学位論文要旨



No 122187
著者(漢字) 三宅,善嗣
著者(英字)
著者(カナ) ミヤケ,ゼンシ
標題(和) ストレス誘導遺伝子GADD45によるMTK1 MAPKKKの活性化機構
標題(洋) Activation mechanism of MTK1 MAPKKK by the stress-inducible GADD45 genes
報告番号 122187
報告番号 甲22187
学位授与日 2007.03.22
学位種別 課程博士
学位種類 博士(理学)
学位記番号 博理第5050号
研究科 理学系研究科
専攻 生物化学専攻
論文審査委員 主査: 東京大学 教授 山本,正幸
 東京大学 教授 深田,吉孝
 東京大学 教授 中村,義一
 東京大学 教授 井上,純一郎
 東京大学 助教授 前田,達哉
 東京大学 教授 斎藤,春雄
内容要旨 要旨を表示する

 生体を構成する細胞は,紫外線照射・浸透圧変化・酸化ストレス等の環境ストレスに絶えずさらされる可能性がある。これらの細胞外刺激により損傷を受けた細胞が,損傷の程度に依存して,損傷を修復する,あるいは積極的に細胞死(アポトーシス)を起こすという応答をすることで,発癌抑制等に作用し,個体全体としての秩序が保たれている。損傷の修復と細胞死の選択判断に深く関与しているのがストレス応答MAPキナーゼ経路(SAPK経路)である。SAPK経路は,細胞外シグナルを細胞核へ的確に伝達する役割を担い,その中心となる部分はMAPKKキナーゼ(MAPKKK),MAPKキナーゼ(MAPKK),MAPキナーゼ(MAPK)とよばれる3群のタンパク質リン酸化酵素(プロテインキナーゼ)からなり,MAPKKKからMAPKK,MAPKへと至る連続したリン酸化反応を経てシグナルが伝達される。

 哺乳類細胞は2つのSAPK経路(JNKおよびp38)を有する。両経路は,ストレス刺激以外にIL-1やTGF-β等のサイトカインによっても活性化される。MTK1はSAPK経路に属するMAPKKKの1つであり,出芽酵母の高浸透圧ストレス応答経路のMAPKKKであるSsk2/22と高い相同性を持つことから,MTK1はストレス応答MAPKKKのプロトタイプであると考えられる。MTK1のマウスホモログであるMEKK4のノックアウトマウスの解析から,MTK1/MEKK4は免疫系におけるTh1細胞の機能制御に必須であり,また,発生過程において神経組織の形成に重要な役割を果たすことが示唆されている。

 MTK1のN末端領域は他のMAPKKKには見られない独特なアミノ酸配列を持つ。この領域に結合するタンパク質としてこれまでに,3種類のGADD45ファミリー分子(GADD45α/β/γ)が同定されている。GADD45遺伝子は様々な細胞外刺激により発現が誘導されることが知られている。哺乳類細胞において,GADD45遺伝子を過剰発現させるとMTK1のキナーゼ活性が著しく上昇し,細胞死が誘導される。MTK1によるSAPK経路の活性化はGADD45遺伝子の発現誘導を介するため,ストレスを受けた細胞における遅延反応を担うと考えられる。

 先行研究により,GADD45分子がMTK1のN末端領域に結合するとMTK1分子内の抑制的相互作用が解除され,MTK1のキナーゼドメインが基質であるMAPKK(MKK3/6)に結合して下流にシグナルを伝えることが示唆されているが,GADD45分子によるMTK1活性化機構の詳細はこれまで明らかにされていなかった。そこで,本研究において,主に生化学的手法を用いて,GADD45によるMTK1のキナーゼ活性制御の分子機構を解明した。

1. GADD45のMTK1への結合とMTK1の活性化

 まず,GADD45β分子において,MTK1への結合およびMTK1活性化に重要な領域を特定した.約10アミノ酸の欠失を有するGADD45β変異体の発現プラスミドを系統的に作製し,酵母2-ハイブリッド法と免疫共沈法によりMTK1とGADD45β変異体との結合を検討した。また,哺乳類培養細胞(COS-7)に遺伝子導入し,in vitroキナーゼアッセイによりMTK1のキナーゼ活性を調べた。その結果,GADD45β分子のN末とC末の一部を除く広範囲の領域がMTK1の活性化に必要であることが示された。MTK1に結合できないGADD45β変異体はMTK1を活性化できないことから,MTK1活性化にはMTK1への直接結合が不可欠であることが示唆された。

