学位論文要旨



No 122123
著者(漢字) 諸隈,智貴
著者(英字)
著者(カナ) モロクマ,トモキ
標題(和) すばる望遠鏡Suprime-Camで見つかった暗い可視変光天体の統計的研究
標題(洋) A Statistical Study on Optically Faint Variable Objects found with Subaru Suprime-Cam
報告番号 122123
報告番号 甲22123
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4986号
研究科 理学系研究科
専攻 天文学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 助教授 川良,公明
 東京大学 教授 中田,好一
 東京大学 教授 福島,登志夫
 東京大学 教授 井上,允
 東京大学 助教授 河野,孝太郎
内容要旨 要旨を表示する

 我々は、口径8.2mすばる望遠鏡の広視野カメラSuprime-Camを用いて、Subaru/XMM-Newton Deep Field (SXDF)領域、0.918平方度にわたって、暗い可視変光天体探査を行った。2002年から2005年までの間に、8-10回取得された撮像データに対して、画像差分法を適用することにより、変光成分のiバンド等級25.5等までの変光を調べることができた。Suprime-Camの広視野深撮像性能により、1153天体もの変光を検出することができた。これまでの同様の研究は、サンプル数が数十天体と少ない、または、超新星など、ある種類の変光天体に特化した研究でしかなく、我々の結果は、8-10m級望遠鏡を用いて構築された初めての統計的な可視変光天体サンプルである。

 この変光天体サンプル中の天体を、可視域の等級、色、形態、可視域・中間赤外線の色、変光成分と母天体との位置のずれ、光度曲線の情報を用いて、変光星、超新星、活動銀河核の3種類に分類した。変光星は、点源であり、2色図上で細い線上に並ぶことから、その他の変光天体と区別することができた。特に、可視・中間赤外線の色を用いると、より明確に区別できた。超新星と活動銀河核は、母銀河に対する変光の位置と光度曲線を用いて区別した。我々の観測時間サンプリングの限界から、星ではなかった天体の約4割程度の天体に対して、超新星と活動銀河核を明確に分けることに成功した。今後、追加観測を行うことにより、残りの天体に対しても分類が可能となる。これらの分類は、分光観測やX線検出の結果と矛盾はなく、統計的に議論するには適切に天体の分類ができている。

 まず、母天体の等級、変光成分の等級の関数として、変光天体の数密度を調べた。母天体のiバンド等級21-22等の天体は、その約5%が変光を示していた。これより暗い天体に対しては、その割合が減少していくが、主に変光成分に対する検出限界が原因であり、変光天体の実際の割合を調べることは難しくなる。次に、観測の時間間隔に対する各変光天体の数密度を調べたところ、変光星は、あらゆる時間間隔に対してほぼ同じ値を示し、短い時間スケールで変光する天体を多く含んでいることを示唆している。超新星は、100日程度より長い時間間隔ではほぼ同じ値を示しているが、超新星の典型的な増光・減光の時間スケールが2ヶ月程度であることから推測される結果である。これに対して、活動銀河核は、典型的な変光時間スケールが数ヶ月から数年であることから予想されるように、時間間隔が長いほど、その数密度が増加する傾向を示していた。変光により見つかった活動銀河核は、変光星や超新星と比べて、その数も多く、変光天体探査は、一般的に、その時間間隔が長いほど、活動銀河核がその多くを占めることがわかった。また、我々の探査で見つかった変光星、超新星、活動銀河核の1平方度あたりの数密度は、それぞれ167天体、399天体、536天体であった。

 活動銀河核サンプル中の天体の性質を詳細に調べた。近年、X線探査により、可視域では見つけることが難しい、低光度活動銀河核や吸収を強く受けた活動銀河核が多く見つかり、その宇宙論的進化が光度依存していることなどが示されているが、その一方で、ハッブル宇宙望遠鏡を用いた可視深撮像による変光天体探査では、X線が検出されない活動銀河核も多く見つかっている。可視変光という手法は、古典的な可視の色選択に代わる低光度活動銀河核探査方法として有望視されているが、この結果は、さらに、可視変光という手法が、X線探査とは独立かつ非常に有用な活動銀河核の研究方法であることを示している。我々は統計的に十分なサンプル数を用いて、可視変光を示す活動銀河核の性質を探った。

