学位論文要旨



No 122177
著者(漢字) 小玉,裕之
著者(英字)
著者(カナ) コダマ,ヒロユキ
標題(和) 真核ペプチド鎖解離因子eRF3におけるアミノ末端拡張領域(NED)を介した結合因子による機能制御機構
標題(洋) N-terminal extension domain of eRF3 (NED) regulates translation termination through protein stability control mediated by factor binding
報告番号 122177
報告番号 甲22177
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5040号
研究科 理学系研究科
専攻 生物化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山本,正幸
 東京大学 教授 斎藤,春雄
 東京大学 教授 渡邊,嘉典
 東京大学 助教授 飯野,雄一
 東京大学 助教授 三木,裕明
内容要旨 要旨を表示する

研究の背景・目的

 遺伝子にコードされた遺伝暗号はA、T、G、Cの4種類の塩基が3文字のコドンで対応するアミノ酸を規定する。翻訳の開始、および伸張段階では、アダプター分子であるtRNAが対応するコドンを認識してアミノ酸運搬を担うが、翻訳の終結を規定する三種類のコドンはtRNAではなく、タンパク質因子であるペプチド鎖解離因子により解読される。

 ペプチド鎖解離因子は、tRNA様の機能構造ドメインを持ち、終止コドンの認識、および新生ポリペプチド鎖の解離を触媒するクラスI解離因子、そしてtRNAを運搬する伸張因子ホモログであり、GTP依存的に終結反応を促進するクラスII解離因子に分類される。真核生物では、それぞれeRF1、およびeRF3が対応し、いずれも必須因子である。GTP結合部位を含む、eRF3の主要機能部位は分子のカルボキシ末端側に存在し、伸張因子と相同な領域である。一方、そのN末端側には解離反応、および生育に必須ではない約200残基の領域が存在する(N-terminal extension domain:NED)。このような領域は伸張因子や、原核生物クラスII解離因子には見出されないが、ほぼ全ての真核生物eRF3がこの領域を保持している。配列保存性が低いものの、アミノ酸組成が偏った、一定の高次構造を取りにくい領域である点で共通しており、真核生物の翻訳終結に特異的な機能領域であることを示唆する。

 近年、eRF3には様々な結合因子が報告され、終止コドン認識・翻訳終結と、高次制御機能の共役を実現する分子であることが示唆されている(図1)。真核生物に共通してみられるUpf因子群との結合は、異常mRNAを特異的に分解するNMD機構を担い、ポリA結合タンパク質との結合は、翻訳の進行と共役してmRNA分解を促進するなど、mRNA動態の制御を実現する。さらに出芽酵母では、C末端領域へのUpf1相同因子Mtt1の結合、そしてNEDとアクチン凝集制御因子Sla1、機能未知因子Itt1との結合が報告されているが、その意義は未解明である。近年、分裂酵母由来eRF3のX線結晶構造が解かれたが、興味深い事にC末端領域の機能に必須なeRF1結合部位が、結晶構造中でNEDにより覆われていた(図2)。これは、非必須領域であるNEDがC末端領域の機能発現に関与することを強く示唆する。そこで筆者はこの領域の機能解明を目的とし、eRF3結合因子に着目した分子遺伝学的解析を行ない、eRF3機能への結合因子の影響、およびNEDの意義について研究を行った。

新たなeRF3機能評価系の開発と結合因子の作用検証

 これまで、翻訳終結関連因子の機能は、主にナンセンスサプレッション法を用い、翻訳終結効率の増減から評価されて来た。しかし、この方法は解離因子の分子機能を一面でしか評価できず、個々の結合因子の機能解析は不可能であった。そこで筆者は、結合因子によるeRF3機能への作用を詳細に解析するためには、新たなeRF3機能評価系の構築が必要であると考えた。まず、C末端領域のGTP結合部位中に点変異を有する、出芽酵母eRF3高温感受性変異株を解析し、eRF3との協働因子であるeRF1の過剰発現により、高温感受性が抑圧されたことから、この株は生育を指標にeRF3機能向上を検出できることが示唆された。そこで、この変異体(eRF3ts)の発現量を調整することで生育温度感受性の異なる評価株シリーズを作成し、eRF3機能の増減による生育をモニターすることで、結合因子の機能を解析する系を構築した。

 実際に結合因子によるeRF3機能への影響を評価するため、この評価株シリーズを用いて、NED結合因子であるItt1、Pab1、Sla1、そしてC末端領域への結合因子であるMtt1、Upf1、Upf2、Upf3について、過剰発現・遺伝子破壊を行ない、評価株の生育をモニターした。その結果、NED結合因子であるItt1過剰発現、およびsla1遺伝子破壊下において評価株の生育が低下した。一方、その他の因子による生育へ影響は見られなかった。

