学位論文要旨



No 122186
著者(漢字) 福永,流也
著者(英字)
著者(カナ) フクナガ,リュウヤ
標題(和) アミノアシルtRNA合成酵素の立体構造および特異的基質認識機構
標題(洋) Structures and specific substrate recognition mechanisms of aminoacyl-tRNA synthetases
報告番号 122186
報告番号 甲22186
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5049号
研究科 理学系研究科
専攻 生物化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 田之倉,優
 東京大学 教授 中村,義一
 東京大学 教授 豊島,近
 東京大学 教授 黒田,玲子
 東京大学 教授 横山,茂之
内容要旨 要旨を表示する

ゲノムDNAにコードされた遺伝情報はmRNAへの転写を経て,コドン表(遺伝暗号表)に従ってタンパク質のアミノ酸配列へと翻訳される.この過程でtRNAはmRNA中のコドンとタンパク質中のアミノ酸残基とをつなぐアダプター分子として働く.アミノアシルtRNA合成酵素(aaRS)がそれぞれに特異的なアミノ酸を対応するtRNAに特異的に結合させる(アミノアシル化反応)ことによってコドン表は成立している.従ってaaRSによるアミノ酸およびtRNAの特異的認識はタンパク質合成におけるコドン表の忠実性を保証するために必須である.いくつかのaaRSではそのアミノアシル化ドメインが誤ったアミノ酸を認識して誤産物アミノアシルtRNAが生成されてしまう.そのようなaaRSにおいては校正反応ドメインが存在し,それがただちに誤産物を加水分解(校正反応)してそのエラーを除去することで,正確なアミノアシル化が達成されている.本研究ではコドン表に忠実なタンパク質合成の仕組みを理解すること,またaaRSやコドン表の進化について理解すること,さらにはコドン表の拡張の可能性を探ること,を目的とした.そのためにX線結晶構造解析と生化学的解析を行い,aaRSの立体構造を解明し,またaaRSによるアミノアシル化反応および校正反応におけるアミノ酸やtRNAに対する特異的認識機構を解明した.バリルtRNA合成酵素(ValRS),イソロイシルtRNA合成酵素(IleRS),ロイシルtRNA合成酵素(LeuRS),アラニルtRNA合成酵素(AlaRS),AlaRSの校正反応ドメインのホモログタンパク質であるAlaX,ホスホセリルtRNA合成酵素(SepRS),Sep-tRNA:Cys-tRNA変換酵素(SepCysS),を研究対象とした.

1. ValRS ValRSはスレオニンが反応した誤産物に対して校正反応活性を持つ.高度好熱真正細菌Thermus thermophilus ValRS校正反応ドメインと校正反応基質アナログ(Thr-AMS)の複合体のX線結晶構造を1.7Å分解能で決定した.Lys270,Thr272,Asp279の親水性側鎖によるスレオニンの親水性側鎖に対する特異的認識機構を解明した.

2. IleRS IleRSはバリンが反応した誤産物に対して校正反応活性を持つ.T. thermophilus IleRSの校正反応ドメインと校正反応基質アナログとの複合体のX線結晶構造を1.6-2.0Å分解能で決定した.post-transfer editingの基質アナログ(Val-2AA)およびpre-transfer editingの基質アナログ(Val-AMS)とでは同じ結合部位に共通のアデノシン部分が逆向きになって結合していた.またpre-transfer editingの際にはTrp227側鎖がフリップして結合部位がリアレンジされていた.一方2つの基質アナログ間でバリン側鎖は約120°回転していたが,ともに主にHis319とThr233の側鎖によるvan der Waals相互作用により特異的に認識されていた.IleRSにおける高いpre-transfer editing活性はこのような特別な基質結合様式によることが明らかとなった.

3. LeuRS LeuRSはイソロイシンおよびメチオニンが反応した誤産物に対して校正反応活性を有する.またtRNA(Leu)には特徴的な長いバリアブルアームが存在する.超好熱古細菌Pyrococcus horikoshii LeuRS単体,およびLeuRS・tRNA(Leu)複合体のX線結晶構造をそれぞれ2.1Åおよび3.2Å分解能で決定した.LeuRSはアミノアシル化ドメイン,校正反応ドメイン,C端ドメインにより包み込むようにしてtRNA(Leu)を結合していた.tRNA(Leu)の結合時には校正反応ドメインが約20°回転し,tRNAと校正反応ドメインの衝突が回避されていた.LeuRSはC端ドメインtRNA(Leu)の長いバリアブルアームの先端の塩基を配列特異的に認識していた.さらに変異体解析によりC端ドメインは正しい産物であるIle-tRNA(Ile)を校正反応基質として認識しないように働いていることも明らかとなった.LeuRS・tRNA(Leu)複合体構造中でtRNAの3'末端はアミノアシル化ドメインに入っていた.非対称単位中の2つのLeuRS・tRNA(Leu)複合体構造間でtRNAの3'末端の構造および校正反応ドメインの回転状態が異なっており,一方が"アミノアシル化状態",他方がそこから"校正反応状態"へ移る途中の段階の"中間状態"を表していると考えられた."アミノアシル化状態"と"中間状態"とでは認識決定塩基,Ade73の認識様式が異なっていた.Ade73の認識様式の変化をスイッチとして,アミノアシル化反応と校正反応が制御されていることが考えられた.

