No | 122179 | |
著者(漢字) | 竹本,愛 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | タケモト,アイ | |
標題(和) | 細胞周期におけるコンデンシンの制御機構と染色体構造 | |
標題(洋) | Analysis of the regulation of condensin and chromosome structure during the cell cycle | |
報告番号 | 122179 | |
報告番号 | 甲22179 | |
学位授与日 | 2007.03.22 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 博理第5042号 | |
研究科 | 理学系研究科 | |
専攻 | 生物化学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | 序論 遺伝情報を担うクロマチンDNAは、M期において高度に凝縮してM期染色体を形成する。このM期染色体凝縮は、狭い細胞内で長大なクロマチンDNAを娘細胞へと均等に分配するために必須の過程である。コンデンシンは、2つのSMC ATPaseサブユニットと3つのnon-SMCサブユニットを含むタンパク質複合体で、M期染色体凝縮に中心的な役割を担っている。3年ほど前に、高等真核生物で、non-SMCサブユニットのみが異なるコンデンシンIIが見つかり、従来から知られるコンデンシン(コンデンシンI)と両方が協調してM期染色体の構築と構造維持に関与すると考えられている。 ツメガエル及びヒトのコンデンシンIからは、ATP依存的にDNAに正のらせんを導入する活性(スーパーコイリング活性、及びノッティング活性)が検出されている。また、この活性はM期のキナーゼによるリン酸化で促進されることから、M期染色体凝縮に関与することが示唆される。一方、分裂酵母ではSMC4サブユニットのM期におけるリン酸化がコンデンシンの核への移行に必須という報告がある。つまり、コンデンシンIのM期のリン酸化は、染色体凝縮を促進する方向に寄与する。 本研究では、細胞周期におけるクロマチン構造変換の分子基盤を理解することを目的とし、クロマチン構造変換に寄与する因子コンデンシンI,IIの制御機構を、細胞生物学的手法、生化学的アッセイ、ツメガエル卵抽出液の系で再構成した染色体構造の観察を併用して解析した。 結果と考察 I.コンデンシンIの細胞周期における制御 1)細胞周期におけるコンデンシンIのタンパク質量、リン酸化による制御 まず、コンデンシンIの細胞周期におけるタンパク質レベルの変化を調べた。各細胞周期に同調したHeLa細胞において、コンデンシンIのタンパク質量は一定であり、またタンパク質の安定性もほとんど変動がなかった。一方、リン酸化を調べたところ、コンデンシンIはM期においてMPM2抗体で認識される特異的な部位がリン酸化されていた。そのM期特異的なリン酸化は細胞周期がG1期へ進行する際に速やかに除去されており、それと対応してコンデンシンIのスーパーコイリング活性も減少した。また、M期特異的なリン酸化のレベルは染色体上のコンデンシンIでは高く、染色体に結合していないコンデンシンIでは低かった。これらの結果から、M期特異的なリン酸化は、コンデンシンIのDNAにらせんを導入する活性と、染色体への結合の両方を促進することが示された。 2)コンデンシンIのリン酸化制御の解析 (a)CK2リン酸化によるコンデンシンIの活性抑制 M期と間期の細胞を32P正リン酸で標識し、M期と間期のコンデンシンIのリン酸化レベルを比較したところ、間期においてもM期と同程度リン酸化されていることが明らかになった。ホスホペプチドマッピングによりリン酸化される部位を比較したところ、両者のリン酸化部位は異なっていた。そこで、それぞれのリン酸化の役割を調べるため、間期とM期のコンデンシンIをフォスファターゼで脱リン酸化し、スーパーコイリング活性への影響を調べた。これまでの知見から予想された通り、脱リン酸化によりM期コンデンシンIの活性は減弱した。一方、間期コンデンシンIは脱リン酸化処理で活性化した(図1)。間期リン酸化の除去によるコンデンシンIの活性化は顕著であり、M期コンデンシンIに近いレベルまで増加した。この結果から、間期リン酸化がコンデンシンIの制御において非常に重要であると考えられた。コンデンシンIはM期において、主にCdc2キナーゼによってリン酸化されることはすでに示されている。そこで、コンデンシンIを間期においてリン酸化し、活性を抑制するキナーゼの特定を試みた。候補として、細胞周期を通して活性を有し、多くの基質を持つ、カゼインキナーゼ2(CK2)について検討した。細胞をCK2阻害剤で処理した実験、さらにツメガエル卵抽出液の系でCK2を免疫除去した実験から、コンデンシンIの間期リン酸化が主にCK2によるものであることが明らかになった。