学位論文要旨



No 122125
著者(漢字) 山本,哲也
著者(英字)
著者(カナ) ヤマモト,テツヤ
標題(和) 太陽活動領域における磁気ヘリシティ入射と磁場の自由エネルギーの研究
標題(洋) Studies of Magnetic Helicity Injection and Magnetic Free Energy in Solar Active Regions
報告番号 122125
報告番号 甲22125
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4988号
研究科 理学系研究科
専攻 天文学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 常田,佐久
 東京大学 教授 牧島,一夫
 東京大学 教授 福島,登志夫
 国立天文台 助教授 花岡,庸一郎
 国立天文台 助教授 一本,潔
内容要旨 要旨を表示する

1 Introduction

 本研究では、太陽活動現象の主なエネルギー源である、磁場の自由エネルギーと磁場の捻れを定量的に示す磁気ヘリシティ(magnetic helicity)について、太陽活動領域での磁場データを使い、研究を行った.

 研究内容は次の通りである。(1)太陽活動領域における、光球面からコロナへの磁気ヘリシティ入射量の統計的な解析(第2章)。(2)提唱されているモデルを使用したヘリシティ入射量の計算、観測値から得られた傾向との比較(第3章)。(3)活動領域の磁場データから得られる磁場パラメータと、発生したフレア規模(軟X線最大光度)との定量的な比較。将来発生するフレア規模の予測への応用(第4章)。(4)フレアのエネルギー解放機構である磁気リコネクションのパラメータ(磁気リコネクションレート)を得るための、フレアのX線光度変化の再現(第5章)。以下の章では、磁場の自由エネルギーと磁気ヘリシティについて説明した後で、各研究の内容について詳述する。

2 磁場の自由エネルギーと磁気ヘリシティについて

 フレアなど、太陽活動現象のエネルギー源は、磁場の自由エネルギー(EF)であると考えられる。この磁場の自由エネルギーは、磁場強度(B)からポテンシャル磁場強度(Bp)を引いて得られる、シア磁場強度(Bs)による磁場のエネルギーである。

 このようなポテンシャル磁場からのずれは、磁力線(磁場)の捻れ構造として現れる。よって、活動現象を示す太陽大気中においては、磁力線に沿ったプラズマがねじれ構造を示す事があると考えられる。

 ようこう衛星などの観測により、磁気エネルギーの解放機構は磁気リコネクションであることが多くの観測的証拠により明らかになった。しかしながら、例えば、フレアの規模と光球面の磁場強度を比較するといったような、基礎的な研究はまだ行われていない。本研究では、まず、GOES衛星で観測されたフレアの軟X線最大光度と光球面磁場強度の相関について調べ、光球面磁場強度からフレア規模(軟X線最大光度)を予測する際の誤差幅について議論した。次に、光球面の磁場強度などを使って、軟X線光度の時間変化を説明する、コロナ中の磁場強度と磁気リコネクションの物理量(磁気リコネクションレート)について調べた。これらの結果については、第4章、第5章で述べられる。

 先に示したように、磁場のねじれ構造は、磁場の自由エネルギーと深い関係を持っている。近年、磁場のねじれを示す物理量である磁気ヘリシティについて、光球面から太陽大気中への入射量を解析する手法が開発された。本博士論文の第2章と第3章では、磁気ヘリシティ入射量の統計的な傾向を調べ、ヘリシティ入射の生成機構について議論を行った。このような磁気ヘリシティ入射量の統計的な傾向を調べた研究は本研究が初めてである。

 ある体積中において磁気ヘリシティ(HM)は以下のように定義される。

ある面積からの相対磁気ヘリシティ入射量(dHR/dt)は以下の式から得られる。

速度場(V)、磁場(B)、ベクトルポテンシャル(Ap)については、光球面のベクトルマグネトグラムから得ることができる。磁気ヘリシティ(HM)と相対磁気ヘリシティ(HR)については、本文にて説明する。

3 ヘリシティ入射の統計解析について

 1995年以降2003年までの領域について磁気ヘリシティ入射の解析を行い、浮上中の領域(以下、浮上領域。1例。)、活発な活動をみせる領域(以下、活動領域。10例。)、崩壊している領域(以下、崩壊領域。5例。)から、各領域の各時点における、1476点の磁気ヘリシティ入射率を得た。

