No | 122159 | |
著者(漢字) | 嘉治,寿彦 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | カジ,トシヒコ | |
標題(和) | In situ 評価による有機薄膜の構造と電子物性の研究 | |
標題(洋) | In situ characterization of structures and electronic properties of organic thin films | |
報告番号 | 122159 | |
報告番号 | 甲22159 | |
学位授与日 | 2007.03.22 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 博理第5022号 | |
研究科 | 理学系研究科 | |
専攻 | 化学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 有機分子は炭素骨格や官能基の組み合わせにより多様な構造と物性を持つことが知られている.近年,有機発光素子や有機トランジスタなどの有機デバイスへの応用のために有機薄膜の半導体としての研究が盛んに行われている.有機半導体の研究においては,大きな試料依存性や雰囲気敏感な性質などによる実験上の困難にしばしば遭遇するため,電気伝導特性と電子状態の関係などにおいて未だ定量的に不明な点が多い.このような点を明らかにするためにはin situ(その場)評価が有用である.また将来的には,有機分子の多様性を活かし,一つ一つの分子に異なる機能を持たせた微細構造を持つデバイスへ応用されることが期待されている.そのようなデバイスを作製するためには,固体表面上での成長を制御することが重要である.固体表面・薄膜成長の研究において,真空蒸着法と表面科学的分析手法の組み合わせによる超高真空下でのin situ評価は物性を追求する際に妨げとなる要因を除去することができ,薄膜をよく定義された系で成長させて評価できる. 本研究では有機薄膜における構造や電子状態,電気伝導特性などの各物性の関係を明らかにすることを目的として有機薄膜のin situ評価のための装置を開発・改良し, (A)有機薄膜トランジスタの電子状態と電荷極性, (B)バッキーフェロセンエピタキシャル薄膜の構造と電子状態, を対象として同一試料の超高真空雰囲気下でのin situ評価を追及した.(論文本文中ではA,Bはそれぞれ4,5章に相当する.)以下,それぞれについて詳述する. (A)有機薄膜トランジスタの電子状態と電荷極性のin situ評価 近年,有機半導体の電界効果トランジスタ(FET)において両極性動作が報告されており,n-型とp-型の違いは有機半導体/金属電極界面におけるキャリア注入障壁によって支配されると考えられるようになってきている.ホール・電子の最高被占軌道(HOMO)・最低空軌道(LUMO)への注入障壁は経験的に金属の仕事関数と有機半導体のイオン化ポテンシャルを基準に見積もられる.一方で最近の表面科学の研究においては,そのような電子状態の位置合わせは界面双極子層の生成により成立しないことが報告されている.本研究では,有機半導体の電気伝導における電子状態とキャリアの極性の実際の関係を定量的に明らかにするために図2aの超高真空装置を構築し,光電子分光とFET特性などの電気伝導の両方を同一の試料を用いてin situで測定した.有機半導体としては,アルミニウムクロロフタロシアニン(AlPcCl)をモデル物質として選択しFETを作製した(図2b).下記の実験はSiO2基板とAu電極の処理を除いて全て,超高真空装置内で行った.主な実験手順は以下の通りである. (1)薄膜成長/FET特性測定室中で処理済電極上にAlPcCl薄膜を蒸着し,FET特性測定. (2)試料を電子分光測定室に移送し,電子状態をUPSにより測定. (3)再びFET特性測定室へ移送し,超高真空中で加熱,室温まで放冷後にFET特性測定. この(2)と(3),FET測定→UPS→加熱→FET測定→...,の測定の繰り返しにより同一の有機薄膜における電子状態の変化とキャリアの極性変化を追跡した.図3に界面の状態変化に応じた各段階における測定結果を示す.