No | 122183 | |
著者(漢字) | 中西,修 | |
著者(英字) | ||
著者(カナ) | ナカニシ,オサム | |
標題(和) | WAVE2のリン酸化による制御機構の解析 | |
標題(洋) | Functional analysis of WAVE2 phosphorylation | |
報告番号 | 122183 | |
報告番号 | 甲22183 | |
学位授与日 | 2007.03.22 | |
学位種別 | 課程博士 | |
学位種類 | 博士(理学) | |
学位記番号 | 博理第5046号 | |
研究科 | 理学系研究科 | |
専攻 | 生物化学専攻 | |
論文審査委員 | ||
内容要旨 | <序論> アクチン細胞骨格は細胞内外の刺激に応答して再編成され、形態形成、細胞運動等において主要な役割を担っている。WASPファミリータンパク質はWASP、N-WASP、WAVE1〜3からなり、低分子量Gタンパク質のRhoファミリーの下流で働いている。これらの分子は、Arp2/3複合体の活性化を介して細胞膜周辺でのアクチン細胞骨格を制御し、糸状仮足や葉状仮足の形成に必須の分子である。 WAVE2はWASPファミリータンパク質の一員であり、IRSp53やAbi1、Sra1、Nap1といったタンパク質とコンプレックスを形成して単量体Gタンパク質Racの下流で葉状仮足の形成に関わっていることがこれまでに報告されているが、WAVE2それ自体がArp2/3複合体を活性化する機構については明らかにされていない。またWAVEは増殖刺激に応じて古典的MAPキナーゼカスケードの下流でリン酸化されることも明らかにされている。私はWAVE2の制御機構について、そのリン酸化に焦点を当て解析した。 <結果> 3種類のアイソフォームWAVE1〜3のうち、どのアイソフォームがリン酸化されているかを調べるため、それぞれのアイソフォームに特異的な抗体を用いてウエスタンブロット法で解析したところ、WAVE2がバンドシフトを起こしていることが分かった(Fig. 1A)。そしてWAVE2のバンドシフトは、MEKのインヒビターであるU0126によって抑えられていた。WAVE2のリン酸化状態を直接調べるため、放射性ラベルされた正リン酸を用いて細胞内のWAVE2を放射性ラベルすることを試みた。レトロウイルスを用いてFLAGタグ付きのWAVE2を発現させたWAVE2ノックアウトMEFに、放射性ラベルされた正リン酸を取り込ませ、PDGF刺激を行うことでWAVE2に放射性ラベルされたリン酸基を取り込ませた。PDGF刺激依存的にWAVE2へのリン酸の取り込みが見られ、またその取り込みはU0126で完全に抑えられた。このことから、WAVE2のバンドシフトと同時にWAVE2のリン酸化もMAPキナーゼカスケードの下流で起こっていることが明らかになった(Fig. 1B)。 in vitro でのキナーゼアッセイを用いてWAVE2がERK2によって直接リン酸化される可能性を検討したところ、5個のセリン・スレオニン残基がERK2によって直接リン酸化されることが明らかになった。リン酸化される残基はプロリンリッチな領域に3箇所と、Arp2/3 複合体を活性化するために必須なVCAドメインに2箇所であった(Fig. 2)。放射性ラベルされた正リン酸を使った実験から、これらの残基は細胞内でもリン酸化されていることが確認された(Fig. 3A)。 また、プロリンリッチ領域においてリン酸化される残基をアラニンやグルタミン酸に置換した変異体を発現させた実験から、プロリンリッチ領域のリン酸化がWAVE2のバンドシフトに対応していることが明らかになった(Fig. 3B)。 VCAドメインを用いてアクチン重合アッセイを行ったところ、この領域がリン酸化されるとArp2/3 複合体を活性化する能力を失うことが判明した (Fig.4)。また、リン酸化される残基をアラニンまたはグルタミン酸に置換した変異体を、WAVE2がノックアウトされたマウス胎児繊維芽細胞に発現させたところ、アラニンに置換した変異体に比べグルタミン酸に置換した変異体で葉状仮足におけるvinculin分子との共局在が増強していた(Fig. 5)。以上のことからWAVE2のリン酸化が、アクチン重合活性調節と葉状仮足における接着機構の形成に関与していることが明らかになった。 <考察> 葉状仮足の伸展と新たな接着斑の形成は協調的に進む現象であると考えられる。本研究で、WAVE2のVCAドメインがリン酸化されるとArp2/3複合体を活性化する能力が低下すること(Fig. 4A)、そして同時にvinculin との共局在が増強されることが明らかになった(Fig. 5)。これらのことから、WAVE2のリン酸化は、葉状仮足の伸展と接着斑の形成が協調的に起こるために何らかの役割を果たしている可能性が示唆された。 Figure 1 (A) WAVE2のみPDGF刺激に応答してバンドシフトしている。 (B) MEKのインヒビターによりWAVE2のバンドシフトとリン酸化が抑制される。 Figure 2 WAVE2のドメイン構造と本研究で明らかになったリン酸化残基(WHD),WAVE homology domain; B, basic; Pro-rich, proline-rich region; VCA, verprolin, central, and acidic region)。 