 これらについて、各領域でのヘリシティ入射量の時間発展、緯度分布、磁束量分布について調べたところ、以下の結果を得た。

 各領域が時間発展するにつれ(浮上段階、活動段階、崩壊段階)、ヘリシティ入射量の振幅は減少し、ヘリシティ入射量の平均値、分散値が減少する傾向が見られた(図1左)。

 緯度依存性について調べたところ、活動領域のヘリシティ入射量は、北半球で負、南半球で正の値をとる傾向を見せた。これは、太陽大気で観測される、他の捻れ構造(フィラメントやS字状のコロナループ)と同様の傾向である。崩壊領域ではこのような傾向は見られなかった。

 磁束量依存性について調べたところ、磁束量が増加するにつれ、ヘリシティ入射量の最大値が減少するという傾向が得られた(図1右)。活動領域と崩壊領域では、この最大値の磁束量に対する傾きは異なる。

 得られたヘリシティ入射の時間発展、緯度依存、磁束量依存の結果は、ヘリシティ入射生成機構、あるいは対流層内部の磁束管の変化と深く関係していると思われる。

4 磁気ヘリシティ入射の生成機構について

 対流層内部で磁束管をねじる機構の一つとして、Σ効果(Longcope et al. 1998。以下、LC。)が挙げられる。これは、磁束管が、対流などによってねじられると、磁束管の軸のねじれと反対符号のねじれがその表面にできる、という効果である。

 LCによって、対流層中を上昇する磁束管には、対流との相互作用により、十分なねじれが入るという結果が得られている。今回の計算では、磁束管が対流層を上昇した後の、対流層を垂直に貫いている磁束管と対流の相互作用を考え、光球面でのヘリシティ入射量を求めた。

 対流層内部の磁束管の構造(磁場強度や磁束管内部の密度)については、観測的に調べる事は困難であり、先行研究による理論的なモデル値を参考にした。対流層中の磁束管は1本の磁束管であると仮定した。対流の混合距離理論による、対流要素の典型的スケール、速度を使用した。

 結果として、今回使用したパラメータでは、観測値より2桁ほど低い値が得られた。磁束管と相互作用する対流のモデル、対流層内部の磁束管の構造などについて、さらなる議論が必要であると考えられる。

5 フレア規模(X線最大光度)と光球面磁場パラメータについて

 ベクトルマグネトグラムが観測された、前後4時間以内に発生した21例のフレアを解析し、以下の結果を得た。サンプルとなるフレアの最大X線光度は、地球近傍で5.0e-7W/m2から、1.7e-2W/m2である。

 光球面の磁場データから得られる、視線方向磁場強度や、フレア領域の特徴的長さは、(フレアの規模の指標として使用される)フレアの最大X線光度と良い相関を持つ。

 これらの光球面磁場パラメータを使用して、フレア規模の予測について調べた。複数の磁場パラメータを使用すると、観測されたフレアの最大光度に対する回帰直線が求められる(線形フィッティングを行うという事)。この式から得られるフレアの最大光度と観測された最大光度の誤差幅をフレア規模予測の誤差幅とみなした。この結果、60度以上のシアを見せる領域のシア磁場強度(Bs)と、その領域の特徴的な長さを使えば、ファクター3程度の誤差幅でフレア規模を予測できる事が分かった(図2)。

 次に、放射冷却関数(全波長、1-8Å)を温度のベキで近似し、ポインティングフラックスと熱伝導フラックスのバランスを考慮した結果、理論的な1-8Åの放射フラックス(F(the,1-8))は、以下のように比例している。

Bはコロナ中の磁場強度、Lは磁気リコネクション領域の典型的な長さである。フレア領域の平均値であるBsとフレア領域の特徴的長さL(typ)の線形フィッティングを行った結果、以下の比例関係(F(fit,FR))が得られた。

誤差は大きいが、理論と一致するベキが得られた。これらのフレアが、コロナ中の磁場自由エネルギーをほぼ使いきっていると考えれば、この結果は妥当である。観測的には、フレアループはしばしば、ポテンシャル磁場に近い形状を見せる。

