学位論文要旨



No 122122
著者(漢字) 松永,典之
著者(英字)
著者(カナ) マツナガ,ノリユキ
標題(和) 球状星団内変光星の近赤外線観測
標題(洋) Near-infrared observations of variable stars in globular clusters
報告番号 122122
報告番号 甲22122
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4985号
研究科 理学系研究科
専攻 天文学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 柴橋,博資
 東京大学 教授 坪井,昌人
 東京大学 教授 海老沢,研
 東京大学 助教授 茂山,俊和
 東京大学 助教授 小林,尚人
内容要旨 要旨を表示する

 本論文の目的は、球状星団の脈動変光星(以下、単に変光星)がもつ周期光度関係の性質とその応用を調べることである。このために、銀河系に発見されているほとんどの球状星団に対する近赤外線反復観測を行い、周期が1日を超える変光星のカタログを作成した。そのデータを用いて、II型セファイドやミラ型変光星と呼ばれる天体の周期光度関係について調査し、どの種類の変光星をどのように利用すれば、銀河系の構造や系外銀河の分布を正しく調べることができるのか議論を行った。

 いくつかのグループの変光星はいわゆる周期光度関係をもち、周期と見かけの明るさからその星までの距離を求めることができる。特にI型(古典的)セファイドの関係はよく調べられており、エドウィン・ハッブルが1920年代に行った系外渦巻銀河までの距離決定と宇宙膨張法則の発見とに利用されたことが有名である。現在の観測技術では百Mpc以上の距離を測ることも可能であり、近距離における三角視差法とIa型超新星などを利用した遠方における距離決定法の間を埋める「宇宙の距離はしご」の1ステップとして利用されている。しかしながら、その周期光度関係は金属量などに依存して変化することがこれまでの研究で明らかとなり、その不定性が「距離はしご」の中でも最も大きな誤差要因となっている。この問題を解決するためにとられている方針は、大きく分けて以下の2通りである。

(1) 周期光度関係の各種パラメータへの依存性を明らかにし、それに対応する補正を行うこと。

(2) 金属量などに依存しない普遍的な距離指標を他に見つけること。

いずれかの解決策によって信頼できる距離指標を得ることが出来れば、宇宙の大きさを(他の宇宙論パラメータとは独立に)精度よく決定することが出来る。

 さて、「距離はしご」の問題へ観測的にアプローチするためには、実際に様々な環境にある距離指標天体を調べる必要がある。たとえば、大小マゼラン星雲などの近傍銀河の星を観測すれば、それぞれの銀河の中にある全ての天体が同じ距離にあると仮定でき、多数の星の光度を相対的に調べることができる。この利点を活かして、1990年代末から行われているMACHOやOGLEなどの大規模反復観測によって、両マゼラン星雲の変光星の研究が大きく進んだ。板由房氏の学位論文(東京大学、2003年)では、2つのマゼラン星雲にあるI型セファイドとミラ型変光星が調査され、それぞれの周期光度関係のゼロ点(ある周期での等級)が金属量によって変化することが指摘された。ただし、そこで観測されているのは、いろいろな質量と化学組成の星が分離せずにまざっているサンプルであり、それらのパラメータへの依存性を細かく調べることは困難である。上記の板氏の結果は、両マゼラン星雲の平均的な金属量が異なることに基づいた統計的な結論である。これに対して、球状星団は各星団をみれば年齢と化学組成が共通の星の集団であり、それらが比較的高い精度で決定されている。銀河系に150個見つかっている球状星団のほとんどは100〜120億年程度の年齢をもち、約1太陽質量以下の小質量星が集まっている。一方、化学組成をみると太陽と同程度の値から100分の1以下までいろいろな金属量の星団がある。したがって、小質量星の性質が金属量によってどのように変化するかを調べるのに適している。このような利点にもかかわらず、マゼラン星雲に対するMACHOやOGLEに匹敵するような大規模な観測はこれまで行われてこなかった。本研究では、球状星団に対する変光星探査を行い、主にII型セファイドとミラ型変光星の周期光度関係について議論する。

(i) ミラ型変光星は、分光学的に個々の星の金属量を決定することが困難である。球状星団の場合には他の星の情報からその変光星の金属量がわかるので、それを利用して周期光度関係の金属量依存性を調べる。

(ii) II型セファイドは、I型セファイドよりも約1.5等暗く、独立した周期光度関係に従っていることが知られているが、I型セファイドほど研究が進んでおらず、系外銀河の距離決定への応用もほとんど行われていない。そこで、球状星団のII型セファイドを用いてその周期光度関係を整理し、特に金属量にどのように依存しているのかを調べる。

前述した方針にあてはめると、前者は(1)、後者は(2)に対応する。

 筆者は、名古屋大学などが南アフリカに建設したIRSF近赤外線望遠鏡に長期間滞在して、変光星の探査を行った。これまでに見つかっている150個の球状星団のうち、南半球から観測可能な145個を、2002年から4年間にわたって観測した。ほとんどの球状星団については10回以上の反復観測データが得られた。ひとつの観測装置によって、これほど大規模に長期間にわたって球状星団を観測した例はこれまでに無い。また、観測が近赤外線で行われていることも、本研究のユニークな点である。