4. AlaX AlaRSはセリンおよびグリシン反応した誤産物に対して校正反応活性を有する.AlaRSの校正反応ドメインのホモログタンパク質であるAlaXはSer-tRNA(Ala)およびGly-tRNA(Ala)を加水分解するtrans-editing活性を有する.P. horikoshii AlaXのX線結晶構造を2.7Å分解能で決定した.AlaXはNドメインとCドメインの2つからなっていた.Cドメインに亜鉛を結合した校正反応活性部位があり,Nドメイン中の保存されたグリシンに富むループ(glycine-richループ)がその活性部位近くに位置していた.glycine-richループが校正反応の基質認識や触媒に関っていることが考えられた.AlaXへのSer-tRNA(Ala)およびGly-tRNA(Ala)の結合モデルを作成した.

5. SepRS システイニルtRNA合成酵素を欠くメタン生成古細菌においては非標準的なaaRSであるSepRSがホスホセリン(Sep)をtRNA(Cys)に結合させることでCys-tRNA(Cys)合成の中間産物であるSep-tRNA(Cys)を生成する.Sep-tRNA(Cys)は別の酵素,SepCysSによってCys-tRNA(Cys)に変換される.超好熱古細菌Achaeoglobus fulgidus SepRS・tRNA(Cys)・ホスホセリンの3者複合体のX線結晶構造を2.6Å分解能で決定した.SepRSはN端伸長領域,アミノアシル化活性ドメイン,挿入ドメイン,C端のアンチコドン結合ドメインの4つの構造要素からなっていた.SepRSは結晶中でホモ4量体を形成し2分子のtRNA(Cys)を結合していた.負電荷を帯びたホスホセリン側鎖がアミノアシル化活性ドメイン中の保存されたαヘリックスのダイポールモーメントの正の帯電によって認識されていた.SepRSの大きなC端のアンチコドン結合ドメインがtRNA(Cys)のアンチコドンループを認識していた.SepRS α4 4量体構造とフェニルアラニルtRNA合成酵素のα2β224量体構造の共通性からこの2つが共通祖先を有することが明らかとなった.構造に基づいてアンチコドン認識部位に変異を導入し,サプレッサーtRNA(tRNA(Opal)およびtRN(Amber))を認識する改変SepRSを創出した.これはコドン表を拡張しホスホセリンを加え,タンパク質翻訳時にホスホセリンを部位特異的に導入する技術に利用可能である.また改変SepRS・tRNA(Opal)・ホスホセリン3者複合体および改変SepRS・tRNA(Amber)・ホスホセリン3者複合体のX線結晶構造をそれぞれ3.2および3.3Å分解能で決定し,改変SepRSによるナンセンスアンチコドンの認識機構を解明した.

6. SepCysS A. fulgidus SepCysSのX線結晶構造を2.4Å分解能で決定した.SepCysSは結晶中でホモダイマーを形成していた.活性部位ではピリドキサールリン酸がリジン側鎖に共有結合していた.2量体境界面に存在する活性部位は大きく開いた塩基性のクレフトとなっており,Sep-tRNA(Cys)を結合するのに都合のよいものとなっていた.SepCysSとSep-tRNA(Cys)の結合モデルを作成した.

図1: ValRS校正反応ドメインの構造

(A)全体構造.(B)Thr-AMS認識様式.

図2: IleRS校正反応ドメインの構造

(A)Val-2AAとの複合体全体構造.(B)Val-2AA認識様式.(C)Val-AMS認識様式.

図3: LeuRSの構造

(A)LeuRSのC端ドメイン欠損体の構造.(B)LeuRS・tRNA(Leu)複合体構造.(C)tRNAの3'末端のアミノアシル化状態(黄)から中間状態(ピンク)を経て校正反応状態(赤)への遷移.校正反応状態はモデル.(D)アミノアシル化状態でのAde73,Cyt74の認識様式.(E)中間状態でのAde73,Cyt74の認識様式.

図4: AlaXの構造

図5: SepRSの構造

(A)SepRS・tRNA(Cys)・ホスホセリン複合体構造.(B)SepRS4量体構造.2分子のtRNA(Cys)が結合.

