学位論文要旨



No 122127
著者(漢字) 永井,悟
著者(英字)
著者(カナ) ナガイ,サトル
標題(和) 臨時地震観測と台湾定常観測網による台湾衝突帯のP波とS波速度構造と地震活動
標題(洋) Three-dimensional P- and S-wave velocity structure models and seismicity associated with arc-continent collision in Taiwan by temporary seismic observations with an island-wide seismic network
報告番号 122127
報告番号 甲22127
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4990号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 佐藤,比呂志
 東京大学 教授 木村,学
 東京大学 教授 岩崎,貴哉
 東京大学 助教授 篠原,雅尚
 東京大学 教授 平田,直
内容要旨 要旨を表示する

1. はじめに

 台湾及びその周辺部はフィリピン海プレートとユーラシアプレートとの島弧・大陸衝突帯に位置し、台湾島の東側ではフィリピン海プレートがユーラシアプレート下に沈み込み、その南側ではユーラシアプレートがフィリピン海プレート下に沈み込んでいる。台湾は比較的若い造山帯(〜数百万年)で、現在も活発な造山運動が進行し、1999年台湾集集地震など、地震活動も活発である。台湾における地質は、その岩石学的な特徴から北北西―南南西の走向をもつ地質区分に分けられる。その地質区分は、西から東に海岸平野、西部麓山帯、中央山脈、台東縦谷、海岸山脈である。台東縦谷を境に、東側はフィリピン海プレートの一部であるルソン弧を起源とする、西側はユーラシアプレートを起源とする岩石からなる。

 台湾における造山活動を理解する為、台湾島西側平野部を中心に台湾およびその周辺部における様々な地球物理学的、地質学的な研究が多くなされてきた。しかしながら、中央山脈下の構造には未解明な点が多く、造山運動の詳細は十分に解明されていない。そこで本研究では、1)台湾における臨時地震観測データ、及び、定常地震観測データを用いて、3次元地震波速度構造を推定し、それに基づく震源の再決定による地震分布を求め、2)地震波速度構造・地震分布から台湾中央山脈の形成過程を考察した。

2. 台湾における臨時地震観測

 台湾においては、台湾中央気象局(CWB)により台湾島全域での定常地震観測が行われている。しかし、山間部では観測点が少なく、それらの間隔が広い。そのため、地震活動及び地震波速度構造の詳細を知ることを目的とした臨時観測が行われてきた。東京大学地震研究所では、台湾の機関と協力し、1999年台湾集集地震発生直後に、主に余震活動の詳細を知る為に臨時余震観測[Hirata et al., 2000]が、さらに、2001年には台湾中部における東西2次元速度構造を知る為に横断アレイ観測[Hirata et al., 2001]が行われた。

 この既存臨時観測データにより、台湾中部における3次元地震波速度構造を推定することができるが、南部における沈み込みからの構造の変化は捉えきれない。そこで本研究では、これらに加えて、2005年に台湾南部(23.0°N〜23.5°N)において臨時地震観測を行った。台湾南部の観測対象領域は、フィリピン海プレートに対してユーラシアプレートが沈み込みから衝突に変化している遷移領域と考えられている。また、ルソン弧の北部延長に相当する海岸山脈南端部に位置し、沈み込みに伴う深発・やや深発の地震活動が見られない領域である。2005年3〜5月に、台湾島南部を東西に横断する約130kmの範囲で、60点の臨時観測点により、この臨時地震観測を行った。これら3つの臨時観測データと定常観測データとの統合データにより、東西方向の変化だけでなく、南北方向への変化を含めた詳細な3次元地震波速度構造を求められると考えた。

3. データ

 解析対象とする地震はCWBによる験測地震リストから、2005年台湾南部アレイ観測、2001年台湾中部アレイ観測、及び、1999年台湾集集地震臨時余震観測、それぞれの臨時観測期間中に観測網近傍で発生した地震とした。

 3次元速度構造解析においては、それぞれの観測期間において、1)6観測点以上で験測記録があり、2)最大観測点間方位角差180度以下、3)M3以上、という条件を満たす地震をさらに抽出した。速度構造解析対象地震について、臨時観測点での走時到着時刻を験測し、臨時観測による到着走時データを作成した。このデータとCWB定常観測による報告到着走時データと統合して、詳細な3次元地震波速度構造を求めるためのデータとした。また、震源再決定においては、上記の全解析対象地震のCWB定常観測による報告到着走時データを使用した。

