No | 122172 | |
著者(漢字) | 山村,正樹 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ヤマムラ,マサキ | |
標題(和) | アゾベンゼン部位を有するケイ素およびリン化合物における分子内結合生成の制御 | |
標題(洋) | Control of Intramolecular Bond Formation in Silicon and Phosphorus Compounds Bearing an Azobenzene Moiety | |
報告番号 | 122172 | |
報告番号 | 甲22172 | |
学位授与日 | 2007.03.22 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 博理第5035号 | |
研究科 | 理学系研究科 | |
専攻 | 化学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 序 高周期典型元素化合物は様々な配位数を取ることができ、配位数に応じて、異なった物性や反応性を示す。通常、典型元素の配位数変換は外部から試剤を加えることによって達成されるが、光などの外部刺激によって配位数を制御することができれば、典型元素化合物の各配位状態に特有の物性や反応性の発現を自在に制御できると予想され、新しい反応制御手法の開発につながると期待される。筆者は修士課程において、フォトクロミック化合物であるアゾベンゼンの2位に電子受容能の高いシリル基を導入し、アゾ基からの分子内配位結合を光異性化によって制御するとともに、その反応性の発現の制御に成功した。しかし、この手法ではアゾ基が求核部位として作用するため、利用できる典型元素はケイ素やホウ素などの求電子性の元素に限定され、応用できる典型元素に一般性がなかった。筆者は博士課程において、ケイ素化合物について詳細に検討する一方、アゾベンゼンを利用した典型元素の配位数制御手法を一般化するため、2位に求核部位として機能するホスフィノ基を有するアゾベンゼンを合成し、ホスフィノ基のアゾ基への分子内求核攻撃を溶媒、添加剤および光により制御することを検討した。また、ケイ素置換アゾベンゼンについて、光照射ではなく結晶化による配位数の制御を行った。 2-カルコゲノホスホリルヒドラゾベンゼンおよびアゾベンゼンの合成と構造 2-ヨードヒドラゾベンゼン(1)とビドロホスフィンとのPd触媒カップリング反応を用いて、2-カルコゲノホスホリルヒドラゾベンゼン3-5を合成した(Scheme 1)。各種スペクトルおよびX線結晶構造解析より、3-5は分子内水素結合を有していることが明らかとなった。分子内水素結合によって、3-5は無置換ヒドラゾベンゼンより酸化されにくく、対応するアゾベンゼン(E)-6-8へと変換するためにはカルコゲンが低周期であるほど強い酸化剤が必要であった。アゾベンゼン(E)-6-8のX線結晶構造解析において、カルコゲンとアゾ基との間に相互作用は見られなかった。しかし、紫外可視吸収スペクトルでは吸収極大波長の長波長シフトが観測され、光異性化しても(E)-7および(E)-8はまったく異性化されなかったことから、励起状態においてカルコゲンとアゾ基との間に相互作用があることが示唆された。 2-ホスフィノアゾベンゼンと分子内ホスホニウム塩との平衡 トリブチルホスフィンを用いてホスフィンスルフィド(E)-7を脱硫することにより、目的とする2-ホスフィノアゾベンゼン(E)-9aを合成した。2-ホスフィノアゾベンゼン(E)-9aのX線結晶構造解析を行ったところ、結晶中のリン周りの構造はトリフェニルホスフィンと同様の三配位構造であった。一方、(E)-9aのトルエン溶液のVT-31P NMRの測定を行ったところ、高温ではブロードであった一重線(δP−9.2)が、低温にすると二つの一重線(δP−10.3, 30.1)に分裂した。それぞれのシフト値から、高磁場側の一重線は2-ホスフィノアゾベンゼン(E)-9aに、低磁場側の一重線はホスフィノ基がアゾ基に分子内求核攻撃した分子内ホスホニウム塩10aに帰属され、二種類の化学種が平衡にあることが示唆された。高温では平衡がホスフィン(E)-9aに偏るが、温度が低下するにつれて分子内ホスホニウム塩10aの比が増加した。この溶液ではサーモクロミズムが観測され、低温にすると溶液の色はアゾベンゼンの赤色から分子内ホスホニウム塩の黒色へと変化した。分子内ホスホニウム塩の黒色は電荷移動遷移による長波長の吸収に起因するものと考えられる。 2-ホスフィノアゾベンゼン(E)-9aと単体セレンまたはボランとの反応を行ったところ、それぞれホスフィンセレニド(E)-11、ホスフィンボラン(E)-12が得られた(Scheme 2)。一方、水との反応では、分子内ホスホニウム塩10aの加水分解が進行し、ヒドラゾベンゼン3が定量的に得られた。