 今回の観測によって得られたデータを解析したところ、268個の変光星を新しく発見し、既知のものと合わせて579個の変光星について近赤外線データを得ることが出来た。その多くについては、赤外線での平均等級が初めて得られたものである。また、176個の天体については、今回初めて周期の推定を行った。さらに、今回観測を行わなかった既知の変光星については、2MASS近赤外線全天サーベイとの同定などを行って位置や等級の情報を収集し、これまでにわかっている全てのII型セファイドと赤色巨星変光星(合わせて712個)をカタログにまとめた。これまで球状星団に対しては、周期0.3日〜0.8日のRRライリ型変光星がさかんに研究されてきたが、今回探査を行った周期1日以上の変光星に対する観測は不十分であった。カタログは位置、周期、等級などをまとめた数表や変光曲線、星図、色等級図で構成されている。以下では、このカタログに基づいて行った議論の結果について述べる。

 まず、46個のII型セファイドについて周期と平均等級をプロットすると図1のような周期光度関係が成立していることがわかった。これらの関係は今まで調べられていた可視光域での関係よりもばらつきが小さい。さらに、1日以下の周期をもつRRライリ変光星もII型セファイドと共通の周期光度関係をもつことがわかった。RRライリ変光星については数十年前から数多くの研究がなされてきたが、II型セファイドの研究はそれほど行われてこなかったので、このような一致は筆者が初めて発見した。このことは、2つの種類の変光星が同じ構造・性質を持つもので、しかも質量がほぼ等しいと言うことを示している。同様に周期光度関係を持つI型セファイドやミラ型変光星が変光星では、周期が長いほど質量も大きいことがわかっている。これに対して、II型セファイドは質量が一定の変光星が集まった現在知られている唯一のグループであり、変光星の理論の定量的なチェックにも重要な意味をもつと考えられる。II型セファイドについてはあまり研究が進んでいなかったが、本論文で得られた新たな知見が観測・理論での興味を喚起することが期待される。また、いずれの金属量の球状星団にある変光星も図1の周期光度関係に従い、系統的な金属量への依存性は見られなかった。今後、他の銀河などでII型セファイドの観測を行って、この依存性の小ささを確認できれば、普遍的な距離指標として利用できるかもしれない。

 一方、周期100日を超えるミラ型変光星について調べると、図2のような周期光度関係をもつことがわかった。図中に×印でプロットしてあるのは大マゼラン星雲のデータであるが、球状星団の結果は傾きの異なる関係上に分布している。このことは、ミラ型変光星の周期光度関係に環境効果があることを示している。さらに詳しく見ると、球状星団にあるミラ型変光星は、金属量が高いものほど周期が長く、金属量が低下する従って周期が短くなることがわかっている。大小マゼラン星雲のミラ型変光星に対して行われた研究のように周期光度関係のゼロ点が金属量によって変化すると仮定すれば、金属量の高い長周期の変光星ほどゼロ点が暗い周期光度関係に従っているという解釈が出来る。実は、ミラ型変光星の周期が何によって決まっているのか確立されていない。金属量と周期が相関して、それぞれの金属量では短周期から長周期までのサンプルが得られない理由はわかっていない。このことは、周期光度関係が成立する原因を理解する上で、基本的に重要な問題である。いずれにせよ、球状星団と大マゼラン星雲にあるミラ型変光星の周期光度関係が金属量の分布によって異なっていることが確認された。

 以上で述べたように、本研究ではこれまでに例の無かった大規模な球状星団の反復観測プロジェクトを遂行し、長周期変光星の基本的な変光星カタログを完成した。そして、そのデータに基づいてII型セファイドとミラ型変光星の周期光度関係について研究を行った。いずれの変光星についても、距離指標としての利用と、変光星そのものの性質と進化についての課題を提起した。論文中では、この他にも探査中に発見した質量放出星の一酸化硅素メーザの観測や、ミラ型変光星の周期光度関係を利用した銀河系バルジの構造などの研究を行い、変光星の性質や応用方法について議論した。

図1: II型セファイドの周期光度関係(●印)。RRライリ(×印)がもつ関係とも合致する。直線はII型セファイドのデータへの回帰直線。

図2: 球状星団にあるミラ型変光星の周期光度関係(●印)。大マゼラン星雲のデータを×印で重ねてプロットした。実線と破線は、それぞれ球状星団のデータと大マゼラン星雲のデータに回帰したもの。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、銀河系内球状星団中の脈動変光星を大量に同定して従来にない完全なカタログを作成すると共に、II型セファイド及びミラ型脈動星の周期と近赤外線等級との間の関係を見事な精度で導いたものである。

