No | 122171 | |
著者(漢字) | 宮脇,淳 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ミヤワキ,ジュン | |
標題(和) | 表面XAFSとXMCDによるCo薄膜の構造と磁気異方性に関する研究 | |
標題(洋) | Structures and Magnetic Anisotropies in Co Thin Films Studied by Surface XAFS and XMCD | |
報告番号 | 122171 | |
報告番号 | 甲22171 | |
学位授与日 | 2007.03.22 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 博理第5034号 | |
研究科 | 理学系研究科 | |
専攻 | 化学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 序 薄膜極限で磁化容易軸が面直となる垂直磁気異方性(PMA)は、古典電磁気学ではエネルギー的に不安定であり、薄膜特有の性質として数多くの研究が行われてきている。磁性体における磁気異方性の起源は、形状磁気異方性、結晶磁気異方性、磁気弾性異方性の三つによって説明されるが、形状磁気異方性は、薄膜では常に面内方向を磁化容易軸とするので、垂直磁気異方性の起源は、結晶磁気異方性、磁気弾性異方性の二つによって説明される。結晶磁気異方性は、スピンが結晶中で異方性を持った軌道とスピン軌道相互作用を通じて作用した結果生じるもので、主に電子状態に依存する。一方、磁気弾性異方性は、磁性体の自発磁化によって格子が歪むという磁歪の逆効果として生じるものであり、主に構造(結晶歪み)に依存する。一般に、薄膜は基板上でのエピタキシャル成長によりバルクとは異なる構造をとることが知られており、薄膜における垂直磁気異方性の起源を理解するためには、薄膜の構造を考慮に入れた議論が必須となる。そこで、本研究では、表面X 線吸収微細構造(XAFS)とX 線磁気円二色性(XMCD)を用い、構造と磁気異方性の相関に注目しながら、Pd(111)、Ru(0001) 表面上のCo 薄膜における垂直磁気異方性の発現機構を検討した。 XAFS のうち、吸収端近傍のXANES からは主に吸収原子の電子状態、配位状態がわかり、より高エネルギー側に現れるEXAFS からは吸収原子周辺の局所構造に関する情報を得ることができる。XAFS は吸収スペクトルであるので回折が適用できない系に対しても有効であり、また、偏光依存性を利用することによって面内・面間の構造情報を直接得ることが出来るため、非常に強力な薄膜の構造解析手法となる。XMCD は、磁気異方性を決定する軌道磁気モーメントをスピン磁気モーメントから分離して定量することが出来る数少ない手法で、磁気異方性の研究に非常に適した手法である。さらに、XAFS、XMCD はともにX 線吸収分光に属し、元素選択性を有するので、目的とする薄膜の情報のみを得ることが可能である。 Co/Pd(111) Pd(111) 表面上のCo 薄膜は3.5 層(ML)以下で垂直磁気異方性を示すことが知られているが、その構造については成長初期の島状成長のため研究例が少なく、特に歪みの有無については結論が得られていなかった。そこで、この系に表面XAFS を適用し、界面における歪みの有無に注目してCo 薄膜の構造解析を行った。 実験はKEK-PF BL-7C に超高真空チェンバーを設置し、すべての作業を超高真空下で行った。試料は、清浄化したPd(111) 単結晶基板にCo を電子衝撃法によって室温で蒸着することにより作製した。測定温度は120 K で、偏光依存性を活用するため直入射(90°, NI)と斜入射(30°, GI)で測定した。図1 に、各膜厚において得られたCo K-edge EXAFS 関数k2χ(k) のフーリエ変換を示す。FEFF8.2 によって計算したhcp, fcc 構造のCo 薄膜のフーリエ変換も同時に示してある。3.8 Å, 4.8 Å 付近に見られる二つのピークが両入射方向に観測され、XANES の結果とも併せてCo 薄膜がfcc 構造をとっていることがわかった。 より定量的な解析のため、第一配位を逆フーリエ変換し、k 空間上でフィッティングすることによって解析した。得られた面内・面外の結合距離の値を膜厚に対してプロットしたものを図2 に示す。面内の結合距離が膜厚の減少とともにわずかに長くなっているが(〜0.8 %)、1 ML においてもほぼバルクの結合距離と同じであり、Co はPd(111) 表面上で不整合に成長していることを明らかにした。Co とPd の格子ミスマッチが〜9.1 % と非常に大きいために、整合に至らなかったと考えられる。 以上の結果から、Co/Pd(111) での垂直磁気異方性の発現における構造の要因はごくわずかであり、磁気弾性異方性の寄与は無視できること、したがって垂直磁気異方性の起源は結晶磁気異方性に求められるべきであることを明らかにした。 