この加水分解反応は、光延反応と類似した機構で進行していると考えられる。以上の結果より、(E)-9aはホスフィンとしての反応性と平衡を介しての分子内ホスホニウム塩の反応性をあわせ持つことがわかった。 溶媒および添加剤によるホスフィンとホスホニウム塩の平衡の制御 様々な溶媒中で、2-ホスフィノアゾベンゼン(E)-9aと分子内ホスホニウム塩10aの平衡における平衡定数および熱力学的パラメーターを算出した(Table 2)。溶媒のアクセプター性が大きくなるにつれて平衡が10aに偏る傾向を示し、顕著な溶媒効果が見られた。エントロピーとの関係は明確でないものの、溶媒のアクセプター性とエンタルピーに明確な相関が見られた。分子内ホスホニウム塩10aの窒素原子は負電荷を帯びているため、アクセプター性の溶媒とのドナー・アクセプター相互作用が大きく、その熱的安定化が平衡定数変化の原因であると考えられる。 溶媒効果の結果を元に、酸性度の高い添加剤を加えることで平衡の制御を行うべく、2-ホスフィノアゾベンゼン(E)-9a、(E)-9f、および(E)-9gのトルエン溶液それぞれに、フェノールを一当量添加したところ、いずれの化合物においても、フェノールの添加にともなって平衡定数の増大が見られた(Scheme 3)。これは、分子内ホスホニウム塩10a、10f、および10gがフェノールとの水素結合によって安定化されたためであると考えられる。酸性度の異なる種々のフェノールを添加したところ、フェノールの酸性度の増加に伴い、分子内ホスホニウム塩10の31P NMRにおける化学シフト値の低磁場シフトが観測された。このことは、10の窒素上がプロトン化されたために窒素からリンへの電子供与能が低下し、リンの電子密度が小さくなったためと考えられる。また、4位および4'位の置換基の変化に伴い、10の窒素上の塩基性における置換基効果が見られた。 光照射によるホスフィンとホスホニウム塩の平衡の制御 ホスフィン(E)-9においてアゾ基をZ体へ光異性化することで求電子部位であるアゾ基を空間的に遠ざければ、ホスフィノ基のアゾ基への分子内求核攻撃が不可能となり、分子内ホスホニウム塩10との平衡の存在を完全に無くすことができる。分子内ホスホニウム塩10は即座に加水分解されるため、この加水分解反応を平衡の存在の確認に利用した。2-ホスフィノアゾベンゼン(E)-9cは水と反応して即座に13を与えたが、(E)-9cの光異性化反応によって生成した(Z)-9cと水との反応では、反応が著しく減速した(Scheme 4)。この加水分解の反応速度は(Z)-9cから(E)-9cへの熱異性化反応より若干速いものの同程度であることから、加水分解は(E)-9cを経由して進行したものと推察され、Z体では分子内ホスホニウム塩との間に平衡がないことが示唆された。すなわち、2-ホスフィノアゾベンゼン9cへの光照射によって、分子内ホスホニウム塩10cとの平衡を制御できることが明らかとなった。 ケイ素置換アゾベンゼンの結晶化による配位数の制御 二つのフルオロジフェニルシリル基を有するジアルキルアゾベンゼン14および15を合成した(Scheme 5)。溶液中の各種NMR、目視による色および紫外可視吸収スペクトルにおいて同じ特徴を示したことから、14と15は溶液中においてほぼ同じ電子状態であると考えられる。しかし、X線結晶構造解析から、結晶状態では14は二つのケイ素が配位を受けない四配位状態であり、15は配位により五配位状態であることがわかった。化合物14と15は、配位結合の強さにほとんど差が無いにもかかわらず、結晶化により結合回転を凍結することによって、解離平衡における二つの状態へそれぞれ分離されることを見出した。また、固体状態で14は赤色、15は黄色をそれぞれ呈しており、粉末の拡散反射スペクトルの測定により、14と15の吸収に有意な差が観測された。配位の有無が固体状態の色に影響を及ぼすことがわかった。ケイ素への配位によってアゾベンゼンの色が変化することを、初めて直接的に証明できた。 以上のように、アゾベンゼンを求電子部位または求核部位として活用することにより、光、熱、溶媒、置換基、添加剤、相変化によって、リンおよびケイ素の平衡状態にある異なる配位状態を制御することに成功した。また、配位数に応じた反応性などの特性の発現を制御できることを実証した。 E=SiR3,BR2 Scheme 1 Scheme 2 Table 2 Scheme 3 Sheme 4 Scheme 5 | |