 Upf因子群の破壊はナンセンスサプレッションを引き起こすことが報告されていたが、これはNMDの抑制により、ナンセンス変異を含むレポーター遺伝子mRNAが安定化したことに起因すると考えられる。また、Pab1の過剰発現によるアンチサプレッションは、Pab1と翻訳開始因子eIF4Gとの結合がもたらすmRNA環状構造が、解離因子の効率的なリサイクルを実現した結果と推測出来る。また、Mtt1によるナンセンスサプレッションは、結合因子の過剰発現により、解離因子の翻訳機構への移行が阻害された結果と考えられる。以上のように、開発した系を用いることで、eRF3自身の機能への作用、そして他の翻訳機構への作用による表現型を、明確に分けて議論することが可能となった。

 eRF3の機能に顕著な影響を示したのはいずれもNED結合因子であったことから、NEDによるeRF3機能への影響を検証したところ、eRF3tsはNED非存在下では生育を維持できず、さらに完全長に比べ、約7倍の速度でタンパク質分解を受けるという、野生型には見られない特性を明らかにした(t1/2(Full)=407min、t(1/2)(ΔNED)=60min)。また、eRF3tsは野生型eRF3(t(1/2)=630min)と比較して不安定であることも明らかとなった。

 以上より、Itt1がeRF3機能の低下、Sla1がeRF3機能の維持・向上に機能すること、NEDはeRF3タンパク質の安定化に機能する領域であることが示された。eRF3tsの不安定な性質が、本来NEDが持つ機能を顕在化させたと考えられる。

eRF3機能制御とタンパク質分解系との共役

 NED結合因子によるeRF3機能制御の機構を明らかにするため、評価株シリーズにおける細胞内eRF3tsタンパク質の定量を行なった。その結果、評価株シリーズ(HK100E、HK100S、HK100M)はeRF3の発現量に応じた3段階のタンパク質存在量を示すが、Itt1の過剰発現、およびsla1遺伝子の破壊により、細胞内のeRF3タンパク質存在量が著しく低下することが明らかとなった(図3)。このことは、結合因子によるeRF3機能制御は、細胞内eRF3タンパク質の安定制御が主要因であり、Itt1はeRF3を不安定化、Sla1はeRF3を安定化することを示す。

 eRF3タンパク質を不安定化したItt1は、機能未知因子であるが、E3ユビキチンリガーゼに特徴的なZn(2+)結合性RINGモチーフを保持する。このことから、Itt1はeRF3を基質として、積極的にタンパク質分解へと移行させていることが推測された。そこでItt1によるeRF3不安定化へのタンパク質分解系の関与を検証する目的で、主要なタンパク質分解経路であるオートファジー・液胞、およびユビキチン・プロテアソーム制御因子を、評価株の遺伝子破壊により抑制し、Itt1過剰発現下による生育をモニターした。その結果、液胞プロテアーゼの遺伝子破壊により、評価株はItt1発現下での生育を維持した。以上の結果から、eRF3はItt1によりタンパク質分解経路への移行が促進され、分解を受けていることが明らかとなった。

NEDを介した結合因子によるeRF3機能制御

 本研究で新たに開発したeRF3機能評価系による検証から、結合因子Itt1およびSla1により、eRF3機能・安定性が制御されることを明らかとした。興味深い事に、これら二つの因子はいずれも機能が未解明なNEDとの結合因子であった。アクチン制御因子であるSla1は細胞骨格へ局在しており、多くのリボソームタンパク質との結合性も示唆されている。Sla1がeRF3の翻訳装置への分配や局在を促進することで、結果としてeRF3の機能向上、および安定化が引き起こされることが推測できる。また、Itt1は実際にeRF3tsタンパク質の分解を促進することが明らかとなった。以上の結果より、NEDは様々な生理活性因子との結合を通して、C末端の解離因子機能を制御する「要」領域であることが推察され、新たなeRF3機能制御モデルを提唱した(図4)。

 翻訳終結は、タンパク質合成に必須な、生命維持の普遍的機構である。しかし同時に、翻訳終結効率の低下は、ナンセンスサプレッションや翻訳フレームシフトなど、終止コドンの回避によるタンパク質発現(リコーディング)を促進させるなど、制御段階としても機能する。実際に、フレームシフトによるアンチザイム合成促進は、細胞内のポリアミン濃度を抑制し、細胞増殖を抑制するというストレス応答を実現する。反対に、翻訳終結効率の向上は、終止コドン回避による発現を必要とする、HIVなどレトロウィルスの増殖を抑制する。近年、このような発現調節が、解離因子の機能制御によって直接的に行なわれる例が報告されて来ている。本研究で明らかとなったeRF3の機能制御は、ストレスや細胞周期、細胞内局在下などの環境に応答した発現調節を実現している可能性を強く示唆する。

今後、生理活性因子を介した詳細なプロセス、および生理的意義のさらなる解明が求められるが、翻訳反応自体に必須ではない様々な因子が、NEDとの相互作用を介して解離因子の機能制御を実現していることを明らかとした、本研究の意義は大きい。

