学位論文要旨



No 122133
著者(漢字) 小坂,洋介
著者(英字)
著者(カナ) コサカ,ヨウスケ
標題(和) PJパターンの構造と力学
標題(洋) Structure and dynamics of the Pacific-Japan teleconnection pattern
報告番号 122133
報告番号 甲22133
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第4996号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 木本,昌秀
 東京大学 教授 佐藤,薫
 東京大学 教授 山形,俊男
 東京大学 教授 新野,宏
 東京大学 助教授 中村,尚
内容要旨 要旨を表示する

 北半球夏季において,熱帯西部北太平洋(フィリピン付近)における積雲対流活動と日本付近の等圧面高度場との間には正の相関があることが知られている(Nitta 1987).このPacific-Japan(PJ)パターンは,東アジアにおける夏季の天候に影響する主要な遠隔影響パターンの1つである.従来,PJパターンは積雲対流活動に伴う非断熱加熱偏差が励起する対流圏上層のロスビー波もしくは順圧不安定モードと解釈されてきたが,最近の研究では対流圏下層における東西非一様な気候場の重要性も示唆されている.しかしながら,長期に渡る高解像度のデータに基づくPJパターンの構造や力学に関する包括的研究はなされていない.そこで本研究では,月平均場に見られるPJパターンの3次元構造を明らかにし,JRA-25再解析に基づくデータ解析およびモデル解析を通じてその力学的メカニズムを議論した.

 熱帯西部北太平洋における対流活発化を伴う顕著な32例の合成図解析により同定したPJパターンの循環偏差は,対流圏下層においてはNitta(1987)の解析結果と同様に対流活発化領域付近の低気圧性偏差とその極側での高気圧性偏差を示すが,その鉛直構造は従来信じられてきた「熱帯で傾圧的,中緯度で順圧的」という単純なものではなく,東西に長い渦度偏差が上層ほど北に傾く構造で特徴づけられる.このような構造は合成図だけでなく,対流活発化を伴う個々の月においても認められた.西部北太平洋域における渦度収支解析の結果,対流活動偏差に伴う下層の収束および上層の発散偏差に対し,ベータ効果と平均南北風による渦度偏差の移流の寄与が卓越し,西にある夏季アジアモンスーンと東にある北太平洋亜熱帯高気圧の間に見られる,鉛直シアーを伴った平均南北風の重要性が示唆される.またこの循環偏差に伴う波の活動度fluxは対流圏上層では赤道向き,下層では極向きであり,ロスビー波的な極向きエネルギー伝播が気候場における西部北太平洋下層の南風領域のみで顕著なことを示唆する.また波活動度fluxは中緯度で上向きとなり,後述の傾圧エネルギー変換との対応を示している.

 合成図に基づくエネルギー収支解析から,中緯度上空のアジアジェットにおける西に傾いた偏差に対する傾圧エネルギー変換に加え,対流圏下層のモンスーンジェットおよび貿易風の出口付近での東西に長い偏差に対する順圧エネルギー変換により,PJパターンがエネルギーを気候場から効率的に受け取ることが示された.これらのエネルギー変換効率は気候場に対する偏差パターンの相対的な位置に依存しており,最も高くなる位置では月平均場としてのPJパターンに伴う偏差の全エネルギーを1ヶ月以内に満たすことができる程であった.また,さまざまな領域で対流活動偏差を伴う偏差パターンにおいて,中緯度の高気圧性偏差中心は気候場に固定される傾向にあることがわかった.以上の結果は,PJパターンが亜熱帯ジェットおよびアジアモンスーンと北太平洋亜熱帯高気圧で特徴付けられる夏季西部北太平洋域の気候場に見られる力学モードである可能性を示唆する.実際に,線形準地衡風近似に基づく定常2層力学モデルにおいて,中緯度のジェットに加え,亜熱帯のモンスーンとその東方の亜熱帯高気圧を想定した仮想的な基本場を与え,両者の間に熱源を置くと,その応答としてPJパターンと類似した構造を持つ擾乱が現れ,上記の合成図解析に基づくものと同様のエネルギー変換を伴っていることが示された.さらに,この基本場の特異解として熱応答に似た構造を持つモードが認められ,PJパターンの力学モード的性質が確認された.これに対し,中緯度のジェットのみ,あるいはモンスーンと亜熱帯高気圧のみを想定した基本場においてはPJパターン的な熱応答は見られず,これら全てを持つ基本場の重要性が確かめられた.

 一方,合成図から求めた非断熱加熱偏差に伴う有効位置エネルギー生成は,順圧および傾圧エネルギー変換の和と同程度であり,PJパターンのメカニズムにおける湿潤過程の重要性を示唆する.ただしこのエネルギー生成効率は再解析における不確定性を強く反映しており,NCEP/NCARやNCEP-DOE再解析データに基づく解析では極めて低い値となった.

 PJパターンに伴う対流圏下層の循環偏差は,南シナ海上のモンスーンジェットおよび亜熱帯西太平洋上の貿易風を強めて海面からの蒸発を促進するとともに,水蒸気収束を強めることで対流活動偏差を強化する傾向をもつことがわかった.また,オメガ方程式を用いた診断から,PJパターンに伴う渦度と熱の輸送が,対流偏差域に上昇流偏差を力学的に誘起し得る傾向が認められ,これには特に対流圏上層における南北渦度移流偏差が寄与していた.以上のことから,PJパターンが,気候平均場における大陸の夏季モンスーンと海洋上の亜熱帯高気圧に挟まれた対流活動の活発な領域に出現しやすい,湿潤過程を伴った力学モードである可能性が示唆される.さらにこの可能性は,対流活動がPJパターンを誘起する場合だけでなく,上流からの波動伝播などの要因によってPJパターンが対流活動を活発化させつつ成長する場合もあり得ることを示唆している.一方,PJパターンに伴う対流活動偏差と熱帯西太平洋における1ヶ月前の海面水温との間には有意な相関が認められるものの,海面水温が高い(低い)にもかかわらず対流活動が不活発(活発)になる例も見られ,このことはPJパターンの力学モード的な性質と矛盾しない.また,季節内変動としての性質を持つPJパターンと,経年変動であるエルニーニョ・南方振動やインド洋ダイポールとの相関は低い.

