学位論文要旨



No 122167
著者(漢字) 名取,穣
著者(英字)
著者(カナ) ナトリ,ユタカ
標題(和) ミトコンドリアに局在するRNAと蛋白質の蛍光検出法
標題(洋) Fluorescent Probes for Detecting Mitochondrial RNAs and Proteins
報告番号 122167
報告番号 甲22167
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5030号
研究科 理学系研究科
専攻 化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 梅澤,喜夫
 東京大学 教授 橘,和夫
 東京大学 教授 西原,寛
 東京大学 教授 塩谷,光彦
 東京大学 教授 長谷川,哲也
内容要旨 要旨を表示する

【序】

 ミトコンドリアは,外膜と内膜に囲まれた膜間腔(IMS)と,内膜に囲まれたマトリックスの二つの空間から構成されており,マトリックス内にミトコンドリア独自のゲノム(mtDNA)を持つ細胞内小器官である.ミトコンドリアタンパク質には,mtRNA から翻訳されるタンパク質と,局在化アミノ酸配列に誘導されて細胞質から輸送されてくるタンパク質との2種類が存在する.

 第一の研究として,mtDNA から転写されてくるミトコンドリアRNA(mtRNA)の検出法を開発した.また,第二の研究として,ミトコンドリア内のIMS への輸送を制御している,IMS 局在化アミノ酸配列の同定法の開発を目的とした.

【研究1】 生細胞内におけるミトコンドリアRNA の可視化検出法の開発

[背景]

 従来のmtRNA の観察法には,細胞を破砕する分離精製法,または細胞固定化後のin situ ハイブリダイゼーション法が挙げられる.これらの方法では,生細胞内におけるmtRNA の動態をリアルタイムに観察することが不可能である.本研究では,mtRNA 検出プローブを開発し,生細胞内のmtRNA を可視化することで,ミトコンドリア内での局在場所や時間変化といった時空間情報を損なわずにmtRNA の動態を観察することを目的とした.

[プローブの設計]

 まず二つに分割して蛍光を失った蛍光タンパク質(EGFP)の各々に,RNA 結合タンパク質のRNA結合ドメイン(mPUM1,mPUM2)と,ミトコンドリア局在化配列を連結したプローブを作製した(図1).両プローブが標的RNA 一分子に結合した場合に,RNA-プローブ三元錯体が形成される.三元錯体形成によるプローブの近接により,分割EGFP が近接相互作用を起こすことで蛍光が回復する.検出対象として,mPUM1 とmPUM2 が結合できる塩基配列を持つNADH dehydrogenase subunit 6(ND6)のメッセンジャーRNA (mRNA)を選択した.

[プローブのキャラクタリゼーション]

 ND6 のmRNA への選択性を確かめるために,細胞からプローブを分離精製し,結合していたRNAを調べた.その結果,両プローブともにND6 のmRNA が結合していたが,結合配列を持たないNADH dehydrogenase subunit 1 のmRNA は結合していなかった.次に,プローブを発現させた細胞の蛍光強度を,フローサイトメーターを用いて測定した.mtDNA を持つ細胞からは蛍光性の細胞集団が観測されたが,mtDNA 欠損細胞からは蛍光性の細胞が観測されなかった(図2).この結果は,細胞が蛍光性となるためには,細胞内にmtDNA(mtRNA の設計図)が必要であることを示している.結果をまとめると,プローブはND6 のmRNA に特異的に結合し,蛍光を回復させていることが分かった.

[ミトコンドリア内におけるミトコンドリアRNA の局在]

 次に,ミトコンドリア内におけるmtRNA の局在を観察した.本プローブの蛍光の回復は付加逆であるため,mtRNA から解離したプローブも蛍光性のままとなる.従って,プローブの蛍光の分布が,ND6 のmRNA の局在を反映していない可能性が考えられる.この影響を避けるために,まず全ての蛍光性プローブの蛍光団を強力な励起照射で破壊した.その後,新たに蛍光が産生されてくる場所を蛍光顕微鏡にて観察するfluorescence recovery after photobleach(FRAP)法を用いて,mtRNA の局在場所を特定した.短時間での観察を行うために,蛍光団形成の早い蛍光タンパク質(Venus)を用いたプローブを使用した.観察の結果,mtRNA の産生場所であるmtDNA 上だけではなく,mtDNA が存在しない場所からもプローブの蛍光の産生が見られた.従って,ND6 のmRNA はmtDNA で合成された後に分散して,ミトコンドリア全体に局在すると考えられる.