 これまでに,N末端側を欠失したMTK1が構成的に活性化されるという知見が得られている。GADD45結合領域を含むMTK1のN末端領域,キナーゼドメインを含むC末端領域を哺乳類細胞内で別々に発現させて,in vitroで混合し,共沈実験を行ったところ,両者の相互作用が見られた。さらにGADD45βを加えたところ,N-C間の相互作用はほとんど見られなくなった。MTK1に結合できないGADD45β変異体を混ぜ合わせても相互作用の阻害は認められなかった。よって,N末端側は制御ドメインとしてC末端側キナーゼドメインに結合し,キナーゼ活性を抑制しているが,GADD45βがMTK1に結合するとN末制御ドメインによる抑制が解除されることが示唆された。

2. MTK1キナーゼドメインのリン酸化

 多くのキナーゼにおいて,キナーゼドメイン内の活性化ループに存在する特定のアミノ酸残基(Ser/Thr)のリン酸化が活性化に重要であることが知られている。そこで,MTK1の活性化ループに存在する,リン酸化される可能性のある5つのSer/Thr残基を1つずつAlaに置換した変異体に関して,まず,in vitroキナーゼアッセイによりキナーゼ活性を検討した。その結果,Thr-1493とThr-1504がMTK1のキナーゼ活性にとりわけ重要なアミノ酸であることが示された。次に,リン酸化特異的抗体を作製し,in vivoでこれら2残基がリン酸化されるか調べたところ,Thr-1493のリン酸化がGADD45βの発現に依存して起こることを見いだした。よって,GADD45βがThr-1493のリン酸化を誘導するものと考えられる。また,Thr-1493のリン酸化はMTK1自身のキナーゼ活性にも依存することから,自己リン酸化によるものであることが示唆された。さらに,Thr-1493の自己リン酸化は分子内反応ではなく複数のMTK1分子間で起こる反応(トランスリン酸化反応)である可能性を示す結果が得られた。

3. MTK1の2量体化

 哺乳類のSAPK経路に属するMAPKKKには2量体化(または多量体化)により活性化されるものが存在する。そこで,哺乳類細胞内でのMTK1の2量体形成の可能性を免疫共沈法により検討したところ,GADD45βの共発現がMTK1の2量体形成を著しく亢進させることを見いだした。系統的に作製したMTK1の欠失変異体を用いた実験から,MTK1の2量体化に必要な領域が941aa-1272aaであることが示された。この部分にはタンパク質間の相互作用に重要な役割を果たすコイルドコイルモチーフが含まれており,コイルドコイルモチーフに変異を導入すると2量体形成が妨げられた。

4. MTK1の自己リン酸化と2量体化の関係

 MTK1の2量体化とThr-1493の自己リン酸化はともにGADD45依存的であることから,この2つの現象の関連性を検討した。コイルドコイルモチーフ内に変異を有し,GADD45存在下でも2量体を形成できないMTK1変異体では,Thr-1493のリン酸化が著しく低下しており,また,in vitroにおけるキナーゼ活性も同様に低下していたことから,MTK1の2量体化,自己リン酸化,活性化の間には強い相関があることが示された。さらに,FKBPドメインをMTK1のN末端に融合し,強制的にMTK1を2量体化させるシステムを用いた実験結果から,MTK1の単純な2量体化のみではMTK1の活性化には十分ではなく,GADD45のMTK1への結合と,それに伴って起こるコイルドコイル領域を介した2量体化がMTK1のキナーゼ活性の上昇に必要であることが示された。