 以上の結果は,気候平均場が夏季西部北太平洋と同様の特徴を有するような他の領域においても,対流活動偏差に伴いPJパターン的な偏差が見られる可能性を示唆する.南北半球それぞれの夏季について,全ての経度帯において合成図解析を行った結果,北半球夏季の西部北大西洋,南半球夏季の西部インド洋,中部南太平洋,西部南大西洋において,PJパターンに似た偏差パターンが実際に同定された.

審査要旨 要旨を表示する

 北半球夏季において,熱帯西部北太平洋(フィリピン付近)における積雲対流活動と日本付近の等圧面高度場との間に正の相関があることが1980年代の後半にNittaによって発見された。これはPacific-Japan(PJ)パターンと呼ばれ、東アジアにおける夏季の天候に影響する主要な遠隔影響パターンの1つである。日本の天候にも大きな影響を与える重要な変動パターンであるが、その三次元的な構造の詳細や生成メカニズムについてはまだ十分に理解されていない。これまでの観測的研究は、限られた期間の水平的に解像度の粗い気圧データに基づくものであったし、メカニズムについても、積雲対流活動に伴う順圧的な、すなわち、鉛直に符号を変えない単純な構造を持つ波動生成、もしくは、気候学的平均流の順圧的不安定モード等の解釈はあったが、三次元的なエネルギー論等も含め、十分な議論がなされてきたとは言えない。

 本研究は、近年公開された長期間の客観解析大気データを用いて、その三次元空間構造と力学を論じたものである。

 第1章においては、PJパターンに関する既存の研究がレビューされ、偏差パターンの三次元構造、エネルギー論や、海面水温との関係等、まだ理解が十分でないことが指摘される。

 第2章で、本研究で用いられたデータと解析に用いる力学診断法の解説を行った後、第3章では、25年間にわたる再解析データセット(最新のデータ同化法によって過去にさかのぼって解析されたもの)を用いて合成図が作成され、PJパターンの三次元的構造が明らかにされる。PJパターンは従来の解析同様対流活発化領域付近の低気圧性偏差とその極側での高気圧性偏差を示すが、その鉛直構造は従来信じられてきた「熱帯で傾圧的、中緯度で順圧的」という単純なものではなく、東西に長い渦度偏差が上層ほど北に傾く構造で特徴づけられることが示される。

 第4章においては、まず、偏差の渦度収支には、平均南北風の鉛直シアも重要な役割を果たしていることが示され、また、エネルギー収支解析により、対流圏下層のモンスーンジェットおよび貿易風の出口付近での東西に長い偏差に対する順圧エネルギー変換、並びに亜熱帯の西風ジェットの出口での有効位置エネルギー変換により,PJパターンがエネルギーを気候場から効率的に受け取ることが示される。これらのことは、PJパターンの発現に、三次元的に変化する基本場、すなわちモンスーン期の西太平洋の特異性、とくにフィリピン付近下層での東西風の収束が重要な役割を果たしていることを意味している。偏差場を基本場に対してずらしてエネルギー変換を算定すると効率が下がることから、著者は、PJパターンが、下層でモンスーン西風と亜熱帯高気圧からの東風が収束し、中緯度上空に西風ジェットが吹く夏季西太平洋特有の基本場のもとで、最も効率的に励起される力学的モードであるとの仮説を提唱する。この仮説はさらに理想化されたモデル計算によって検証された。

 以上の仮説はPJの三次元的循環偏差パターンの力学的起源を明らかにするものであるが、同時にPJパターンは顕著な対流偏差を伴っており、エネルギー解析も対流偏差による非断熱的エネルギー変換が上述の力学過程と同等の重要性を持っていることを示している。第5章において、著者はPJパターンに伴う循環偏差が対流偏差のある場所の上昇流を助長する傾向があることを示し、また、循環偏差に伴う海上風偏差が海面からの蒸発を促し、対流を促進する効果を持つことも示した。すなわち、PJパターンは乾燥力学的モードであるばかりか、より一般的に、水の相変化〜対流も含めた湿潤力学的モードと解釈できる可能性を示している。このことは、PJパターンの発現を特定地域の海面水温偏差に結び付けるような単純な解釈から、中緯度からの波列等も含めた多様な励起が可能であることを意味しており、予測可能性の議論に重要な指針を与える。

 第6章においては、夏季西部太平洋と同様の気候学的特徴を持つ世界の他の地域、北半球夏季の西部北大西洋、南半球夏季の西部インド洋、中部南太平洋、西部南大西洋、においてもPJパターンと同様の特徴を備える偏差パターンが同定されるという観測的証拠が提示され、著者のPJパターンが気候学的基本場の特徴に基づくものであるとの主張がさらに強化される。

 このように本研究は、東アジアの天候変動理解にとって重要なPJパターンの構造と力学を包括的に明らかにしたもので、今後の大気変動パターンや予測可能性の研究にも大きな影響を与えるものと考えられる。

 なお、本論文第1、3、4、5、7章は、中村尚氏との共著論文の結果を含んでいるが、論文提出者が主体となって計算及び解析をおこなったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 よって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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