Figure 3 (A) in vitroで同定したリン酸化サイトを全てアラニンに置換した変異体ではPDGF依存的なリンの取り込みが抑制される。 (B) プロリンリッチ領域のリン酸化サイトをアラニンまたはグルタミン酸に置換した変異体では、それぞれ低分子両側と高分子両側のバンドが検出される。 Figure 4 (A) VCA WTタンパク質はin vitroでリン酸化されるとArp2/3複合体を活性化する能力を失うが、リン酸化サイトをアラニンに置換した変異体(B)は影響が見られない。 Figure 5 WAVE2とその変異体をWAVE2ノックアウトMEFに発現させ、vinculinとの共局在を調べたところ、リン酸化サイトをアラニンに置換した変異体よりグルタミン酸に置換した変異体でより強い共局在が観察された。 | |
審査要旨 | 本論文は9章からなる。第1章は略号、第2章はアブストラクト、第3章は序論、第4章は実験材料と方法、第5章は結果、第6章は考察、第7章は参考文献、第8章は図表、第9章は謝辞に充てられている。 序論では、アクチン細胞骨格の基本的な性質が述べられたのち、本研究で解析が行われている二つのシグナル伝達経路、つまりRas/MAPキナーゼカスケードと、Rhoファミリー単量体Gタンパク質による細胞骨格制御についての概説がなされている。そして、それらのシグナル伝達経路両方の下流に位置する分子として、WASPファミリータンパク質のメンバーWAVE1〜3を示し、既知の知見について述べられている。 第5章は本研究で行われた解析の結果が示されている。論文提出者はまず3種類のアイソフォームWAVE1〜3のうち、どのアイソフォームがリン酸化されているかを調べ、WAVE2がMAPキナーゼカスケードの下流でリン酸化されていることを明らかにした。次に、in vitroでのキナーゼアッセイを用いてWAVE2がERK2によって直接リン酸化される残基を同定したところ、リン酸化される残基はプロリンリッチな領域に3箇所と、Arp2/3複合体を活性化するために必須なVCAドメインに2箇所であったことが述べられている。放射性ラベルされた正リン酸を使った実験から、これらの残基は細胞内でもリン酸化されていることが確認された。また、プロリンリッチ領域においてリン酸化される残基をアラニンやグルタミン酸に置換した変異体を発現させた実験から、プロリンリッチ領域のリン酸化がWAVE2のバンドシフトに対応していることが明らかになった。 次に、論文提出者は細胞内でのWAVE2リン酸化の意義を調べるため、野生型マウス胎児繊維芽細胞とWAVE2がノックアウトされたマウス胎児繊維芽細胞を用いた解析を行っている。野生型野生型マウス胎児繊維芽細胞をMEKのインヒビター存在下で刺激したときと、WAVE2がノックアウトされたマウス胎児繊維芽細胞にWAVE2非リン酸化変異体を発現させたときに、葉状仮足を形成する細胞の割合が増加するという現象が見いだされた。このことは、細胞を増殖刺激した時に葉状仮足の形成とMAPキナーゼカスケードの活性化が同時に見られることから予想されたこととは逆の結果であり、MAPキナーゼカスケードの活性化がWAVE2のリン酸化を通して葉状仮足の形成を負に制御していることが明らかにされた。WAVE2がリン酸化されることでどのように葉状仮足の形成過程が制御されているかを明らかにするため、論文提出者は次に接着斑の構成因子であるvinculin分子とWAVE2の局在を解析している。アラニンに置換した変異体に比べグルタミン酸に置換した変異体で葉状仮足におけるvinculin分子との共局在が増強していることが見いだされ、WAVE2のリン酸化と接着斑の関わりが示唆された。 最後に、論文提出者はin vitroにおけるWAVE2のリン酸化の意義を調べるため、WAVE2のVCAドメインを用いてアクチン重合アッセイを行い、この領域がリン酸化されるとArp2/3複合体を活性化する能力を失うとともにArp2/3複合体との親和性が増すことを明らかにした。 以上のことから、論文提出者はWAVE2のリン酸化が葉状仮足の形成と接着斑の形成が協調的に起こるためになんらかの役割を果たしている可能性を示唆し締めくくっている。本研究は、Ras/MAPキナーゼカスケードと、Rhoファミリー単量体Gタンパク質Racの下流にある共通の因子として、WAVE2を同定し、その二つのシグナルがどのようにWAVE2において交わっているのかを解析している点で意義のあるものである。Ras/MAPキナーゼカスケードが葉状仮足の形成に関与している報告はこれまでになされていない。本研究で、WAVE2のリン酸化により葉状仮足の形成が抑制されることが明らかにされ、その現象が接着斑へのWAVE2の局在とArp2/3複合体活性化能の低下によって説明できる可能性が示唆された。 なお、本論文第5章は、末次志郎・山崎大輔・竹縄忠臣との共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。 | |
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