学位論文要旨



No 122148
著者(漢字) 高久,真生
著者(英字)
著者(カナ) タカク,マサオ
標題(和) 表面の運動がプレートライクなマントル対流実現のためのプレート境界の流体力学的なモデリング
標題(洋) Fluidmechanical modeling of plate boundaries to simulate mantle convection with plate-like motion at its top
報告番号 122148
報告番号 甲22148
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5011号
研究科 理学系研究科
専攻 地球惑星科学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 本多,了
 東京大学 教授 栗田,敬
 東京大学 教授 浜野,洋三
 東京大学 助教授 岩森,光
 東京大学 助教授 沖野,郷子
内容要旨 要旨を表示する

1. イントロダクション

 1960年代後半に提唱されたプレートテクトニクス理論により地球表面の運動は運動学的に表現され、表面のさまざまな特徴が説明されてきた。さらにプレート運動を地球の冷却に伴うマントル対流の表層運動として、力学的な理解が試みられてきたが、未だ観測を説明するようなモデルは得られていない。マントル対流は主に熱対流であるが、地球内部の密度異常分布を直接モデルに与える密度異常駆動対流は結果と観測との比較がしやすい利点がある。地球内部の主な質量異常はスラブであると考えられている。しかし、スラブの質量異常を与える対流モデルでは表面での活発でプレートライクな運動を再現することができていない。本研究では2次元の定常的な密度異常駆動対流を解析的に計算し、プレート境界を地震学の震源理論を用いて流体力学的にモデル化することにより、表面の運動がプレートライクであるようなマントル対流を得ることを目指した。

2. 表層中のプレートライクな運動実現のための困難

 プレートは地質学的時間スケールにおいて10^23Pa s以上の高粘性表層として振る舞い、アセノスフェアの粘性率に比べ3桁以上大きいと考えられている。水平方向に均質な場合にプレートライクな高粘性表層の流れを実現するためには以下のような3つの代表的な困難がある。

 I. 表層の運動はマントル対流から分離してしまい、高粘性表層中の流れがマントル対流の一部として表現できない。

 II. 観測では表面速度のporoidal componentとtoroidal componentの運動エンルギー比は約1であるが、密度異常駆動対流はtoroidal componentを含まない。

 III. 実際は非対称な沈み込みであるが、密度異常駆対流の下降流は一般に対称である。

さらに、周囲のアセノスフェアと粘性率が同程度のスラブをおくと、スラブ質量異常による負の浮力がスラブに直接繋がっている表層に十分に伝わらず、観測に合うような活発な表層運動が生じない。

3. モデル化

以上の困難解決のためにプレート境界とスラブのモデル化を行った。

プレート境界の3要素(海嶺、海溝、トランスフォーム断層)を地震学の震源理論における等価体積力の概念を用いて、プレート境界における速度の食い違いによって生じる流れをdouble coupleによる流れとして表現した。さらに、スラブの負の浮力による流れをvertical single forceによる流れとして表現した。Single force, double coupleによる流れは高粘性非圧縮流体の運動方程式の特殊解である。等価体積力を用いたモデル化により、グローバルな視点からのプレート境界における流れ場とスラブ質量異常による流れ場を表現できた。

(1) プレート境界のモデル化

 プレート境界を表層中に初めから存在する切れ目とし、定常運動がおきているとした。海嶺、対称な沈み込みの海溝、片側沈み込みの海溝、トランスフォーム断層をモデル化した。海嶺をhorizontal tensile fault(図1a)、対称な沈み込みの海溝を共役な45度dipのreverse fault(図1aの流れの向きの反対のもの)、片側沈み込みの海溝を45度dipのreverse faultと断層面に垂直なsingle forceを用いて表現した(図1b)。ただし、表面のfree-slipの境界条件を満たすために、z<0の領域に鏡像を置いた。また、トランスフォーム断層を横ずれ断層として表現した(図1c)。さらに、プレート境界の役割を仮定し、ストレスを解消する場所とした。海溝を断層面上の摩擦が0の場所として、スラスト面上のshear stressが解消されるとした。他方、海嶺をtensile stressに対する強度が0の場所として、水平方向のtensile stressが解消されるとした。