[ミトコンドリアRNA の動態観察]

 ND6 のmRNA が分散していく過程を観察するために,FRAP 法を用いて蛍光顕微鏡観察を行った.今回は,長時間の観察が必要であるため,長時間励起に耐性のあるEGFP タイプのプローブを用いた.直径4μm の円状に強力な励起光照射を行い,局所的にプローブの蛍光をブリーチした.その後,ブリーチ領域内の蛍光強度の経時変化を追った.30 分間の測定の結果,ブリーチ領域周辺からブリーチ領域内へのプローブの蛍光の侵入はわずかであった(図3).一方,mtRNA に結合しない完全長EGFP をミトコンドリアに局在させ,同様の実験を行った.その結果,EGFP の拡散により30 分間で85%の蛍光を取り戻した.これらの結果より,ND6のmRNA はミトコンドリア内を自然拡散できる状態にはないことが分かった.ND6 のmRNA は,mtDNA やミトコンドリアリボソーム,または膜タンパク質などに結合していると考えられる.

[H2O2 暴露下におけるミトコンドリアRNA の動態]

 ミトコンドリアは最大の活性酸素種源であり,活性酸素種に暴露されたmtRNA は分解されていくことが知られている.そこで,活性酸素種のひとつであるH2O2 の 暴露下でのND6のmRNA の動態を,FRAP 法にて観察した.先程のH2O2 暴露無し条件とは異なり,ブリーチ領域は30 分間で80%の蛍光を取り戻した(図4).これは,ND6 のRNA の分解によって結合していたプローブが遊離し,ブリーチ領域内に拡散していると考えられる.しかしながら,分解されたRNA の量を,逆転写PCR を用いて測定した結果,30 分間に分解されたND6 のmRNA の量はわずか30%であった.従って,H2O2 暴露によるプローブの拡散は,ND6 のRNA の分解に起因するだけでなく,自然拡散できないはずのND6 のRNA 自体が,H2O2 暴露によって拡散していくことが考えられる.

[まとめ]

 本研究では,生細胞内において塩基配列特異的にミトコンドリア内のmRNA を蛍光検出するプローブを初めて開発した.開発したプローブを用いて,ミトコンドリア内のmRNA が自由に拡散できない状態にあることを明らかにした.さらに,H2O2 暴露によって,mRNA の分解と供に,mRNA 自体がマトリックス空間へ拡散していることを明らかにした.

【研究2】 Smac のミトコンドリア膜間腔(IMS)局在化配列の同定と膜間腔局在化配列の実用化

[背景]

 タンパク質をIMS に局在させることができるIMS 局在化アミノ酸配列は同定されていない.また,IMS 局在化アミノ酸配列を簡便に同定する方法は確立していない.従って,IMS 局在化配列を用いて,目的タンパク質をIMS に局在させることは今まで不可能であった.本研究では,IMS に局在するタンパク質を検出する方法を開発し,IMS 局在タンパク質であるSmac のIMS 局在化配列を同定する研究を行った.

[原理]

 目的タンパク質がIMS に局在した時にだけ細胞が蛍光性となる,IMS 局在タンパク質検出法を開発した(図5).二つに分割したEGFP のC 末側に,スプライシングタンパク質と完全長のSmac を付加することでIMS に局在させる.次に,N 末側EGFP とスプライスシングタンパク質に局在を確かめたいタンパク質を連結する.このN 末側EGFP がIMS に輸送された時にのみ,プロテインスプライシング反応が進行し,完全長のEGFP が組み継がれ,細胞が蛍光性になる.

