学位論文要旨



No 122178
著者(漢字) 瀬戸川,健
著者(英字)
著者(カナ) セトガワ,タケシ
標題(和) Peutz-Jeghers症候群の原因遺伝子LKB1の機能解析
標題(洋) Functional characterization of the Peutz-Jeghers Syndrome gene LKB1
報告番号 122178
報告番号 甲22178
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5041号
研究科 理学系研究科
専攻 生物化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 竹縄,忠臣
 東京大学 教授 坂野,仁
 東京大学 教授 山本,雅
 東京大学 教授 宮島,篤
 東京大学 教授 秋山,徹
内容要旨 要旨を表示する

 セリン/スレオニン キナーゼLKB1遺伝子はPeutz-Jeghers症候群の原因遺伝子として第19番染色体から単離された。Peutz-Jeghers症候群は消化管の過誤腫性ポリープ、口唇、口腔内、手足の裏などの色素班、高い癌の発症率を特徴とする遺伝性の難治性疾患である。また、肺癌などの散発性腫瘍でもLKB1の変異が見出されることから、LKB1は癌抑制遺伝子の一種と考えられている。

 LKB1を癌細胞に過剰発現させると細胞周期をG1期に停止させて増殖を抑制することが報告された。多くのPeutz-Jeghers症候群の患者にキナーゼ活性を失ったLKB1変異体が見られ、これらの多くはG1期停止能を示さないことが報告されている。このことからLKB1が失活しG1期停止能を失うことでPeutz-Jeghers症候群が発症する可能性が考えられる。

 このためLKB1によるG1期停止の分子機構を探るべく研究が行なわれてきた。LKB1を細胞質に局在させ、キナーゼ活性を上昇させるSTRADαが単離され、RNAiによりSTRADαの発現を抑制するとLKB1のG1期停止能の低下が見られた。また、クロマチンのリモデリングに関与するSWI-SNF複合体の構成因子Brg1とLKB1は結合し、Brg1による細胞周期の停止にLKB1が必要であると報告されている。さらにLKB1を過剰発現させると細胞周期の停止に関わるCDKインヒビターp21の発現が上昇することが複数のグループから報告されている。このp21の発現の上昇はLKB1によるG1期停止を説明する上で重要な現象と考えられている。しかし、その詳細な機構は未だに明らかになっていない。

 本研究はLKB1と相互作用する因子を単離、解析することにより、LKB1欠損による癌発生の分子機構を解明することを目的としている。本研究室でyeast two-hybrid screeningによりLKB1と相互作用する因子としてLMO4を単離した。LMO4は様々な転写因子と結合して、転写活性を制御することが報告されている。そこでLMOファミリーとの結合が知られている転写因子GATAに注目し解析を行なった。その結果、LKB1はキナーゼ活性依存的にGATAによる転写を活性化した。さらにLKB1、LMO4転写因子複合体がp21 waf1/cipの転写を活性化させることを示した。また、TAP(Tandem Affinity Purification)法により新規LKB1結合タンパク質FKBP38(FK506-binding protein 38)を単離した。FKBP38がアポトーシスを抑制するBcl-2と相互作用するタンパク質であることに注目し、解析を行った。

第一章 LKB1、LMO4、GATA-6、Ldb1転写因子複合体によるp21の発現制御

 LKB1の機能を探るためにLKB1と相互作用する因子の単離を目的としてyeast two-hybrid screeningを本研究室で行ったところLMO4(LIM domain only one4)が単離された。LMO4はLMOファミリーの一員として知られている。LMOファミリーはzinc fingerから成るLIMドメインを持ち、様々な転写因子と相互作用し複合体を形成し、転写を制御していることが報告されている。LMOファミリーとの結合が知られている転写因子GATAに注目した。GATA ファミリーは6種類のメンバーから成り、標的遺伝子のプロモーター領域に結合して転写活性化を引き起こすことが知られている。そこで、LKB1、LMO4、GATA-6が複合体を形成する可能性を検討した。その結果、LKB1、LMO4、GATA-6、LDB1は複合体を形成することが示唆された。

