学位論文要旨



No 122158
著者(漢字) 岡崎,壮平
著者(英字)
著者(カナ) オカザキ,ソウヘイ
標題(和) 近接場マイクロ波を用いた局所導電性の定量に関する研究
標題(洋) Study on Quantitative Analysis of Local Conductivity Using Evanescent Microwave
報告番号 122158
報告番号 甲22158
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5021号
研究科 理学系研究科
専攻 化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 長谷川,哲也
 東京大学 教授 梅澤,喜夫
 東京大学 教授 西原,寛
 東京大学 教授 塩谷,光彦
 東京大学 教授 斉木,幸一朗
内容要旨 要旨を表示する

【背景】

 走査型マイクロ波顕微鏡(SμM)は局所的な試料電気物性を評価するSPMの一種である。同装置では、共振回路に接続した探針の先端から近接場マイクロ波を印加し、探針直下の試料表面における誘電率、導電性、誘電損失などの電気物性を共振周波数f0やQ値など共振特性の変化より評価する。しかし特に薄膜試料の場合、電場応答の複雑さからこれまで導電率の定量評価が困難であった。そこで、本研究では有限要素法による解析と組成傾斜薄膜に対するSμM測定から共振周波数特性の導電率および膜厚依存性を明らかにし、薄膜試料の定量解析手法を確立した。また、SμMを金属-絶縁体転移や超伝導などの低温での相転移現象の観察に応用するため、室温から極低温までの幅広い温度領域で動作するシステムを開発した。さらに、水晶振動子による探針-試料間距離制御を利用した高空間分解能SμMの試作を行なった。

【SμMによる薄膜導電率の定量評価】

 標準試料として、膜厚100nm、200nmのTi(1-x)NbxO2系組成傾斜薄膜(Nb含有量x=0〜0.06)をLaAlO3(100)基板上にコンビナトリアルPLD法で成膜した。成膜条件は、基板温度550℃、酸素分圧1×10(-5) Torrである。上記薄膜の局所的な導電率は、走査型テラヘルツ時間領域分光法(SCT-TDS)により評価した。一方、球と仮定したプローブが基板上の薄膜と接しているモデルを用いて有限要素法により電場分布を求め、これよりf0およびQ値のシフト量(Δf, ΔQ)を算出した。

 Ti(1-x)NbxO2薄膜のSμMおよびSCT-TDS測定の結果を図1に示す。本試料はNb含有量とともに導電性が増加しており、Nb含有量xの増加につれ-Δf/f0は単調に増大するのに対し、Δ(1/Q)はピークを示している。また、膜厚が増加するに従ってΔ(1/Q)の極大が低導電率側にシフトする事が確認された。図2に有限要素法によるシミュレーションの結果を示すが、図1の実験データをよく再現していることがわかる。膜厚に対する依存性は、基板により膜内の電場分布が影響を受けるためと解釈され、膜厚が薄いほどその効果が顕著となる。

 以上の結果をもとに、未知試料の導電率評価法として以下のような方法を考案した。まず、試料と同じ基板、膜厚を有し、導電率σが既知の標準試料を用意する。続いてこの標準試料のSμM測定を行い、σと-Δf/f0、Δ(1/Q)との関係を求める。この検量線を用い、未知試料の-Δf/f0、Δ(1/Q)の値から導電率を定量評価する。

 上記手法を用いて、PLD法によって成膜したSr(1-x)LaxTi(1-y)AlyO3三元組成傾斜薄膜の導電率を実際に定量評価した。基板はLSAT、成膜温度は830℃、酸素分圧1×10(-6) Torrである。その結果を図3に示す。この系において、SrTiO3はバンド絶縁体であるが微量の不純物添加によって導電性を示すことが知られている。また、LaTiO3およびLaAlO3はバンド絶縁体であり、前者のエネルギーギャップは非常に小さい。SμMによる測定の結果、LaTiO3とSrTiO3の中間に導電率が最も高い領域が存在することがわかった。これに対しLaAlO3が豊富な領域では、導電率が急激に減少している。また導電率は(SrTiO3)(1-x)-(LaTiO3)xの組成比xに対してx・(1-x)で表されるような等位分布を示しており、Aサイト置換により生じたキャリアによって導電性が発現していることがわかる。また、LaTiO3-LaAlO3間では全領域にわたって絶縁性を示すのに対して、SrTiO3-LaAlO3間ではLaAlO3が50%以下の領域において導電性が確認された。この導電性はホッピング伝導に由来していると考えられる。

【低温走査型マイクロ波顕微鏡(LT-SμM)の開発】

 低温での測定を目的として、低温走査型マイクロ波顕微鏡(LT-SμM)を新たに開発した。真空チャンバー内にXYZ試料ステージを設置し、その直上に空洞共振器プローブを固定した。試料ステージは液体ヘリウムを用いて冷却し、ヒーターユニットを併用することによって4K〜室温の範囲で温度制御を可能にした。ネットワークアナライザによるプローブの信号測定とステージ移動はPCにより制御した。

