 東京大学 助教授 梶野,敏貴
 東京大学 助教授 蜂巣,泉
内容要旨 要旨を表示する

 最近の、高速で回転している重い金属欠乏星の進化計算の結果、初期に内部に含まれる金属量が非常に少ない星でも星風による質量放出で外層を失い、Ic型に分類される超新星になることが可能であることが示された。このような星は非常にコンパクトなので、外層に含まれるHeやC,N,O(CNO)といった元素が超新星爆発によって相対論的な速さにまで加速されると期待される。本論文では、Ic型超新星爆発によって加速された星の外層が、その周りを覆う星周物質と破砕反応やHe-He融合反応を起こすことによってLi,Be,B(LiBeB)といった軽元素を合成するというメカニズムを提案し、銀河の化学進化の初期段階においてIc型超新星がはたす役割について研究した。

 軽元素を合成するプロセスは複数存在する。まずビッグバン元素合成において7Liがつくられる。その後、漸近巨星分枝星や新星、あるいは重力崩壊型超新星爆発の際のニュートリノプロセスなどによって7Li(および(11)B)が作られるが、金属欠乏星の観測が示す7Li量のプラトー(Spite plateau; Spite & Spite, 1982)はビッグバン元素合成による7Liが化学進化の初期では支配的であることを示している。他の軽元素同位体6Li,9Be,(10)Bは宇宙線の相互作用によって作られると考えられている。核子当たりのエネルギーが約10MeVを超える速度にまで加速された粒子が別の粒子とぶつかると、相手あるいは自分自身を壊すことによってより軽い元素が生成される。これを破砕反応と言い、軽元素を合成するような破砕反応としてはH,He+CNO→LiBeBが考えられる。また、加速されたHeが別のHeとぶつかることによってLiができるという反応も知られている。粒子の加速メカニズムとしては、超新星残骸での衝撃波加速が主に考えられてきた。観測が示す金属欠乏星での軽元素量の傾向を説明するには、H,HeよりもCNOが加速されてH,Heにぶつかると考えた方が都合がいい。Fields(1996)はC,Oから成る宇宙線の加速プロセスとしてIc型の超新星を提案した。Ic型超新星の親星はWolf-Rayet(WR)タイプの星であるとされている。これは進化の過程でHとHeの層を質量放出によって失い、表面が主にC,Oから構成される星である。このような星が爆発すると、表面のC,Oが加速されることになる。1998年に発見された超新星1998bwが非常に高エネルギーの天体現象であるガンマ線バースト(GRB980425)との関連を示し、さらに外層の一部が光速近くまで加速されている事が判明した後、特殊相対論の効果を取り入れた超新星爆発の研究が盛んにおこなわれた。Fields et al. (2002)は簡単な星の密度分布を仮定して超新星爆発の計算をおこない、thick target近似を用いて加速された外層のエネルギー損失を見積もって軽元素合成量を計算した。Nakamura & Shigeyama(2004)は実際の超新星に対応するより現実的な星のモデルを用いて爆発を計算した。これらの研究は星の表面組成をCとOとしていて、また加速された粒子の標的としてHとHeから成る星間物質を考えている。しかし実際には、WR星の周りにはその進化の過程で放出した外層からなる星周物質が存在するはずである。Nakamura et al.(2006)はIc型超新星爆発によって加速された外層と星周物質との相互作用による軽元素合成を考えた。星周物質の組成としては一様なHeとNのみを考え、また星表面に質量M(He)の薄いHe層が残っているとして、その中に質量比XNのNが混在しているとした。これは最近の回転している重い金属欠乏星の進化計算の結果わかった、水素燃焼殻中のCNOサイクルによるN過剰生成に基づいたアイディアである(Meynet et al., 2006)。このHeとNが破砕反応による軽元素合成に関わると、多量のLiBeBが生成されることが期待される。He+N→LiBeBという反応に必要なエネルギーが比較的小さいからである。実際、LP815-43とG64-12という二つの金属欠乏星の観測の結果、NとBeが他の金属量の星から推測される量に比べて多く存在していることがわかっている。とくに、LP815-43は6Liが見つかっている一番金属量の小さい星である。計算の結果、MHe〓0.01-0.1M〓でかつXN〓0.5-1%であれば、LP815-43の観測量とよく合うことがわかった。それでもなお問題点が残っている。まず爆発する星としてSN 1998bwなど金属量の多い星に対応するモデルを使っていることである。銀河の化学進化の初期段階を考えているのであれば、低金属星に対応するモデルを使うべきである。また、Nakamura et al(2006)ではthick target近似を用いているが、高エネルギー粒子に対しても星周物質は本当に"thick"なのか、また星周物質の分布を考慮に入れる必要は無いのかという疑問も残る。これらを解決するため、本論文では金属欠乏星の進化計算から得られた星のモデルを用い、また加速された粒子と星周物質との相互作用によるエネルギー損失をモンテ・カルロ法を使って評価した。