 LKB1がGATAによる転写に与える影響を検討すると、LKB1はGATA応答配列を活性化し、GATA-6が存在するとさらに活性化することが明らかになった。この活性化はLKB1のキナーゼ活性に依存する。さらにPeutz-Jeghers症候群で見られるLKB1変異体はGATA応答配列を活性化しなかった。従って、細胞内でLKB1とGATA-6が機能的に相互作用している可能性が高いと考えられた。

 LKB1が過剰発現した細胞は細胞周期をG1期に停止し、この時p21の発現が上昇することがいくつかの論文で報告されている。p21は細胞周期をG1期で停止するのに重要な分子として知られている。また、GATA-6もp21の発現を上昇させることが報告されている。これらの事実から、LKB1、LMO4、GATA-6が相互作用してp21の転写を制御している可能性が考えられた。そこでルシフェラーゼアッセイを行い、p21の転写に及ぼす影響を調べた。その結果、LMO4、GATA-6、LDB1(以下LMO4転写因子複合体と表記)はp21のプロモーターを活性化することが明らかになった。LKB1はp21のプロモーターを活性化し、LMO4転写因子複合体の効果をさらに高める。一方、キナーゼ活性を持たないLKB1 K78IとPeutz-Jeghers症候群で見られるLKB1変異体はLMO4転写因子複合体が存在していても、p21のプロモーターを活性化しなかった。以上の結果から、LKB1、LMO4転写因子複合体を同時に遺伝子導入した時に最も強いp21のプロモーターの活性化が見られることが明らかとなった。

 この結果を確認するために、LKB1、LMO4転写因子複合体がp21のmRNA、タンパク質の量に与える影響を検討した。LKB1、LMO4、GATA-6、LDB1を同時に遺伝子導入した時にp21のmRNA量およびタンパク質量が最大になることが明らかになった。以上の結果から、LKB1、LMO4転写因子複合体はp21の転写を正に制御してG1期停止に関わることが示唆された。

第二章 LKB1とFKBP38によるアポトーシスの制御機構

 TAP(Tandem Affinity Purification)法により新規LKB1結合タンパク質FKBP38 (FK506-binding protein 38)を単離した。FKBP38は免疫抑制薬FK506と結合するFKBPファミリーの一員として知られており、抗アポトーシス分子Bcl-2やBcl-XLをミトコンドリアに局在させアポトーシスを制御することが報告されている。LKB1はFKBP38と相互作用することでアポトーシスを制御していると考え実験を行った。

 LKB1、LKB1 K78IとFKBP38との結合を免疫沈降法で検討した結果、LKB1、LKB1 K78IとFKBP38の共沈が確認された。GST-pull down assayを行い、LKB1とFKBP38が直接結合していることが示唆された。また、Peutz-Jeghers症候群で見られるLKB1変異体とFKBP38が結合するか免疫沈降を行った。その結果、Peutz-Jeghers症候群で見られるLKB1変異体とFKBP38の共沈を確認した。

 FKBP38はBcl-2と結合することが報告されている。そこでLKB1、FKBP38、Bcl-2が複合体を形成する可能性を検討するために免疫沈降を行った。その結果、LKB1はFKBP38を介してBcl-2と複合体を形成している可能性が示唆された。

 LKB1は細胞内で主に核に、一部は細胞質に局在している。FKBP38はBcl-2、Bcl-XLをミトコンドリアに局在させることが報告されている。そこでLKB1の局在にFKBP38が与える影響を細胞染色で検討した。LKB1のみを発現させた場合は主に核に局在したが、FKBP38と共発現させるとミトコンドリアでFKBP38と共局在しているのが観察された。同様にLKB1 K78IもFKBP38と共発現させると局在が核からミトコンドリアへと変化した。したがって、FKBP38がLKB1の核からミトコンドリアへの局在が変化するのに関与する考えられる

