No | 122173 | |
著者(漢字) | 幸村,憲明 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ユキムラ,ノリアキ | |
標題(和) | ロジウムを含むヘテロ原子架橋遷移金属二核錯体を用いる触媒反応 | |
標題(洋) | Rhodium-Containing Heteroatom-Bridged Transition Metal Binuclear Complexes as Catalysts | |
報告番号 | 122173 | |
報告番号 | 甲22173 | |
学位授与日 | 2007.03.22 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 博理第5036号 | |
研究科 | 理学系研究科 | |
専攻 | 化学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 分子内に二つの金属中心をもつ遷移金属二核錯体は、双方の金属中心それぞれが相補的に作用することによって、単核錯体には見られない触媒活性を示すことが期待される。筆者は、ロジウムを含む遷移金属二核錯体の触媒反応について検討を行い、リン原子で架橋されたタングステン−ロジウム二核錯体が、穏やかな条件下で一置換アルケンのヒドロホルミル化の触媒として作用し、選択的にアルデヒドを与えることを見出した。また、新たに酸素や硫黄原子で架橋された二核ロジウム錯体を設計し合成することができ、これを用いることで官能基許容性の高いアルケンの水素化が行えることを見出した。 1.タングステン−ロジウム二核錯体を用いる一置換アルケン選択的なヒドロホルミル化 アルケンのヒドロホルミル化は、遷移金属触媒存在下、水素と一酸化炭素を用いてアルケンをアルデヒドへと変換する工業的にも重要なアルデヒドの合成法である(式1)。 収率よくアルケンからアルデヒドを得るためには副反応の抑制が必要である。主な副反応としてはアルケン部位の異性化や水素化があり、一酸化炭素を効率よく触媒に供給し、触媒が基質に一酸化炭素をすみやかに導入できれば副反応は抑制できると考えられる。 ところで、タングステンカルボニル錯体はパラジウム触媒を用いるアミド合成において固体の一酸化炭素源として利用されている。そのため、タングステンカルボニル部位とロジウムを有する二核錯体をヒドロホルミル化に用いれば、タングステン部位が一酸化炭素源として働き、ロジウムがアルケンのヒドロホルミル化に高い触媒活性を示すと考え、リン原子で架橋されたタングステン−ロジウム二核錯体1(Figure 1)に興味を持ち、その触媒活性を調べた。 末端アルケン2に触媒量の二核錯体1を作用させると、一気圧の水素と一酸化炭素混合ガス雰囲気下、室温でヒドロホルミル化が進行し、アルケン部位の異性化や水素化による副生成物4、5はほとんど生成せず、アルデヒド3が位置異性体の混合物として収率よく得られた(式2)。一方、これまでに活性が高いヒドロホルミル化の触媒として知られている単核のRhH(CO)(PPh3)3を触媒とした場合には、アルデヒド3とともにアルケンの異性化体4と水素化体5が合計11%副生した。 通常、アルケンのヒドロホルミル化には厳しい反応条件を必要とするが、二核錯体1を触媒とする一置換アルケンのヒドロホルミル化は全圧が一気圧の合成ガス雰囲気下室温で進行し、収率よくアルデヒドを与えた。ここで、反応中と反応後に31P NMR を測定したところ、二核錯体1を示すピークのみしか観測できなかったことから、1は二核錯体の構造を保ったままで触媒として働いていると考えられる。 二核錯体1を触媒とするヒドロホルミル化は一酸化炭素分圧の低い反応条件下でも、アルケン部位の異性化や水素化などの副反応をほとんど伴わずに、選択的にアルデヒド3を与える。特に、一酸化炭素分圧が0.06気圧の条件下での反応では、その一酸化炭素量はアルケン2に対して60倍モル量と、気体分子の反応剤としては非常に少ないモル量であるにも関わらず、アルケン部位の異性化した4が4%副生するのみで、アルデヒド3が91%の収率で得られた(式3)。 