学位論文要旨



No 122121
著者(漢字) 前原,裕之
著者(英字)
著者(カナ) マエハラ,ヒロユキ
標題(和) SU UMa型矮新星の早期スーパーハンプの起源について
標題(洋) On the origin of early superhumps in SU UMa type dwarf novae
報告番号 122121
報告番号 甲22121
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4984号
研究科 理学系研究科
専攻 天文学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 田中,培生
 東京大学 教授 野本,憲一
 東京大学 教授 江里口,良治
 東京大学 教授 海老沢,研
 京都大学 教授 嶺重,慎
内容要旨 要旨を表示する

 矮新星は激変星と呼ばれる白色矮星の主星と晩期型星の伴星から成る近接連星の一種である。伴星は自身のロッシュローブを満たしていて、L1点を通って主星側に質量移動が起きており、伴星からの物質は主星の周りに降着円盤を形成している。倭新星は典型的には数十〜数百日間隔で4〜5等ほど増光する。

 矮新星の中でも、SU UMa型倭新星と呼ばれる天体は2種類の増光を示す。1つはノーマルアウトバーストと呼ばれる増光の継続時間が数日の増光で、もう1つはスーパーアウトバーストと呼ばれる増光の継続時間が10〜20日程度の増光である。極大光度はスーパーアウトバースト時のほうが0.5等〜1等ほど明るい。

 SUUMa型倭新星のうち、質量比が特に小さく、増光間隔の長い天体は、増光の初期段階にearly superhumpと呼ばれる、変光周期が軌道周期にほぼ等しく、光度曲線の形状がふたやまになっている変光がみられる。

 early superhumpのメカニズムとして、Osaki & Meyer(2002)は、降着円盤上の2:1共鳴による2本腕の明るい領域の見え方が公転によって変化する、というモデルを提案した。質量比が0.08よりも小さい場合においては、降着円盤半径は2:1共鳴が起きる半径よりも大きくなることができる。2:1共鳴によって、降着円盤上に2本腕の渦状の高温の領域ができることがLin & Papaloizou(1979)の数値シミュレーションによって示唆されており、2本腕の明るい領域の見え方が公転によって変化することでearly superhumpを説明できる、とした。しかし、質量比が0.08よりも大きな矮新星においてもearly superhumpが観測されている等、2:1共鳴では説明できないことが明らかになってきた。

 Kato(2002)では2:1共鳴ではないメカニズムとして、ドップラーマップ上の2本腕構造を説明するために、Smak(2001)の提案した潮汐変形で非軸対称に降着円盤の外側の厚みが増す部分ができ、その部分が白色矮星からの紫外線を受けて輝線を出す、というモデルを応用し、厚みの増した部分が白色矮星からの照射を受けて明るくなり、公転によって明るい部分の見え方が変化して、early superhumpとして観測される、という説を提案した。しかし、Osaki & Meyer(2003)は、増光のごく初期では白色矮星からの紫外線の照射が強くない(Cannizzo et al. 1986など)ため、Kato(2002)の提案した説明ではWZ Sgeではearly superhumpがアウトバーストの極大前から観測されている(Ishioka et al. 2002)ことを説明できないことを指摘した。

 Maehara et al.(2006)では降着円盤の数値シミュレーションで示唆されている降着円盤上の螺旋状の衝撃波(例えばMakita et al. 2000など)の部分で降着円盤の厚さが増し、降着円盤の幾何学的な面積が公転で変動することでearly superhumpとして観測される、という説を提案した。また、降着円盤上に螺旋状の厚みが増した部分が存在した場合の光度曲線を数値計算し、質量比が0.13の矮新星BC UMaで観測されたearly superhumpを再現できることを示した。Maehara et al.(2006)のBC UMaで観測されたearly superhumpや、数値計算に用いたearly superhumpの現象論的なモデルと計算された光度曲線については第2章で議論している。

 2本腕の構造の形成メカニズムなど、early superhumpの起源についてはまだよく分っていないため、この研究ではearly superhumpの起源について観測面から制限をつけるため、early superhumpの観測される天体に共通する観測的特徴は何か?を明らかにすることを目的にした。

 第3章では、ASAS102522-1542.4とASAS023322-1047.0で観測されたearly superhumpについてや、それぞれの天体の観測的性質につてい説明している。

 ASAS102522-1542.4の観測結果について簡単に要約すると、下記のようになる。

 1.増光発見から2日後までの増光初期には、振幅0.04等、周期0.061574±0.000061日のearly superhumpが観測された。

 2.増光発見の3日後からは通常のsuperhump観測され、その周期は0.063329±0.000011日であった。

 3.増光のplateau期の前半において、superhump周期に変化率P(sh)/P(sh)は正であり、superhump周期は伸びていた。

4.質量比はq=0.131±0.005であった。

 また、ASAS 023322-1047.0の観測結果は下記のようになった。

 1.増光発見から6日目までの増光初期において、周期0.055018(47)日、振幅0.04等のearly superhumpが観測された。また、early superhumpの周期は観測された間に有為な変化は見られなかった。

