学位論文要旨



No 122145
著者(漢字) 佐川,英夫
著者(英字)
著者(カナ) サガワ,ヒデオ
標題(和) 野辺山ミリ波干渉計を利用した金星大気の観測的研究
標題(洋) Observational study of the Venusian atmosphere with the Nobeyama millimeter array
報告番号 122145
報告番号 甲22145
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5008号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 近藤,豊
 東京大学 助教授 横山,央明
 東京大学 助教授 阿部,豊
 東京学芸大学 教授 松田,佳久
 国立天文台 助教授 奥村,幸子
 海洋研究開発機構 特任研究員 山中,大学
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1.はじめに

 本論文は,野辺山ミリ波干渉計(NMA)を利用した金星大気のリモートセンシングに関する論文である.主な内容は,干渉計を利用した画像合成方法に関して述べた第2章,および観測結果をもとに中間圏(高度100km付近)の大気循環と雲層下部(高度50km付近)の大気構造をそれぞれ考察した第3章と第4章からなる.

 金星は光学的に厚い雲で覆われており,雲頂よりも下方を光学観測することは困難である.本研究では,金星大気の透過率が可視光領域よりも高くなるミリ波に注目し,波長3mm帯で高度50km付近の大気から放射される熱放射を観測した.また,雲よりも上空に関してはトレーサーとして利用可能な物質が乏しいために観測的研究が停滞しているが,本研究では,金星中間圏に存在するCO分子の吸収線(波長2.6mm)を高分散分光観測することで,上層大気の全球的な観測を行なった.

2.干渉計を利用した惑星観測

 第2章では,干渉計を利用した惑星観測の問題点に言及した上で,NMAで得られる金星画像の信頼性を定量的に評価した.

 明るい面光源である金星に対して干渉計を利用する際には,いくつかの問題点を考慮する必要がある.

 (1)干渉計は特定の大きさ以上の広がり持つ輝度分布に対しては感度が無い.これは,惑星を観測した場合に全球平均の輝度温度が決定できないことを意味している.

 (2)干渉計で取得したデータ(visibility)から電波画像を復元する際には,合成ビームのサイドローブの影響による画像の歪みを取り除く必要がある(CLEAN操作).本研究の観測対象は,輝度温度350-400Kの一様なディスク構造内部に存在する10%程度の非一様成分であるが,このような微細構造はサイドローブパターンに埋もれている為に通常のCLEAN操作を適用することが困難である.

 (3)金星が太陽に近い為に,金星観測中にはアンテナ表面が常に一定の方向から太陽光によって熱せられることになる.アンテナ表面上の非一様な温度勾配は,アンテナの感度特性を歪ませる可能性がある.

 本研究では,これらの問題点に対し以下の方法で対処した.

 (1)惑星は,第一次近似的には一様な周縁減光効果をともなったディスク状の電波源として想定できる.そのような構造を持つ電波源の理論visibility関数(Butler and Bastian,1999)を実測visibilityにフィッティングすることで,全球平均輝度温度337K(波長2.9mm)を導出した.フィッティング精度は実測visibilityの最短基線長に依存する為に,本研究では,最もコンパクトなアンテナ配列で,視直径が比較的小さい金星を観測したデータを利用した.

 (2)一様な輝度分布をしているディスク構造電波源のvisibilityを予め差し引いておき,その残差に対してCLEAN操作を行い,その後,最初に差し引いた一様輝度分布成分を戻すというPlanetary-CLEAN操作(e.g.,de Pater and Dickel,1982)を採用した.さらに,本研究ではCLEAN操作で得られた電波画像を,実際の金星輝度温度分布の予想モデルと仮定して,個々のvisibilityの重みを調整しつつCLEAN操作を反復するというSelf-Calibration操作(Cornwell,1989)を行なった.これにより,画像のノイズのRMSレベルを金星輝度最大値の3%程度にまで低下させることに成功した.

 (3)木星および金星のラスタースキャンを利用し,主ビームの感度特性分布を取得した.その結果,アンテナ主ビームは,5%以下の誤差範囲でGaussian分布として近似できることが示された.

 この画像合成方法の信頼性を評価するために,擬似的に作成した電波源を利用したシミュレーションを行なった.その結果,NMAにおける観測誤差に起因した合成画像の輝度変動は5%以下であると結論した.

3.中間圏における風の場の可視化

 第3章では,CO吸収線のドップラーシフトを利用して風速の視線方向成分をマッピングし,中間圏での大気循環に関する考察を行なった.

 金星中間圏における大気循環は,東西に一定の速度を持つ西向き帯状流成分と,太陽直下点と反太陽直下点を結ぶ軸対称な速度場を持つ昼夜間循環成分の2成分の重ね合わせとして考えられている(Mayr et al.,1980;Bougher et al.,1986).

 異なる金星位相角で観測を行なった結果,全球的には昼面から夜面に流れる風が確認された(図1)が,これらの2成分では説明されない南北非対称性や,局所的に夜から昼に向かう風を示す分布が得られた.これらは,内合付近の金星を観測することで高空間分解能を実現したことによる本研究によって初めて示された結果である.

 真夜中付近での局所的な風速を見積もった結果,速度が40m/s以下から150m/s以上に渡ってばらついていることが示された.本研究では,その非一様性を太陽直下点付近において下方から取り込まれる西向き帯状流成分の変動,つまり下層大気中のスーパーローテーション強度に関連があるとして議論した.本研究は,中間圏の風に大きな変動性があることを示すケーススタディとしても有意義なものであった.

4.ミリ波における輝度温度分布の非一様性

 第4章では,波長3mm帯における熱放射輝度分布の非一様性に関して議論した.