 本装置を用い、PLD法によって成膜したNd(1-x)SrxMnO3組成傾斜薄膜の電気物性評価を行なった。この系は低温において金属-絶縁体相転移を示すことで知られている。なお、成膜条件は基板温度650℃、酸素分圧1×10(-3) Torrであり、基板にはMgO(100)面を用い、膜厚は200nmとした。薄膜の組成は試料長手方向に沿ってSr含有量x=0.4〜0.6の範囲で連続的に変化している。LT-SμMによる低温測定の結果に対し、有限要素法を用いて薄膜導電率の定量解析を行なった。結果を図4に示す。100Kにおける測定ではSr含有量xとともに導電率は減少しており、x=0.47、0.5で急峻な変化が見られる。また走査型SQUID顕微鏡による磁気物性の評価においてx=0.47以下の領域が強磁性である事がわかった。150Kにおいては、100Kと比べてx〓0.47では導電率が低下する一方でx〓0.47では逆に導電率が上昇しており、その差は減少している。これらの結果より、100KにおいてNSMO薄膜はx=0.47以下では強磁性金属、x=0.47〜0.5では電荷整列絶縁相、x=0.5以上では反強磁性絶縁相であることが判明した。また、150Kでは強磁性金属相はそのままで、電荷整列秩序相の範囲はx=0.47〜0.48に狭まっている。200Kにおける測定では薄膜導電率の組成依存性がさらに小さくなった。x=0.47付近において導電性はもっとも高く、この温度では試料全体が常磁性絶縁体である。

 これらの結果をバルクNd(1-x)SrxMnO3試料と比較すると転移温度や相境界の組成が異なっており、薄膜がエピタキシャル成長したことで生じた引張り方向の歪みが影響していると考えられる。以上より、LT-SμMによって低温での電気的な相分離を観察し、薄膜の電気相図を新たに作成する事に成功した。

【高空間分解能SμMの開発】

 Nd(1-x)SrxMnO3など多くのペロブスカイト型マンガン酸化物は低温で金属-絶縁体転移を示す。この相転移近傍ではナノスケールの相分離が起きており、同相分離が巨大磁気抵抗と深く関係しているとの予想がある。しかしナノスケールの分解能で局所的な電気物性を測定する手法がないため、これまで微視的な観察はほとんど報告されていない。そこで、絶縁体〜金属の広い範囲にわたって局所的な導電性を評価できる高空間分解能SμMの開発を行なった。

 SμMの空間分解能はプローブ先端の半径によって規定されるため、先端の鋭利な探針をプローブとして用いればナノスケールの空間分解が得られるものと期待される。ただし先端が変形しないよう非接触での測定が不可欠であり、探針-試料間距離を精密に制御する必要がある。本研究では長辺型水晶振動子を探針-試料間距離の計測に用いる新たな装置の開発を行なった。具体的には、SμMの空洞共振器に水晶振動子を接続し、その先端に鋭利なタングステン探針を取り付けSpMプローブとした。交流電源により共振させた水晶振動子は探針-表面間の相互作用に応じて共振周波数が変化するため、これをPLLによって検出しAFMコントローラを介してピエゾzステージにフィードバックをかけることにより、探針-表面間距離を一定に保つことができる。この状態で試料をxyステージにより走査しながらSμM測定を行なうことで、電気物性のマッピングを行なう。

 現在までに、Siウエハーを標準試料に用いてマイクロ波検出回路部の開発を行なった。その結果、試料導電率の増加と共に-Δf/f0は単調増加する一方でΔ(1/Q)はベルボトム型の挙動を示し、従来型のプローブと同様に試料導電率の定量が可能である事が確認された。また水晶振動子によるアプローチ試験を行ない、図5のように共振周波数が2価関数的に変化することを確認した。これは既報の結果とよく一致しており、音響的な効果によってμmオーダーでこのような傾向が表れたものと考えられる。

【結論】

 本研究では有限要素法による解析と組成傾斜薄膜に対するSμM測定から薄膜試料の定量解析手法を新たに確立し、これを用いて常温でのSr(1-x)LaxTi(1-y)AlyO3薄膜の導電率の定量マッピングに成功した。さらに、低温で測定可能なSμMを開発し、低温での局所的な薄膜導電率の測定を行ないバルク試料との違いを明らかにした。また、高空間分解能SμMの開発を行ない、水晶振動子プローブの有効性がわかった。