 FKBP38はA23187によるアポトーシスを抑制することが報告されている。そこでLKB1、FKBP38がA23187によるアポトーシスに及ぼす影響を検討した。その結果、LKB1を発現させるとアポトーシスの抑制が観察されたが、LKB1 K78Iではアポトーシスの抑制は見られなかった。さらにLKB1とFKBP38を共発現させるとLKB1によるアポトーシスの抑制が見られなくなった。HeLa細胞にFKBP38に対するshRNAとLKB1を導入後、A23187で刺激した。その結果、FKBP38の発現を抑制するとLKB1によるアポトーシスの抑制が促進された。以上の結果から、LKB1はキナーゼ活性依存的にA23187によるアポトーシスを抑制し、LKB1によるアポトーシス抑制はFKBP38によって阻害されることが示唆された。

審査要旨 要旨を表示する

 LKB1遺伝子は、消化管の過誤腫性ポリープの発症を特徴とする遺伝性疾患Peutz-Jeghers症候群の原因遺伝子として見出された。また、肺腺腫などの散発性腫瘍でもLKB1の変異が見出され、癌抑制遺伝子の一種と考えられている。本研究はLKB1と相互作用する因子を単離、解析することにより、LKB1欠損による癌発生の分子機構を解明することを目的として研究を行っている。

1 LKB1、LMO4、GATA-6転写因子複合体によるp21の発現制御

 LKB1が、GATAと共役して機能する転写共役因子LMO4と複合体を形成することを見出した。LKB1がGATAによる転写活性化に与える影響を検討した結果、LKB1はキナーゼ活性依存的にGATA-6による転写を活性化することが明らかになった。LKB1とGATA-6は、それぞれG1期停止に重要な機能を果たすp21の発現を誘導することが知られている。そこで、p21の転写活性化にLKB1、LMO4、GATA-6、LMO4結合因子LDB1が関与する可能性を検討すると、LKB1、LMO4、GATA-6、LDB1によるp21の転写活性化が見られた。以上の結果から、LKB1、LMO4、GATA-6、LDB1はp21の転写を正に制御してG1期停止に関わることが示唆された。

2 LKB1とFKBP38によるアポトーシスの制御機構

 TAP(Tandem Affinity Purificaton)法により新規LKB1結合タンパク質FKBP38を単離した。FKBP38はBc1-2をミトコンドリアに局在させアポトーシスを制御することが知られている。免疫沈降によりLKB1、FKBP38、Bc1-2が複合体を形成していることが示唆された。また、FKBP38を発現させると、LKB1が核からミトコンドリアへ移行することが見出された。LKB1はアポトーシスを抑制し、FKBP38はLKB1によるアポトーシス抑制を阻害した。この作用はFKBP38がLKB1を核外に排出することによりp21の発現の低下を引き起こすためであると考えられた。これらの結果から、Peutz-Jeghers症候群で見られる癌発生の分子機構の仮説が提唱されている。

 LKB1はLMO4、GATA-6、Ldb1と複合体を形成し、p21の発現を上昇させることで細胞周期を停止させることを示唆した。また、LKB1はGATA-6による転写を活性化することを示した。このことはLKB1がGATAにより転写活性化される遺伝子を制御している可能性を示している。LKB1はp21の発現誘導によりアポトーシスを抑制し、FKBP38はLKB1を核外へ排出することで、LKB1によるp21の発現誘導を阻害してアポトーシスが起きやすくすることが示唆された。また、Peutz-Jeghers症候群で見られるLKB1変異体により細胞がアポトーシス感受性になることを示した。これはPeutz-Jeghers症候群で生じる過誤腫性ポリープは他の疾患で生じるポリープと比べて癌化しにくいことや散発性の癌でLKB1の変異が報告されているが比較的稀であることの原因であると推測される。本研究によりPeutz-Jeghers症候群と癌発症の分子機構を説明する上でLKB1によるp21の転写活性化が重要な現象であるという知見をもたらした。

 本論文の第一章は矢花(篠崎)聡子、松浦 憲、増田 尚久、秋山 徹との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったのもで、論文提出者の寄与が十分であると判断する。したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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