次に、CK2リン酸化によるコンデンシンIのスーパーコイリング活性への直接的な影響を調べた。Cdc2がコンデンシンIの活性を促進したのに対し、CK2は強く阻害した。これらの結果から、CK2によるリン酸化でコンデンシンIが間期において抑制されていることが示唆された。 (b)CK2サイトの脱リン酸化とその重要性 コンデンシンIを抑制するCK2依存的リン酸化の細胞周期における変動を調べるため、CK2のリン酸化サイトを特異的に認識する抗体を作製した。この抗体を用いた解析から、CK2サイトのリン酸化はM期のコンデンシンIで減少しており、特にM期染色体上のコンデンシンIでほぼ消失していた。また、ツメガエル卵抽出液の系にCK2を過剰に添加すると、CK2サイトのリン酸化が維持された。興味深いことにこの条件下では、M期の染色体凝縮が十分に進行せず正常よりも長い染色体が形成された。これらの結果から、コンデンシンIのCK2によるリン酸化が染色体上で除去されることが、正常な染色体の構築に必要であることが示唆された。 図1に示した通り、脱リン酸化したコンデンシンIのスーパーコイリング活性はM期コンデンシンの活性に近い。そこで、コンデンシンIがCK2による抑制的リン酸化制御を受けなければ、間期でもM期のように染色体凝縮を起こすのかを検証した。しかし、コンデンシンIがCK2サイトのリン酸化を受けない条件でも、M期のような染色体凝縮を起こすことはなかった。理由としては、これまでの報告にもあるように、コンデンシンIのクロマチンへの結合にはCdc2によるM期特異的なリン酸化が必須であるためと考えられる。以上のことから、Cdc2とCK2の2種類のリン酸化によって、コンデンシンの機能がそれぞれ促進的、抑制的に制御され、細胞周期におけるクロマチンの構造変換に深く関与していることが示された(図2)。 II.コンデンシンIとIIの制御の違い 高等真核生物においてはコンデンシンIに加え、もうひとつのアイソフォームのコンデンシンIIが存在し、両者が共に染色体凝縮に重要な機能を果たす。細胞周期における両者の局在の違いがいくつか報告されているが、その違いに関する分子メカニズムの報告はない。本研究において、新たにコンデンシンIとIIの制御の違いを示唆する知見を得た。フォスファターゼPP2Aの阻害剤を添加すると、M期染色体からコンデンシンIIが消失し、染色体の形態が異常になった。一方、コンデンシンIの染色体結合量は変わらなかった。また、PP2AはコンデンシンIIにのみ特異的に結合していることが分かった。さらに、PP2A阻害剤存在下ではPP2Aの染色体局在も阻害されていた。これらの結果から、コンデンシンIIの染色体局在には、PP2Aのフォスファターゼ活性を介したリン酸化による制御、もしくはPP2Aとの相互作用を介した染色体へのリクルートの2つの可能性が示唆された(図3)。 まとめと展望 本研究では、コンデンシンの制御と染色体構造変換の解析を行い、コンデンシンIの細胞周期におけるリン酸化制御の詳細を明らかにした。コンデンシンIは、間期でCK2によるリン酸化で活性が抑制されており、M期に入るとCdc2でリン酸化されて、染色体への結合能と活性が増し、さらに抑制的なCK2サイトが脱リン酸化されることで完全に活性化し、M期染色体の構築にはたらくというモデルを示した(図2)。 コンデンシンIは、間期でもM期と同程度のタンパク量が存在し、CK2によるリン酸化制御を受けていた。このことは、近年報告が増えているコンデンシンの間期における機能の制御と関連づけて考えると興味深い。例えば、出芽酵母とショウジョウバエではコンデンシンIが遺伝子抑制にはたらき、分裂酵母ではDNA修復やチェックポイント応答に必要であるという報告がある。また、線虫ではX染色体の遺伝子量補償に働く。特に興味深いのは、様々な生物種でコンデンシンが遺伝子の発現を負に制御することである。間期においてコンデンシンIは大部分が細胞質に存在し、核内に存在するのはごく少量(1%未満)であるが、核内のわずかのコンデンシンIの活性が、間期クロマチンの構造変換を介し、転写抑制に関与する可能性がある。よって今後、コンデンシンのクロマチン機能に関する解析が進むにつれて、本研究で示されたCK2によるリン酸化制御の間期における生理的意義が明らかになるかもしれない。また間期において、大部分が核内に存在するコンデンシンIIの方が、間期クロマチン構造と機能の関係においては、その制御機構がより重要かもしれない。本研究では、解析の大部分がコンデンシンIの制御に集中したが、この知見が今後、コンデンシンIIとの活性や制御の違いを知るための糸口となることを期待する。また、本研究では、新たにPP2AがコンデンシンIとIIの制御の違いに関与することを示唆した。コンデンシンIIの染色体局在はPP2Aに依存していたが、どのような分子機構で制御されているかの解析が今後の課題である。コンデンシンIとIIの制御の違いは、高等真核生物において出現したコンデンシンIIの存在意義の理解や、複雑化なクロマチン構造に対するコンデンシンの作用機序の理解に繋がる可能性もあり重要と思われる。 図1 脱リン酸化によるコンデンシンIの活性への影響 図2 2種類のリン酸化によるコンデンシンIの制御モデル 図3 PP2AによるコンデンシンIIの染色体結合制御 (1)フォスファターゼ活性依存モデル (2)リクルートモデル | |