 論文は、全10章の本文と補遺5章より成る。第1章では、恒星の進化と脈動星の進化過程を概観した後、脈動星において周期光度関係が成り立つ理由を概説した上で、これまでは余り活用されていなかったII型セファイドの周期光度関係を系外銀河などの距離指標として活用するには、星の金属量などのパラメータ依存性を明瞭にしておくことが重要であり、それには金属量の異なる球状星団の脈動変光星を解析することが重要であると、研究の動機を述べている。

 球状星団は銀河系の中心部に多く分布しているために、南半球からの観測が最適である。そのために、論文提出者は南アフリカ天文台に設置された望遠鏡を4年間に亘って活用し、銀河系内の球状星団全150個の内の145個を網羅的に観測している。これは、同天文台から観測可能な球状星団の全てである。また、近赤外線での観測は、これらの天体の観測に適している。第2章では、本研究で使用した望遠鏡及び観測装置について述べた後、それぞれの球状星団を観測した時期をまとめている。近赤外線でのこれほど組織だったモニター観測は他に例がない。

 第3章では、測光観測と変光の検出方法を概説している。限界等級は、J、H、Ksバンドで、各々15.4、15.0、14.0等級であり、周期1日以上の変光星については、振幅が0.2等級以上の脈動は検出可能であることを示している。

 第4章と補遺5章で、新たに発見した268個を含めて実際に変光を検出した579個の変光星に既知の変光星を加えて、球状星団中の計712個の変光星のカタログを提示している。これは、個々の星の種々の基礎情報に加え、変光の光度曲線、ファインディングチャート、全球状星団の色等級図、そして仔細な注釈が付けられており、球状星団中の長周期変光星カタログとして、最大且つ最も完全なものである。

 第5章では、上記カタログに記載されているII型セファイド46星について詳述している。これらの星についてここで求められた周期と近赤外線域での等級関係は、従来の可視光域での周期光度関係よりばらつきが小さく有用である。論文提出者はこれらの星の周期光度関係とこと座RR型脈動星のそれとが共通であることを示し、このことから、これら2つの種類の変光星の質量がほぼ等しいということを明らかにした。また、様々な金属量の球状星団にある変光星を調べた結果、周期光度関係には系統的な金属量依存性は見つからないと結論付けた。

 第6章では、22個のミラ型星について論じている。これらの周期光度関係は大小マゼラン銀河のミラ型星とは見かけ上傾きが異なることを見出し、ミラ型星の周期光度関係が星の金属量に依存するからであるという解釈を提唱している。

 第7章では、野辺山45m電波望遠鏡を使って行った、球状星団に属する6個のミラ型星に伴うSiOメーザー源の検出について述べている。大質量星から進化した漸近巨星枝の星ではメーザー源を伴う例は多く知られているが、球状星団の星は年齢の古い小質量星であり、メーザー源を伴う例は知られていなかった。論文提出者は、球状星団のミラ型星にもメーザー源を伴う例があることを初めて明らかにした。

 第8章では、ミラ型星の周期光度関係を応用して、球状星団NGC6388と6411までの距離を精度良く求めている。球状星団までの距離は、こと座RR型脈動星を用いて推定するのが通例であるが、問題の星団は、球状星団としては金属量が多いにも拘らず水平分枝が色等級図上で青い方に延びているなど特異な特性を示しているため、距離の推定に成功していなかったのである。

 第9章では、ミラ型星の周期光度関係の応用として、公開されている可視光サーベイ観測OGLE IIデータと近赤外線サーベイ観測2MASS及びMSXのデータとを、大小マゼラン銀河のミラ型星と比較することによって、ミラ型星を囲む星周ダストによる減光についての法則性を導いている。また、バルジのミラ型星の空間密度をCOBE衛星で得られた近赤外線強度分布と比較することにより、バルジ中のミラ型星の総数及びバルジの形状を示唆している。

 第10章は、全体のまとめである。

 周期光度関係を観測的に精度良く得るには赤外線波長での観測が重要であり、また、長期的組織的観測が必要である訳であるが、そのいずれも実行は容易ではなく、論文提出者の行った4年にも亘る近赤外線観測は賞賛に値する。

 以上要するに、本論文は、銀河系のほぼ全ての球状星団内の脈動変光星についての大規模な赤外線データを取得し解析することによって、これまでになく大量で精度の高いデータを統計処理し、II型セファイドやミラ型星を始めとする脈動変光星について、多くの新しい知見を齎した。これは、脈動変光星の物理に留まらず、天文学、特に天体物理学に新たな知見を齎すものである。

 本論文は、中田好一、田邉俊彦、板由房、出口修至、福士比奈子、Michael W. Feast、John W. Menzies、西山正吾、馬場大介、直井隆浩、中屋秀彦、河津飛宏、石原明香、加藤大輔との共同研究に基づくものであるが、論文提出者が主体となって行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。よって、本論文提出者に、博士(理学)の学位を授与出来ると認める。

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