 まず、視野内のX線源のうち、37±2%(可視変光が検出できた最も暗い天体より明るい天体のみにX線源も限定すると48±3%)が可視変光を示していた。このように、X線で検出されるが可視変光を示さない活動銀河核が存在する一方で、逆に、X線で検出されず可視変光を示す活動銀河核も存在する。そこで、活動銀河核を、X線で検出され可視変光を示さなかった活動銀河核、X線で検出され可視変光を示していた活動銀河核、X線では検出されず可視変光を示していた活動銀河核の3種類のサンプルに分類し、X線、可視、可視変光の性質を比較したところ、可視変光を示す活動銀河核は、平均的に、可視で青い色を持ち、X線のスペクトル硬度が低く、X線光度が明るいことがわかった。これらの性質は、活動銀河核の統一モデルから予想される性質と一致し、可視変光を示す活動銀河核は主に1型に分類される種族であることがわかった。

 一方で、我々は、X線では検出されず可視変光を示す活動銀河核サンプル123天体の中に、比較的明るい母銀河(iバンドで21等程度)に存在する、変光成分の暗い(iバンドで25等程度)活動銀河核が52天体存在することを見つけた。我々の観測の時間サンプリングの限界から、変光の時間スケールを正確に議論することは難しいが、一部の天体の光度曲線は、突発的な変光を示していた。これらはTotani et al.(2005)が見つけた、比較的低赤方偏移にある低光度活動銀河核の性質とよく似ており、同種の天体であると推測できる。この種族の活動銀河核は、より高光度の種族とは異なり、中心の超巨大ブラックホールへの質量降着率、放射効率がともに低い、radiatively inefficient accretion flow (RIAF)と呼ばれるモードの降着円盤を持っていると考えられている。このような降着円盤を持つ低光度活動銀河核は、我々の銀河系中心のSgr A*や近傍セイファート銀河に対するモデルとして説明されており、我々の結果は、近傍銀河の持つ低光度活動銀河核が、少なくとも赤方偏移1以下の宇宙には広く存在していることを示しているかもしれない。また、この種族と似た性質、つまり、明るい母銀河の中心の低光度活動銀河核は、X線で検出されていた活動銀河核サンプルにはほとんど見られないが、数少ない似た天体のうちの1天体が分光的に同定されている(赤方偏移は0.512)。この天体の可視域のスペクトルにおいて、大きな[OIII]/Hβ比が観測されたが、これは非常に高い硬度のX線スペクトルとともに、この天体が吸収を受けたtype-2活動銀河核であることを示唆している。つまり、上記種族とこの天体とは別の種族である可能性がある。一方で、非常に高い硬度のX線スペクトルは、RIAF降着円盤モデルの性質と一致する。また、この天体のX線は、検出限界の約2倍程度のX線フラックスしか検出されておらず、より深いX線観測を行うことで、上記種族に対してもX線が検出される可能性があるとも考えられる。今後、これらの天体は、分光的に赤方偏移、絶対光度を決定するとともに、スペクトル的な特徴を調べ、どのような種族の活動銀河核であるか確認する必要がある。

 変光星サンプルは、色等級図上で、明るいVバンド等級の青い変光星と、暗いVバンド等級の赤い変光星の、主に二つの種族から成り立っていた。前者は銀河系ハローに属し、後者は銀河系円盤に属している変光星であると考えられる。このサンプルの中には、数個のRR Lyra型候補星があった。RR Lyra型星は、青い色(B-V=0.3等)、大きな変光幅(0.5-1.0等)、短い変光周期(0.3-0.5日)という性質を持つ標準光源であり、Vバンドでの絶対等級が0.6等と比較的明るいことから、銀河系ハローの構造を調べるのに使われてきた。我々の観測の時間サンプリングでは、変光の周期、大きさを見積もることは難しいが、RR Lyra型候補星と考えられるような、比較的変光が大きく、青い星が数天体存在していた。これらが実際にRR Lyra型星だとすると、銀河系の最外縁部に存在する星ということになる。その数密度は、銀河中心からの距離約100kpcにおいて1立方kpcあたり10(-2)個となり、これまでの研究結果を外挿したものとは矛盾しない。変光の振幅、周期を決定し、RR Lyra型星であると同定するための撮像追加観測が必要であるとともに、今後、探査領域を広げ、サンプル数を増やしていくことで、銀河系最外縁部の構造を調べることができる可能性がある。

 我々のこの可視変光天体研究は、現在計画されているLarge Synoptic Survey Telescope (LSST)やPan-Starrsなどの全天可視変光天体探査の基礎となりうる研究である。