6 フレアのX線光度変化から推測される磁気リコネクションレートについて

 ここでは、フレアのX線(1-8Å)フラックスの増光段階(impulsive phase。以下、IP)を再現することで、コロナ中の磁場強度、磁気リコネクションレートを求めた。フレアのサンプルは前章と同じである。

 コロナ中のフレアループを200本のループに分け、各ループの加熱と、冷却過程を計算し、各ループについての光度変化を足し合わせて、X線の光度変化を再現した。力学過程は含んでおらず、エネルギーの収支を計算してた。加熱のためのポインティングフラックスを与えるコロナ中の磁場強度と、各ループ加熱の時間間隔を変化させて、観測された光度変化のIPを再現できる値を調べた。ループ加熱の時間間隔は、いくつかの仮定を使って、リコネクションレートへ置き換えられる.得られた値は、0.015<B(cor)/B(pht)<0.20、0.0077<MA<0.65、である。B(pht)とB(cor)は光球面と、コロナ中の磁場強度、MAは磁気リコネクションレートである。

 放射フラックスは、温度に依存した放射冷却関数とエミッションメジャー(以下、EM。電子数密度の2乗と体積の積)の積である。観測される光度曲線からは、1-8Åと0.5-4Åの2波長のデータを使って、温度とEMを求めることができる。計算した光度曲線からも同様に温度とEMを求め、比較した。X線フラックスが極大になる時点で、これらの値を調べたところ、ファクター3程度の誤差で一致した。

 また、観測された光度変化と計算から得た光度変化の減光段階(decay phase。以下、DP)について調べたところ、以下の3種類に分けられた。1、観測値が計算値より緩やかに減光。2、観測値と計算値がほぼ一致。3、観測値が計算値より急激に減光。1については、減光段階においても、磁気リコネクションによる加熱が緩やかに起こっていると考えられる。3については、重力によるコロナループからの物質の減少を考慮する事が必要だと考えられる。

7 Summary

 本博士論文においては、太陽活動現象のエネルギー源である磁場のデータ(ベクトルマグネトグラム、3次元磁場ベクトルデータ)を使って、ヘリシティ入射量の統計的な傾向、その生成機構、光球面の磁場パラメータを使ったフレアの規模の予測、シア磁場強度を使ったフレアのX線光度変化の再現と磁気リコネクションレート、について研究を行った。結果は上記の通りであり、磁場の自由エネルギー、磁気ヘリシティについての定量的な理解を深める事ができた。

 本研究では、これらの物理量の理解とともに、ベクトルマグネトグラムの活用を強く意識した。新たな太陽観測衛星(ひので)がうち上がり、これまでと同様の波長で質の高いデータが得られる一方、地上観測では、これまでとは異なる波長を使って、コロナ、彩層磁場の観測が行われ、さらには光球全面のベクトルマグネトグラムも得られようとしている。これらのベクトルマグネトグラムの活用により、フレアのトリガー機構、コロナ加熱問題などに対する理解が深まる事が期待される。

図1: (左図)活動領域7978のヘリシティ入射量の時間発展。(右図)磁束量(横軸)に対するヘリシティ入射量(縦軸)の分布。右図では浮上領域、活動領域、崩壊領域の全てのヘリシティ入射量をプロットしてある。

図2: 60度以上のシア領域の磁場パラメータ(シア磁場強度Bax、領域の特徴的長さTL)をフィッティングして得たフレアのX線光度(x軸)と、観測されたX線光度(y軸)。最も短い誤差幅はファクター3程度。アスタリスク('*')はXクラスフレア、'◇'はMクラスフレア、'+'はCクラスフレア、'△'はA、Bクラスフレアを示す。

審査要旨 要旨を表示する

 太陽フレアなどに代表される太陽の活動現象のエネルギー源は磁場であり、中でも磁場のねじれを表す磁気ヘリシティ(magnetic helicity)は、(1)コロナ磁場のねじれ構造(磁場配位)を反映すること、(2)散逸する磁気エネルギーに比べて準保存量とみなされることから、多くの研究が行われている。本論文では、磁気ヘリシティの生成とコロナへの入射・磁場とフレアの関係に関する広範な研究が行われている。

