学位論文要旨



No 122140
著者(漢字) 大月,祥子
著者(英字)
著者(カナ) オオツキ,ショウコ
標題(和) 金星1.27-μm夜間大気光の分光学的研究
標題(洋) Spectroscopic Study of the Venus 1.27-μm Night Airglow
報告番号 122140
報告番号 甲22140
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5003号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 中村,正人
 東京大学 助教授 吉川,一朗
 東京大学 助教授 竹川,暢之
 総合研究大学院大学 助教授 今村,剛
 東京学芸大学 教授 松田,佳久
内容要旨 要旨を表示する

 金星127μm帯O2夜間大気光は1975年の発見[Connes et al., 1979]以来,Allen et al.(1992)やCrisp et al.(1996)等によって地上観測が行われてきた.その結果から,「昼側上層大気でCO2の光分解によってO原子が生成(CO2+hv→CO+O).O原子が昼夜間対流によって輸送されて夜側で沈降する際に,高度95km付近で再結合(O+O+M→O2*+M).」という励起シナリオが提案された。また,大気光の時間空間変化からは熱圏領域での東西風や重力波の影響が示唆された.さらに,金星1.27μm帯O2大気光の強度は昼側で生成された全酸素原子を必要とするほどに強く,酸素族の大気化学へ重要な制約を与える.このようにO2大気光は金星上層大気の力学化学のプローブとして利用されて来た.しかし,未だ観測量が少なく,提案されたモデルを裏付ける観測的情報はほとんどない.本研究では,金星1.27μm帯O2大気光の地上観測を実施し,大気光強度分布とともに回転温度分布,強度-温度の関係を示した.これらの結果から,励起シナリオの観測的な検証を行なった.

 観測は,2002年12月に国立天文台岡山天体物理観測所(OAO),2004年5月に県立ぐんま天文台(GAO),2005年12月と2006年2月にハワイ・マウナケア山山頂のNASA赤外望遠鏡施設(IRTF)において行なわれた.全ての観測において,分光撮像しながら金星夜側ディスクをスキャンする手法を用い,3次元(空間2次元+波長1次元)のデータセットを取得した.これにより分光的な解析と同時に,空間分布の議論が可能になった.

 OAOとGAOで取得したスペクトルは波長分解能λ/Δλ〜1000-1500程度で,O2大気光・下層大気からの熱放射・明るい昼面からの迷光の3成分が互いに重なり合っていた.分子吸収線データベースHITRAN,HITEMP,金星大気の経験モデルVIRA 1985,地球大気モデル米国標準大気(1966)等を用いて各成分を計算し,観測値と比較することで大気光成分を分離した.比較の際に大気光スペクトルの温度依存性を利用し,観測値に最も合う回転温度を導出した.一方,IRTFで得たスペクトルは波長分解能λ/Δλ〜40000程度で,回転線の1本1本が分離されていた.迷光・熱放射などの連続成分は小さく,背景光(青空)と地球大気吸収の補正をすることで各輝線の強度を得た.またBoltzmann plotにより回転温度を導出した.

 観測された全ての大気光分布(図1,各左)において,過去の観測と同様に局所的に明るい領域が見つかった.また,本研究では各大気光強度分布に対応する回転温度の夜半球分布(図1,各右)を初めて示し,明るい領域に重なるような高温領域を発見した.各分布について強度-温度相関図(図2,灰色)を調べると,全ての例において全体的に弱い正相関が見られた.このような温度上昇を生む加熱源としては,O原子再結合時の化学反応による加熱・下降流中の断熱圧縮による加熱が考えられる.

 そこで,大気光1MRあたりの化学反応・断熱圧縮の加熱を概算した.O2大気光の強度がO2の再結合率に比例し,再結合反応における余剰のエネルギーが大気を加熱すると考えると,大気光1MR相当の加熱は0.1K程度となる.一方,大気光の明るさがO原子を再結合の高度へ輸送する下降流の速さのみで決まっていると仮定すると,断熱圧縮に伴う温度上昇は1MRあたり10K程度となる.これら二つの要因では断熱圧縮の効果がより強いと予想される.

 しかしながら,データに見えた強度-温度相関は弱く,明るさが下降流の速さのみに依存するとは言いがたい.温度分布図には回転温度導出時の誤差によるバラツキの影響が目立つため,空間的にbinningした温度分布図を用いて,強度と温度の関係を再考した(図2).最も明るい領域が高温を示す一方で,強度同程度の地点同士の比較では温度が異なるケースが多く見つかった.これより強度と温度は単純な比例関係にはないと言える.