次に、二核錯体1の多置換アルケン存在下における一置換アルケン選択的ヒドロホルミル化への利用を試みた。二核錯体1を触媒として用い、同一分子内に一置換と二置換アルケン部位をもつ1,6-ジエン6のヒドロホルミル化を行ったところ、一置換アルケン部位のみを選択的にヒドロホルミル化できることが分かった(式4)。これに対し、単核ロジウム錯体RhH(CO)(PPh3)3を用いた場合、一置換アルケン部位に加えて二置換アルケン部位もヒドロホルミル化されたジアルデヒド8が副生した。タングステンカルボニル部位の嵩高さが二核錯体1と二置換アルケン部位との反応を妨げ、一置換アルケン選択的なヒドロホルミル化を可能にしたと考えている。 二核錯体1を触媒とするアルケンのヒドロホルミル化は官能基許容性が高く、ヨードアルケニルおよびヨードアリール部位などの反応性に富んだ官能基も損なうことなく、アルケン部位をアルデヒドへと変換することができる(式5)。 2.酸素および硫黄原子で架橋された二核ロジウム錯体の合成と触媒反応 二核ロジウム錯体は、単核ロジウム錯体の触媒活性を併せ持つことができるため、新しい形式や高い効率を持つ触媒反応を見出すことができると考えられる。そこで筆者は、二つのホスフィン部位とヘテロ原子で架橋された二核ロジウム錯体を新たに設計し、その合成を行った。その結果、酸素および硫黄を架橋原子とする三座配位子9を用いることにより二核ロジウム錯体10を合成することができた(式6)。 これらの二核ロジウム錯体10はシリカゲルカラムを用いて精製した後、二核錯体10aをクロロホルム−酢酸エチル(1:1)から、10bを塩化メチレン−酢酸エチル(1:1)からそれぞれ再結晶することによって黄色の単結晶として得ることができ、X線結晶構造解析を行いその構造を明らかにした。 新しく合成した二核ロジウム錯体10aを簡単な反応の触媒に適用し、その触媒作用を調べたところ、10aはアルケンの水素化に活性を示すことが分かった。ヨードアレーンは低原子価遷移金属との反応性が高く、遷移金属触媒を用いるカップリング反応にもよく利用されているが、二核錯体10aは加熱条件下でもヨードアレーンとは全く反応しなかった。そこで、二核錯体10aを用いれば官能基許容性の高いアルケンの水素化が行えると考えて検討を行ったところ、水素化条件下で還元が起こりやすいハロゲンやニトロ基などを同一分子内に有していても、アルケン部位の水素化のみが進行することが分かった(式7)。 以上、筆者は博士課程において、リン原子で架橋されたタングステン−ロジウム二核錯体が一置換アルケン選択的なヒドロホルミル化の触媒となることを見出した。二核錯体を触媒とするヒドロホルミル化は官能基許容性が高く、分子内に様々な官能基をもつアルケンを用いることができる。また、新たに酸素および硫黄原子で架橋された二核ロジウム錯体を設計し合成することができ、これを利用することで官能基許容性の高いアルケンの水素化を行えることを明らかにした。 (1) Figure 1 (2) (3) (4) (5) (6) Figure 2. ORTEP drawing of 10a with thermal ellipsoid plot (50% probability) R1(l>2s(l))=0.0308, wR2(all data)=0.0789 Figure 3. ORTEP drawing of 10b with thermal ellipsoid plot (50% probability) R1(l>2s(l))=0.0450, wR2(all data)=0.1137 (7) | |