審査要旨 | 本論文は7章からなり、第1章は序論、第2章はカルコゲノホスホリル基を有するヒドラゾベンゼンとアゾベンゼンの合成、構造および反応、第3章はホスフィノアゾベンゼンと分子内ホスホニウム塩との平衡の制御、第4章はホスフィノアゾベンゼンの錯体生成、第5章は二つのホスフィノ基を有するアゾベンゼンの合成、および反応、第6章は二つのシリル基を有するアゾベンゼンの結晶化による二つの配位状態の単離、第7章は本研究における結論について述べている。 第1章では、分子スイッチについての概念について例を挙げて述べている。また、典型元素の配位数変換の例を挙げ、これらの反応に可逆反応が多く、物性の制御に繋がることが多いことから、典型元素の配位数制御を分子スイッチに応用することが有用であることを述べている。これらの知見を基に、分子スイッチとしてよく用いられているアゾベンゼンとケイ素、リンといった典型元素を組み合わせることで、新規な分子スイッチの開発を目指した研究目的を設定している。 第2章では、2位にカルコゲノホスホリル基を有するヒドラゾベンゼンとアゾベンゼンを合成し、その構造および反応性について述べている。目的物は、2-ヨードヒドラゾベンゼンとビドロホスフィンとのPd触媒カップリング反応によって合成し、各種スペクトルおよびX線結晶構造解析より、ヒドラジン部位とカルコゲノホスホリル基のカルコゲン元素との間に分子内水素結合を有していることを明らかにしている。また、これらのヒドラゾベンゼンを酸化して、対応するアゾベンゼンへと変換するためには、カルコゲンが低周期であるほど強い酸化剤が必要であることを見出している。また、合成したカルコゲノホスホリル基を有するアゾベンゼンの紫外可視吸収スペクトルおよび光異性化反応の結果が、励起状態においてカルコゲンとアゾ基との間に相互作用があることを明らかにしている。ヒドラゾベンゼンおよびアゾベンゼンと2位のカルコゲノホスホリル基との相互作用によって、物性や反応性が変化することを見出したという点で意義深い。 第3章では、2位にホスフィノ基を有するアゾベンゼンを合成し、その分子内ホスホニウム塩との平衡について述べている。2-ホスフィノアゾベンゼンと分子内ホスホニウム塩とは溶液中で平衡にあることを(31)PNMR測定から明らかにしている。この平衡は温度変化、溶媒効果、および酸の添加によって制御できることを見出している。また、ホスフィンからホスホニウム塩へとリンの配位状態が変化することによって、電子状態が大きく変り、溶液の色が変化する様子を観測している。この平衡は外部刺激に応じて物性が変化することから、分子スイッチとしての要件を満たしていることを示したことは意義深い。また、2-ホスフィノアゾベンゼンの置換基を種々変えることによって光異性化反応を進行させることに成功し、異性化によってホスホニウム塩との平衡を制御できることを明らかにしている。熱や酸だけでなく、光によっても平衡を制御できることを示したことは意義深い。 第4章では、第3章で合成した2-ホスフィノアゾベンゼンを配位子とした金属錯体の生成について述べている。リチウムイオン、塩化亜鉛と分子内ホスホニウム塩とのアミド錯体を与えることをNMRおよびX線構造解析により明らかにしている。また、金属の種類によって配位結合の強さが異なり、ホスホニウム塩の色が変化する様子を観測している。一方、タングステンや白金といった遷移金属とは、2-ホスフィノアゾベンゼンとのホスフィン錯体を与えることを明らかにしている。以上のように金属の種類によって、配位状態が変化することを示したことは意義深い。 第5章では、2および2'位に二つのホスフィノ基を有するアゾベンゼンを合成し、その特異な反応性について述べている。このアゾベンゼンはNMRでは分子内ホスホニウム塩との平衡は観測されないが、水との反応で分子内ホスホニウム塩の加水分解体を与えることから、平衡の存在を明らかにしている。熱分解を行うと、アゾ基の切断が進行し、環状ビスイミノホスホランが生成するという興味深い反応を見出している。この反応は平衡にある分子内ホスホニウム塩において、隣接するホスフィノ基が窒素間の結合を切断したものと考察している。 第6章では、二つのフルオロジフェニルシリル基を有するジアルキルアゾベンゼンの結晶構造と物性について述べている。アゾベンゼン上に異なるアルキル基を有する二つの化合物を合成し、溶液中の各種NMRおよび紫外可視吸収スペクトルが、ほとんど同じ特徴を示すことを見出し、二つの化合物が溶液中においてほぼ同じ電子状態であることを明らかにしている。X線結晶構造解析から、結晶状態では二つのケイ素がそれぞれ配位を受けない四配位状態と配位を受けた五配位状態の異なる二つの配位状態を取っていることを明らかにしている。また、固体状態で四配位状態は赤色、五配位状態は黄色をそれぞれ呈しており、粉末の拡散反射スペクトルの測定により、二つの配位状態の吸収に有意な差を観測している。ケイ素への配位の有無によってアゾベンゼンの色が変化することを、初めて直接的に明らかにしている。 なお、本論文は川島隆幸・狩野直和との共同研究であるが、論文提出者が主体となって実験および解析を行ったものであり、論文提出者の寄与が十分であると判断する。 したがって、博士(理学)の学位を授与できるものと認める。 | |
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