図1:出芽酵母eRF3の一次構造および主な結合因子

図2:分裂酵母eRF3のX線結晶構造。eRF1結合部位を破線で示す。

図3:ltt1過剰発現・sla1遺伝子破壊による細胞内eRF3tsタンパク質量低下

図4:NEDを介した結合因子によるeRF3機能制御

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は、真核生物のタンパク質生合成において、翻訳終結のペプチド鎖解離反応を促進するGTP結合性タンパク質、eRF3の機能制御機構を解析したものである。解析手段として出芽酵母における遺伝学的手法を用い、主にeRF3との結合因子群、そしてeRF3のアミノ末端側に存在する機能未知領域(NED)の解析を行なった。本論文の解析結果は二部から構成され、それぞれ以下の内容について述べられている。

 第一部 新規に構築したeRF3機能評価系による結合因子の作用検証

 本論文では、in vivoにおけるeRF3機能の多角的な検証を実現するため、出芽酵母のeRF3高温感受性変異体(eRF3ts)を用い、その発現量を調整することで、高温感受性の異なる評価株シリーズを作成し、生育からeRF3の機能向上・低下を評価する、新たな系を構築した。eRF1の過剰発現が、評価株シリーズの高温条件での致死性を抑制することから、結合因子によるeRF3機能向上の検出系としての有効性を確認した。

 構築した系を用い、既知のeRF3結合因子によるeRF3機能への影響を評価した結果、機能未知因子Itt1の過剰発現、および細胞骨格因子Sla1の欠失により、eRF3の機能が低下することが明らかとなった。

 Itt1、Sla1はいずれもeRF3の機能未知領域、NEDとの結合因子であることから、NEDによるeRF3機能への影響を検証したところ、eRF3tsではNEDが機能、およびタンパク質安定性維持に必須であることが明らかとなった。

 一連の解析から、Sla1、およびItt1がeRF3の機能制御因子であること、そしてNEDがeRF3タンパク質の安定化に機能することが示唆された。

第二部 ltt1およびSla1によるeRF3タンパク質安定性制御

 次に、結合因子によるeRF3機能低下の分子機構を明らかにするため、eRF3tsタンパク質の安定性を、定量解析より評価した。その結果、評価株の生育が低下したItt1過剰発現、sla1欠失の両条件下では、いずれも細胞内でeRF3tsタンパク質存在量が低下しており、タンパク質の安定性低下が機能低下の主要因であることが示された。

 Sla1の発現によるeRF3タンパク質の安定性維持は、野生型eRF3タンパク質においても検出され、その一般性が示された。一方、Itt1の発現による野生型eRF3への影響は検出されなかった。

 Itt1はeRF3tsタンパク質の分解を促進していることが予測されたため、Itt1とタンパク質分解系の関与を検証する目的で、主要なタンパク質分解経路の因子群を評価株より欠失させ、Itt1過剰発現下による生育を評価した。その結果、液胞プロテアーゼの遺伝子破壊により、評価株はItt1発現下での生育を維持した。この結果より、eRF3tsはItt1によりタンパク質分解経路への移行が促進されていることが明らかとなった。

 さらに、Itt1のヒトオーソログについて、構築した系によりeRF3への作用検証を行なったところ、Itt1と同様にeRF3の機能低下、eRF3tsの分解促進に機能することが明らかとなり、TRIAD/RINGタンパク質によるeRF3機能制御は、真核生物に保存されていることが示唆された。ただし、野生型eRF3ではItt1による顕著な分解促進は検出されないことから、Itt1との相互作用によるeRF3の機能構造の変化が、eRF3tsを用いることで安定性変化として検出されたことも考えられる。

 以上より、NEDは種々の生理活性因子との結合により、eRF3の機能を制御する領域であると結論した。

考察および本研究の意義

 本研究の結果は、機能未知であったNEDがeRF3機能制御の主要な領域であることを示している。すなわち、Itt1、Sla1など、翻訳反応自体に必須ではない種々の生理活性因子とのNEDを介した相互作用により、eRF3の機能が正負に制御されることが明らかとなった。翻訳終結は、NMDやリコーディングなどの高次機構と共役することから、それらの機能が様々な生理条件により制御されることを強く示唆する点で意義深い。

 また、本研究で構築したeRF3機能評価系は、ナンセンスサプレッション法の問題点を補完し、eRF3自身の機能と翻訳終結効率とを明確に分けた解析を可能とした。本解析系を翻訳終結関連因子の解析、スクリーニングの新たな手法として用いることで、さらなる翻訳終結の制御機構解明が期待される。

 なお、本論文は伊藤耕一、中村義一との共同研究であるが、論文提出者が主体となって解析、および検証を行なったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

UTokyo Repositoryリンク