 また,過去の観測において大気光強度のピークが反太陽点付近に分布するケースが多く見られたので,2005年12月14日のデータについて反太陽点を極とする系で強度・回転温度の分布を調べた.図4は反太陽点を北極(α=90°)とした際の大気光強度・回転温度緯度分布である.反太陽点から遠ざかるに従って強度は減少しているが,温度分布にはそのような傾向が見られず各緯度領域に様々な温度が存在している.また,図5は反太陽点と地球直下点を結ぶ線を経度の基準(β=0°)とした強度・温度経度分布である.2005/12/14は大気光の明るい領域がβ=45°上に伸びていたと言える.このような分布は今回初めて観測された.

 大気光の明るさがO原子の再結合率に比例すると仮定すれば図2・図4に見られた傾向は,再結合が起こっている高度に含まれるO原子の量に分布があり,そこに局所的に速度差をもつ下降流が生じた結果とも解釈できる.また,O原子分布が発光層の高度分布を反映している可能性なども考えられ,本研究で得られた観測結果は金星上層大気像に様々な情報を与える.

図1:大気光強度分布と回転温度分布

観測時の金星ディスクの様子を一番左に図示した.黄色が昼側,灰色が夜側,点線が赤道,×が反太陽点を示す.左が北,上が東に相当する.

図2:大気光強度-回転温度相関図

相関図中の灰色はbinning前のデータ,赤(1)〜(6)は下の図(左)の(1)〜(6)に相当する領域での平均値,黒は下の図(中)を(右)のように空間的にbinningしたものを示す.

図3:反太陽点を北極とする系への座標変換

(左)変換前,(右)変換後.

反太陽点を北極(α=90°),昼夜境界を赤道(α=0°)とし,反太陽点と地球直下点を結ぶ線を経度の基準(β=0°)とした

図4:反太陽点極の系での大気光強度と回転温度の緯度分布

2005/12/14の3スキャン分のデータ

図5:反太陽点極の系での大気光強度と回転温度の経度分布

2005/12/14の3スキャン分のデータ

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は6章からなる。第1章はイントロダクションであり、第2章は論文提出者が行った金星上層から発せられる大気光の観測について述べられている。第3章は解析方法について述べ、第4章で解析結果を述べている。第5章で議論を行い、第6章は結論である。

 本論文では、金星1.27μm帯O2大気光の地上観測を実施し,大気光強度分布とともに回転温度分布,強度-温度の関係を示した。金星1.27μm帯O2夜間大気光は1975年の発見以来,Allen et al. (1992)やCrisp et al. (1996)等によって地上観測が行われてきた。その結果から,「昼側上層大気でCO2の光分解によってO原子が生成し、O原子が昼夜間対流によって輸送されて夜側で沈降する際に,高度95km付近で再結合する」という励起シナリオが提案された。さらに,金星1.27μm帯O2大気光の強度は昼側で生成された全酸素原子を必要とするほどに強く,酸素族の大気化学へ重要な制約を与える。このようにO2大気光は金星上層大気の力学化学のプローブとして利用されて来た。しかし,未だ観測量が少なく,提案されたモデルを裏付ける観測的情報はほとんどなかった。本論文で述べられた観測は,2002年12月に国立天文台岡山天体物理観測所(OAO),2004年5月に県立ぐんま天文台(GAO),2005年12月と2006年2月にハワイ・マウナケア山山頂のNASA赤外望遠鏡施設(IRTF)において行なわれた。全ての観測において,これまでに無い詳細な空間分解能を持って空間2次元+波長1次元のデータセットを取得し、これにより始めて分光的な解析と同時に,詳細な空間分布の議論が可能になった。

 観測された全ての大気光分布で局所的に明るい領域が見つかった。また各大気光強度分布に対応する回転温度の夜半球分布が初めて示され,明るい領域に重なるような高温領域が発見された。この発見は、金星大気光の成因について大きな制約を与えるもので、きわめて高く評価できる。

 各分布について強度-温度相関図を調べると,全ての例において全体的に弱い正相関が見られた。このような温度上昇を生む加熱源としては,O原子再結合時の化学反応による加熱・下降流中の断熱圧縮による加熱が考えられる。しかしながら,データに見られた強度-温度相関は弱く,明るさが下降流の速さのみに依存するとは言いがたい。温度分布図には回転温度導出時の誤差によるバラツキの影響が目立つため,空間的にbinningした温度分布図を用いて,強度と温度の関係を考察した。その結果、最も明るい領域が高温を示す一方で,強度同程度の地点同士の比較では温度が異なるケースが多く見つかった。これより強度と温度は単純な比例関係には無いとの結論に達した。大気光の明るさがO原子の再結合率に比例すると仮定すれば,再結合が起こっている高度に含まれるO原子の量に分布があり,そこに局所的に速度差をもつ下降流が生じた結果と解釈できる。また,O原子分布が発光層の高度分布を反映している可能性が考えられる。

 なお、本論文第2、3章は岩上直幹、今村剛、笠羽康正、西原英治、佐川英夫、上野宗孝との共同研究であるが、論文提出者が主体となってデータの分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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