図1 Ti(1-x)NbxO2系(x=0〜0.06)薄膜 SμM、SCT-TDS測定結果

図2 -Δf/f0、Δ(1/Q)膜厚および導電率依存性 有限要素法解析結果

図3 SrTiO3-LaTiO3-LaAlO3薄膜導電率 定量結果

図4 Nd(1-x)SrxMnO3薄膜LT-SμM評価結果

図5 水晶振動子の共振周波数 探針-試料間距離依存性

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は以下の5章より成る。

 第1章は序論であり、本研究の背景および目的が述べられている。局所的な導電性を評価するため様々な手法が用いられているが、その中の一つとして走査型マイクロ波顕微鏡(SμM)がある。本装置は共振回路に接続した探針の先端から近接場マイクロ波を印加し、探針直下の試料表面における電気物性を共振周波数f0やQ値など共振特性の変化より評価するものである。本章ではSμMを用いた従来の研究について述べ、特に薄膜試料の場合に電場応答の複雑さからこれまで困難であった導電率の定量評価を目的とすることが述べられている。

 第2章は、有限要素法による解析と組成傾斜薄膜に対するSμM測定から共振周波数特性の導電率および膜厚依存性を明らかにし、薄膜試料の定量解析手法の開発について述べている。まず、球と仮定したプローブが基板上の薄膜と接しているモデルを用いて有限要素法によりSμMの電場分布を求め、これよりf0およびQ値のシフト量(Δf,ΔQ)を算出している。シミュレーションの結果、膜厚が増加するに従ってΔ(1/Q)の極大は低導電率側にシフトし、この依存性は基板により膜内の電場分布が影響を受けるために起きており、膜厚が薄いほどその効果が顕著なことが示されている。さらに膜厚100nm、200nmのTi(1-x)NbxO2組成傾斜薄膜(Nb含有量x=0〜0.06)をLaAlO3(100)基板上にコンビナトリアルPLD法で成膜している。この試料はNb含有量とともに導電性が増加しており、Nb含有量xの増加につれ-Δf/f0は単調に増大するのに対してΔ(1/Q)はピークを示し、膜厚依存性も含めてシミュレーションと傾向が一致している。以上の結果をもとに、未知試料の導電率を定量評価する新たな手法として、試料と同じ基板・膜厚を有し導電率が既知の標準試料を用いる方法が考案されている。この手法を用いて、PLD法によって成膜したSr(1-x)LaxTi(1-y)AlyO3三元組成傾斜薄膜の導電率をSμMにより定量評価している。この結果、LaTiO3とSrTiO3の中間に導電率が最も高い領域が存在する一方で、LaAlO3が豊富な領域では導電率が急激に減少している。SμMにより定量した導電率は既報の値とよく一致し、今回開発した薄膜導電率の定量手法が正確であることが示されている。

 第3章は、低温走査型マイクロ波顕微鏡(LT-SμM)の開発について述べている。液体ヘリウムによる冷却とヒーターユニットを併用して4K〜室温の範囲で試料温度を制御するLT-SμMを開発し、PLD法によって成膜したNd(1-x)SrxMnO3組成傾斜薄膜(Sr含有量x=0.4〜0.6)の電気物性評価を行なっている。100〜200Kにおける測定結果より、100KにおいてNSMO薄膜はx=0.47以下では強磁性金属、x=0.47〜0.5では電荷整列絶縁相、x=0.5以上では反強磁性絶縁相であることが示されている。また150Kでは強磁性金属相はそのままで電荷整列秩序相の範囲はx=0.47〜0.48に狭まっており、200Kでは試料全体が常磁性絶縁体となっている。これらの結果をバルク試料と比較すると転移温度や相境界の組成が異なっており、薄膜がエピタキシャル成長したことで生じた歪みが影響していると考えられる。以上より、今回開発したLT-SμMによって低温での電気的な相分離を観察し、薄膜の電気相図を作成できることが示されている。

 第4章は、水晶振動子プローブを用いる高空間分解能SμMの開発について述べている。Siウエハーを標準試料に用いてマイクロ波検出回路部の開発を行ない、試料導電率の増加と共に-Δf/f0は単調増加する一方でΔ(1/Q)はベルボトム型の挙動を示し、従来型のプローブと同様に試料導電率の定量が可能である事が示されている。また水晶振動子によるアプローチ試験を行ない、共振周波数が2価関数的に変化することを見出している。音響的な効果によってμmオーダーでこのような傾向が表れたものと考えられ、探針-試料間距離の検出に有効な事が示されている。第5章は総合的な結論である。

 以上のように、本研究では、有限要素法による解析と組成傾斜薄膜に対するSμM測定から薄膜試料の定量解析手法を新たに確立し、これを用いて常温での薄膜導電率の定量マッピングに成功した。さらに低温で測定可能なSμMを開発し、低温での局所的な薄膜導電率の測定を行なってバルク試料との違いを明らかにした。また高空間分解能SμMの開発を行ない、水晶振動子プローブの有効性を示した。これらの研究は理学の発展に大きく寄与する成果であり、博士(理学)取得を目的とする研究として十分であると審査員一同が認めた。なお本論文各章の研究は複数の研究者との共同研究であるが、論文提出者が主体となって行ったものであり、論文提出者の寄与は十分であると判断する。

 従って、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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