審査要旨 | 本論文は、ロジウムとタングステンから構成される異種二核錯体、および二つのロジウムを中心金属とする二核ロジウム錯体を用いる触媒反応について、2章にわたり述べたものである。 第一章では、タングステン-ロジウム二核錯体を用いる一置換アルケン選択的なヒドロホルミル化について述べている。 筆者は、タングステンカルボニル部位とロジウムを有する二核錯体をアルケンのヒドロホルミル化に用いれば、タングステン部位が一酸化炭素供給源として働き、ロジウムがヒドロホルミル化を促進させると考え、リン原子で架橋されたタングステン-ロジウム二核錯体1の触媒活性を調べた。その結果、通常アルケンのヒドロホルミル化には厳しい反応条件を必要とするが、二核錯体1を触媒とするアルケンのヒドロホルミル化は、全圧が一気圧の合成ガス雰囲気下室温で進行し、しかもアルケン部位が異性化した内部アルケン4をほとんど副生することなく、収率よくアルデヒド3が得られることを明らかにした(式1)。 また二核錯体1を触媒とするヒドロホルミル化は、一酸化炭素分圧の低い反応条件下でも、アルケン部位の異性化や水素化などの副反応を伴わずに、選択的にアルデヒド3を与えることを明らかにしている。特に、一酸化炭素分圧が0.06気圧の条件下での反応では、その一酸化炭素量はアルケン2に対して60倍モル量と、気体分子の反応剤としては非常に少ないモル量であるにも関わらず、アルデヒド3が選択的に92%の収率で得られる(式2)。 二核錯体1を触媒に用いると、同一分子内に一置換と二置換アルケン部位をもつ1,6-ジエン5の一置換アルケン部位のみが選択的にヒドロホルミル化できることも明らかにしている(式3)。タングステンカルボニル部位が嵩高いため、二核錯体1と二置換アルケン部位との反応が妨げられ、一置換アルケン選択的なヒドロホルミル化を可能にしたと考えられる。 また、二核錯体1を触媒とするヒドロホルミル化は官能基許容性が高く、ヨードアルケニルおよびヨードアリール部位などの反応性に富んだ官能基も損なうことなく、アルケン部位をアルデヒドへと変換できる(式4)。 第二章では、酸素および硫黄原子で架橋された二核ロジウム錯体の合成と、それらを用いる触媒反応について述べている。 筆者は、ロジウムを二つの中心金属とする二核ロジウム錯体は、単核ロジウム錯体が複数集合したと見ることができ、新しい形式の触媒反応を見出すことができると考えた。そこで、二つのホスフィン部位とヘテロ原子で架橋された二核ロジウム錯体を設計してその合成を試みたところ、三座配位子8を用いることにより架橋原子の異なる二種の二核ロジウム錯体9を合成することに成功している(式5)。 これら二核錯体9は、シリカゲルカラムを用いて精製した後、二核錯体9aをクロロホルム-酢酸エチル(1:1)、9bを塩化メチレン-酢酸エチル(1:1)からそれぞれ再結晶することによって黄色の単結晶として得ることができ、X線結晶構造解析を行いその構造を明らかにしている。 さらに新しく合成した二核ロジウム錯体9aを用いることにより、ハロゲンやニトロ基などの官能基を損なうことなく、アルケンの水素化が行えることを明らかにしている(式6)。 また、二核ロジウム錯体9aの配位子であるシクロオクタジエンは、一気圧の水素雰囲気下でも水素化されなかった。これに対し、硫黄原子で架橋された二核ロジウム錯体9bは、配位子のシクロオクタジエンの水素化が進行して壊れてしまうという興味深い結果が得られている。 以上述べたように、筆者は、ロジウムを含むヘテロ原子架橋遷移金属二核錯体の触媒反応について検討を行い、まずリン原子で架橋されたタングステン-ロジウム二核錯体が、単核ロジウム錯体と比べて優れたヒドロホルミル化の触媒となることを見出している。また、新たに酸素および硫黄原子で架橋された二核ロジウム錯体を合成することに成功し、これを利用することにより官能基許容性の高いアルケンの水素化を行えることを明らかにしている。これらの研究業績は、有機合成化学や有機金属化学の分野に貢献すること大である。本研究は、奈良坂紘一、山根基、石合宇、との共同研究であるが、論文提出者の寄与は十分であると判断される。従って、博士(理学)の学位を授与できるものと認める。 | |
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