図3aには,UPSの測定結果がフェルミ準位を零点にして並べられている.HOMOの閾値(E(HOMOth))とピーク位置(E(HOMOpeak))は加熱により高結合エネルギー側に動き,真空準位(E(vac))もそれに応じて変化した.図3bはFETの伝達特性である.右下がりの線はn-型,左下がりはp-型のキャリア増幅を表し,キャリアの極性がp-型から両極性を経てn-型へ反転したことが明らかである.図3cは測定結果から得られたAlPcCl薄膜とAu電極の電子状態をフェルミ準位で合わせて描いたエネルギーダイアグラムである.これらのエネルギー準位とキャリアの極性の関係の一般的な傾向は,経験的な予測と一致している.しかし,本研究での準位変化の要因は金属の仕事関数とHOMO/LUMOのバルク状態でのエネルギーの差によっては説明できない.金属/有機半導体界面での双極子層の形成/阻害によりそれぞれの電子状態の相対位置が変化し,その結果としてのエネルギーの差がキャリアの種類を決定していると考えられる. 最後に,キャリアの極性が決定される機構を定量的に評価するために,キャリア注入障壁とキャリア移動度を図3から見積もった(図4a).キャリア注入障壁がキャリア移動度を減少させることは定性的に知られている.しかしこの関係について,定量的な研究は報告されていない.図4aの移動度はホールと電子の双方に対してほぼ同一の直線上に乗ることがわかる.どちらの移動度もそれぞれの注入障壁に同様に応答し,指数関数的に減少することを示している.この近似曲線から図4bの模式図をした.μ(max)は有機半導体の薄膜本来のキャリア移動度と考えられ,μ(eff)は障壁が増えるとμ(max)から0までの範囲で指数関数的に減少する.この描像は電子とホールの両方に適用できるので,EFの移動は両方のキャリアにおけるμ(eff)の変化を同時に引き起こす.その結果として,主となるキャリアの極性が逆転することができる.特に,双方のμ(eff)の値が近いとき,有機半導体は両極性伝導を示す.ただし,そのようなμ(eff)はμ(max)より桁違いに小さいこともこの図からわかる. 以上のようにAlPcCl-FETにおけるキャリアの極性と電子状態の関係を調べ,有機半導体のキャリア極性決定機構を定量的に明らかにした. (B)バッキーフェロセンエピタキシャル薄膜の構造と電子状態のin situ評価 様々なフラーレン誘導体が,触媒や遺伝子担体のような化学的,生物学的機能を探求するために合成されている.しかし,フラーレン誘導体の固体物性は詳細には研究されていない.バッキーフェロセンは共同研究者により最近合成されたフェロセンとフラーレンのハイブリッド分子であり,Feのd電子とフラーレンのπ電子の相互作用による特異な電子構造とそれに由来する興味深い物性を持つことが期待される.この分子はフラーレン誘導体の中では熱的に安定なので,溶媒分子を含まない単結晶における分子の配向構造と電子状態を調べるために,バッキーフェロセン(Fe(C(60)(CH3)5C5H5)図1a)の単結晶基板上への真空蒸着を試みた. 分解温度以下で十分な蒸着量を得るために基板との距離を短くした蒸着源を作製し,MoS2(0001)劈開面上およびAg(111)表面上に分子線エピタキシー(MBE)法によりバッキーフェロセンの薄膜を成長させた.反射高速電子線回折(RHEED)により薄膜の構造を,紫外光電子分光(UPS)により価電子帯の電子状態を解析した.薄膜の組成はX線光電子分光(XPS)により確認し,また,成長初期の表面形態を原子間力顕微鏡(AFM)で観察した.RHEED像(図1b)などから,バッキーフェロセン薄膜はMoS2表面およびAg表面の六方格子に対して30°回転した六方格子を組んでいることと,薄膜表面の格子定数が1-2分子層(ML)における11Åから,3ML以上における10Åへと成長中に変化したことがわかった.(図1c)これらの格子定数はどちらも基板の格子定数とは整合していないことから,分子の配向の変化により格子定数が変化したと考えられる.分子の大きさを考慮すると,まず分子が表面に対し長軸を傾けて自由回転しており,次に,長軸が表面に垂直に揃うように配向が変化するというモデルが考えられる.