学位論文要旨



No 122182
著者(漢字) 内藤,雄樹
著者(英字)
著者(カナ) ナイトウ,ユウキ
標題(和) 哺乳類細胞で有効かつ標的遺伝子に特異的なsiRNA設計法の確立とその抗ウイルスRNA干渉法への応用
標題(洋) Antiviral RNA interference based on the development of the highly effective, target-specific siRNA design in mammalian cells
報告番号 122182
報告番号 甲22182
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5045号
研究科 理学系研究科
専攻 生物化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 岩倉,洋一郎
 東京大学 教授 服部,正平
 東京大学 教授 西郷,薫
 東京大学 講師 関根,俊一
 国立感染症研究所 室長 武部,豊
内容要旨 要旨を表示する

 RNA干渉(RNA interference; RNAi)とは,細胞に導入した2本鎖RNA(double-stranded RNA;dsRNA)が,相同な塩基配列をもつメッセンジャーRNA(mRNA)を特異的に切断することによって遺伝子発現を抑制する現象である.RNAiの分子機構は,生体内においてはウイルスやトランスポゾンに対する防御機構の一部と考えられているほか,生体内で多数発現しているマイクロRNA(microRNA; miRNA)による遺伝子発現の制御において重要な役割を担っている.また人為的にdsRNAを細胞内に導入することによって,任意の遺伝子を簡便にノックダウンできることから,RNAiは遺伝子の機能解析に有効な手法として注目されている.

 哺乳類細胞でRNAi実験をおこなうには,標的遺伝子と相同な,化学合成した約21塩基対の短い2本鎖RNA(short-interfering RNA; siRNA)またはsiRNAを発現するベクターを細胞に導入する方法が一般的に用いられる.しかしsiRNAの配列はどのようなものでも細胞内で機能するわけではなく,無作為に設計したsiRNAの7〜8割はRNAi活性を示さない.さらに,siRNAの長さは約21塩基対と短いため,標的遺伝子とはまったく無関係な遺伝子にも相同部分が存在する確率が高く,siRNAがそのような遺伝子を抑制してしまうことがある(オフターゲット効果).本研究ではまず,特にこれら2つの問題点を考慮した,哺乳類細胞に有効かつオフターゲット効果の少ないsiRNAの設計法を構築した.哺乳類細胞に有効なsiRNAの設計法は,著者らを含む3つの研究グループから提唱されている方法の比較検討をおこない,もっとも良い著者らの方法(Ui-Tei et al. 2004, Nucleic Acids Res. 32, 936-948)を用いた.またオフターゲット効果が少ないsiRNAを設計するために,標的以外のすべての遺伝子に対して相同性が最小となるsiRNA配列を選択するという情報科学的手法を用いた.21塩基の相同性検索は,Yamadaらのアルゴリズム(Yamada et al. 2005, Bioinformatics 21, 1316-1324)を用いた.本研究で構築したsiRNA設計システムによって,ヒトの全遺伝子をほぼ網羅できるゲノムワイドなsiRNA設計をおこなった.

 一方,siRNA の標的は内在性遺伝子に限定されず,細胞に感染したウイルス由来のRNA を標的とすることによってウイルスの増殖を抑制できることが示されている.本研究で構築したsiRNA設計法は,哺乳類細胞に感染するウイルスを標的とする場合にもそのまま適用できると考えられる.しかしHIV-1やHCVなど多くのRNAウイルスは,著しくゲノム多様性が高く,1種類のsiRNAを単独で用いた場合,そのsiRNAに耐性をもつ変異ウイルスが容易に出現し得ることが報告されている.そこで本研究では,多様性の高いウイルスを対象として,その高度保存領域を同定し,それらの領域を標的とするsiRNAの設計をおこない有効性を評価した.HIV-1においては,ゲノムの大部分の領域が21塩基の単位では保存されておらず,無作為に選択したsiRNAのほとんどはHIV-1を効率よく標的とすることができなかった.しかし解析の結果,5'UTR,プロテアーゼ,インテグラーゼの一部の領域が高度に保存されていることが判明し(図1),それらの領域を標的とする有効なsiRNAを設計できた.ついで,設計したsiRNAのHIV-1増殖抑制効果を,複数のサブタイプに属する4種のHIV-1感染性分子クローンで検証した.その結果,多くのsiRNAが4種すべてのHIV-1の増殖を効果的に抑制し,本研究で構築したsiRNA設計法の有効性を確認できた.以上の結果に基づき,ウイルスの配列のなかで高度に保存された領域に,哺乳類細胞で有効かつオフターゲット効果の少ないsiRNAを設計するシステムを構築した.そのうち,HIV-1,HCV,インフルエンザウイルス,SARSコロナウイルスの4種のウイルスを標的とするsiRNA設計システムを,ウェブサーバsiVirus(http://siVirus.RNAi.jp/)として公開した.

図1●HIV-1ゲノムを構成する21-merの保存度,495種のHIV-1配列から生成した4,417,157種の21-merについて保存度を求め,青色(保存度0%)から赤色(保存度100%)の点で示した.折れ線グラフは各位置における保存度の最大値(最頻値と一致)を示す.5'UTR,インテグラーゼ遺伝子内おけるcPPT/CTS領域,および3'PPT領域の拡大図.