 2.superhump周期の変化率は増光のplateau期を通してP(sh)/P(sh)>0

であり、superhump周期はplateau期の期間中増加していた。

 3.質量比はq=0.092±0.005であった。

 両者とも質量比はOsaki & Meyer(2002)のモデルから予想される質量比の上限よりも大きい。

 第4章ではearly superhumpの観測される矮新星の条件を明らかにするため、3章で説明した新しい矮新星2つの他、過去のたくさんの文献で得られた倭新星の観測結果から、early superhumpの有無と、質量比、superhump周期の変化率、軌道傾斜角の3点の関係について議論している。

 1.質量比

 q<0.08では数は少ないものの、これまで発見された矮新星の多くでearly superhumpが観測されている。一方、0.1<q<0.16ではearly superhumpが観測された天体の割合は急に少なくなり、5-25%ほどになっている。このことは、Osaki & Meyer(2002)のモデルから予想される質量比の上限と良く合っている。しかし、質量比が0.1-0.16でもearly superhumpが観測されたことがある矮新星は複数あり、これらの天体でのearly superhumpの起源を2:1共鳴モデルで説明することは困難である。また、同じ質量比であっても、early superhumpが観測される系とそうでない系があることは、early superhumpの形成要因が単純に質量比だけで決まるわけではないことを示唆している。

 2.P(sh)/P(sh)

 early superhumpの観測された天体では全ての天体でplateau前半のP(sh)/P(sh)>0であり、plateau前半でP(sh)/P(sh)>0であった矮新星の70%でearly superhumpが観測されていた。一方でP(sh)/P(sh)が負の矮新星では軌道傾斜角が大きい食のある矮新星でもearly superhumpが観測されていない。これらことは、plateau前半のP(sh)の正負とearly superhumpの有無には強い関連があることを示している。P(sh)/P(sh)>0の天体は増光時の降着円盤が大きいことがUemura et al.(2005)で推論されており、2:1共鳴や潮汐力の影響などを受けやすいために、2本腕の非軸対称な構造が形成され、early superhumpが観測されているではないか、と予想される。

 3.軌道傾斜角

 early superhumpの起源として提案されている、2:1共鳴による高温領域によって説明するモデルや、渦状衝撃波の部分で降着円盤の厚みが増して降着円盤のみかけの面積が公転で変化することで説明するモデルのにいずれであっても、early superhumpの振幅は軌道傾斜角への依存性があり、軌道傾斜角が小さい場合には降着円盤上の非軸対称構造の影響が少ないため、early superhumpの振幅も小さくなり、降着円盤を真上から見るような系においては観測されないと予想されている。P(sh)/P(sh)が正にもかかわらず、early superhumpの観測されていない系では、静穏時の分光観測で得られている輝線の形状から、軌道傾斜角が小さいことが予想される。early superhumpが観測されている、増光周期の長いSU UMa型矮新星では伴星からの質量降着率が小さいため、降着円盤が熱不安定を起こしにくく、増光するまでに降着円盤に蓄積される物質の量が多いとする先行研究(Osaki 1995a)があり、本研究の降着円盤が大きいという予想と矛盾しない。

 early superhumpの観測される矮新星の観測的条件としては、質量比がある程度小さく(q<0.16)、P(sh)/P(sh)>0でかつ軌道傾斜角が大きいことが必要にである、ということが観測的な傾向として本研究で明らかになった。これらの条件は、降着円盤が潮汐半径いっぱいまで大きくなり2:1共鳴や伴星の潮汐力の影響が大きくなることで、2本腕の渦状構造が降着円盤上に形成され、さらに観測者が降着円盤を横方向から見る条件では、連星の公転によって降着円盤の渦状構造の見え方が変化してearly superhumpが観測される、ということに対応していると考えられる。

 本研究では、early superhumpの観測される系についての観測的な条件を明らかにすることができたが、early superhumpの起源となる物理的なメカニズムについてはまだ分っていない。最近になって、深い食があり、質量比が非常に小さい激変星が発見された。この系では伴星からの質量移動の観測的な証拠が見つかっており、質量移動率からは矮新星増光を起すと予測されている。もしこの系で増光が起き、early superhumpが観測された場合、eclipse mapping法を用いることで、降着円盤上の輝度温度の分布についての情報が得られる。これはearly superhumpの起源についての決定的な情報が得られると期待される。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、矮新星のスーパーアウトバースト中に見られる早期スーパーハンプとよばれる現象を観測し、起こる条件を観測的に特定することにより、モデルに制限をつけようと試みたものである。その結果、連星系の質量比、連星系周期と共に、連星の軌道傾斜角との関連が明らかになり、現象の起源解明に重大な進展をみた。論文は全5章からなる。