(2) スラブのモデル化

 スラブはプレートと繋がっているとして、プレートとスラブの粘性を同程度とした。解析的な取り扱いのため、水平方向の粘性率を一様とする必要があるので、スラブの全質量をプレート下面に集中させた質量異常面として表現した(図1d)。

(3) 2次元の定常的な密度異常駆動対流のモデル化

 本研究ではI.の困難に注目して、海嶺、海溝、スラブを含む対流系を考えた。モデルの単純化のために海溝における沈み込みを対称であるとした。密度異常駆動対流モデルは高粘性表層とアセノスフェアの上下2層からなる半無限媒体の表層中に海嶺、海溝を周期的においた構成とした(図2)。質量保存の方程式と高粘性非圧縮流体のNavier-Stokesの方程式を解き、表面でfree-slip、表層下面で速度とトラクション連続の境界条件をおいた。ただし、粘性比r=η1/η2とする。高粘性非圧縮流体の運動方程式の線形性から、スラブ質量異常、海溝におけるreverse fault system、海嶺におけるnormal-fault systemの各々が駆動する対流に分け、それぞれを個別に計算した。与えられた大きさのスラブ質量異常が駆動する対流に対して(1)で述べたストレス条件を満たすように海溝のreverse fault system、海嶺のnormal fault systemの各々のモーメントα,βを重みとして(式(1),(2))、3種の対流を重ね合わせた。海嶺、海溝における断層の交点(y=0,L/2)を代表点として、ストレス条件はこの代表点で求めた。各々の要素が駆動する対流に分けることで、それらのプレートライクな運動実現への寄与を考察できる点が本研究の特徴である。

海溝において:〓...(1)

海嶺において:σ(slab)(yy)+ασ(trench)(yy)+βσ(ridge)(yy)=0...(2)

4. 結果

ストレス:高粘性表層(粘性比r=1000)においてスラブ質量異常の駆動する対流の表面におけるストレス(図3a)は海溝付近で鉛直方向のtensile stressが卓越し、海溝から離れると水平方向のtensile stressが卓越する。海溝断層の駆動する対流の表面におけるストレス(図3b)は鉛直方向のtensile stressはほぼ0となり、水平方向のtensile stressは水平方向に一様になった。また粘性比が十分高い場合、重ね合わせた対流の表面におけるストレス(図4)と表面地形は表層の粘性率に依存しなくなる。水平方向のtensile stressは伸張となった(海溝付近で最大、海嶺でゼロ)。表面速度が実際のプレート速度と同程度となるためには、スラブの負の浮力:50MPa,アセノスフェアの粘性:2×10^19Pa s,表層の厚さ:100kmが必要であり、またこのとき地形は海溝で2kmとなり、何れもこれまでの観測や推定と矛盾しない。

表層の流れ:重ね合わせた対流は表層とアセノスフェアの粘性比r>1000の場合に表層の運動はプレートライクになった。粘性比r=1000のときの流線関数は図5のようになった。0<z<Wの表層の流れは速度が一様になりプレートライクな表層運動が実現した(図6)。表面速度は海嶺の位置によらず、速度(無次元)はほぼ一様になった。また、表層の運動がプレートライクな場合の次元化した表面速度は約10cm/yrとなった。以上の結果はプレート速度の観測事実と一致し、本研究におけるモデルリングは妥当である。さらに重要な結果として表面速度は粘性比によらず一定となった。つまり、表面速度はアセノスフェアの粘性率とスラブの負の浮力の大きさのみにより、表層の粘性率によらない。

5. 考察

スラブの負の浮力の見積もり:スラブが長さ300-600km,密度異常100kg/m^3の場合にスラブの鉛直方向のtensile stressは300-600MPa、即ち岩石の破壊強度(-500MPa)程度となり、これがスラブの負の浮力の見積もりの最大値を与える。一方、最小見積もりとしては地震の平均的なストレスドロップ程度の値(3-6MPa)が考えられる。本研究においては地震時のスアスペリティにおけるストレスドロップ程度の値(30-60MPa)をスラブ負浮力の最も代表的な値として採用した。スラブの負の浮力が50MPaのとき、表面における水平方向のtensile stressは25-50MPaとなり、リッジプッシュと反対符号で大きさは同程度となる。