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は緒論,第1章,第2章および文献からなり,第1章では,哺乳類細胞やショウジョウバエ等で有効かつ標的遺伝子に特異的なsiRNA設計法の構築について述べられており,第2章ではそれを基礎とする抗ウイルスsiRNA設計システムの構築およびHIV-1を標的とするRNA干渉(RNAi)法への応用について述べられている.

 RNAiとは,細胞に導入した2本鎖RNA (dsRNA)が,相同な塩基配列をもつメッセンジャーRNA(mRNA)を特異的に切断することによって遺伝子発現を抑制する現象である.RNAiの分子機構は,生体内においてはウイルスやトランスポゾンに対する防御機構の一部と考えられているほか,生体内で多数発現しているmiRNAによる遺伝子発現の制御において重要な役割を担っている.また人為的にdsRNAを細胞内に導入することによって,任意の遺伝子を簡便にノックダウンできることから,RNAiは遺伝子の機能解析に有効な手法として注目されている.

 哺乳類細胞でRNAi実験をおこなうには,標的遺伝子と相同な,化学合成した約21塩基対の短い2本鎖RNA (siRNA)またはsiRNAを発現するベクターを細胞に導入する方法が一般的に用いられる.しかし,少なくとも哺乳類RNAi実験では,無作為に設計したsiRNAの7〜8割は十分に高いRNAi活性を示さない,さらに,siRNAの長さは約21塩基対と短いため,標的遺伝子とはまったく無関係な遺伝子にも相同部分が存在する確率が高く,siRNAがそのような遺伝子を抑制してしまうことがある(オフターゲット効果).本論文提出者はまず,被標的遺伝子mRNAとの高い塩基配列相同性に依拠したオフターゲット効果(ミスマッチを含む標的配列に対するRNAi効果)を,ミスマッチの数と位置及び塩基置換のタイプの函数として調べた.RISC形成におけるsiRNA配列の効果を除くために,標的mRNA配列を置換した.その結果,(1)1塩基の置換の場合,21塩基配列の中央での置換は,置換塩基によらず大きくRNAi効果を阻害するが,それ以外,特に末端での塩基置換は,RNAi効果の阻害をほとんど阻害しないこと,および(2)3ヌクレオチド配列以上の置換は,ほとんどRNAi効果が生じないことを見いだした.特に後者により,3ヌクレオチド以上の塩基置換を持った配列は,少なくとも標的RNAの開裂によるオフターゲット効果を受けないことが分かった.この事実と,別途,程等により見いだされた効率的にRNAi効果を引き起こすsiRNA配列規則を用いて,哺乳類において効率的にRNAiを惹起するsiRNA配列設計法を考案した.本siRNA設計システムによって,ヒトの全遺伝子をほぼ網羅できるゲノムワイドなsiRNA設計が可能であることを示した.後に,21塩基の相同性検索は,山田らのアルゴリズムを用い,計算効率の飛躍的向上を図った後,共同研究結果をウェブサーバとして公表した.さらに,長いdsRNAからsiRNAが,ランダムな場所から切断され生成されると仮定して,長いdsRNAのオフターゲット効果を予測する方法を構築しウェブサーバdsCheckとして公開した,これは,特に長いdsRNAを用いてRNAiを行いことが多い,ショウジョウバエや線虫での,オフターゲット効果の評価すなわち特異的dsRNAの配列決定に有効である.

 siRNAの標的は内在性遺伝子に限定されず,細胞に感染したウイルス由来のRNAをも標的とすることができる.HIV-1やHCVなど多くのRNAウイルスは,著しくゲノム多様性が高く,多分その結果,1種類のsiRNAを単独で用いた場合,そのsiRNAに耐性をもつ変異ウイルスが容易に出現する.そこで本論文提出者は,ウイルスゲノムの高度保存領域を標的として選ぶことで,siRNA耐性の出現を著しく抑制できるのではないかと考え,それらの領域を同定し,それを標的とするsiRNAの設計を行った.ウイルスゲノム配列を21塩基単位で調べたところ,HIV-1ゲノムの大部分の領域で保存性が低いことが判明した.解析の結果,5'UTR,プロテアーゼ,インテグラーゼの一部の領域等が高度に保存されていることが判明した.それらの領域を標的とするsiRNAを設計し実験を行ったところ,HIV-1増殖抑制効果を,複数のサブタイプに属する4種のHIv-1感染性分子クローンで検証することができ,構築したsiRNA設計法の有効性が確認された.そこで,同様な原理で各種ウイルスで,21塩基として高度に保存された領域を特定し,哺乳類細胞で有効かつオフターゲット効果の少ないsiRNAを設計するシステムを応用したシステムを構築し,ウェブサーバsiVirusとして公開した.これらの研究は,バイオインフォマティクスと実験生命科学の融合の上での大きな寄与と考えられる.

 なお,本論文第1章の一部は,森下真一,山田智之,松宮孝大,程久美子,西郷薫との共同研究であり,第2章の一部は,武部豊,納冨香子,小野木利成,西川徹,程久美子,西郷薫との共同研究であるが,いずれも論文提出者が主体となって分析および検証をおこなったもので,論文提出者の寄与が十分であると判断する.

 したがって,博士(理学)の学位を授与できると認める.

UTokyo Repositoryリンク http://hdl.handle.net/2261/56529