 はじめに、特殊相対論的な効果を考慮に入れた数値流体コードを作成し、超新星爆発による外層の加速の様子を計算した。爆発させる星のモデルとしては、85M〓の金属欠乏星の進化計算の結果得られた20M〓のWRタイプの星を初期条件として用いた(Hirschi,2006)。ただし、用いた星のモデルはWR時の質量放出を過大評価していると思われるので、そのモデルをもとに21M〓と26M〓のモデルを作り全部で3通りの星のモデルに対して爆発を計算した。軽い方から順に、質量放出の強いモデル、穏やかであったモデル、弱い質量放出モデルに対応する。各モデルの中心に爆発のエネルギーE(ex)=1-30×10(51)ergsを熱エネルギーの形で解放し、発生した衝撃波によって外層が加速される様子を追った結果、どのモデルでも軽元素合成反応を起こすのに十分なエネルギー(>10MeV/A)まで外層が加速されていることを確かめた。次に、星の周りを覆っている星周物質は超新星爆発の際に大量に放出されるUV光によって完全にイオン化されていると仮定し、加速された粒子が星周物質の中を通過する際に自由電子とクーロン散乱を起こす事によって失うエネルギーを見積もった。Hirschiの質量放出のデータをもとに星周物質の密度分布と組成分布を流体計算によって求め、各モデルおよび爆発のエネルギーに対応する加速された粒子のエネルギー分布を初期条件として、星周物質の中を横切る粒子がエネルギーを失う過程をモンテ・カルロ法を用いて計算した。導出された星周物質の密度分布はγ(-2)に比例しており、星の表面近くで非常に密度の高い領域を形成していた。超新星爆発によって加速された粒子の大部分はこの領域でエネルギーを失うことがわかった。一方で、十分高いエネルギーまで加速された粒子は、ある程度のエネルギーは失うものの高密度領域を突破することができ、以後ほとんどエネルギーを失うことなく飛び去ってしまうこともわかった。エネルギー損失の計算と同時に、加速されたHe,CNOが星周物質中のHe,CNOと破砕反応あるいは融合反応を起こすことによって生成されるLiBeBの量を算出した。反応断面積はRead & Viola(1984)とMercer et al.(2001)を用いた。なお、軽元素合成反応の反応断面積は散乱の断面積に比べて非常に小さいので、軽元素合成による粒子のエネルギー損失は無視した。

 計算の結果、Ic型の超新星爆発によって、初期の銀河の化学進化に影響を及ぼし得る量のLiBeBが合成される事がわかった。爆発のエネルギーが大きい方が軽元素を多く生成し、また今回用いたモデルの中ではより重いモデルの方が軽元素生成量は多い傾向を示したが、モデルによる違いは1.5倍程度に過ぎなかった(26M〓モデルでの7Li生成を除く)。得られた軽元素合成量を用いて、金属欠乏星LP815-43で観測された6Liおよび9BeのOに対する質量比と比較した。その結果、観測の9Be/Oを説明するには爆発のエネルギーが〜6×10(51)ergs程度必要で、また〜2×10(52)ergs程度の爆発であれば観測の6Li/Oと一致したが、両方を同時に再現することはできなかった。

 全体を通して軽元素合成反応に重要な役割をはたしたのは、加速されたHeと星周物質中のCとの破砕反応であった。He+C→LiBeBという反応の断面積は幅広いエネルギーに対してピークを持ち、かつその値が大きい。また、今回のモデルでは星表面と星周物質の星表面近くの部分の両方に、質量比にして40-45%という多量のCが存在していたことも一因であろう。一方で、当初その反応に必要なエネルギーの小ささから多量の軽元素を合成すると期待された、He+Nという破砕反応によるLiBeB合成量は非常に限られたものであった。とくに20M〓モデルにおいてはほとんど寄与しなかった。その原因は、星の進化の過程で作られたNが、20M〓モデルでは強い質量放出によって星の表面から離れたところまで飛ばされてしまっていたことにある。超新星爆発によって加速された粒子の大部分は、星の表面近くの密度の高い星周物質の中でエネルギーを失い、同時に軽元素合成反応も完結する。一部の高エネルギー粒子はそこを通り抜ける事ができるが、その先に広がる星周物質は希薄なため、ほとんど相互作用することなく飛び去ってしまう。この場合、Nは破砕反応の「標的」ではなく「傍観者」にすぎない。Thick target近似では暗に星周物質の組成は一様であると仮定しているので、これはモンテ・カルロ法を用いて計算したからこそわかった結果だと言えよう。26M〓モデルでは星の表面と星周物質中に質量比にして1%程度のNが存在するが、Cの存在量に比べれば一桁以上小さいためやはり主要な反応にはなり得なかった。その代わり、26M〓モデルはその表面に多量のHeを含む。このHeが加速されて星周物質中のHeと融合反応を起こし、大量の(6,7)Liを生成した(例;M(6Li)〜10-5M〓 for Eex=3×10(52)ergs)。この反応は他のモデルにおいても重要なLi生成プロセスとなっていた。

