No | 122164 | |
著者(漢字) | 鈴木,孝宗 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | スズキ,ノリヒロ | |
標題(和) | 変調光を用いた光伝導測定手法の開発およびその有機物質への適用 | |
標題(洋) | Development of the photocurrent measurement system using chopped light and its application to the organic substances | |
報告番号 | 122164 | |
報告番号 | 甲22164 | |
学位授与日 | 2007.03.22 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 博理第5027号 | |
研究科 | 理学系研究科 | |
専攻 | 化学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 【序】 有機物質における光伝導はフォトセンサーや太陽電池といったデバイスに応用できることから近年盛んに研究されている。基礎科学的見地からいえば、光照射によってキャリア注入が出来る系であり、入射光強度によりキャリア密度を制御できるといった面で興味深い。 しかしながら、一般的に行われている直流光照射による実験では、薄膜における粒界界面の影響や、分子性結晶における試料温度上昇に伴う暗電流増加の問題が生じてしまう。これらの諸問題を解決するためには、変調光を利用するのが有用と思われた。 そこで、私は博士課程において変調光を用いた光電流測定手法を開発し、ポリマー太陽電池および分子性導体の光電送測定を行った。 【測定手法の開発】 測定はクライオスタットを用い、ヘリウム雰囲気下にて行った。光源にはCWレーザー(波長:532 nm)とLED(中心波長:525 nm)を用意した。光源にレーザー光を用いた際は、発振器により制御されたAOM (acousto-optic modulator)を用いて変調を行った。一方、LEDを光源に用いた際は、発振器により周期的に印加することで変調光を発生させた。 変調光は光ファイバーを介して自作プローブ内の試料に照射した。応答シグナルをアンプにて増幅し、デジタルオシロスコープないしロックインアンプにて測定した。上記一連の作業を行うプログラムをVisual Basicを用いて作成し、すべての測定をPC上で行えるようにした。 【適応例】 1. ポリマー太陽電池ITO/PEDOT:PSS/P3HT:PCBM/A1 ポリマー太陽電池は低価格、低質量かつフレキシブルな太陽電池として近年盛んに研究されている。基礎科学的な見地からすれば、太陽電池は光によって自由にキャリア密度を変えることができる系として興味がもたれている。しかしながら、ポリマー太陽電池はその作成方法から、結晶粒界を含まずに作成することは難しく、そのため移動度は温度の低下と共に減少する。そのため、極低温・強磁場下における電気物性にはほとんど興味を持たれていなかった。 これに対して、変調光照射を用いることにより粒界内部の情報だけを抽出できると期待される。そこで、変調光を用いて極低温・強磁場下における光電流応答を調べることにした。光源には中心波長525 nmのLEDを用いた。その結果、ポリマー太陽電池の極低温における光電流応答の磁場効果を見いだすことに初めて成功した。 本研究には膜厚が30 nmと80 nmの試料の2種類を用いた。膜厚が30 nmの試料は量子効率、変換効率ともに低い試料であるが、膜厚が80 nmの試料は量子効率、変換効率ともに高い試料である。 図1(a)に膜厚が30 nmの試料における光電流強度の入射光強度依存性の結果を示す。変調周波数が1 kHz以下では入射光強度と光電流強度の間に線形な関係は成り立たなかった。 光電流強度は入射光強度に対して I(ph)=(P(Light))α の関係が成り立つことが知られている。ここでα〜1の場合、光生成キャリアはその寿命の間に再結合を起こさない。一方、α〜0.5 の場合は電子正孔対の再結合が生じていることを意味している。図1(b),(c)に膜厚が30 nm と80 nm の試料におけるαの値を各種温度・変調周波数において求めた結果を示す。膜厚が30 nmの試料では低周波数領域ではαの値が0.5に近くキャリアの再結合が生じているが、変調周波数が1 kHz以上になるとαの値が1に近づき、再結合が抑えられる。この結果は、電子正孔対の再結合はフェムト秒オーダーの速い電荷分離に比べると、ミリ秒オーダーの遅い過程であることを示唆している。膜厚が80 nmの試料に関してはすべての変調周波数に関してαの値が1付近であり、キャリア再結合は無視できた。また、膜厚が30 nm と80 nm 双方の試料において、αの値の温度依存性は小さかったことから、キャリア再結合は温度より素子内の電場分布が支配すると考えられる。 図2の(a),(b)はそれぞれ活性層(P3HT:PCBM)の膜厚が30nmおよび80nmの場合の各変調周波数における光電流強度の温度依存性の結果である。光電流は温度の低下と共に減少するが、液体ヘリウム温度(4.2 K)においても室温の1/100 ~ 1/5程度の強さの光電流が観測された。