審査要旨 | 遺伝情報を担うクロマチンDNAが、M期において高度に凝縮してM期染色体を形成する過程を染色体凝縮とよぶ。この過程は親細胞から娘細胞へのクロマチンDNAの均等な分配に必須であり遺伝情報の維持に重要である。近年、染色体凝縮において重要な役割をもつ因子としてコンデンシン複合体(コンデンシンI)が同定された。その後、コンデンシンのin vitroでの生化学的活性などの解析が進んだが、どのように染色体構築にはたらくかは明らかになっていない。また、最近になって新たなコンデンシンアイソフォーム(コンデンシンII)が見つかり、両者の違いが注目されている。 本研究では、細胞周期におけるクロマチン構造変換の分子基盤を理解するために、コンデンシンの制御機構を詳細に解析したものである。本論文で示した内容は、(1)コンデンシンIのM期リン酸化による促進的制御、(2)コンデンシンIの間期リン酸化による抑制的制御、(3)コンデンシンIとコンデンシンIIの制御の違い、に分けられる。以下にその概要を示す。 (1)コンデンシンIのM期リン酸化による促進的制御 ヒトコンデンシンIの細胞周期における挙動の解析を詳細に行った結果、タンパク質レベルの変動はほとんど見られず、MPM2抗体で認識されるリン酸化はM期特異的に付加されていることが示している。このM期特異的なリン酸化とコンデンシンIの活性や細胞内局在との関係を解析した結果から、コンデンシンIのDNAの高次構造変換活性と染色体結合の両方がM期特異的リン酸化により促進されることを示唆している。 (2)コンデンシンIの間期リン酸化による抑制的制御 コンデンシンIがM期だけでなく細胞周期を通してリン酸化されていたことから、新たに発見した間期リン酸化の役割を調べている。間期コンデンシンIをフォスファターゼで脱リン酸化したところ、活性が促進されたことから、間期リン酸化がコンデンシンIの活性を抑制的に制御していることを明らかにしている。さらに、コンデンシンIを間期にリン酸化し、その活性を抑制するキナーゼをとしてCK2を特定した。また、抑制的なCK2によるリン酸化はM期染色体上のコンデンシンIについて脱リン酸化されていることを見いだした。さらに、この抑制的リン酸化が除去されることが正常な染色体構築に重要であることも示している。本研究では、はじめてコンデンシンの抑制的制御を明らかにすると共に、その抑制制御の解除の染色体凝縮における重要性を示した。 (3)コンデンシンIとコンデンシンIIの制御の違い コンデンシンIとIIはどちらも染色体凝縮に重要であることが報告されている。一方で、両者は細胞内でも局在も機能も異なることが示されている。しかし、なぜ2つのアイソフォームの局在や機能が異なるのかについて、その分子メカニズムは多くは知られていない。本研究では、フォスファターゼ阻害剤であるオカダ酸により、コンデンシンIIがM期染色体から解離することを見いだしている。さらに、オカダ酸の標的であるPP2AがコンデンシンIIと相互作用して何らかの機構でコンデンシンIIをM期染色体に結合させることを示している。 本研究では、コンデンシンIの細胞周期におけるリン酸化制御の全容を明らかにした。コンデンシンIは、間期でCK2によるリン酸化で活性が抑制されており、M期に入るとCdc2でリン酸化されて、染色体への結合能と活性が増し、さらに抑制的なCK2サイトが脱リン酸化されることで完全に活性化し、M期染色体の構築にはたらくというモデルを示している。また、本研究はコンデンシンの間期における抑制的制御を最初に示し、その重要性を示唆したものである。最近、コンデンシンが間期においても、転写抑制やDNA修復に関与することが報告されており、間期でのCK2によるコンデンシンの制御機構は今後さらに重要性が増すと考えられる。さらに、コンデンシンIとIIの細胞内局在の差異に関与する因子としてPP2Aを特定した。これは2つのアイソフォームの別々の制御メカニズムを示す最初の発見であり、M期染色体構築の分子メカニズムの理解につながる可能性がある。以上、本研究において明らかにしたコンデンシンの制御機構は、染色体構築機構の解明に寄与するところが大であると共に、間期クロマチン機能制御にも新しい概念をもたらした点で重要である。したがって、博士(理学)の学位授与に値すると認める。 なお、本論文は横山茂之博士、花岡文雄博士、木村圭志博士、柳澤純博士との共同研究であるが、論文提出者が主体となって解析、検証を行ったもので、論文提供者の寄与が十分であると判断する。 | |
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