 第1章では、太陽の磁気活動および本論文の中心となる磁気ヘリシティの概念について、概観が与えられている。続いて、第2章では、太陽活動領域における、光球面からコロナへの磁気ヘリシティ入射量の統計的な解析が行われている。1995〜2003年の間に国立天文台の太陽フレア望遠鏡等で観測された、対流層から浮上中の領域・活発な活動をみせる領域・崩壊している領域の3種の領域の各時点における1476点の磁気ヘリシティ入射率を得た。その結果、活動領域は、浮上段階・活動段階・崩壊段階と時間発展するにつれ、総磁束量で規格化されたヘリシティ入射量の時間的変動の振幅は減少し、ヘリシティ入射量の平均値も減少する顕著な傾向があることが分かった。また、緯度依存性について調べたところ、活動領域のヘリシティ入射量は、北半球で負、南半球で正の値をとる傾向を見せ、これまでの研究を確認した。なお、崩壊領域ではこのような傾向は見られなかった。活動領域の磁束量についても依存性が調べられており、磁束量が少ない領域では磁束量が大きい領域よりヘリシティ入射量が大きい事が分かった。

 第3章では、磁気ヘリシティをコロナに注入する機構として、対流による磁束管のれじれの生成過程が検討されている。対流層中を上昇する水平な磁束管には、対流との相互作用により、十分なねじれが入るという結果がLongcopeらにより得られているが、本論文では、磁束管が対流層を上昇した後の垂直な磁束管と対流の相互作用を同様の手法で検討した。得られた光球面での磁気ヘリシティ入射量は、観測値より2桁ほど低い値が得られ、対流層中の磁束管の配位と磁気ヘリシティの関係について、さらなる議論が必要であることを示唆している。

 第4章では、活動領域の磁場データから得られる磁場パラメータと、その領域で発生した最大フレアの規模(軟X線最大光度)との定量的な比較が行われている。ベクトルマグネトグラムの観測の前後4時間以内に発生した21例のフレアを解析し、磁場などの光球の物理量とフレアの最大X線光度の相関を調べた。その結果、60度以上のシアを見せる領域のシア磁場強度(磁場のねじれの度合いを表す)と、その領域の特徴的な長さを使えば、ファクター3程度の誤差幅で、その領域で起こる最大のフレアの規模を予測できる事が分かった。観測データより求めた、フレアの最大X線光度とフレア領域の平均シア磁場強度・フレア領域の特徴的長さの関係は、磁気リコネクション領域のポインティングフラックスと熱伝導損失のつりあいにより理論的に説明されている。

 第5章では、観測されたフレアのX線光度の変化から、モデルを介して、フレアのエネルギー解放機構である磁気リコネクションの主要パラメータ(磁気リコネクションレートやコロナ中の磁場強度)を得ることが試みられている。モデルは、高さ方向に成層するリコネクション後の磁場を200本の磁気ループで表している。各ループの磁気リコネクションによる加熱と冷却過程を計算し、各ループについての光度変化を足し合わせて、X線の光度変化を再現した。加熱のためのポインティングフラックスを与えるコロナ中の磁場強度と各ループの加熱の時間間隔を変化させた結果、観測された光度変化を再現するには、0.015<B(cor)/B(pht)<0.20、0.0077<MA<0.65であることが分かった(B(pht)とB(cor)は光球面とコロナ中の磁場強度、MAはアルベンマッハ数で磁気リコネクションレートを表す)。

 以上、本博士論文においては、太陽活動現象のエネルギー源である磁場のデータ(3次元磁場ベクトルデータ)を使って、ヘリシティ入射量の統計的な傾向を求め、またその生成機構について理論的な検討を行った。さらに、光球面の磁場パラメータを使ったフレアの規模の予測、フレアのX線光度変化に着目した磁気リコネクションレートなどの導出を行っている。これらは、磁気ヘリシティの入射の観測と理論、光球面の磁気的物理量とコロナでの磁気エネルギーの散逸のモデル化と観測データへの適用において、新たな知見をもたらす研究である。なお、本論文第2〜5章は、桜井隆との共同研究であるが、論文提出者が主体となって解析・考察を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。従って、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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