4. 解析

 本研究における解析には、速度構造解析、震源再決定ともにZhang and Thurber [2003]によるDouble-Difference Tomography法を用いた。初期震源は、速度構造解析、震源再決定ともにCWB定常観測による報告値とした。

 速度構造解析において、初期速度構造モデルはCWB定常観測において使用されている1次元速度構造モデルを参考に作成した。グリッドサイズは観測点分布、及び、使用した地震分布等を参考に10〜30kmの範囲で設定した。水平方向の軸は、台湾における地質区分境界及び中央山脈の走向を参考にし、中央山脈に対してほぼ直交する方向をX方向、ほぼ平行する方向をY方向とした。求まった3次元速度構造とCWB験測記録を用いて、速度構造解析で用いなかった地震も含めた、台湾中部及び南部における地震の震源再決定を行った。

5. 結果

 本研究で得られた地震波速度分布に見られる共通の特徴として、西部麓山帯から中央山脈東端までの深さ10〜20km程度に、高速度帯・低速度帯が交互に分布することが明らかになった。この高速度帯・低速度帯の境界は、東に向かって傾き下がる分布をしている。高速度帯・低速度帯の境界のうち、西側に低速度帯がある速度境界の一部では、地震が集中して分布する領域があった。最も西側の低速度帯の上限は、集集地震の震源断層であるChelungpu断層の深部延長に相当し、震源が集中して分布する。

6. 議論

 本研究で得られた中央山脈直下に見られる高速度帯・低速度帯が交互に存在する構造(互層構造)は既往研究でも示唆されていたが、その解像度が十分ではなかった[例えば、Kim et al., 2005; Rau & Wu, 1995; Lin et al., 1998]。本研究で得られた構造は十分な解像度があり、東に傾斜する互層構造が初めて明確になった。また、この互層構造は、地表の地質区分と調和的である。1995年に行われた海陸統合人工地震探査-TAICRUST-の結果から、Mclntosh et al. [2005]は、中央山脈下の速度構造と台湾東岸部の海域の構造と比較して、中央山脈下にはユーラシアプレート(大陸地殻)起原のThrust Sheetが存在することを提唱した。

 再決定した地震のうち、中央山脈下での震源分布は、西側に低速度帯、東側に高速度帯、がある速度境界の一部のみに限られる。よって、この速度境界が構造境界である可能性が高い。深さ10km程度までの構造を明らかにした反射法地震探査による構造、また、地表断層の位置などから、得られる構造境界は、地震が発生している速度境界と連続性がある。これらの速度境界が中央山脈下の主要な構造境界であり、高速度帯と低速度帯が1つの構造ブロックとして考える。

 これらの議論から、本研究で得られた高速度帯・低速度帯が交互に存在する構造は、低速度の上部大陸地殻上部とその下の高速度の大陸地殻下部が、下部大陸地殻から剥離して重畳したものと考え、3つのブロックに分けられる、とを速度断面から推定した。この地殻構造の形成過程を説明する為に、ユーラシアプレートから引き剥がされた上部地殻が、フィリピン海プレート西縁部に相当する北部ルソン弧と東進するユーラシアプレートとに、挟まれていくモデル: Upper Crustal Stacking Modelを台湾における造山運動のモデルとして提案する。このモデルが成り立つとすると、ルソン弧に対してユーラシアプレートが120km東進することになる。研究対象領域における衝突が約250万年前から始まったとすると、衝突境界付近での短縮速度は、約5cm/yrとなる。この互層構造の境界の走向と、現在のユーラシアプレートとフィリピン海プレートの収束方向とは斜交している。このことから、求められた収束速度は、現在のユーラシアプレートとフィリピン海プレートの収束速度(8.1cm/yr、Yu et al., 1997)に比べて調和的である。

 以上から、台湾における造山運動のモデルとして、ユーラシアプレートから引き剥がされた上部地殻が、フィリピン海プレート西縁部ルソン弧と東進するユーラシアプレートとに挟まれて、中央山脈が形成されるというモデル: Upper Crustal Stacking Modelを提唱した。

7. 結論

 台湾における臨時地震観測と定常地震観測データを用いて、3次元地震波速度構造と震源分布を求めた。その結果、台湾中央山脈直下での東に傾斜する高速度帯・低速度帯が交互に存在する構造(互層構造)が明らかになった。この互層構造を、ユーラシアプレートの沈み込みに伴って、大陸起源の地殻上部が剥離したことにより生じた構造であると解釈すると、大陸起源の上部地殻が250万年に120km短縮したことになる。以上から、台湾における造山運動のモデルとして、ユーラシアプレートから引き剥がされた上部地殻が、フィリピン海プレート西縁部ルソン弧と東進するユーラシアプレートとに挟まれて、中央山脈が形成されるというモデル: Upper Crustal Stacking Modelを提唱した。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は,台湾中部を研究対象地域として,稠密なアレイ観測を中心とした自然地震観測を行い,それらのデータをもとにDouble-Difference Tomography法による解析によって台湾中部地域の三次元速度構造を高い精度で明らかにし,その結果を基に中央山脈の形成メカニズムについて考察したものである.

