学位論文要旨



No 122143
著者(漢字) 木村,武志
著者(英字)
著者(カナ) キムラ,タケシ
標題(和) 断層運動に伴う動的応力変化場の特徴と地震のトリガーに関する研究
標題(洋) Characteristics of Dynamic Stress Field Induced by a Finite Earthquake Fault and Earthquake Triggering
報告番号 122143
報告番号 甲22143
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5006号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 講師 井出,哲
 東京大学 教授 武尾,実
 東京大学 教授 平田,直
 東京大学 助教授 宮武,隆
 東京大学 教授 山下,輝夫
内容要旨 要旨を表示する

 ある地震が発生した際に,他の地震をトリガーするという現象が,多くの地震について確認されている.この地震のトリガーがどのような環境で,また先行する地震のどのような影響によって発生するのか,その条件およびトリガーのメカニズムを明らかにすることは,現在の地震学における大きな課題である,『地震がいかに始まるのか?』という問題を考える上で,重要かつ有効な研究である.本研究では,地震のトリガーの最も顕著な現象である余震活動に対して動的ΔCFF(Coulomb Failure Function)が与える影響について理論,データ解析の両面から検討した.

 まず,動的ΔCFFが余震活動に影響を与える場合に,観測される余震活動の空間分布にどのような特徴が現れるのかを明らかにするために,動的ΔCFFの時空間分布と断層運動の関係について明らかにした.無限均質媒質中の単純な震源モデルによる動的ΔCFFについて,有限差分法による数値シミュレーションを用いることにより,動的ΔCFFの分布の特徴が,1)法線応力の分布,2)破壊のディレクティビティの影響,3)破壊停止端から放射されるストッピングフェーズ,の3つの要素に依ることを示した.これらの要素は,断層上の破壊伝播方向とすべりの方向との関係により,影響の様子が変化する.また,このような動的ΔCFFの最大値分布は破壊の複雑さを考慮すると大きく変わる可能性があることを示した.従って,動的ΔCFFの計算を行う際には,震源モデルの安易な単純化はできず,個々の地震の破壊過程をできるだけ忠実に再現して計算する必要がある.また,浅い地震を想定して,地表の影響を加えた場合の数値シミュレーションを行った.これにより,地表面によって動的ΔCFFの空間分布が大きく乱されることはなく,断層と地表の位置関係によって,地表が分布を切る位置が変わるだけの影響を考慮すれば良いことを示した.得られた動的ΔCFFの空間分布の特徴と以下に示す2つの仮定から,動的ΔCFFが近地の余震活動に影響を与えた場合に予想される余震活動の空間分布を示した.ここで立てた仮定とは,1)余震活動の活発化域,静穏化域は静的ΔCFFに依存する,2)静的ΔCFFが正の領域でかつ動的ΔCFFの最大値が大きな領域では,他の領域と比べて特に余震活動が活発化する,という2つである.これらの仮定から,近地での余震活動が動的ΔCFFの影響を受けた場合,予想される余震活動の特徴としては以下のものがある.破壊伝播方向とすべりの方向が平行な場合については,1)破壊停止端から破壊伸展方向延長部で特に活発化する,2)破壊停止端から断層面に直交するtension場の方向に伸びる領域で特に活発化する,の2点が挙げられる.また,破壊伝播方向とすべりが直交する場合,3)本震震源断層から離れて平行に分布する余震活動は破壊伸展方向により強く活発化する,4)破壊停止端から破壊伸展方向と断層に直交する方向の間で斜めに活発化域が伸びる,ことが挙げられる.