 第1章では、関連研究のレビューと本研究の目的がまとめられている。矮新星は主星の白色矮星と晩期型星の伴星から成る近接連星系である。伴星から主星側に流れ込んだガスは主星の周りに降着円盤を形成する。この降着円盤の熱不安定性により、矮新星は、数十から数百日間隔で4-5等ほど増光する。通常のアウトバースト(増光の継続時間が数日)と、スーパーアウトバースト(増光の継続時間が10-20日程度)の2種類の増光パターンを示すのが、SU UMa型矮新星であり、質量比(伴星/主星)が比較的小さい天体である。スーパーアウトバーストは、スーパーハンプと呼ばれる周期的変光を示すのが特徴である。これは、振幅が0.2-0.3等で周期が連星系軌道周期より数%長い、シングルピークの周期的変光である。さらに質量比が小さい天体では、増光の初期段階に、早期スーパーハンプと呼ばれる、振幅が0.1等程度以下で変光周期が軌道周期にほぼ等しい、ダブルピークの周期的変光現象がみられる。早期スーパーハンプのメカニズムとして、Osaki&Meyer(2002)は降着円盤上の2:1共鳴によってできる2本腕構造の明るい領域が連星の公転によって変化するという2:1共鳴モデルを提案した。これは質量比が0.08よりも小さな場合に起こる。一方、質量比が0.08よりも大きな矮新星でも早期スーパーハンプが観測されており、降着円盤の外側が潮汐変形で非軸対称的に膨らみ、その部分が白色矮星からの紫外線を受けて輝線を出す、というモデルも提案されている。

 第2章では、SU UMa型矮新星の一つ、BC UMaの早期スーパーハンプとスーパーハンプの観測がまとめられている。降着円盤上に形成された螺旋状の衝撃波の3次元的幾何学構造と伴星の照射効果により早期スーパーハンプが観測されるという説を提案し、簡単なモデルをたてて、質量比が0.13のBC UMaで観測された早期スーパーハンプの光度変化を再現できることを示した。

 第3章では、ASAS102522-1542.4とASAS023322-1047.0の早期スーパーハンプやスーパーハンプの観測的性質がまとめられている。前者については、スーパーハンプの周期が時間と共に次第に増加していること、連星の質量比が0.13であることを見いだした。また、後者については、スーパーハンプの周期が次第に増加し、質量比が0.09であることを明らかにした。

 第4章では、他文献より得られた情報も含めて解析を行い、以下の結果を得た。(1)質量比が0.08より小さいものは、ほぼすべてで早期スーパーハンプが観測されている。(2)質量比が0.08から0.16のものは、2:1共鳴が起きないはずにもかかわらず、全体の20%で早期スーパーハンプが観測されている。(3)早期スーパーハンプが観測されたすべての天体では、アウトバースト前半でのスーパーハンプ周期の時間変化率は正であり、逆に変化率が正である天体のうち70%で早期スーパーハンプが観測されていた。(4)軌道傾斜角が大きな系ほど早期スーパーハンプの振幅が大きくなる傾向がある。一方、スーパーハンプ周期の変化率が負の矮新星では、軌道傾斜角が大きく、食のある矮新星では、早期スーパーハンプは観測されていない。

 ここで、著者は系が早期スーパーハンプを起こす条件として、質量比が小さいこと、および、スーパーハンプ周期の変化率が正、という2つの条件を明らかにした。さらに、系に早期スーパーハンプが存在しても、観測可能かどうかはその軌道傾斜角に依存する、という観測条件をも明らかにした。以上の結果は、早期スーパーハンプは2:1共鳴モデルだけでは説明できないことを示している。これは、第2章の結論とも合わせると、降着円盤の3次元構造と早期スーパーハンプとの関連をうかがわせる。

 第5章では、論文全体の結論が述べられている。

 以上、多くの早期スーパーハンプの観測から、早期スーパーハンプの起こる系の条件を特定したことは、新しい知見である。本論文は、早期スーパーハンプの起源の解明に貢献するだけでなく、降着円盤の構造、不安定性、共鳴、衝撃波発生といったマクロプロセスや、円盤内乱流や磁場といったミクロプロセスなど、広範囲の知見を付け加えうるものである。また、将来、活動銀河核など他の系への応用も可能である。この点において、本研究は天体物理学の分野で、極めて重要な寄与をしたものとして高く評価できる。

 本論文は、蜂巣 泉、中島和宏、野上大作、今田 明、久保田香織、加藤太一、清田誠一郎、鈴木美穂、棚田俊介、東島英志及びL.A.G.Berto Monardとの共同研究に基づくものであるが、論文提出者が主体となって行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。よって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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