 以上の結果より,GADD45ファミリー分子によるMTK1活性化機構として,以下のモデルが導かれた。1)非刺激状態の細胞内では,MTK1は分子内抑制相互作用のため,不活性状態にある。2)細胞外刺激により発現誘導されたGADD45分子がMTK1のN末端側制御領域に結合する。3)MTK1分子内部の抑制的相互作用が解除される。4)MTK1分子が持つ2量体化ドメインが露出し,MTK1分子どうしの2量体が形成される。5)2量体化したMTK1がThr-1493のトランスリン酸化を経て自身のキナーゼ活性を上昇させる。6)GADD45の結合により露出したMTK1のキナーゼドメインにMAPKK(MKK3/6)が結合し,MTK1によるリン酸化を受ける。

審査要旨 要旨を表示する

 本論文は5章からなり、15の図版と53の引用論文を含む。

 第1章(Introduction)は、7節よりなるイントロダクションである。環境ストレスに対する細胞応答の一般論より説き起こし、細胞内シグナル伝達、MAPキナーゼ、SAPK経路、MAPキナーゼ経路の活性化機構などを取り上げて概説した後、本論文の直接のテーマであるGADD45タンパク質について比較的詳細に述べている。最後に、本研究開始時点での当該分野の概況を、目下不足している知識やこれから解明すべき問題点の事例を挙げながらまとめ、章を閉じている。短いながらも、ストレス応答一般から、より具体的なMTK1キナーゼとGADD45の機能にわたって、バランスよく解説されており、基礎知識が十分であることを感じさせる。

 第2章(Results)は、11節よりなる実験結果である。まず第1節に於いて、GADD45の結合がMTK1キナーゼの活性化に必須であることを見出した。第2節では、GADD45の結合がMTK1のN末とC末との結合を阻害することをしめした。このことは理論的な根拠から予想されてはいたが、実験的に証明したのは初めてであり、重要な結果である。第3節においては、GADD45の結合がMTK1の活性化ループ内のThreonine-1493 (Thr-1493)のリン酸化を惹起すること、このリン酸化がMTK1の活性化に必須であること、などを示した。さらに、第4節において、Thr-1493のリン酸化がMTK1のトランス自己リン酸化反応によるものであることを示した。第5節に於いて、GADD45の結合がMTK1の二量体化を誘導することを実験的に見出し、第6節と第7節に於いてMTK1内の二量体化に必要な領域を段階的に詳細に決定した。更に第8節では、前二節で決定したMTK1二量体化領域内にあるCoiled-coilモチーフが、MTK1二量体化に特に重要であることを示した。第9節と10節では、ここまでで明らかにしたGADD45によるMTK1の活性化、リン酸化、二量体化の間の因果関係について実験的に検討し、活性化ループのリン酸化がMTK1活性化の直接の原因であり、二量体化は活性化ループのリン酸化を引き起こすために必要である、という結論に達した。最後に、第11節で、本研究以前に知られていた、構成的活性化型MTK1キナーゼではGADD45の不在下でもMTK1の二量体化、自己リン酸化、活性化、が起きるということが、第10節までの実験結果から推論されるMTK1活性化機構によって説明がつくことを示した。

 本論文では、数多くの新知見が報告されている。一部例外はあるものの、全般的に実験計画や得られたデータの解釈は緻密であり、最終的なモデルも充分な信頼性がある。またMAPKKKの活性化機構を、このように詳細に解明した例は少なく、きわめて高い意義がある。

 第3章(Discussion)は考察である。本論文で解明したMTK1キナーゼの活性化機構とのMAPKKK活性化機構の相似点・相違点とを比較することによって、本研究結果の新規な点を分かり易く説明している。

 第4章(Perspective)においては、本論文で明らかにしたMTK1活性制御機構に関して更に知見を深めるべく、将来への展望を簡潔に述べている。

 第5章(Experimental procedures)においては、本論文で使用された実験方法のうち主要なものを述べている。

 以上述べたように、本論文は、今まで不明であったMTK1キナーゼのGADD45による活性化の機構の詳細を明らかにするとともに、将来の研究方向をも示唆する、重要な成果であると評価できる。

 なお、本論文第2章は、武川睦寛、Qingyuan Ge、斎藤春雄との共同研究であるが、論文提出者が主体となって実験の立案とその実施、データの分析、及び検証を行ったもので、論文提出者の寄与が十分であると判断する。

 したがって、博士(理学)の学位を授与できると認める。

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