Co/Ru(0001) 及びRu/Co/Ru(0001) Co/Ru 系は、多層膜において強い層間相互作用を示すことから数多くの研究が行われてきているが、その垂直磁気異方性の起源についてはいまだに解明されていない。そこで、Co/Ru(0001) の構造と磁気異方性、及びRu 被覆による両者の変化を表面XAFS、XMCD によって調べ、構造の観点からRu/Co/Ru(0001) における垂直磁気異方性の起源を探った。 Co K-edge XAFS の測定はKEK-PF のBL-7C において、Co LIII,II-edge XMCD の測定はBL-7A において行った。両実験とも試料作製も含めて全て超高真空中で行った。試料は、清浄化したRu(0001) 単結晶基板に電子衝撃法によって、基板温度90℃ でCo、Ru を蒸着することより作製した。両実験とも、測定温度は120 K、偏光依存性を活用するため、直入射(90°)と斜入射(30°)で測定した。 図3 に、Co/Ru(0001) の各膜厚で得られたCo K-edge EXAFS 関数k2χ(k) のフーリエ変換を示す。第一配位の解析より得られたCo-Co の結合距離の膜厚に対する変化を図4 に示す。1 ML の試料で、Co の面内方向の結合距離(2.663 Å)がバルクのCo の結合距離(2.49-2.51 Å)よりもずっと大きく、バルクのRu の結合距離(2.70 Å)とほぼ等しくなっており、Co 薄膜がRu 基板に整合した結果、非常に大きな歪みが導入されていることがわかる。この歪みは膜厚の増加とともにすぐに緩和し、6 ML 以上では面内・面外の結合距離に変化はなくなる。ここで得られたCo-Co の結合距離は膜全体の平均値であるので、5, 6 ML のCo 薄膜の表面は完全に緩和していると推察され、これらの構造の結果は過去のRHEED の結果と一致した。 図5 に3 ML のCo/Ru(0001) にRu を被覆していったときの第一配位のCo-Co の結合距離の変化を示す。Ru 被覆前にあった歪みが、4 ML 相当(MLE)のRu 被覆で完全に緩和することがわかる。同様の緩和が2 ML の試料でも確認されたが、6 ML のCo 薄膜では確認されなかった。6 ML のCo薄膜では、表面のCo が歪みを有していないので緩和が起きなかったと考えられ、Ru 被覆はCo 薄膜中の歪みを緩和させることを明らかにした。 磁性に関しては、XMCD の測定から、Ru 被覆前のCo 薄膜は測定した全膜厚(1-15 ML)において面内磁化しか示さないが、Ru 被覆後は面直磁化を示すものがあることを確認した。Ru 被覆後のCo 薄膜のXMCD スペクトルから得られた面内・面直磁化の割合を図6(a) に示す。2-6 ML のCo 薄膜ではRu 被覆によって面内から面直磁化へのスピン再配列転移(SRT)が起き、9 ML 以上ではRu 被覆後も面内磁化のままであった。Ru 被覆した7, 8 MLのCo 薄膜は面内・面直磁化の両方を示した。 XMCD に磁気総和則を適用することによって得たスピン・軌道磁気モーメント(ms,ml)から求めた、各スピンあたりの軌道磁気モーメント(ml/ms)の変化を図6(b) に示す。9 ML以上のCo 薄膜において、面内方向の軌道磁気モーメントがRu 被覆によって減少することが観測された(図中の矢印)。これらの膜厚のCo 薄膜は、被覆前のCo 表面に歪みがなく(図4)、一方で、Ru 被覆はCo 薄膜の歪みを緩和させる方向に働くので(図5)、Ru 被覆による構造変化は起こらない。従って、この面内の軌道磁気モーメントの減少は、新たに生じたCo/Ru 界面の寄与に帰属される。スピン再配列転移の観察された5, 6 ML のCo 薄膜でも表面に歪みがなく構造変化が起こらないので、この面内の軌道磁気モーメントの減少が垂直磁気異方性の起源であると推察される。2, 3 ML のCo 薄膜ではRu 被覆前に大きな歪みを有するので、単純に同様の議論は適用できない。しかし、2, 3 ML のCo 薄膜の歪みはRu 被覆によって緩和するのでRu/Co界面のCo は緩和しており、結果的に9 ML 以上の膜厚の時と同様に面内の軌道磁気モーメントが減少し、垂直磁気異方性が発現したと考えられる。 以上から、垂直磁気異方性の起源は、Ru と歪みのないCo の界面における面内の軌道磁気モーメントの減少であり、2, 3 ML のCo 薄膜で垂直磁気異方性が観測されたのにはRu 被覆によるCo 薄膜の歪みの緩和が重要な役割を果たしていることを明らかにした。 結論 構造に関して結論の出ていなかったCo/Pd(111)、Ru/Co/Ru(0001) の二つの系に表面XAFS を適用して構造解析を行い、XMCD の結果と併せて、垂直磁気異方性の発現と構造の相関を明らかにした。 図1: Co/Pd(111) の各膜厚におけるCo K-edge EXAFS関数k2χ(k) のフーリエ変換 図2: Co/Pd(111) の各膜厚における面内・面外方向のCo-Co 結合距離 図3: Co/Ru(0001) の各膜厚におけるCo K-edge EXAFS関数k2χ(k) のフーリエ変換 図4: Co/Ru(0001) の面内・面外方向のCo-Co 結合距離の膜厚に対する変化 図5: 3 ML Co/Ru(0001) の面内・面外方向のCo-Co結合距離のRu 被覆量に対する変化 図6: (a) Ru/Co/Ru(0001) における面内・面直磁化の割合のCo 膜厚に対する変化、(b) 各膜厚におけるCo薄膜のスピン・軌道磁気モーメントの比のRu 被覆による変化 | |