[Smac のIMS 局在化配列の同定]

 アミノ酸配列に変異を加えたSmac を用意し,スプライシングタンパク質とN 末側EGFP に連結した.このプローブを細胞に発現させ,フローサイトメーターで細胞の蛍光強度測定を行った.その結果,239 アミノ酸から成るSmac の,44番目から57 番目に存在する疎水性アミノ酸の一部が変異した場合に,IMS への局在が阻害されることが分かった.そこで,Smac のC 末側を削った1-44 番目から1-57 番目のアミノ酸配列の局在場所を確かめた(図6).その結果,Smac がIMSに局在するためには,1-56 番目までのアミノ酸配列が必要であり,これ以上C 末側を削るとマトリックスに局在することが判明した.しかし,57 番目に配置されるアミノ酸の種類によってIMS 局在ではなくなる可能性があるため,1-57 番目までをIMS 局在化配列と判定した.次にIMS 局在化配列のN末側を削り,局在場所を確かめた(図7).その結果,11-57番目の配列は,IMS どころかミトコンドリア自体に輸送されなくなることが分かった.従って,Smac の1-10 番目のアミノ酸はミトコンドリアへの輸送配列として機能しており,11-57 番目はミトコンドリア内部でのIMS への局在化配列として機能していることが分かった.

[IMS 局在化配列の実用化]

 Smac の1-57 番目までのアミノ酸配列に,pH 感受性のあるタンパク質をつなげたpH センサータンパク質を培養細胞に発現させた.pH センサータンパク質の局在場所を,細胞分画法を用いて検証した結果,IMS に局在していることが分った.pH を測定すると,IMS のpH は7.5 であることが判明した.

[まとめ]

 本研究では,新規に開発したIMS 局在タンパク質蛍光検出法を用いて,Smac のIMS 局在化アミノ酸配列を詳細に同定できたとともに,同定したIMS 局在化配列を用いて機能性タンパク質をIMS に局在させることを可能にした.

【総括】

 第一の研究では,従来法では困難であった,生きた細胞内での塩基配列特異的なmtRNA の可視化検出法を開発した.新規検出法を用いて解析を行った結果,mtRNA がミトコンドリア内を自由に拡散できない状態におかれていることが判明した.一方,H2O2 暴露下においては,mtRNA がミトコンドリア内を拡散していく様子が観察できた.第二の研究では,IMS に局在したタンパク質の蛍光検出を可能にした.IMS 局在タンパク質であるSmac の最短IMS 局在化アミノ酸配列を正確に同定し,そのIMS 局在化配列を用いることで,機能性タンパク質をIMS に局在させることに成功した.

図1 mtRNA の検出原理

図2 プローブ蛍光回復のmtRNA 依存性

図3 ミトコンドリア内におけるプローブ蛍光の拡散

図4 H2O2 暴露によるプローブ蛍光の拡散

図5 IMS 局在タンパク質の検出原理

図6 Smac のIMS 局在化配列の同定

図7 Smac のミトコンドリア輸送配列の同定

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は以下の4章より成る.

 第1章は序論であり,本研究の背景,動機と目的が簡潔述べられている.

 ミトコンドリアは,外膜と内膜に囲まれた膜間腔(IMS)と,内膜に囲まれたマトリックスの二つの空間から構成されており,マトリックス内にミトコンドリア独自のゲノム(mtDNA)を持つ.本研究の1つ目として,mtDNAから転写されてくるミトコンドリアRNA(mtRNA)の検出法を開発した.

 ミトコンドリアタンパク質には,mtRNAから翻訳されるタンパク質と,局在化アミノ酸配列に誘導されて細胞質から輸送されてくるタンパク質との2種類が存在する.2つ目の研究として,ミトコンドリア内のIMSへの輸送を制御している,IMS局在化アミノ酸配列の同定法の開発を目的とした.

 第2章は,mtRNA検出プローブを開発し,生細胞内のmtRNAを可視化する試みについて述べている.これは,生細胞内のmtRNAの局在場所や時間変化などの時間空間情報を損なわずにmtRNAの動態観察を可能にすることである.