(C)ホスホセリン認識様式.(D)Ade36,Gua37認識様式.(E)Gua34,Cyt35認識様式.

(F)SepRSの改変.E418N/E420N変異体およびE418N/E420N/T423V変異体がtRNA(Amber)およびtRNA(Opal)に対しホスホセリン結合活性を有する.(G)SepRS(E418N/E420N)によるtRNA(Opal)のUra34,Cyt35認識様式.

(H)SepRS(E418N/E420N)によるtRNA(Amber)のCyt34,Ura35認識様式.

図6: SepCysSの構造

(A)SepCysSの2量体構造.

(B)ピリドキサールリン酸結合様式.

(C)2量体SepCysS表面電荷モデルへのSep-tRNA(Cys)のドッキングモデル.

審査要旨 要旨を表示する

 本論分は9章からなる。第1章はイントロダクションであり、アミノアシルtRNA合成酵素(aaRS)一般について、また本論分で取り上げたイソロイシルtRNA合成酵素(IleRS)、バリルtRNA合成酵素(ValRS)、ロイシルtRNA合成酵素(LeuRS),アラニルtRNA合成酵素(AlaRS),ホスホセリルtRNA合成酵素(SepRS)について述べられている。

 第2章はValRSの校正反応ドメインのX線結晶構造解析と変異体解析について述べられている。ValRSの校正反応ドメインと校正反応基質アナログ(スレオニン反応産物)との複合体のX線結晶構造をはじめて、しかも高分解能で決定した。また変異体解析も行い、基質特異的認識のメカニズムをはじめて明らかにした。

 第3章はIleRSの校正反応ドメインのX線結晶構造解析と変異体解析について述べられている。IleRSの校正反応ドメインと校正反応基質アナログ(バリン反応産物)との複合体のX線結晶構造をはじめて、しかも高分解能で決定した。また変異体解析も行い、基質特異的認識のメカニズムをはじめて明らかにした。特にIleRSのpre-transfer editingにおいて活性部位のリアレンジを伴った特別な認識機構の発見は予想外のものであり、すばらしい結果である。

 第4章はLeuRSのX線結晶構造解析について述べられている。古細菌由来のLeuRSのX線結晶構造をはじめて決定した。校正反応ドメインの配向が既存の2種のタイプとは異なる,3番目のものであることを明らかにし、その観点からLeuRS,IleRS,ValRSの進化について議論している。

 第5章はLeuRS・tRNA(Leu)複合体のX線結晶構造解析と変異体解析ついて述べられている。LeuRS・tRNA(Leu)複合体のX線結晶構造をはじめて決定した。LeuRSがC端ドメインでtRNA(Leu)の長いバリアブルアームの認識することによる、特異的認識機構を解明した。また2種類のtRNA末端のコンフォメーションとAde73の結合様式からアミノアシル化反応と校正反応の切り替えのメカニズムを議論している。反応のダイナミズムについての知見が得られ点で高い評価のできる内容である。

 第6章はAlaRSとAlaXのX線結晶構造解析と機能解析ついて述べられている。AlaRS単体およびAlaRS・tRNA(Ala)複合体の結晶化にはじめて成功した。またAlaXのX線結晶構造解析を決定し、基質特異性について議論している。

 第7章はSepRS・tRNA(Cys)・O-phosphoserine複合体のX線結晶構造解析と機能改変について述べられている。SepRS・tRNA(Cys)・O-phosphoserine複合体のX線結晶構造をはじめて決定した。SepRSは単体さえもまだ構造決定されていなかったので、非常に大きな成果である。ホスホセリンやtRNA(Cys)に対する特異的認識機構を解明した。またSepRSの構造を他のaaRSと比較することでその進化についても議論している。さらにホスホセリンを遺伝暗号表に組み込むことを目的としてSepRSの機能改変を行い、サプレッサーtRNAにホスホセリンを結合させられるような改変SepRSの作成、およびそのX線結晶構造の決定に成功した。構造に基づいた機能改変に成功している、またさらに改変体の構造を決定し改変された認識メカニズムを解明しているという点で非常に先進的で完成度の高い研究として評価できる。

 第8章はSepCysSのX線結晶構造解析ついて述べられている。SepCysSのX線結晶構造をはじめて決定した。基質特異性について議論している。

 なお、本論分の第2章から第8章までは指導教官である東京大学、横山茂之教授との共同研究であり、また第3章の一部と第5章の一部は東京大学(現 東京工業大学)濡木理博士、深井周也博士、石谷隆一郎博士との、共同研究であるが、論文提出者が主体となって分析および検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって博士(理学)の学位を授与できると認める。

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