審査要旨 | 磁性薄膜はバルク磁性体では見られない特殊な磁気異方性を示すことが知られている。本研究では、薄膜構造の観点からCo磁性薄膜における垂直磁気異方性の起源に関する問題を取り扱っている。 本論文は5章から成っている。 第1章は序論であり、磁性薄膜における磁気異方性の現象論的な解釈、その起源における薄膜構造の重要性について述べ、具体的にCo/Pd(111)、Ru/Co/Ru(0001)系のこれまでの研究について触れている。これらを踏まえ、この二つの系を本論文で対象とすることの意義について説明されている。 第2章は実験手法に関する説明である。内殻分光法であるX線吸収微細構造(XAFS)・X線円二色性(XMCD)、表面磁気光学Kerr効果(SMOKE)について、その原理、どのような情報が得られるかについて概説している。これにより、XAFSの薄膜構造解析における利点(偏光依存性を利用した結晶異方性解析)、XMCDの磁気異方性研究における利点(スピン・軌道磁気モーメントを別々に定量可)が示されている。 第3章は、Pd(111)単結晶基板上に成長させたCo薄膜の構造及びCO吸着の影響を、表面XAFSによって調べている。X線吸収端構造(XANES)と広域XAFS(EXAFS)の偏光依存性から、Co薄膜が少なくとも12原子層まではfcc構造をとって成長することを示している。最近接原子の定量的な解析により、Co薄膜はPd(111)基板上と不整合に成長し、基板との界面に歪みを持たないことを明らかにしている。さらに、界面での合金化に関して、合金化した試料との比較から界面での合金化を否定している。Co薄膜へのCO吸着は、構造変化を起こすことはないが、Co薄膜の電子状態を異方的に変化させることを明らかにしている。以上から、Co/Pd(111)系において観測される3.5層以下での垂直磁気異方性への構造の寄与は無視でき、CO吸着によって観察された垂直磁気異方性膜厚の増大は、構造的要因ではなくCo薄膜の電子状態の変化であること明らかにしている。 第4章は、Ru(0001)単結晶基板上に成長させたCo薄膜の構造・磁気異方性及びRu被覆による影響を表面XAFSとXMCDによって調べている。EXAFSの再隣接原子の定量的な解析により、Ru基板上に成長させたCo薄膜は、Ru基板と整合した結果、大きな歪みを界面に有するが、膜厚の増加とともにすぐに緩和し〜5-6層目では完全に緩和することが示されている。次に、この歪みを有するCo薄膜にRuを被覆した際の構造変化を調べており、薄膜表面に歪みを有している2,3層のCo薄膜では膜全体の歪みが緩和するが、もともと歪みを表面のない6層のCo薄膜では構造変化が起こらないことを示しており、Ru被覆はCo薄膜の歪みを緩和させる効果があることを明らかにしている。 磁気異方性に関しては、XMCD・SMOKEの測定から蒸着しただけのCo薄膜は測定した全膜厚(1-15層)で面内磁化しか示さないが、Ruを被覆すると2-6層のCo薄膜で垂直磁気異方性が発現することを確認している。さらに、XMCDに磁気総和側を適用して解析し、軌道磁気モーメントが膜厚、Ru被覆によってどのように変化するかを調べている。これに先の構造の結果を併せ、不整合なCo/Ru界面において面内方向の軌道磁気モーメントが大きく減少し、垂直磁気異方性を安定化すること、2-3層のCo薄膜ではRu被覆による歪みの緩和が不整合な界面の創出、ひいては垂直磁気異方性の発現に重要な役割を果たしていることを明らかにしている。 第5章は結論と要約である。 以上のように、本論文は、XAFSやXMCDなどの分光学的な手法を駆使し、磁性薄膜における磁気異方性に及ぼす構造の寄与を詳細に調べ、界面構造と磁気異方性の相関を明らかにしている。これらの研究は理学の発展に大きく寄与する成果であり、博士(理学)取得を目的とする学術研究として十分な意義を有する。なお、尚、本論文における各章の研究は他の複数の研究者との共同研究によるものであるが、論文提出者が主体となって実験、解析、考察を行ったものであり、論文提出者の寄与が十分であると判断する。 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。 | |
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