 二つに分割して蛍光を失った蛍光タンパク質(EGFP)の各々に,RNA結合タンパク質のRNA結合ドメイン(mPUM1,mPUM2)を付加した.mPUM1とmPUM2は特定の塩基配列に選択的に結合できるために,両方のプローブが標的RNAに結合した場合に,RNA-プローブ三元錯体を形成する.三元錯体形成による両プローブの近接により,分割されたEGFPどうしがコンプリメンテーションを起こすことで蛍光が回復する.検出対象として,mtRNAのひとつであるNADH dehydrogenase subunit 6(ND6)のメッセンジャーRNA(mRNA)を選択した.ND6の塩基配列特異的な検出を行うために,プローブのRNA結合ドメインに改変を加えた.また,プローブにミトコンドリア局在化配列を付加した.これによりND6のmtRNAをプローブが正確に認識検出しているか検証した.次にフローサイトメーターFACSを用いた細胞の蛍光強度測定とfluorescence recovery after photobleach(FRAP)法を用いて,mtRNAの局在場所を特定している.mtDNAで合成されたND6のmRNAは,合成後にミトコンドリア全体に分散していくと結論している。またプローブはND6のmRNAた強く結合した状態にあり,さらにND6のmRNA自体がミトコンドリア内を自然拡散できる状態にはないことを明らかにしている.更に,自然拡散できないはずのND6のRNA自体が,H2O2暴露によって拡散していくことを結論している.以上,生細胞内において塩基配列特異的にミトコンドリア内のmRNAを蛍光検出するプローブを初めて開発した.

 第3章では,IMSに局在しているタンパク質を検出する方法を開発し,IMS局在タンパク質であるSmacのIMS局在化配列の同定を目的とした.

 目的タンパク質がIMSに局在した時にだけ細胞が蛍光性となる検出法を開発した.二つに分割したEGFPのC末側とスプライシングタンパク質に,完全長のSmacを付加することでIMSに局在させる,次に,N末側EGFPとスプライスシングタンパク質の融合タンパク質がIMSに輸送された時にのみ,プロテインスプライシング反応が進行し,完全長のEGFPが組み継がれ,細胞が蛍光性になる.アミノ酸配列に突然変異を加えたSmacに,スプライシングタンパク質とN末側EGFPを付加したプローブを作製し,FACSにて細胞の蛍光強度解析を行っている.その結果,239アミノ酸から球るSmacの,44番目から57番目にある疎水性アミノ酸の一部が親水性アミノ酸に置換された場合に,IMSへの局在が阻害され,ミトコンドリアのマトリックスに局在してしまうことを明らかにしている.その結果に基づいて,SmacのC末側を削った1-44番目から1-57番目のアミノ酸配列の局在場所を確かめた.その結果,IMSに局在するためには1-56番目までのSmacのアミノ酸配列が必要であり,これより短くするとマトリックスに局在することが判明した.しかし,57番目に配置されるアミノ酸の種類によって局在場所が変化してくる可能性があるため,1-57番目までを正式なIMS局在化配列と判定した.次に,Smacの1-57番目から12-57番目のアミノ酸配列の局在場所を確かめた.その結果,11-57番目の配列では,IMSどころかミトコンドリア自体に輸送されないことが分かった.従って,Smacの1-10番目のアミノ酸はミトコンドリア輸送配列として機能しており,11-57番目はミトコンドリア内のIMS局在化配列として機能していることが分かった.

 以上のように,本研究では,生細胞内での塩基配列特異的なmtRNAの可視化検出と,IMSに局在したタンパク質の蛍光検出を可能にした.またIMS局在タンパク質であるSmacの最短IMS局在化アミノ酸配列を正確に同定した.

 これらの研究は理学の発展に大きく寄与する成果であり,博士(理学)取得を目的とする研究として充分であると審査員一同が認めた.なお,本論文は各章の研究が複数の研究者との共同研究であるが,論文提出者が主体となって行ったものであり,論文提出者の寄与は充分であると判断する.

 従って,博士(理学)の学位を授与できると認める.

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