 本論文は全6章で構成されている.第1章では,フィリピン海プレートとユーラシアプレートとの島弧・大陸衝突帯に位置し,世界的にも最も早い速度で造山運動が進行している台湾のテクトニクス,とくに中央山脈の形成過程についての,これまでの地球物理学的・地質学的な研究成果について述べている.また,こうした研究の背景から導かれる中央山脈下の地殻構造の重要性が述べられている.

 第2章では,台湾中部で1999-2001年に東京大学地震研究所によって実施された臨時余震観測と横断アレイ観測について,また本研究で行った2005年3〜5月の台湾南部を東西に横断する60点の臨時観測点による地震観測について述べている.これら3つの臨時観測データと定常観測データとの統合データにより,詳細な3次元地震波速度構造を求めるための地震波形データが収集された.とくに2005年の臨時観測データは論文提出者が主体となって収集したものである.

 第3章では,取得した地震波形データについて記述している.解析対象とする地震は台湾中央気象局による験測地震リストから,2005年台湾南部アレイ観測,2001年台湾中部アレイ観測,及び,1999年台湾集集地震臨時余震観測,それぞれの臨時観測期間中に観測網近傍で発生した地震とした.

 第4章では第3章で記述したデータに対して行った解析について述べている。解析には,速度構造解析,震源再決定ともにZhang and Thurber (2003)によるDouble-Difference Tomography法が用いられている.妥当な検討と手法によって,台湾中部地域の詳細な三次元速度構造が求められている.またこの三次元速度構造と台湾中央気象局験測記録を用いて,速度構造解析で用いなかった地震も含め台湾中部及び南部における地震の震源再決定が行なわれている.

 第5章では,得られた三次元速度構造と震源分布の特徴について述べている.本研究で得られた地震波速度分布に見られる共通の特徴として,西部麓山帯から中央山脈東端までの深さ10〜20km程度に,高速度帯・低速度帯が交互に分布することが初めて明らかになった.この高速度帯・低速度帯の境界は,東に向かって傾き下がる分布をしている.高速度帯・低速度帯の境界のうち,西側に低速度帯がある速度境界の一部では,地震が集中して分布する領域があった.

 第6章では,得られた結果から,以下の考察を行っている.本研究で得られた中央山脈直下に見られる高速度帯・低速度帯が交互に存在する構造(互層構造)は十分な解像度があり,地表の地質区分と調和的である.再決定した地震のうち,中央山脈下での震源分布は,西側に低速度帯,東側に高速度帯,がある速度境界の一部のみに限られる.よって,この速度境界が構造境界である可能性が高い.反射法地震探査断面や地表断層の位置などから,得られる構造境界は,地震が発生している速度境界と連続性がある.これらの速度境界が中央山脈下の主要な構造境界であり,高速度帯と低速度帯が1つの構造ブロックをなすと考えられる.

 これらの議論から,本研究で得られた高速度帯・低速度帯が交互に存在する構造は,低速度の上部大陸地殻上部とその下の高速度の大陸地殻下部が,下部大陸地殻から剥離して重畳したというモデル(Upper Crustal Stacking Model)を提案した.すなわちユーラシアプレートから引き剥がされた上部地殻が,フィリピン海プレート西縁部に相当する北部ルソン弧と東進するユーラシアプレートとに,挟まれていくモデルである.このモデルによればルソン弧に対してユーラシアプレートが少なくとも120km東進することになる.衝突が約250万年前から開始されたとすると,短縮速度は約5cm/年以上となり,観測されるプレートの収束速度(8.1cm/年)と調和的である.

 第6章では,結論として第1〜5章の記述を簡潔にまとめている.本論文は台湾中部で実施した稠密な地震観測データに基づいて,三次元速度構造を明らかにし,島弧-大陸地殻衝突帯における新しい地殻変形モデルを提示した.

 以上のようなことから,本論文は地球惑星科学,とくに地震学・造山運動論の新しい発展に寄与するものと考えられ,博士(理学)の学位を授与できると認める.

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