審査要旨 要旨を表示する

近年、高赤方偏移超新星による宇宙加速膨張の発見やガンマ線バーストの光学同定に基づく高エネルギー天文学の進展など、光赤外線の波長における変光観測の重要性が認識されてきた。しかし、変光天体の探索や研究には同じ観測を繰り返して行う必要があるため、大望遠鏡による宇宙全体のサイズに匹敵するほど遠方の可視変光天体の探索は未開の分野として残されていた。本論文は、異なる時期に繰り返し取得されたすばる望遠鏡の可視撮像データを用いて、広い領域(0.9平方度)において非常に暗い(限界等級I=25.5)、すなわち宇宙論的な遠方距離にある可視変光天体まで探索し、新たな知見を得たものである。

本論文は、6章からなる。第1章「序説」では、セファイド変光星やIa型超新星が距離を測る「標準光源」として使われていること、活動銀河核(AGN)は変光天体でありX線源として観測されることなどが紹介されている。次に、SXDF (Subaru/XMM-Newton Deep Field)と呼ばれる、光赤外波長域とX線の双方で掃天観測(以下サーベイと呼ぶ)が行われた0.9平方度のフィールドにおいて、本研究の変光天体サーベイが実施されたことが述べてある。そして、その面積と限界等級を他の様々な可視光サーベイと比較して、本サーベイが深い限界等級で画期的に広い面積で行われたことが示してある。

第2章では、本研究に使用した光学撮像データが取得された観測と変光天体の検出法が記述されている。4年間の間に約10回の異なる時期にとられた複数のイメージの相互比較により約1200個(一平方度あたり1250個)の変光天体を検出した。第3章では、可視変光天体の性質を明らかにするための補足的なデータ(可視分光、X線撮像、中間赤外線撮像)がどのような観測で得られたものかが説明してある。

第4章では、等級、色、形態、変光成分の位置と母銀河の中心とのずれ、光度曲線の情報を用いて、変光天体を変光星、超新星、AGNの3種類に分類した。1平方度あたりの数密度はそれぞれ、167個、399個、536個であった。このように多数の光学変動天体のサンプルを得て、統計学的に意味のある議論を行ったのは本研究が初めてであり、極めて重要な成果といえる。また、母銀河の中心から明らかに離れた場所で、非超新星的な変光曲線すなわち、AGN型の光度曲線を示す天体が1平方度あたり127個も発見されたことは注目に値する。測定誤差のために光度曲線が非超新星型と分類されてしまった可能性は残るが、未知の天体現象の発見に結びつくのかも知れない。第5章では、AGN変光の検出確率が評価されている。

第6章は、本論文の中核をなす部分である。可視変光観測でAGNと分類された天体(以下、可視変光AGN)とX線観測でAGNと分類された天体(X線放射AGN)を比較し、X線で検出された可視変光を示さないAGN、X線で検出された可視変光を示すAGN、X線で検出されてない可視変光を示すAGNの3種類に分類した。それぞれのサンプル数は237個、93個、123個である。すなわち、X線で検出されないAGNが、可視変光AGNのうちの過半数を上回るという重要な結論が導かれた。明るい母銀河に付随する暗い変光成分(より厳密には母銀河と変光成分の等級差が3等級以上)を持つものの割合は、X線で検出されない可視変光AGNの40%もあるのに対し、X線で検出された可視変光AGNでは3%にしかすぎない。明るい母天体に付随する暗い変光成分は、RIAF (Radiatively Inefficient Accretion Flow)と呼ばれるモードの降着円盤モデルで説明できることが示されている。RIAFは、銀河系の中心核や低光度AGNで見られる現象を説明するモデルであり、本研究の結果は、X線で暗い低光度AGNが赤方偏移1以下の宇宙に多数存在することを示唆している。第7章では本研究の意義と課題が議論され、第8章では本研究の結論が記述されている。

以上、本論文は、宇宙論的深さの広い領域において、変光天体の探索を行った先駆的な研究として高く評価できる。X線では暗いAGNが多数存在することを示すなど、AGN研究に新しい知見をもたらした。なお、本研究は土居守、安田直樹、秋山正幸、関口和寛、古沢久徳、上田佳広、戸谷友則、織田岳志、Saul Perlmutter、Anthony Spadafora、Gregory Aldering、Isobel Hook、Michael Richmondとの共同研究であるが、論文提出者が主体となって観測、解析、解釈を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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