さらにUPSの測定結果においてシクロペンチル基(Cp)起源のピークがエピタキシャル多層膜のスペクトルには認められ,アモルファス膜のスペクトルでは認められないことから,エピタキシャル多層膜の最表面により多くのCpが存在することがわかり,分子の長軸が表面に垂直に揃っていることが確認された.これらの結果は従来報告のなかった新しいエピタキシャル成長の機構を示している. 以上のように,有機薄膜のin situ評価を発展させ(A)においては電荷極性の決定機構について,(B)においてはエピタキシャル成長機構について新しい知見を得ることができた. 図2 in situ測定装置とAlPcCl-FETの概略 図3 同一試料のAlPcCl-FETにおける電子状態とキャリアの極性の変化 図4 有機半導体の極性決定機構 図1 バッキーフェロセンのエピタキシャル成長中の格子定数の変化 | |
審査要旨 | 本論文は6章からなる.第1章は序論であり,本論文の主題である「In situ評価による有機薄膜の構造と電子物性の研究」についての研究の意義が述べられている.有機半導体の物性が雰囲気に敏感なことや試料依存性が大きいことなど,有機半導体研究における問題点について実例を挙げて説明し,本論文の目的を示している. 第2章では研究の背景についてまとめている.有機薄膜の薄膜成長全般に関する基礎的な事項について解説し,有機電界効果トランジスタ(FET)の概要や動作原理を説明している.特に,有機FETの両極性動作やそれに関連した有機半導体―金属界面の電子状態について最近の研究例や問題点をまとめている. 第3章では主に,本研究で用いた実験装置について述べている.本研究で論文提出者が作製し,本論文の成果の一つであるIn situ測定システムの全体構成や試料移送機構などについて解説している. 第4章では,真性有機半導体の電荷極性の決定要因を明らかにすることを目的として,有機薄膜トランジスタの電子状態と電荷極性のin situ評価について述べている.アルミニウムクロロフタロシアニン(AlPcCl)を有機半導体層として有機FETを作製し,加熱処理によって電極金属表面の状態を変化させることにより電極―有機半導体界面の電子状態が変化することを示している.この現象を利用して,同一有機半導体薄膜の電極界面のバンド接続状況を制御して,UPS測定,FET測定,紫外可視吸収スペクトル測定を行い,電極―有機半導体界面の電子状態と電荷極性との関係を実験値のみを用いて定量的に求めている.その結果,AlPcClの実効的移動度が電荷注入障壁に対して指数関数的に減少すること,また電子,正孔の両者に対して同一の曲線によってスケールされることを見出した.これにより,AlPcClにおける電荷極性は,HOMO-LUMO間におけるフェルミ面の位置により決定されることを明らかにした. 第5章では,新規フラーレン誘導体であるバッキーフェロセンのエピタキシャル薄膜の構造と電子状態のin situ評価について述べている.バッキーフェロセンのMoS2(0001)とAg(111)単結晶表面上へのエピタキシャル成長をおこない,薄膜成長中の格子定数の変化を観察し,それについてバッキーフェロセンの分子の大きさと関連づけて分子配向の変化を考察している.また,その分子配向について電子状態からも検証している. 第6章は本論文の結論が述べられている. 以上のように,本論文では有機薄膜のin situ評価を発展させ,電荷極性の決定機構や新しいエピタキシャル成長機構など,有機薄膜の電子状態や構造について新しい知見を得ることができた.これらの成果は当該分野の基礎・応用の両方面に貢献しており,物質科学,デバイス応用に重要な寄与を与えている. なお,本論文のうち第4章は斉木幸一朗氏,圓谷志郎氏,池田進氏,第5章は斉木幸一朗氏,島田敏宏氏,井上宏昭氏,國信洋一郎氏,松尾豊氏,中村榮一氏との共同研究であるが,論文提出者が主体となって実験,解析,考察を行ったものであり,論文提出者の寄与が十分であると判断する.したがって,博士(理学)の学位を受けるのに十分な資格を有すると認める. | |
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