学位論文要旨



No 122120
著者(漢字) 西巻,祐一郎
著者(英字)
著者(カナ) ニシマキ,ユウイチロウ
標題(和) ウォルフ・ライエ星の近赤外観測による質量放出量の決定法
標題(洋) Near infrared methods for determination of Wolf-Rayet mass-loss rates
報告番号 122120
報告番号 甲22120
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4983号
研究科 理学系研究科
専攻 天文学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 安藤,裕康
 東京大学 助教授 蜂巣,泉
 東京大学 助教授 嶋作,一大
 東京大学 教授 村上,浩
 東京大学 教授 柴橋,博資
内容要旨 要旨を表示する

 25M〓より重い大質量星は、LBV、RSG、YHGなどの後主系列段階を経て、ウォルフ・ライエ(Wolf-Rayet)型星へと進化し、最終的にIb型あるいはIc型超新星としてその生涯を終える。このような大質量星は、その生涯を通じて、中心星の強い輻射圧で生じる恒星風によって、10(-4)〜10(-5)M〓yr(-1)にも及ぶ、大量の質量放出を行っている。後主系列段階での質量放出量により、大質量星の進化は決定されるが、この質量放出量が恒星自身の物理量である絶対光度や表面温度に対して単純な相関関係が見られず、質量放出の物理的メカニズムが明確には理解されていないため、どのような星が、どの進化段階で、どの程度の質量放出を行うのかは、まだ未解決の問題である。

 我々は、大質量星の進化を明らかにするために、まずウォルフ・ライエ段階での質量放出現象を系統的に理解することを目的とし、銀河系内のウォルフ・ライエ星21天体について、0.9〜2.4μmにわたる広波長域の近赤外スペクトルを取得した。得られたスペクトルアトラスを本論文に提示する。また、これらのスペクトルから恒星パラメータを計算し、その後、ウォルフ・ライエ星の質量放出量を決定する二手法―He輝線からの算出、およびfree-free輻射からの算出―について述べる。

 まず、スペクトルに現れるHe I およびHe II 輝線より、質量放出量M(He)を決定した。一方、連続スペクトルを黒体輻射成分とfree-free輻射成分に分離し、free-free輻射量から質量放出量M(ff)を計算し、M(He)と比較した。この二手法について、M(He)とM(ff)の間に良い相関を認めることができるが、系統的にMHeが4倍程度小さくなった。また、我々が計算した質量放出量と過去の研究結果を比較すると、電波域でのfree-free輻射より求めた質量放出量と、可視スペクトルにモデルを当てはめて求めた質量放出量、および近赤外スペクトルにモデルを当てはめて求めた質量放出量は、我々が求めた質量放出量とで、およそ3倍の範囲内で合致するが、それぞれ異なった相関の仕方を示した。これは、質量放出を求めるモデルや手法が未だ確立途中であることを示している。

 求めた質量放出量を、恒星パラメータと比較した。予想したとおり結果に明らかな相関は見られず、ウォルフ・ライエ星の質量放出は、中心星の物理量に単純に依存するものではないことがわかった。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は5章からなる。第1章は序論であり、ウォルフ・ライエ星の分類と進化を概観し、先行研究をまとめている。ウォルフ・ライエ星は太陽質量の25倍を超える星が進化の終末に外層を恒星風の形で放出し内部の生成物である炭素、窒素、酸素の層が表面に出てきている状態であると理解されている。ウォルフ・ライエ星を理解するには進化の終末にある大量の質量放出を理解する必要がありそのためには正確に質量放出率を決める必要がある。光学域では水素のHα線を用いた方法が一般的であったが、水素が欠乏しているウォルフ・ライエ星ではその方法は使えない。従来はモデル大気を用いて質量放出率を算出していたが、本研究では赤外線スペクトル観測によってヘリウム輝線(2本)から算出する方法と電子による自由―自由放射から算出する方法を新たに提案している。

 第2章は観測するウォルフ・ライエ星の選択、データ較正用の標準星の選択、赤外分光器の概要、観測、データ整約について述べられている。実際にはWNL型3個、WNE型12個、WC型6個、合計21個のウォルフ・ライエ星の赤外線スペクトルを観測した。得られたスペクトルは、SN比、波長分解能、観測波長域において従来の観測を凌いでいる。とくに広い波長域の観測は電子温度を決めることを可能にした。21個ものウォルフ・ライエ星について観測し、今までにない良質で均一なデータを得たことは高く評価される。

 第3章は、ウォルフ・ライエ星の質量放出率を求めるために必要な各天体の物理量を観測から求め、ヘリウム輝線のP Cyg型線輪郭より決めた恒星風速度を用いて、ヘリウム輝線の強度と電子の自由―自由放射強度から質量放出率を計算した。ヘリウム輝線についてはHe+とHe++の光学的に薄い二層モデルを仮定してHeIとHeIIの輝線強度を用いて質量放出率を計算した。He++領域は光学的に厚い可能性もあるので、厚いという仮定でも計算したが、薄い場合と大きな違いがないことを確認した。また、電子の自由―自由放射の強度からも質量放出率を求めた。ヘリウム輝線から得られた質量放出率は0.8-8x10(-5)(太陽質量/年)で、赤外線域でのモデルを用いた計算値とほぼ一致することがわかった。一方、電子の自由―自由放射から計算した質量放出率は電波領域での自由―自由放射から計算したものより約4倍大きく、本研究では組成をヘリウム100%と仮定したため過剰評価になっていると考えられ、改善の余地が残されている。次に観測から求めた物理量(中心天体の温度、恒星風の電子温度、星間吸収量、恒星風速度)の誤差を検討しそれによる質量放出率への影響を評価した。赤外線での自由―自由放射からの質量放出率の算出方法は改善すべきである一方、新しく提案したヘリウム輝線による質量放出率の算出方法は従来の方法より簡単なモデルにもかかわらず、従来の結果と比べて遜色ない結果を得ており、有効な方法である。この方法は論文提出者がはじめて提案したものであり、その有効性が本論文で確かめられたことは高く評価される。

 第4章は、質量放出のメカニズムを明らかにするため、得られた2つの質量放出率とウォルフ・ライエ星の中心星の温度、光度、恒星風の電子温度などの物理量との相関を調べている。その結果、絶対値の違いを別にして輝線から求めた質量放出率と自由―自由放射から求めた質量放出率に相関がみられることを確認した。輻射が恒星風加速の有力な原因と考えられているため、質量放出率と中心星の光度との相関が期待されたが、実際の相関は弱いものであった。実際に恒星風の運動量は放射光子による運動量と比較して大きく、光学的に薄い領域における光子吸収だけでは恒星風の加速には不十分である。以上の結果からウォルフ・ライエ星の恒星風の加速は光子吸収だけでは説明がつかず、光学的に厚い領域での加速を考える必要があることを指摘した。

 第5章は以上の結果のまとめである。

したがって、本研究はウォルフ・ライエ星の質量放出率を赤外域におけるヘリウム輝線を用いて算定する新しい方法を提案し、併せてその有効性も示した。この結果に基づいて光子吸収のみでは恒星風の加速は不十分であるとの新しい知見を得ており、ウォルフ・ライエ星の質量放出のみならず、恒星風全般に関するより広範囲な領域への寄与をしたものとして高く評価できる。なお、本論文の第3章、第4章は本原顕太郎、宮田隆志、田中培生、山室智康との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。よって博士(理学)の学位を授与できると認める。

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