 本論文で用いた星のモデルは、すべてHirschi(2006)の初期質量85M〓の金属欠乏星の進化計算をもとにしている。銀河の化学進化の初期においてIc型超新星が軽元素合成にはたす役割をより明確にするには、他のモデルの寄与も調べる必要がある。他の星に対応するモデルとして、星表面付近の化学組成をパラメータとして調べた結果、X(He)=0.97,XC=0.01,XN=0.03,XO=0.01でE(ex)=1.2×10(52)ergsであればLP815-43の6Li,9Beの観測量を再現できた。表面付近の密度分布の違いによる影響も調べたが、こちらは大きな差異は認められなかった。また、本論文で提案したメカニズムによって合成された軽元素がどの程度の割合を占めているのかを議論するには、現在の観測データの量では不十分である。さらなる低金属星におけるLiBeBの観測が待たれる。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、宇宙におけるLi,Be,Bという軽元素の起源として、Ic型超新星爆発によって加速された星の外層が、星周物質と相互作用して合成するというメカニズムを研究し、銀河の化学進化の初期段階においてIc型超新星がはたす役割について研究した。論文は以下のように6章から構成されている。

1章は軽元素の起源の研究の現状をまとめている。宇宙における軽元素の合成過程としては、まずビッグバン元素合成において7Liがつくられる。他の軽元素同位体6Li,9Be,(10)Bは主としてH,He+C,N,Oという宇宙線の相互作用による破砕反応によって作られると考えられている。粒子の加速メカニズムとしては、超新星残骸でのH,Heの衝撃波による加速が考えられてきたが、H,HeよりもC,N,Oが加速されてH,Heにぶつかるモデルの方が、金属欠乏星で観測されている軽元素量の傾向をよく説明できることが示されていた。

2章と3章では、C,Oから成る宇宙線の加速場所としてのIc型超新星のモデルが提示されている。Ic型超新星の親星は表面が主にC,Oから構成される段階まで質量放出が進んだWolf-Rayet(WR)星であると考えられているが、本論文では、銀河の化学進化の初期段階に適用するために、特に金属欠乏星の進化計算の結果得られたWR星のモデルを使ったところに以前のモデルとの違いがある。また星周物質の存在が想定されている。爆発のエネルギーE=1-30×10(51)ergで発生した衝撃波によって外層が加速される過程を計算した結果、どのモデルでも軽元素合成反応を起こすのに十分なエネルギーまで外層が加速された。

4章が本論文の主要内容である。以前の軽元素合成量の計算では、thick target近似を用いて、加速された外層のエネルギー損失が見積もられていたが、高エネルギー粒子に対しても星周物質が"thick"とは限らない。従って、本論文では、加速された粒子が星周物質の中を通過する際に自由電子とクーロン散乱を起こす事によって失うエネルギーをモンテ・カルロ法を用いて計算した。それと同時に、加速されたHe,C,N,Oが星周物質中のHe,C,N,Oと破砕反応あるいは融合反応を起こすことによって生成されるLi,Be,Bの量を計算して、次のような結論を得た。

超新星爆発によって加速された粒子の大部分は星の表面近くの星周物質の密度の高い領域でエネルギーを失い、同時に軽元素合成反応も完結する。その一方で、十分高いエネルギーまで加速された粒子は、ある程度のエネルギーは失うものの高密度領域を突破することができ、その先の希薄な星周物質とはほとんど相互作用せず、軽元素合成に寄与することなく飛び去ってしまう。すなわち、軽元素合成反応に重要な役割をはたすのは、加速されたHeと星周物質中のCとの破砕反応である。また、表面に多量のHeを含む星のモデルでは、このHeが加速されて星周物質中のHeと融合反応を起こし、大量のLiを生成する。一方、その反応に必要なエネルギーの小ささから多量の軽元素を合成すると期待されたHe+Nという破砕反応によるLi,Be,Bの合成量は、Nが希薄な層にしか存在しないため、非常に限られたものとなる。

このようにして得られた軽元素合成量は、金属欠乏星LP815-43で観測された6Liおよび9BeのOに対する質量比と比較された。その結果、観測の9Be/Oを説明するには爆発のエネルギーが〜6×10(51)erg程度必要で、また〜2×10(52)erg程度の爆発であれば観測の6Li/Oと一致した。ただし、両方の観測結果を同時に再現することはできないという問題が未解決の問題として残された。

5章では、どのような化学組成を持つ星の爆発の場合に上記観測値を説明できるかを調べた。その結果、星の表面および星周物質が非常にHe-richかつN-richで爆発エネルギーの大きい場合であれば、上記LP815-43の6Liと9Beの観測量を同時に再現できることを見い出した。モデルパラメータ依存を議論するには、さらなる金属欠乏星におけるLi,Be,Bの観測とWR星のモデル計算が必要である。

6章でまとめられているように、本論文は、Li,Be,Bという軽元素が、Ic型超新星爆発で加速された星の外層と星周物質との相互作用によって合成される過程を、モンテ・カルロ法を用いて初めて詳細に計算した結果を提示したもので、Ic型超新星爆発によって、初期の銀河の化学進化に影響を及ぼし得る量のLi,Be,Bが合成される事を見い出した。以上、本論文は、宇宙の軽元素の起源と銀河の化学進化の初期段階におけるIc型超新星がはたす役割の理解を飛躍的に前進させたものとして高く評価できる。したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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