 次に,上述した二つの仮定,「余震活動の活発化域,静穏化域は静的ΔCFFに依存する」,「静的ΔCFFが正の領域でかつ動的ΔCFFの最大値が大きな領域では,他の領域と比べて特に余震活動が活発化する」,について,1994年Northridge地震の余震活動を対象として,検討した.まず,本震前約9年間と本震後3ヶ月間の地震活動における地震発生数について,静的ΔCFF分布と動的ΔCFFの最大値分布との比較を行った.動的ΔCFFの最大値分布に対して,地震活動は,本震前・本震後ともに有意に正の値の大きな領域に集中して発生しており,また本震前に比べて,本震後の方が正の値のより大きな領域で集中して発生していることが分かった.一方,静的ΔCFF分布に対しては,本震前の地震活動は空間的に一様に発生していることを否定できなかったが,本震後に関しては,正の領域で集中して発生していることが示された.次に,地震活動度変化と動的ΔCFFの最大値分布,静的ΔCFF分布を比較した.地震活動度の変化を表すパラメータであるβ値を見積もると,動的ΔCFFの最大値には0.5%の危険率で相関があることが示されたが,静的ΔCFFとは相関があるとは言えなかった.従って,Northridge地震の余震活動については,「余震活動の活発化域,静穏化域は静的ΔCFFに依存する」,「静的ΔCFFが正の領域でかつ動的ΔCFFの最大値が大きな領域では,他の領域と比べて特に余震活動が活発化する」という2つの仮説のうち,2番目の仮説は妥当だと言えたが,1番目については何も言えなかった.

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は地震断層運動が作り出す動的応力変化場と周囲の地震活動誘発の関係を検討したものであり全三章から成り立つ。第一章はイントロダクションであり、この論文の地震研究における位置づけを既往の地震活動誘発に関する研究と関連付けて説明している。第二章では断層運動による断層近傍での応力場の様子を扱っている。単純な矩形断層モデルから地表面を考慮したやや複雑な設定まで用いて動的応力場をグラフィカルに表示し、特に地震発生を促進する領域が断層周辺のどのあたりに存在するか明らかにしている。第三章では現実の地震(1994年ノースリッジ地震)の断層モデルと地震活動データを取扱い、地震活動の活発化、静穏化と応力変化場の関連を統計的に処理している。

 地震が地震を誘発することはよく知られた事実であり、これまで個々の地震が周囲に引き起こす応力変化がその主要因と考えられてきた。応力成分の中でも特に静的クーロン応力と地震活動変化との対応がよいと考えられている。一方、地震活動変化の中には静的クーロン応力変化で説明できないものがあることが近年わかってきて、その原因究明は現在の地震物理学のホットなテーマの一つとなっている。特に有望と考えられるメカニズムは地震波による動的応力変化場の過渡的な通過が断層帯に永続的な変化をもたらし、地震波通過後なお地震を誘発するというものである。従来の動的応力場の研究は比較的単純な横ずれ断層を中心に行われてきたが、より定量的統計的解析のためには様々なメカニズムの地震について研究事例を積み重ねる必要がある。本論文はこの動的応力変化場と地震活動変化の問題に正面から取り組んだものである。

 論文提出者はまず単純な断層破壊モデルを用い、有限差分法で動的破壊時の断層周辺の応力変化を計算し、動的クーロン応力を計算した。いくつかのモデル計算例により、このような応力場の評価には正確な断層破壊モデルが必要であることを示した。そこで現実のデータとして破壊過程がよく研究されている1994年ノースリッジ地震と精密決定された地震活動データに同様の数値計算を適用した。すると断層周辺では従来考えられていたような地震活動変化と静的クーロン応力変化の対応は顕著でなく、むしろ地震波通過に伴う動的クーロン応力の最大値と良く対応するということが明らかになった。この結論は従来の地震の誘発理論に修正をせまるもので注目に値する。

 今回定量的評価は一例しか扱えなかった。地震の誘発は地殻活動予測にとって重要であるわりにまだ研究が進んでいない理由として、地震活動は確率的プロセスであり、その分析は根気を必要とする作業であるということが挙げられる。本論文はこのような面倒な作業と評価を地に足をつけて行ったものであり、今後の同種研究のよい参考となるものである。今回行われたような定量的評価を積み重ねていくことで統計的な地震活動予測の高精度化に寄与することができるだろう。

 尚、本論文は宮武隆助教授の指導の下に行われた研究をまとめたもので、共同研究として公表されるが、論文の骨格は論文提出者自身の発想に基づくものであり、結論に至るまでの数値計算も論文提出者が主体的に行ったものである。従って論文提出者の寄与は十分であると判断する。

 従って、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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