 この波長帯での輝度分布が非一様であるということは,de Pater et al.(1991)によって示唆されているが,本研究では,観測精度を定量的に評価し(第2章),金星夜面において輝度温度が10%以上の優位な差で上昇していることを検証した.また,複数の観測例を比較することで,非一様構造が定常的に存在する可能性を指摘した.

 この輝度温度の非一様性にはSO2,H2SO4および雲が関係していると考えられるが,波長3mm帯での輝度分布と,同日に近赤外波長(2.28μm)で取得した雲画像を比較した結果,両者の空間構造に強い相関関係は見られなかった(図2).

 各吸収物質の輝度温度に対する影響を放射輸送モデルから見積もった結果では,雲による輝度温度の低下が3K程度なのに対して,SO2やH2SO4の影響は30K程度であることが示された.これらの観測的および理論的考察をもとに,波長3mm帯で観測される輝度温度の非一様性は,雲の分布よりも,SO2およびH2SO4の空間分布を反映していると結論した.雲の濃淡分布以外で雲層下部における大気構造の非一様性を観測したのは,本研究が初めてであり,本研究によって対流や熱潮汐波などの雲層下部における大気物理を研究する上での新たな知見が得られたと言える.

図1.観測された視線方向風速の分布(一部分のみ:2004年3月,2005年12月,2006年4月の結果を表示).負の速度は地球に対して近づく向き(ブルーシフト),矩形の大きさは風速の導出誤差を示す.金星昼夜の位置関係を示す概念図(2006年4月は昼夜が逆転していることに注意)と併せて考えると,どの視線速度パターンも昼から夜に向かう風として解釈することができる.空間分機能の高い2005年12月の分布では,南北非対称や,昼面北極域に夜から昼,あるいは東向きに流れる風が示唆されている.

図2.それぞれ同日に観測された3mm帯(2.9mm)輝度温度分布(左)および近赤外で観測した雲の光学厚みの分布(右).2005年12月7日(上段)および8日(下段)のデータ.近赤外画像の昼面は飽和している.

図中の青マーキング箇所に見られるように,輝度の明暗に一致性が見られない.

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は,野辺山ミリ波干渉計(NMA)を利用した金星大気のリモートセンシングに関する論文である.主な内容は,干渉計を利用した画像合成方法に関して述べた第2章,および観測結果をもとに中間圏(高度100km付近)の大気循環と雲層下部(高度50km付近)の大気構造をそれぞれ考察した第3章と第4章からなる.

 金星は光学的に厚い雲で覆われており,雲頂よりも下方を光学観測することは困難である.本研究では,金星大気の透過率が可視光領域よりも高くなるミリ波に注目し,波長3mm帯で高度50km付近の大気から放射される熱放射を観測した.また,雲よりも上空に関してはトレーサーとして利用可能な物質が乏しいために観測的研究が停滞しているが,本研究では,金星中間圏に存在するCO分子の吸収線(波長2.6mm)を高分散分光観測することで,上層大気の全球的な観測を行なった.

 第2章では,干渉計を利用した惑星観測の問題点に言及した上で,NMAで得られる金星画像の信頼性を定量的に評価した.本研究では,過去の惑星観測で利用された解析手法(Planetary CLEAN)およびダイナミックレンジを向上させる手法(Self Calibration)を利用することで,ノイズ成分を押さえることに成功した.この画像合成方法の信頼性を評価するために,擬似的に作成した電波源を利用したシミュレーションを行なった.また,太陽に近い金星を観測する際に懸念されるアンテナの感度特性の歪みに関しても,感度分布を実測することで評価した.その結果,NMAにおける観測誤差に起因した合成画像の輝度変動は5%以下であると結論した.

 第3章では,CO吸収線のドップラーシフトを利用して風速の視線方向成分をマッピングし,中間圏での大気循環に関する考察を行なった.金星中間圏における大気循環は,東西に一定の速度を持つ西向き帯状流成分と,太陽直下点と反太陽直下点を結ぶ軸対称な速度場を持つ昼夜間循環成分の2成分の重ね合わせとして考えられているが,これらの2成分では説明されない南北非対称性や,局所的に夜から昼に向かう風を示す分布が得られた.これらは,内合付近の金星を観測することで高空間分解能を実現したことによる本研究のユニークな結果である.本研究では,この非一様性を太陽直下点付近において下方から取り込まれる西向き帯状流成分の変動として議論した.

 第4章では,波長3mm帯における熱放射輝度分布の非一様性に関して議論した.この波長帯での輝度分布が非一様であるということは,de Pater et al.(1991)によって示唆されているが,本研究では,観測精度を定量的に評価し(第2章),金星夜面において輝度温度が10%以上の優位な差で上昇していることを検証した.また,複数の観測例を比較することで,非一様構造が定常的に存在する可能性を指摘した.この輝度温度の非一様性にはSO2,H2SO4および雲が関係していると考えられるが,波長3mm帯での輝度分布と,同日に近赤外波長(2.28μm)で取得した雲画像を比較した結果,両者の空間構造に強い相関関係は見られなかった.各吸収物質の輝度温度に対する影響を放射輸送モデルから見積もった結果では,雲による輝度温度の低下が3K程度なのに対して,SO2やH2SO4の影響は30K程度であることが示された.これらの観測的および理論的考察をもとに,波長3mm帯で観測される輝度温度の非一様性は,雲の分布よりも,SO2およびH2SO4の空間分布を反映していると結論した.雲の濃淡分布以外で雲層下部における大気構造の非一様性を観測したのは,本研究が初めてであり,本研究によって雲層下部における大気物理を研究する上での新たな知見が得られたと考える.

 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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