また、光電流の温度依存性は変調周波数により異なった。図2の(c)に150 K以上において見積もった活性化エネルギーの値(挿入図参照)を示すが、変調周波数が増加するに従い変調周波数の増加が観測された。また、温度を下げると活性化エネルギーが著しく減少した。 これらの結果は、光で注入されたキャリアはトラップと熱平衡になること、トラップのエネルギーには種々あることを考慮すると定性的には説明できる。変調周波数が低い場合は、光照射時間が長いため、深いトラップを完全に埋めることができ、より浅いトラップと熱平衡になる。一方、変調周波数が高い場合、光照射時間がトラップを埋めるのに要する時間よりも短ければ、キャリアは深いトラップと熱平衡になる。このモデルは変調周波数によって光電流強度の温度依存性が異なることを説明する。また、温度を下げると活性化エネルギーが減少するのは、低温で深いトラップが完全に満たされており、光生成キャリアは浅いトラップと熱平衡になるからである。 図3に活性層(P3HT:PCBM)の膜厚が30nmの場合における2 Kでの光電流の磁場依存性の結果を示す。なお、活性層(P3HT:PCBM)の膜厚が80nmの場合も同様な結果が得られている。光電流強度は磁場が増加するに従って減少し、変調周波数が増加するに従ってその効果が著しくなる。この磁場による光電流強度の減少は低温になるほど顕著に表れた。 磁場による光電流強度の減少の要因はLorentz力による正の磁気抵抗効果であると考えている。 2. 分子性導体TPP[FePc(CN)2]2 分子性導体の光伝導測定は、未開拓の分野であると共に、光検出器としての応用の可能性も有しており、基礎・応用双方の観点から興味深い研究対象である。しかしながら、分子性導体は伝導度が高いため、光照射に伴う温度上昇の効果(暗電流増加)が顕著に表れてしまう。そこで、上述手法により熱の影響と光による応答を見極めることを試みた。 図4にレーザー光照射下における電流強度の周波数特性の結果を示す。光照射による温度変化に由来する暗電流変化の場合、暗電流の周波数依存性はω(-1)に比例することが予測される。TPP[FePc(CN)2]2単結晶に光照射を行った際はこれに従うが、金蒸着を行った試料では予測される値よりも大きな電流強度が観測された。このことは、金蒸着を行った試料において、暗電流の他に光で生成したキャリアによる光電流も生じていることを意味している。この結果から、変調光照射を用いた測定は分子性導体の光伝導測定に対して有効であることが示唆された。 図1 膜厚30 nmの試料における光電流強度の入射光強度依存性(a) および膜厚30 nm (b) および80 nm (c) の試料における各種温度・変調周波数でのαの値 図2 膜厚30 nm (a) 及び80 nm (b) の試料における光電流強度の温度依存性 : (c) 150 K 以上における活性化エネルギーの周波数依存性(挿入図:膜厚80 nmの試料における変調周波数100 kHz におけるアレニウスプロット) 図3 膜厚30 nmの試料における光電流強度の磁場依存性 図4 TPP[FePc(CN)2]2単結晶および金蒸着試料における応答シグナルの周波数依存性 | |
審査要旨 | 本論文は六章からなる。 第一章は序論であり、有機薄膜デバイスおよび有機太陽電池の概論、本論文に関係した有機物質における光電流の磁場依存性に関する過去の研究例、について述べられている。 第二章では本論文の理論的なバックグラウンドに関して述べられている。 第三章では本論文の基となった測定装置に関して、詳述されている。 第四章ではポリマー太陽電池の極低温強磁場中での光電流測定の結果について、述べられている。論文提出者は10K以下の極低温において、外部磁場により光電流が減少するという新規現象を、発見しており、この現象に関するモデルと考察が、この章で述べられている。分子デバイスのこれまでの研究では、本章で記述されているような極限環境下の実験は皆無であり、この成果は、有機電子物性の研究に新しい切り口を作ったものとして評価できる。この章の成果は、論文提出者が第一著者として、Journal of the Physical Society of Japan誌に報告している。 第五章においては、分子性伝導体TPP[Fe(Pc)(CN)2]2単結晶における、変調光照射の実験に関する結果が述べられている。変調光を利用することにより、熱による見かけの光伝導と光によるキャリア生成を区別できることが述べられている。 第六章においては、本学位論文で得た結果のまとめが述べられている。 以上本論文は、光伝導性、光起電力測定を用いて、有機化合物の新規な電子物性の開拓を目指したものであり、学問的に高く評価できる。 なお本論文第四章は、宮川幹司、松田真生、田島裕之との共同研究であるが、論文提出者が主体となって研究を行ったものであり、論文提出者の寄与が十分であると判断する。 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。 | |
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