力のバランス:本モデルでは、スラブの密度異常を高粘性表層下面に分布させた質量異常面としスラブプルのみが駆動源となっている。高粘性表層の厚さは一定のためridge pushはない。スラブの負の浮力の大部分は海嶺と海溝における水平・鉛直方向の流れの出入りに伴う抵抗と釣りあっており、残りのわずかな部分が表層下面におけるマントルドラッグの和と釣り合っている。

プレート境界の役割:本研究においてはプレート境界の役割をストレス解消の場所として定義し、スラブ質量異常、海溝のreverse fault system、海嶺のnormal fault systemの駆動する対流を重ね合わせた。重ね合わせの条件とプレート境界の表層の流れに及ぼす影響を考察することで、スラブ質量異常によって高粘性表層にできたストレスを海溝と海嶺が相補的に解消することにより、マントル対流の一部として高粘性表層に活発な流れが起こると理解できる。

6. 結論

プレート境界における流れ場と高粘性なスラブの質量異常を地震学の震源理論の等価体積力の概念を用いて表現した。さらに、プレート境界をストレスの解消される場所としてモデル化することにより、表層の運動がプレートライクで、自己矛盾のない質量異常駆動対流を実現できた。観測に合った表面速度、表面地形などが得られた。対流を要素に分けることにより、プレート境界の役割を明らかにして、プレート運動の大まかな力学的枠組みを理解できた。

Figure 1 Stream lines or equi-velocity contours of the flow in the homogeneous half space. Dashed lines are clockwise-directed and solid lines counterclockwise-directed. a) Stream lines of the flow due to normal faulting at ridge. A conjugate set of 45°- dip slip faults extends down to depth W below the free-slip surface in a homogeneous half space. Dashed lines are clockwise-directed and solid lines counterclockwise-directed. The flow direction is reversed in the case of symmetric trench. b) Stream lines of the flow due to distributed single forces normal to the 45°-dip fault plane at a one-sided trench. The fault extends down to depth W in a homogeneous half space. Dashed lines are clockwise-directed. The counterpart of this source is located very far away to the right. Flow crosses the fault plane from the foot wall side well into the hanging wall side. c) Equi-velocity contours of the flow due to left-lateral strike-slip faulting along transform fault. The source extends down to depth W below the free-slip surface in a homogeneous half space. Solid and dashed lines indicate the positive and negative along-strike velocities, respectively. d) Stream lines of the flow due to an infinitesimally short slab of width 2W. The source is placed at depth W below the free-slip surface in a homogeneous half space.

Figure 2 Profiles of horizontal (solid lines) and vertical tensile stresses (dashed lines) along the surface (z=0) in a case of large viscosity ratio (r=1000). Trench-to-trench distance L is 40.96W. a) stresses due to the flow driven by the slab excess mass with force density fo normalized by |fo|. b) stresses due to flow driven by faulting at trench with moment density mo, normalized by |mo|/W. Faults are spaced periodically at interval L.

Figure 3 Two-dimensional model configuration of convection system with faults at ridges and trenches within the highly viscous surface layer. The highly viscous subducting slab is attached to the bottom of the surface layer.

Figure 4 Profiles of horizontal and vertical tensile stresses along the surface (z=0), normalized by fo, of the coupled convection with viscosity ratio r=103.

Figure 5 Stream function, normalized by |fo|W/η1 , of the coupled convection with viscosity ratio r. The contour interval is 50, 500, 5000 for cases (a), (b) and (c) where r=103, 104, 105. Subducting slabs are placed at an interval L(=40.96W). The vertical scale is exaggerated. Dashed and solid stream lines direct clockwise and counterclockwise, respectively. Hashed layer means highly viscous surface layer.

Figure 6 Profile of surface horizontal velocity, normalized by |fo|W/η1, of the coupled convection with viscosity ratio r=1000. Trench-to-trench distance L is 40.96W. A ridge is placed either at the symmetric position (y=0.5L) or at an asymmetric position (y=0.7L). In the latter case ridges are located at y=..., -1.3L, -0.7L, 0.7L, 1.3L,....

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は6章からなり、第1章は一般的な導入、第6章は一般的な結論に当てられており、第2章から第5章までが主要部分となっている。

 第1章では、本論文の背景と目的が述べられている。申請者は、プレート運動をマントル対流の高粘性表層部分の動きとして理解しようとする試みの主要な困難として、(1)高粘性表層はその下の活発な対流運動から取り残されやすい、(2)トランスフォーム断層に伴う活発なトロイダル運動を起こしにくい、(3)海溝における片側沈み込みを実現するのが難しい、の3点を挙げている。

 第2章では、上述のような困難を克服するために地震学における断層の力源表現を応用してプレート境界をモデル化することを提唱している。申請者は、非圧縮性高粘性ニュートン流体の定常断層運動はダブルカップル力源と等価であることを示し、均質半無限流体におけるプレート境界の3要素(トランスフォーム断層、海嶺、海溝)の解析的表現を得た。海溝については、単純な対称沈み込みの場合とより複雑な片側沈みこみの場合について両方の解析的表現を提案している。また、この適用例として2層流体の場合のトランスフォーム断層運動が実現される事を示している。

 第3章では、2次元2層流体中の対称沈み込みの場合について議論している。低粘性層に沈み込むスラブ起源の過剰質量を高粘性表層の底に集中させることによって表現し、海嶺での水平引っ張り強度がゼロ、海溝の断層面の摩擦強度もゼロとし、上記のプレート境界のうちトランスフォーム断層を除く2要素を組み合わせている。この結果、スラブ過剰質量が駆動する対流が、海嶺断層運動・海溝断層運動を励起し、表層に活発なplatelikeな流れ(表層の流れがプレート境界を除く部分で剛体的になっているような流れ)実現する事を示している。表層の粘性率が下層のそれより3桁以上大きくなると、(1)表層流体の流出入は海溝・海嶺のみで起こり、それ以外の表層流はplatelikeになりその速度は海溝・海嶺間の距離に依らずスラブ過剰質量にのみ依存する、(2)スラブ過剰質量を固定したとき表層流速・表面地形は表層の粘性率によらない、(3)スラブ過剰質量による鉛直引っ張り応力を地震の平均的応力降下量よりは1桁大きくリソスフェア岩石の強度より1桁小さく取ると、海洋プレートの拡大速度と同程度の表層流速と現実の海溝地形と同程度の表面変形が得られる。上記の結論は、本論文のマントル対流システムの表層の流れが定性的にも定量的にも現実のプレート運動と整合的であることを示すものである。表層流速が表層粘性率に依らないとする(2)の結論は、これまでのマントル対流モデリングからの結果と異なっている。

 第4章は片側沈み込みを議論している。最初に、片側断層を境として速度不連続と圧力不連続とを組み合わせた海溝モデルを取り上げている。圧力不連続は対称沈み込み海溝には無かった力源要素であり、その大きさは断層を横切る流れが無いとする条件によって決められる。この片側沈み込みモデルによっても高粘性表層にplatelikeな流れが実現するが、第3章の対称沈み込みモデルと違って表層流速は表層の粘性率に反比例する。このモデルでは、流線は海溝で構成則に従って連続的に曲げられるため粘性散逸は表層粘性率が大きくなるほど増加する。この問題を解消するために申請者は、上記の片側断層モデルに共役な断層を付加することにより、対称沈み込みモデルと同じ性質を持つ片側沈み込みモデルを提示し、対称沈み込みモデル(第3章)の特徴がそのまま成立することを示している。

 第5章は全体の議論である。ここで申請者は、マントル対流の表層流としてプレート運動を(2次元)モデル化するための重要な要素について言及している。第6章は得られた結論がまとめられている。

 以上、本論文は断層概念を用いてプレート境界を表現し、それらを組み合わせることにより、プレート速度など具体的にも現実地球と整合的な表層流を発生させることができること、その流れの大局的性質が表層の粘性率に依存しない事を示したもので、新概念に基づく現実と整合的なマントル対流モデルを提示したものとして高く評価できる。また、本論文は、platelikeな表層流れを実現するには何が本質的かを基礎から明らかにし、今後のマントル対流のモデリングの方向性を示した点にも大きな価値があると判断される。

 なお、本論文は、深尾良夫との共同研究であるが、論文提出者が主体となって定式化及びシミュレーション計算を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 以上の理由より、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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